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“スマホの心臓”支えるクアルコム、次の一手は「提案するAI」――アモンCEOが語る、AI時代6つの重要トレンド

 23日(現地時間)、米クアルコムのプライベートイベント「Snapdragon Summit 2025」が始まった。

 クアルコムは、スマホの心臓部である「チップセット(SoC)」を開発しており、Snapdragonシリーズとして幅広いスマートフォンに採用されてきた。

アモンCEO

 Snapdragon Summitの10周年となった今回、23日の基調講演では、生成AIが普及し続ける中で、クアルコムが考える現状、そして未来について、クリスティアーノ・アモン社長兼CEOから語られた。

「6つの非常に重要なトレンド」

 アモン氏は、今回のSnapdragon Summitは「非常に特別」であり、3日間にわたる発表を通じて「未来を少し垣間見せる」と語る。

 これまでの10年で、「信じられないほどの量の技術と革新」が生み出されてきたと語るアモン氏は、スマートフォンから始まったSnapdragonシリーズが、ウェアラブルデバイス、パソコン、そして自動車の変革に活用されており、「AIをあらゆる場所にもたらす」ため、イノベーションをリードすると宣言した。

AI時代のコンピューティング構造

 「AIをあらゆる場所に」と聞けば、クアルコムがスマホのチップセットを手掛けるだけに「チップセットの処理能力を高める。そしてスマホ上での生成AIの能力も向上させる」と想像してしまいそうになる。

 確かに、それはAI時代の本格化を支える仕掛けのひとつになる。だが、それだけではない。

 アモン氏の主張はクラウドもその役割を担っていく、ということ。AIを大規模に展開するためには、「クラウドとエッジ(デバイス側)の両方が不可欠であり、ハイブリッドな構造が必要」というのだ。

 2025年現在、より高性能な処理・精度を実現する生成AIはクラウド側で処理されることがほとんどだ。一方、オンデバイスAIは、プライバシーを保護しつつ、ある程度の処理を担うとされる。

 アモン氏も、クラウドは「AIが作成され、開発され、トレーニングされる」場所であり、複雑な研究集約型のタスクを担うと語る。

 その一方で、デバイス側はクラウドを補完し、即時性、パーソナル性、そしてコンテキストを提供する「データが発生する場所」となるという。

 アモン氏によれば、「AIがユーザー自身のものになり得る」のはデバイスでの処理があるからだ。

 クラウドとエッジ(デバイス)が補完しあう関係となるハイブリッドな構造は、これまでの携帯電話の体験とあまり違いはない。スマホ単体だけでカメラを使って写真を撮ったり、メモを残したり、録音したりすることはできる。しかし、アプリやWebサービスは、スマホがネットにつながっている時だけ利用でき、圏外では使えないことが多い。生成AIもまたネットにつながり、クラウドと端末上での処理があってこそ、本領を発揮できる――これがアモン氏の指摘だ。

AIを駆動する6つの重要トレンド

 これからのAIが、デバイスと通信の組み合わせという、まさにスマホの存在そのものに近しい構造になることを示すアモン氏は、未来に向けて、AIの「6つの非常に重要なトレンド」が存在すると語る。

AIが新しいユーザーインターフェイスとなる

 コンピューターが登場し、ネットが使われはじめ、携帯電話が広がり、ネットの発達・通信規格の進化とともにスマートフォンが世界中に広がった。

 過去数十年にわたり、パソコンやスマートフォンで培われたコンピューターの使用法は変化してきた。これまではユーザー側が、コンピューターの使い方を学んできており、それは生成AIに対しても同じような傾向にある。生成AIが広がるこの数年間、いかにうまく使いこなすか、プロンプト(指示)の出し方を学ぶことが当たり前になった。

 しかし、アモン氏は「これからは、コンピューターが私たちと対話する方法を学習する」と予測する。

 AIが、ユーザー側である私たちの言うことや見るもの、そして書くことを理解していく。つまり、生成AIが「コンピューターとデバイスの新しいユーザーインターフェイス(UI)になる」という。

 アモン氏によれば、これはコンピューティングにおける「深いシフト」であり、UIは人間中心となって「ユーザーへ順応」し、人間がいる場所、すなわち「UIとして配置される」。

 エッジ(デバイス上)で生成AIが機能することは、ただ「プライバシーを守るため」「ユーザーのデータを得るため」だけではなく、生成AIが能動的に動いて、人々がコンピューターの力を使うための架け橋になる。「AIがUIになる」、これがAI時代におけるSnapdragonを通じた未来の考え方であり、「重要なトレンド」の第1に挙げられた要素だ。

中心はAIエージェントと「あなた(You)のエコシステム」へ

 UIがAIに変わることで、ユーザー体験の中心も「スマートフォンとアプリの組み合わせ」から「AIエージェント」に切り替わっていく。

 スマートウォッチやイヤホン、グラスといったデバイスは、もはやスマートフォンの機能拡張をするだけの存在ではなくなり、「AIエージェントと直接連携」するようになる。

 AIエージェントが中心となって、スマホやスマートウォッチ、イヤホンなどのデバイスが連携することで、「これまでで最もパーソナルなテクノロジーになる」。アモン氏はこの構造を「あなた(You)のエコシステム」と呼ぶ。

 スマホ中心からAIエージェント中心への変化、そして「あなた(You)のエコシステム」という2つもまた、アモン氏が掲げる「6つの重要なトレンド」だ。

 AIエージェントとエコシステムの進化が未来像として見えるなかで、「垂直的なプラットフォームよりも、水平的なプラットフォームの方が優れているのはまさにここだ」とアモン氏。

 たとえばAIエージェントと連携するデバイスをみても、スマートウォッチにしろ、スマートグラスにしろ、Androidを取り巻く周辺機器は、さまざまなメーカーから登場している。1社が全てを手掛ける垂直的な構造ではなく、水平的な構造だ。

 さらにさまざまな企業が手掛け、水平的に展開するアプリもまた、AIエージェントとの連携が進められれば、これまでと違った挙動へと進化していく。

 その進化をアモン氏は「エージェンティック・アプリ(Agentic apps)」と表現。エージェンティック・アプリになれば、ユーザーのニーズを「予測」し、ユーザーに代わって物事を「実行」する。

 ユーザー体験は、アプリを起動し操作するという形ではなく、アプリやAIエージェントが「ユーザーにとって非常に自然」な形で提供される。

 いわばAIエージェントがユーザーへ「◯◯しましょうか?」と提案するかたちになっていく。

 たとえば、仕事で出会った人の名刺をスキャンし、連絡先に追加すれば、AIエージェントはさらに何が実行できるか理解しようと試み、たとえば次のミーティングが必要となれば、カレンダーと連携して会える時間帯を見繕い、ほかの予定があっても調整しようか? と提案してくれる。

はたまた、請求書を受け取った際、AIエージェントに「請求書を受け取ったよ。支払っておいて」と指示すれば、銀行アプリを起動するまでもなく支払いが完了する。

コンピューティング構造の根本的な再設計

 AIエージェントによる新たなユーザー体験を実現するためには、OS、ソフトウェア、チップセットは「完全に再設計される必要がある」(アモン氏)。

 エージェントは「スマホ内を理解して、あなたが見るものを理解する」といった多くのコンテキストを保持する。こうした“記憶”を活用するには、プロセッサー側の対応もまた必要とアモン氏は説く。

 たとえば、通信機能を司る“モデム”は、AI時代に向けて、アモン氏は「エージェンティック・モデム」の開発が必要と説明。AIエージェントと音声でやり取りすることが中心となれば、これまでと、また違った音声の重要性が生まれる。音声を処理する場所がクラウドかエッジ(デバイス)の両方になるのであれば、いかに音声データを通信で扱うか、考え方が変わってくるのだという。

 さらには、AIのための全く新しいメモリー技術の開発も必要という。そしてAIが常に稼働する状況となれば、超低電力で高性能なプロセッサーの開発もまた必要だ。

 モデムの考え方の変化、そしてメモリー、プロセッサーの電力消費と処理能力という観点は、「コンピューティング構造の根本的な再設計」が必要になる。これは、Snapdragonの進化のロードマップを示すものであり、「6つの重要なトレンド」の4つ目の要素になる。

ハイブリッドAIモデルの進化とエッジデータの優位性

 AIがスマホとユーザーとの間に立ち、エージェントとして動き出す。そのためにアプリ自身も、そしてモデムやプロセッサーも変化していく。

 アモン氏は、世界の主要なAI企業の「メインモデル」は、既にクラウドとエッジに設計されていると語る。

 クラウドでは、データを取り込み、モデルをトレーニングし、洗練させる役割を担う。エッジはデータ取得、即時アクション、モデルのファインチューニングを処理する。

 クラウドとエッジのハイブリッドAIにおいて、アモン氏は、AIがエッジで「私たちが言うこと、書くこと、見ること、コンテキスト」全てを理解できるようになると、エッジで生成されるデータの量が、モデルのトレーニングに使われてきた既存のデータ量を「矮小化させる」規模になると述べる。

 その結果、これまでネット上の情報で学習・進化を続けてきた生成AIモデルにとって、エッジデータは、これまでより一層、重要になる。

 エッジのデータによって生成AIモデルは継続的に洗練され、よりスマートでパワフルになるとアモン氏は強調。ハイブリッドAIモデルとしての進化、そしてエッジデータの重要性が増して優位性を持つことが、「トレンドの5つ目」だ。

AI時代を支える次世代コネクティビティ(6G)

 6つ目のトレンドは、6Gだ。今回の基調講演で、2028年の早い段階で、クアルコムはプリコマーシャル版の6Gデバイスを提供する方針を発表した。

 これは、クラウドとエッジの間のコネクティビティ(接続性)が「信じられないほど重要かつ不可欠」(アモン氏)になることを想定した取り組みだ。

 6G自体は、まだまだ標準化の途上にあり、具体的な仕様・規格は定まっていない。それでも、AIネイティブ時代に向け、アモン氏は、速度やデータ量の増加だけでなく、「知覚(Perception)」と「センサーデータ」を持つインテリジェントなネットワークになることが5Gとの大きな違いとなると説明する。

グーグルとの戦略的連携

 AIに関する6つのトレンドを紹介したアモン氏は、グーグル(Google)のデバイス&サービス担当シニアバイスプレジデントであるリック・オステルロー(Rick Osterloh)氏をステージに迎えた。

アモン氏(左)とオステルロー氏(右)

 ここ数年、オステルロー氏はAndroidスマホ、あるいはPixelシリーズの発表会において、グーグル側のリーダーとして登壇してきた人物。そんな同氏は、かつてモトローラに在籍していたことがあり、モトローラ初のAndroidフォンを開発する際も関わっていた。その当時、クアルコムとモトローラの協力構築にも尽力したとのことで、2008年ごろ、アモン氏とチームを組んで一緒に働いていた。

GeminiとAndroid体験の中心化

 グーグルは、2016年、「AIファースト」を打ち出した。当時はGoogleアシスタントの登場、Google翻訳の劇的な精度向上などが進められ、AIによって、ソフトウェア、データセンター構造、そしてデバイスパートナーとの連携のあらゆる側面に変化がもたらされた、とオステルロー氏は振り返る。

 現在、グーグルのAIサービスは「Gemini」と名付けられ「GeminiはAndroid体験の中心として設計されている」(オステルロー氏)。

 音声での操作、スクリーンの共有などGeminiを通じて体験できる。そのGeminiもまた、ハイブリッドAIとなっており、デバイス上では「Gemini Nano V3」が動作する。

 たとえば詐欺電話の検出、文字入力アプリ「Gboard」などでオンデバイスAIが用いられている。クラウドはクラウドで、高い処理能力を持つが、スピーディな処理が必要な場面では、オンデバイスだからこそ遅延を減らして対応できるという。

 新しい生成AIモデルを開発し、オンデバイスで処理させる。こうした場合、クアルコムとのパートナーシップが非常に機能するとオステルロー氏は評価。Snapdragon向けに生成AIモデル最適化し、ユーザーがAIをより多く利用できるように協力しているという。

 スマートフォンだけではなく、さまざまな機器との連携でも生成AIが活躍する、というクアルコムの見立てにオステルロー氏は賛同。たとえば、両社およびサムスンが進めるAndroid XRデバイスを例にあげ、「次の大きなコンピューティングの波になる」と見解を示した。

 オステルロー氏は、コンピューティングサービスへと変化しているという自動車についても触れ、「Android Automotive OSとSnapdragonの組み合わせ」が運転体験を一変させるとコメントした。

 さらに、いわゆるパソコンについても、両社は、PCとスマートフォンのシステム間で「共通の技術基盤」を構築するプロジェクトに着手している。

 オステルロー氏には、パソコン(ChromeOS)とAndroidで技術的な基盤の融合を推進していると説明。Geminiがパソコン分野にも組み込まれ、「Androidがあらゆるコンピューティングカテゴリーに対応できるようになる」という。

 オステルロー氏は、今後、ロボティクス分野で生成AIが大きな革命をもたらすと予測したほか、AIとの融合によるスマートグラスの進展にも「新しいコンピューティングサービスになる」と期待を示した。

 オステルロー氏が去った壇上で、アモン氏は、パルス(Pulse)とベラ(Vella)という名前のAIエージェントと会話して、Snapdragonファンの「Snapdragon Insider」のメンバーを壇上に招待。10周年の「Snapdragon Summit」を祝い、聴衆に感謝を告げて基調講演を終えた。

 24日にも講演は行われる予定で、事前に予告されていた「Snapdragon 8 Elite Gen 5」の発表が期待される。