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「Snapdragon 8 Elite Gen 5」はオンデバイスで「知識グラフ」を構築――AIエージェント時代に向けたその性能とは

 9月24日(現地時間)、米国ハワイで開催されているクアルコムのイベント「Snapdragon Summit」の2日目、スマートフォン向けの最上位チップセット(SoC)である「Snapdragon 8 Elite Gen 5」が発表された。

 クアルコムでは、最高レベルのパフォーマンス、高い電力効率、および次世代のAI機能を提供する製品として設計したもの。

 モバイル、コンピュート&XRグループのゼネラルマネージャーアレックス・カトージアン氏は、10周年を迎えた「Snapdragon Summit」を振り返りつつ、クアルコムがまったく新しいフェーズに入っていることを紹介した。

カトージアン氏

普段使いのなかでの「処理能力」

 クアルコムが、最上位にあたる「Snapdragon 8 Elite Gen 5」で目指したのは、よりスマートで、よりスムーズ、そしてよりパーソナライズされた(個人に最適化された)インタラクションを実現し、ユーザー体験を高めること。

 その目標を実現するため、たとえば第3世代となるOryon CPUの設計は、「リアルワールドでのパフォーマンスの意味」を再考することから始まったという。

 プライムコアは4.6 GHz、パフォーマンスコアは3.6 GHzで動作する「Snapdragon 8 Elite Gen 5」。AIがスピーディな反応を求められることから、クロック周波数の追求が優先された。

 プライムコアは電圧と周波数の面で独立して制御。CPUコアにはクラスターごとに12MBのキャッシュが追加されており、マルチタスク、ゲーム、ビデオ編集、Webブラウジング、およびエージェントAI(ユーザーの意図を理解してタスクを実行するAI)など、あらゆる処理に対応できることを目指した。一時的なデータを置くキャッシュは設計の要とのことで、レイテンシー(遅延)を大幅に削減することにも繋がる。

 設計チームは、ベンチマーク(特定のテストプログラム)ではなく、実際のワークロード(実際の利用状況)でのクロックあたりの命令数(IPC:Instructions Per Clock)を向上させることに焦点を当てたという。こうした取り組みこそが、「リアルワールドでのパフォーマンスの意味」にあたる。

 「Snapdragon 8 Elite Gen 5」では、CPU単体で最大35%の電力効率が向上し、SoC全体で最大16%、電力が節約される。

 シングルスレッド性能(単一のコアで処理する能力)は、次に実行する命令を予測する機能や命令プリフェッチ(必要な命令を事前に読み込む機能)の改善など意識的な選択による結果、大幅な改善が図られた。

Hexagon NPUとAI機能の強化

「Snapdragon」シリーズに搭載されるNPU(ニューラル・プロセッシング・ユニット:AI処理専用の回路)は、「Hexagon(ヘキサゴン)」という愛称がつけられている。

 今回のHexagon NPUは、CPUやGPU(グラフィックス処理ユニット)からAI関連のワークロード(処理負荷)を引き受けて、全体的なパフォーマンスを向上させつつ電力を節約する。

 実際に、前世代と比較して、パフォーマンスが約37%向上し、電力効率が16%改善した。NPUでの2桁以上の性能向上は、担当者いわく「驚異的」なものだという。

 Hexagon NPUは、ベクトルコア(今世代は8コア)、スカラーコア、テンサーコアという3つで構成されている。特に、より長いコンテキスト(文脈)を持つプロンプト処理(AIへの指示処理)をスピードアップするために、ベクトルコアの強化に重点が置かれた。

 LLM(大規模言語モデル)のパフォーマンスでは、30億パラメータのLLMで毎秒220トークン(単語や文字の単位)という推論速度を達成する。この高速化は、ユーザー体験のレイテンシー(遅延)を数秒短縮する上で重要な要素と位置づけられている。

 LLMをメモリー内の特定の場所に格納するための基盤として、64bitアーキテクチャーに移行した。

パーソナライゼーションとエージェントAI

 イベント初日、「Snapdragon 8 Elite Gen 5」が発表される前日には、クリスティアーノ・アモンCEOの講演で「提案するAI」というコンセプトが語られた。

 その実現のため、「Snapdragon 8 Elite Gen 5」のNPUでは、ユーザー自身のデータ、デバイス~クラウドの調整を管理する。オンデバイスの過去の会話、分類された画像、場所、写真、チャットからお気に入りの思い出を提案し、Instagramへの投稿を手助けする機能が含まれるという

AI関連をリードするVinesh Sukumar氏

 オンデバイスでのパーソナライゼーションに向けて「Sensing Hub」は、生成AIモデルがユーザーの感情的知性や行動パターンを理解するために使用される。これに基づく新たな体験は「Personal Scribe」(パーソナルスクライブ)という新機能として、今回紹介された。会話のスニペット(断片)をインテリジェントに取得し、デバイス内に安全に保存される“知識グラフ(Knowledge Graph)”を作成し、スマホメーカーはAPIを通じて「Personal Scribe」による新機能をスマホに実装できると見られる。

 知識グラフは、生成AIモデルがユーザーの感情パターンや行動パターンを理解するために不可欠とされる。プロンプト(AIへの指示)をデータベースから取得した情報で補強し、ハルシネーション(AIが誤った情報を生成すること)を減らし、よりパーソナライズされた応答を生成する。

 Personal Scribeは、常にアクティブな低電力ASR(自動音声認識)のようにふるまう。構築される知識グラフは、ブラウザ履歴、通知、購買パターン、再生中の音楽、訪問した場所などからも情報を取得できる。

 24日の講演では、Google Playで提供されているAIアプリ「Paige AI」などを用い、ローカルで動作するLLMを使い、AI用語でRAG(Retrieval-Augmented Generation)と呼ばれるドキュメント処理機能でユーザーを理解する。LLMが保持していない最新の天気情報なども、外部の気象情報サービスのAPIから取得して活用する。

AIを活用したカメラ機能の向上

 「Snapdragon 8 Elite Gen 5」では、ISP(画像処理プロセッサー)とNPUの連携により、写真だけでなくビデオ撮影でもAIを活用できる。

 ISPの「Spectra」では20bitへ、モバイル向けプラットフォームとして初めて対応。パイプラインは24ビットまで拡張され、これまでと比べ、「4倍のダイナミックレンジ」を実現する。撮影時、明るい部分と暗い部分の両方でより詳細なディテールを記録できるようになるという。

 ISPとNPUはRAW(カメラセンサーからの生データ)でも、これまでより密接に連携。写真に適用されていたものと同じAI処理が、動画撮影時の全てのフレームにも適用される。

 3A(オート露出、オートホワイトバランス、オートフォーカス)の処理も改善され、カメラの前に障害物が入っても被写体をトラッキングし続ける。

 このほか、ガラスの反射を瞬時に除去する「アーティファクト除去」がNPU上で直接実行され、クラウド処理や遅延なしで処理される。

 夜景など暗い場面での撮影に用いられる技術「Night Vision」はバージョン3.0に進化した。時間的ノイズ低減(Temporal noise reduction)が改善し、空などの平坦な領域のノイズが減るという。

 撮影する場面をAIが理解する「セグメンテーション(画像内の要素を分類・識別する機能)」も強化され、新たに植物(植生)や食べ物に対応した。セグメンテーションを使うことで、シーン内の要素ごとにトーン(色調)、テクスチャ(質感)、色を最適なものへ調整される。

APVへの対応

 クリエイターやビデオプロフェッショナル向けには、サムスンらによって開発された新しいコーデック(圧縮方式)「Advanced Professional Video (APV)」がサポートされた。

 APVは高ビットレート(高いデータ量)で、知覚的にロスレスに近い品質(人間の目にはほとんど劣化がわからない品質)を実現できる。オープン標準かつロイヤリティフリー(無料で誰でも使用できる規格)であり、グーグルやアドビ、Blackmagicなどが既に採用しているという。

 APVによって、Snapdragonデバイスで初めてログ記録(広大なダイナミックレンジを保持する記録形式)とYUV422クロマフォーマット(色情報の詳細度が高い形式)での記録も可能にした。

C2PAをカメラ機能に

 コンテンツの信頼性を確保するため、「TruePic C2PA認証機能」がSnapdragonカメラパイプラインへネイティブに組み込まれる。

 C2PA(Content Provenance and Authenticity:コンテンツの来歴と信頼性のための認証標準)は、セキュアな環境下で処理されており、写真だけでなくビデオやオーディオにも対応する。

 ただし、この機能を有効にするかどうかはOEM(デバイスメーカー)の選択に委ねられる。

Snapdragon Audio Senseによるオーディオ革新

 オーディオ面では、「Snapdragon Audio Sense」という新たなマイクシステムが導入された。クアルコム独自のPZOエレクトリックMEMSマイク(圧電型MEMSマイク)と、CD品質を上回る24bitのオーディオ処理パイプラインが含まれる。

 ISPとは独立して動作し、AIエージェントとの対話やシンプルな録音など、ビデオ撮影以外の用途にも使用できる。スマホメーカーは、マイクおよびオーディオ処理パイプラインの両方を利用できるようになる。

 これにより、HDRオーディオ(ダイナミックレンジが2倍)を提供し、コンサートなど100dBを超える高音圧レベルの環境でも歪みなく音声をキャプチャーできる。

 また、AIの助けを借りることで、約32km/h(20マイル)までの風速でも、風切り音を抑制する。不自然な静かさではなく、自然に聞こえるよう処理される。

 オーディオズーム機能も強化された。高度なビームフォーミング技術(特定の方向の音を強調する技術)を使用して、望遠レンズとの切り替え時の音の違和感をなくし、スムーズで自然なサウンドを実現する。

GPUとモバイルゲーミング

 Snapdragonシリーズに搭載されるGPU(グラフィック処理ユニット)の愛称は「Adreno」。ゲームなどの表現を担う。

 今回は、(より複雑な形状を効率的に描画する技術)やレイトレーシング(光の挙動をシミュレーションしてリアルな映像を作る技術)のハードウェアアクセラレーションといった機能をサポート。ゲームはこれまで以上にリアルに見え、感じられるとうたう。

 GPUとしての性能は、23%向上し、電力効率も20%改善されている。

 新機能として、グラフィックス専用のメモリーである「Adreno HPM」が18MB、搭載されている。シーンのレンダリングを高速化し、フレームレートの低下を減少させ、長時間のゲームプレイで特に威力を発揮する。さらに帯域幅を大幅に削減することで、バッテリー寿命を最大10%向上させる。

 Epic Gamesとのパートナーシップにより、ゲームエンジン「Unreal Engine 5」が最適化されている。

「最高のAI体験」目指し

 TSMCの3nmプロセスノードを用いて製造される「Snapdragon 8 Elite Gen 5」では、CPU・NPU・GPUの強化、そして「Personal Scribe」の実装。さらにはカメラ機能の強化などによって、AIを軸にした新たなハイエンドスマートフォンの実現を目指す。

 講演には、マイクロソフトやサムスンのキーパーソンが登壇。一方で、ここ数年の「Snapdragon Summit」で登壇したり、最新スマホへの搭載を予告してきたシャオミやASUSといったメーカーは登場しなかった。

 それでも「Snapdragon 8 Elite Gen 5」搭載の製品は近日発表されるという。日本国内でも、搭載するスマートフォンの登場が期待されるところだ。