インタビュー

ライカの中の人に聞く、「Leitz Phone 1」開発秘話

 ソフトバンクが7月に発売したAndroidスマートフォン「Leitz Phone 1(ライツ フォン ワン)」。

 ドイツのカメラメーカーであるライカが全面監修した初のスマートフォンで、「M」シリーズに代表される同社のエッセンスが凝縮された一台だ。

 今回は、ライカの担当者にLeitz Phone 1の開発秘話を聞いた。

インタビュイー(すべてライカカメラ社)
  • モバイルサービス グローバル・ディレクター:ジェーン・ツイ(Jane Cui)氏
  • 開発者兼プロジェクト・マネジャー:フロリアン・ヴァイラー(Florian Weiler)氏
  • シニア・インダストリアル・デザイナー:デイビッド・スー(David Suh)氏
左:デイビッド・スー氏、右上:ジェーン・ツイ氏、右下:フロリアン・ヴァイラー氏

「Leitz Phone 1」のコンセプト

――「Leitz Phone 1」というネーミングについて、このネーミングにした理由と、そこに込められた意味を教えてください。

ツイ氏
 まず、「Leitz Phone 1」というネーミングは、歴史的な観点から見て、ライカファンの方々にとっても意味が大きいものだと思っています。

 Leitz Phone 1の「Leitz」というのは、我々ライカが1920年代に35mmカメラを発売した時の社主である、エルンスト・ライツ2世(Ernst Leitz II)の名前に由来しています。

 彼の偉大な功績をたたえるという意味に加えて、「ライカの名が初めて冠されたスマートフォンの発売は、(その時の)35mmカメラの発売と同じくらいのインパクトがある」と思って名付けました。

――Leitz Phone 1を開発することになったきっかけを教えてください。また、開発計画がスタートしたのはいつごろだったんでしょうか。

ツイ氏
 我々はスマートフォンにずっと関心を持っていました。さまざまなメーカーさんと話をする中で、2015年にファーウェイさんとのパートナーシップがあり、「Co-Engineering」というかたちで協業してきました。現在までの数年間で、使い勝手や絵作りなどの部分でさまざまな学びを得られています。

 スマートフォンの分野を注視する中で、Leitz Phone 1の開発計画が始まったのは、約2年前の2020年2月のことです。新型コロナウイルスが流行する直前の話になります。

 今日では何十億もの人々がスマートフォンを使っていて、日常的に写真を撮っています。そして、若い人たちの中には、初めて使うカメラがスマホのカメラ、という人も多いでしょう。

 ですから、我々はスマートフォンを非常に重要なツールとして見ています。

――なるほど。Leitz Phone 1を販売するマーケットとして、日本を選んだのはなぜですか?

ツイ氏
 理由はいくつかあります。

 まず、ライカのカメラそのものに関して、アジアの中でも日本で販売を開始したということ。我々も長い歴史の中でアジア市場に重きを置いてきましたが、その中でも特に日本は重要視していました。

 そして、多くの日本のユーザーの方々がライカというブランドを認知し、製品を愛用してくださっています。ハイクオリティな製品を求める日本のユーザーの方々に受け入れていただけるのであれば、世界でも受け入れられるのではないかと思い、日本でLeitz Phone 1をお披露目することにしました。

――ということは、今後ほかの国でもLeitz Phone 1を販売される予定があるのしょうか。

ツイ氏
 我々がLeitz Phone 1を発売してからまだ2カ月ほどしか経っておらず、現在は日本のユーザーの方々のフィードバックから学んでいる最中です。ですから、まずは日本でしっかりやっていきたいという思いを持っています。

――日本でのパートナー選びに関して、通信事業者にソフトバンク、メーカーにシャープを選んだ理由を教えてください。

ツイ氏
 まずソフトバンクさんに関して、イノベーティブなマインドを持った企業であり、新しいブランドに対してオープンな気質を持っていることが決め手のひとつとなりました。

 シャープさんについては、スマートフォンメーカーの中で非常に力を持っているということから、我々としてはあまり迷った部分はありませんでした。

――3社の協業によってLeitz Phone 1が世に出ることとなりましたが、大変だったことなどがあれば教えてください。

ツイ氏
 本当にたくさんのエピソードがありますが、やはりコロナ禍でプロジェクトを進めるということ自体が大変でした。

 プロジェクトがスタートしてからすぐに新型コロナウイルスが流行したため、我々3社の話し合いは基本的にずっとバーチャルで。そもそも時差や言葉の壁があるだけでも大変なのに……という感じでしたね。

 物流の問題やサンプルの送付、それぞれの社内での承認プロセスなど、困難な部分は多々ありましたが、振り返ってみるととても素晴らしい経験になりました。すべてが落ち着いたら、お互いにお酒でも酌み交わしながらお話ができればと思っています。

「スマートフォンのカメラ」に対するライカの考え方

――では、さっそくLeitz Phone 1のカメラについてお聞きしていきたいと思います。今回のカメラのコンセプトはどういったものなのでしょうか?

ヴァイラー氏
 スマートフォンであってもカメラに近いような写真撮影ができる、ということを目指して開発を行いました。それも、「M」シリーズに代表されるような、いわゆる「ライカカメラ」のクオリティや品質を目標としました。

 イメージセンサーに関しても、どちらかと言えばスマートフォン用ではなく、カメラに近いサイズの大型のものを搭載しています。

――大型のセンサーによって、具体的にどのようなメリットが生まれたのでしょうか。

ヴァイラー氏
 自然な発色などを実現し、カメラで撮る時と同じような体験が可能となっています。ナチュラルなイメージを細かく描写できる、という点は我々が重視している部分です。

 また、ダイナミックレンジの広さやノイズの低さに加えて、RAW形式で高品質な撮影ができることも、大きなセンサーのメリットと言えます。撮影後に処理されていないデータがあることで、クリエイターの方々には”自分の色“を出していただける。

 こうしたメリットは「M」シリーズのカメラのセールスポイントでもあり、Leitz Phone 1では「『M』シリーズのような撮影体験」が得られると思っています。

――「ライカと言えばモノクロ」というイメージもあります。Leitz Phone 1には、モノクロ撮影モード「Leitz Looks」が搭載されていますよね。

ヴァイラー氏
 「ライカと言えばモノクロ」というイメージは、我々も非常に大切にしています。カラーが主流の世の中になった時も、我々は「白黒」にこだわりを持って製品を世に送り出してきました。数々の写真家の方々が愛してきたモノクロ撮影の機能を、スマートフォンにも盛り込みたいと思っていました。

 ファーウェイさんとの協業によって2016年に発売した「HUAWEI P9」では、小型のセンサーしか使えなかったので、白黒とカラーのセンサーを分けて搭載し、それを融合させるかたちを採用していました。

 先ほどお話しした通り、技術の進歩によってLeitz Phone 1では大きなセンサーを使えるようになり、1つの大型センサーで白黒とカラーの両方に対応できるようになっています。

――センサーに加えて、Leitz Phone 1はレンズもかなり大きいものを搭載しています。

ヴァイラー氏
 おっしゃる通りです。先ほどセンサーに関して「カメラに近いサイズ」とご紹介しましたが、レンズもスマートフォン用としては最大と言えるくらいのものを採用しました。

 今回のレンズは絞り値が1.9で、被写界深度が非常に浅いものになっています。それによって、こなれた感じの「ぼかし撮影」が実現します。

――7枚構成の「ズミクロンレンズ」ということで厚みもありますが、このあたりは「スマートフォンの厚みに合わせてレンズを決める」のか、「レンズを優先し、そのあとスマートフォンの厚みを調整する」のか、どちらでしょうか。

ヴァイラー氏
 これは終わりのない議論です(笑)。理想論としてのレンズの厚みと、技術的にできるレンズの厚みをすり合わせていく作業ですね。

 たとえば、撮影の品質を担保するために「これくらいの厚みのレンズを入れたい」と言っても、エンジニア側から「そのスペースは取れない」と断られることがある。

 そういった議論を繰り返して、ようやく今回のような構成にたどりつきました。アクチュエータなどとあわせて、剛性と繊細さを両立しながら部品をスマートフォンの本体に収めるというのは、非常にチャレンジングだったと思います。

――スマートフォンカメラと、一般的なカメラの違いはどのあたりにあるとお考えですか。

ヴァイラー氏
 カメラの場合は、大型のセンサーに加えてレンズなどを活用することにより、ハイクオリティな写真を撮ることができます。

 それに対してスマートフォンではサイズ面で制約がありますので、コンピュテーショナルフォトグラフィーと呼ばれる画像処理技術の力も使いながら、それほど苦労せずに質の高い写真が撮れる体験を目指すことになります。

――コンピュテーショナルフォトグラフィーに関して、今後もその分野に注力していく予定ですか。

ヴァイラー氏
 はい。コンピュテーショナルフォトグラフィーを活用することによって、ダイナミックレンジの拡張やノイズの低減を実現できますし、さまざまな被写体の情報をより多く得ることが可能になります。

 ですから、スマートフォンのカメラにとって非常に重要なものだと認識しています。

ライカの哲学が息づくデザイン

――ここまでLeitz Phone 1のカメラ性能に焦点を当ててお聞きしてきましたが、デザインも”ライカらしい“ものになっていると思います。このデザインに決めたプロセスなどを教えていただけますか。

スー氏
 我々がLeitz Phone 1のプロジェクトを始めた時、「真のライカとは何か」を考え、それを具現化できるようなデザインにすることを重視しました。

 プレミアム感や高級感に加えて、「M」シリーズを代表とする過去の製品から脈々と受け継がれてきたライカのフィロソフィー(哲学)を踏襲したい。そんな思いで、Leitz Phone 1はデザインされています。

 そうしたコンセプトを実機のデザインに落とし込む上では、不要な要素を削ぎ落としたシンプルさを大切にしつつ、細部に至るまで手を抜かないことを心がけました。

――確かに、細かいところにもライカのエッセンスが息づいているように感じられます。

スー氏
 背面のカーブがかったデザインなど、「ひと目見るだけでライカの製品だとわかる」仕上がりになったと自負しています。

 性能だけでなくデザインにもこだわったカメラ部分に加え、我々の象徴とも言えるライカのロゴを端末にあしらったこともポイントですね。

――なるほど。ちなみに、これまでスマートフォンのデザインを手がけたご経験はあったんですか?

スー氏
 はい、何度かあります。

――そういったご経験が、今回のデザインにおいても反映されているということでしょうか。

スー氏
 いえ、今回のデザインは個人でなし得たことではなくて、さまざまな人やチームの協力によって実現したものです。

 デザイナー側が「このようなデザインにしたい」と言っても、技術的に難しい場合もある。ですから、エンジニアチームなどと意見を出し合いながら、チームワークで今回のようなデザインになりました。

 その点で言えば、シャープさんの強力なサポートにも感謝しています。ソフトバンクさんにLeitz Phone 1のデザインを初めて見せた時に大変喜んでいただけたので、ユーザーの方々にもデザインの素晴らしさを感じていただければと思っています。

発売からおよそ2カ月が経過して

――Leitz Phone 1は、日本での発売からおよそ2カ月が経ちました。ユーザーからはどのようなフィードバックが寄せられていますか。

ツイ氏
 ありがたいことに、我々が満足できるようなフィードバックをいただけています。

 また、シャープさんからいただける市場のフィードバックなどに加えて、Instagramにおけるハッシュタグ付きの投稿なども拝見していますが、画像の品質に関して満足されているようなコメントが多いと感じています。

 カメラのユーザーの方々からも、「ライカのモノクロ写真のような体験が、Leitz Phone 1で再現できている」というようなコメントもいただけています。

 一方で、改善点のフィードバックとしては、シャッタースピードやオートフォーカスなどに関するものがあります。オートフォーカスに関してはすでに対応済みですし、シャッタースピードなどに関しても、ソフトウェアアップデートなどで継続的な改善を図っていきたいと思います。

――今後のアップデートに関して、何か期待を抱かせてくれるようなコメントはありますか。

ツイ氏
 現時点ではアップデートの具体的な内容は明かせませんが、我々は皆さんを驚かせたいと考えていますので、ワクワクしながらお待ちいただければと思います。

SoftBankオンラインショップ
Leitz Phone 1の情報をチェック