インタビュー
ソニーの開発チームが語る「Xperia 1 III」――「α」シリーズの技術を受け継いだカメラなど
2021年8月31日 00:00
ソニーのAndroidスマートフォン「Xperia 1 III」。同社のフラッグシップモデルとして、国内ではNTTドコモ・au・ソフトバンクから7月に発売された。
Xperia 1 IIIの開発コンセプトは、「Speed and beyond」。可変式望遠レンズや120Hzリフレッシュレート対応のディスプレイなど、ソニーの誇る技術がぎゅっと詰め込まれた一台だ。
今回はそのXperia 1 IIIに関して、同社の開発チームに話を聞いた。
- 商品企画:滝沢宏樹氏
- カメラモジュール設計:千葉寛之氏
- カメラソフトウェア設計:松本和馬氏
- ディスプレイ設計:三木愛子氏
Xperia 1 IIIの商品コンセプトについて
ユーザーが創造性を追求できるよう、開発に注力し、写真、動画、ゲーム、音楽といった分野で、ユーザーが好きなことを存分に楽しみ、さらにその歓びを周囲と共有できるようにする――これがXperiaに根ざす思想だという。
そうした思想をもとに開発された「Xperia 1 III」では5G対応、それもミリ波をサポートすることになり、「私たちが新製品で提供するのは、高速化と充実したクリエイティブ体験。開発コンセプトは”Speed and beyond”」と岸田氏。そのため「Xperia 1 III」は「Community of Interest」に熱中できるよう、カメラ、ディスプレイ、サウンド、ゲーム関連の処理・関連機能をさらにブラッシュアップさせた。
――Xperia 1 IIIを商品として企画する上で、軸になった考え方を教えてください。
滝沢氏
私たちの商品戦略の軸は「Community of Interest」で、写真撮影や映像視聴、あるいは音楽やゲームが好きなユーザーの方にスマートフォンを届けたいと思っています。
Xperia 1 IIIのブランディングに関しては、そういった部分を進化させることを念頭に置いて商品企画を行いました。
――Xperiaシリーズには「1」「5」「10」の3つのナンバリングがありますが、Xperia 1 IIIが担うべき役割はどのようなものになるんでしょうか。
滝沢氏
おっしゃる通り、私たちはその3シリーズをグローバル展開しています。まず「1」シリーズは、私たちの技術を結集したフラッグシップモデルです。
そして「5」シリーズは、プレミアムな機能を持つスマートフォンをよりコンパクトにして、1シリーズに比べて求めやすい価格も実現したものになっています。
最後にミッドレンジの「10」シリーズは、コストパフォーマンスを重視して使っていただけるような機種です。価格と機能のバランスがとれたスタンダードモデルという位置づけです。
――Xperia 1 IIIに関して、先ほど写真や音楽、ゲームといったお話がありましたが、まずはどういったところから開発の話が進み始めたんでしょう。
滝沢氏
まずはカメラを大事にしようという話があって、その時にオートフォーカスが最も重要だという結論になりまして。
相性的にオートフォーカスとマッチするユースケースとしては、動いている被写体が挙げられます。そこで、具体的に子どもやペットなどの被写体を想定した時に、少し離れていても問題ないよう、70mmや105mmといった中望遠の焦点距離を採用することになりました。
――オートフォーカスというポイントに力を入れることに迷いはなかったんですか。
滝沢氏
はい。というのも、私たちは市場の状況なども見ながら議論をしてきましたが、「私たちにしかできないこと」というのが「オートフォーカス」だと思いまして。
たとえば、大きなセンサーや顕微鏡レンズといった技術は、そのハードウェアを搭載することによって実現できます。それに対してオートフォーカスは、私たちがデジタルカメラの領域で培ってきたノウハウが発揮できる分野になります。
――先代モデルの「Xperia 1 II」の望遠レンズは、焦点距離が70mmでしたよね。Xperia 1 IIIで単純にそれを伸ばして105mmにするというのも可能だったと思いますが、あえて70mm/105mmの可変にした理由は何ですか。
滝沢氏
Xperia 1 IIIの広角レンズは焦点距離が24mmなので、Xperia 1 IIで70mmだった望遠レンズの焦点距離を105mmにしてしまうと、24mmから105mmまでの間隔が大きくなってしまいます。
その間の焦点距離はポートレート撮影で頻繁に使われるので、いきなり105mmというのは好ましくないという判断でした。
また、私たちはカメラの切り替えのコンセプトを打ち出していたので、同じセンサーを使ってクオリティを維持したまま、焦点距離を変えるということもしたいと思っていました。
――この可変式望遠レンズ、そもそも技術として成立させられる確証はあったんでしょうか? 商品企画の前にめどは立っていたのかどうかも含めて教えてください。
滝沢氏
そのあたりの明確な時期や順序はお答えできませんが、エンジニアに相談して「これだったら大丈夫」という返事をもらった上で進めました。
Xperia 1 IIIのカメラの開発秘話
ハードウェア
――千葉さんは、デジタル一眼カメラの「α」シリーズのほか、デジタルスチルカメラ「RXシリーズ」のレンズ設計にも携わっておられますよね。その中で、スマートフォンのXperia 1 IIIにおける面白さや難しさを教えてください。
千葉氏
これまでとの比較で、可変式望遠レンズの「構造」が大きく違います。従来であれば、レンズバレルという筐体の中にレンズが6~7枚入っていて、それらが一塊となって動き、フォーカスや防振といった機能を実現しています。
これらは通常であれば1つのユニットになっているのですが、可変式望遠レンズの場合はその中のレンズ群を分け、高精度に独立して動かす必要が出てきます。その上で、高い光学性能を発揮しなければいけないので、そのあたりは非常に苦労しました。
さらに、Xperia 1 IIIの細長いボディにさまざまな焦点距離のカメラを搭載することを考えると、1つのカメラモジュールでやることも絶対条件でして。可変式望遠レンズという新たな技術を採用しつつ、コンパクトさやクオリティを保つことには苦労しました。
――こうしたチャレンジを成功させるには、さまざまな部署の力が必要になりそうです。
千葉氏
はい、その通りです。Xperia 1 IIIの分かれたレンズ群は、サブミクロン単位で動く専用のアクチュエータをそれぞれ搭載しています。これらを制御するアルゴリズムを制御チームが開発し、最適なチューニングを施すことで、高い光学性能につながりました。
また、デュアルフォトダイオードのイメージセンサと組み合わせることで、高精度と圧倒的なスピードを兼ね備えたカメラモジュールが完成しました。多くの部署の力を結集して、「One Sony」で乗り越えられたと思っています。
――そもそも、可変式望遠レンズのアイデア自体はすんなり出てきたんですか?
千葉氏
デジタルカメラやαシリーズのレンズの設計と同様、そういったアイデア自体はありましたが、それを製造に落とし込むというのが難しかったですね。Xperia 1 IIIの横並びのレンズは、1回プリズムで曲げて横長に入れています。
――こうした技術は、今後Xperiaシリーズを代表するものとしてずっと取り入れられていくものになるんでしょうか。
滝沢氏
可変式のズームと、望遠域に注力するという部分は、今後も注力していくポイントになると思います。
ソフトウェア
――被写体に自動でフォーカスを合わせ続ける機能「リアルタイムトラッキング」に関して、苦労した点を教えてください。
松本氏
リアルタイムトラッキングに関しては、もともとαシリーズに搭載されていますが、αシリーズとはデバイス性能の差分がありますので、それを埋めるというのが非常に難しいところでした。
また、Xperia 1 IIIが搭載する複数のレンズのすべてに対応させる、というのも苦労したポイントです。
――「デバイス性能の差分」は、具体的にはどのようなところですか。
松本氏
たとえばXperia 1 IIIの場合はαシリーズと異なり、追尾に必要な精度の深度情報をレンズから取得することが難しくなります。
そこで、ハイエンドチップセットによる高度な処理を活用するなどして、検出性能や追尾性能などを向上させました。
――αシリーズとの比較、という点で具体的な数値などを教えていただけますか。
松本氏
具体的な数値はお答えできませんが、αシリーズとは異なるユースケースの定義を行った上で、どのくらい追尾できるかというのは数値化した部分もあります。それに加えて、数値では測定できない主観的な部分でも評価を行いました。
スマートフォンの強みは、取り出してすぐに撮影できる部分にもあると思いますので、UIや性能のチューニングも行いました。
――リアルタイムトラッキングはXperia 1 IIには搭載されていなかったので、かなりパワーアップしたと言えるのではないでしょうか。
松本氏
はい、その通りです。
これまでは、たとえば複数の被写体を写す時に、撮りたいものとは別の被写体をAIが認識してしまった場合、リカバリーが困難でした。Xperia 1 IIIではそれができるようになりましたし、被写体の予測不可能な動きにも対応できます。
――予測不可能な動きへの対応というのは、具体的にどのような感じなんでしょうか。
松本氏
被写体の動きの変化を捉えられるようにフレームレート自体を上げたり、裏でトラッキングをしたりする技術を使っています。
――続いて標準のカメラアプリについて、Xperia 1 IIIでは「Photography Pro」に統一されています(注:Xperia 1 IIでは、標準アプリとPhotography Proの両方が搭載されていた)。この理由を教えてください。
滝沢氏
Xperia 1 IIでは、2つのアプリが分かれていたことで、「高精度な瞳AF機能」などのオートフォーカス機能を十分にご利用いただけていなかったんです。万人が求めている機能だと思ったので、統合という形で幅広いユーザーの方に使っていただけるようにしました。
ですから、本格的に撮影を楽しみたい方にはPhotography Proをそのまま使っていただき、ライトユーザーの方にはPhotography Proのベーシックモードを使っていただくことで、すべてのユーザーの方をケアできる仕組みです。
実際にTwitterでも、「ベーシックモードできれいに写真を撮れたから、ほかのモードにも挑戦してみたい」という声がありました。
――開発中の段階で、アプリの統合に関する不安はなかったんでしょうか。
滝沢氏
どちらかと言えば、懸念よりも「オートフォーカスを幅広い方々に使っていただける」という自信のほうがありました。
――今後は、この統合されたアプリが基本になっていくという認識でよろしいでしょうか。
滝沢氏
はい、その予定です。
120Hzリフレッシュレート対応のディスプレイについて
――ディスプレイに関してお聞きしたいんですけれども、やはり開発は大変でしたか。
三木氏
4K画質で120Hzリフレッシュレート対応というのは、今回が初めてのことになりましたので、設計や開発はやはり大変でした。電源回路の見直しやICチップの使いこなしなどは特に苦労した部分です。
――電源回路の見直しなどは、通常ではやらないことなんですか?
三木氏
いえ、世代交代に伴ってそういった部分を見直すことはあるのですが、今回は世代交代の時よりも見直す範囲が広くて大変でした。
――開発には、どれくらいの時間がかかったんでしょうか。
三木氏
その部分は、ちょっとお答えできません。
――4Kで120Hz対応、というのはすんなり決まったことなんですか?
三木氏
はい。Xperia 1 IIでは4K画質で60Hz対応で、5 IIでは120Hz対応を実現しています。
今までは、たとえばゲームをするならリフレッシュレートの高いXperia 5 IIを選ぶ、という感じだったと思います。今回は、「Xperia 1 IIIはオールマイティにすべてをこなせる一台に」という目標のもと、4Kと120Hzの両立というのは、比較的すんなり決まりました。
――技術的に難しかった部分は具体的にどのあたりでしょうか。
三木氏
Xperia 5 IIが120Hzに対応しているので、技術的に新規性があまりないように見えるかもしれませんが、4Kと同時にそれを実現するというのは、やはり難しかった点です。
たとえばHDRという技術自体もすでにあったものですが、今回は4Kで60Hzと120Hzの両方に対応しているので、周波数が切り替わったときでもHDR画質がなるべく変わらないようにすることに苦労しました。
――高画質と高リフレッシュレートということで、消費電力が気になります。
三木氏
おっしゃる通り、4Kと120Hzの両立によって消費電力が大きくなるかもしれないということが、設計の初期段階でわかっていました。
ただ、やはりバッテリーはユーザーの方にとっても重要なポイントですので、ICチップの使いこなしなどを工夫して、消費電力が増えてもバッテリー持ちはキープできるという調整を行っています。
各担当から一言
――本日はありがとうございました。Xperia 1 IIIのセールスポイントとして、「ここは」というところをお聞かせください。
滝沢氏
今回はカメラとディスプレイをメインにお話をしましたが、オーディオやゲーム分野にも注力しました。迫力のサウンドやゲーミングにおける各種調整も、Xperia 1 IIIのセールスポイントとなっています。
千葉氏
独自のシミュレーション技術などを取り入れて開発し、スマートフォンサイズのXperia 1 IIIに、αシリーズやデジタルスチルカメラで培ったカメラ関連の技術を盛り込めました。これにより、Xperia 1 IIIをαシリーズの一員として見ることができるようになりました。
Xperia 1 IIIのコンパクトさや防水性などを加味すると、αシリーズの持つ撮影の体験をより広げることができたと感じています。
松本氏
リアルタイムトラッキングや瞳AFという部分はすでにお伝えしましたが、連写機能などもおすすめしたい部分です。ぜひ、これらの機能を組み合わせて決定的な瞬間を撮っていただきたいと思います。
あとは、リアルタイムトラッキングは動く被写体を撮る時だけでなく、撮影者自身が動いて構図を変えるときにも有効になります。ですから、動かない被写体を撮るときにも使ってみてほしいです。
三木氏
4K画質でありながら120Hzリフレッシュレートに対応したディスプレイの、鮮やかさや滑らかさをぜひ実感してください。
滝沢から話があった通り、ゲームも今回力を入れた部分になりますので、ゲームをプレイされる方には満足いただけると思います。