インタビュー

シカゴ「Pokémon GO Fest」の舞台裏は? ナイアンティック川島氏と須賀氏に聞く

ARへの考え方、Ingress次バージョンの更なるヒントも

 7月22日、米シカゴでスマートフォンゲーム「Pokémon GO」のイベント「Pokémon GO Fest」が開催された。日本では自治体がリードする形でのイベントは何度か開催されたことはあったが、Pokémon GOを提供するナイアンティック自身の主催イベントは今回が初めて。

 イベントは、参加者があまりに多く携帯電話が繋がりにくくなり、満足に遊べない時間もそれなりにあったが、それでも2万枚ものチケットが30分で完売し、シカゴ以外からの来場者が60~70%を占めるなど、今回も多くの人を動かしたナイアンティック。ナイアンティックの川島優志氏と須賀健人氏が日本の報道陣からのグループインタビューに応じ、イベント開催の背景や狙い、そして今後の展開、さらにはナイアンティックのプロダクトである「Ingress」の次バージョンのさらなる情報などが語られた。

須賀氏(左)と川島氏(右)

シカゴでイベントが開催される理由

――ナイアンティック初のPokémon GOリアルイベントがシカゴで開催されることになった理由は?

須賀氏
 地理的に米国の中心と言える場所にあってどこからでも訪れやすいのです。いろんな場所から来てほしいという想いを込めてシカゴを選んだわけです。もちろん交通の便だけでもなく、イベント用にとても美しい公園を利用できることも理由のひとつです。シカゴ内のホテルからの協力も得られました。

会場のグラントパークをシカゴで最も高いウィリス・タワーの展望台からのぞむ。赤丸で囲ったあたりがグラントパーク内のPokémon GO Fest会場周辺だ
ミシガン湖に面するシカゴ市内を流れる川をビルが囲む

川島氏
 建築物だけでも、伝統的なものもあれば新しい物もあり、魅力的なポケストップが多いかなと思います。

――「Pokémon GO Fest」の開催までにかけた期間は?

川島氏
 もともと早い時期にイベントを開催したいと考えていました。大きかったのはレイドバトルの実装です。Pokémon GO発表時のプロモーションビデオで成し遂げたかったことがが実現でき準備が整ったわけですが、たまたまそれがサービス開始からちょうど1年目の時期になったというわけです。

 ただ、1年という節目で実現できたのは本当によかったです。振り返るとPokémon GOはその成り立ちも、ローンチ時も幸せな偶然に恵まれているなと思います。

――イベント開催に向けて重視したポイントは?

須賀氏
 安全性です。会場に給水所を設けたり、そもそも参加者を2万名に限定したりすることなども含めて対応してきました。

「新しい友人関係が生まれれば嬉しい」

――イベントとして重要視した部分は何でしょうか?

須賀氏
 まず1カ所に集まるというのはナイアンティックにとって大切なことです。その場に行かなければ遊べないというのはIngressもPokémon GOも大きな特徴です。こういったイベントでトレーナーが1カ所に集まり、ゲームをプレイするだけではなく、その場の空気や現地の風景を楽しんでいただきたいのです。そしてその場に集まったトレーナー同士でコミュニケーションをとっていただいて友達になってコミュニティを形成していく、というのが我々にとって大事なことです。


 今回、会場には陣営ごとの休憩所を設けており、スマートフォンの充電ができます。こうした場で新しい友人関係が生まれるのであればナイアンティックとして嬉しいことはないですね。

「“チケットを100ドルにしてミュウツーを出す”なんてことは絶対にしない」

――今回、シカゴのイベントでは、他地域に先立って“伝説のポケモン”が登場すると予告がありました(本インタビューは伝説のポケモンのプレゼントが発表される前に行われた)。さらに翌日にはシカゴ以外の地域でも登場するとのことでした。しかし翌日ではなくもう少し先にすることで、シカゴイベントのプレミア感をさらに高める、というアイデアもあり得たと検討されたと思うのですが……。

須賀氏
 今回のイベントでどうしてもやりたかったのは、「シカゴだけで完結しないこと」でした。シカゴでのプレイ結果、そしてグローバルでのプレイ結果がそれぞれ反映されるのは、とてもこだわった部分です。ですので、「シカゴイベントのプレミア感」を出すことは我々のゴールではないのです。1カ所に集まっていただくことと同時に、世界中のトレーナーに楽しんでいただくことが重要です。特定のイベントだけを強めることはあまりしたくないと考えていました。

川島氏
 「このイベントで伝説のポケモンが得られるから、そこにだけ来ればいい」といったことではないのです。

 今回のイベントは本当にポケモンを愛する人たちが集まって、同じ体験を共有してほしいということなんです。その、なんて言うんかな……このイベントに参加すれば専用のメダルをもらえます。でもそれだけじゃない。Ingressのときからそうですが、来場することで顔と顔をあわせて交流できます。その中には得がたい出会いがあって、さらに拡がりがある。当社のプロダクトを味わったことがある方は、多かれ少なかれそういった体験を得ているはずで、それをPokémon GOでも展開していきたい、というのが当社の想いです。

須賀氏
 こうしたイベントで大規模な収益をはかる考えはありません。こうしたイベントを通じてPokémon GOの楽しさを伝え、より拡がるきっかけになればと。もし収益をあげるならばチケット価格(今回は20ドル)をより高額にして、“伝説のポケモン”を出現させる、という形にすればいいかもしれません。でも我々は今後も含め、絶対にそうしたことは行わないと思います。チケットを100ドルにしてミュウツーを出せばと言われることもありますが、それは絶対にやらないです。

川島氏
 私は今回、「Pokémon GO Fest」がきっかけで初めてシカゴを訪れました。ニューヨークとサンフランシスコの間をとるような、自然と都市が絶妙なバランスで、本当に良い街だと感動しているんです。

普段は米国で勤務する川島氏、シカゴは初めて訪問したという

 知識として「シカゴは良いところだ」と知っていても、実際に来てみると体験の濃密さは違いますよね。それが頭でわかっていても、実際に足を運ぶのは難しい。でもIngressやPokémon GOといった当社のプロダクトで一歩踏み出すきっかけになって、新しいところへ訪れることになれば世界が縮まって、さまざまな場所に親近感を抱いていただけるようになるといいなと思っています。トレーナーのなかにも初めてシカゴを訪れた方はたくさんいるでしょう。こうしたイベントに参加した方がいずれ、東京や横浜のイベントに参加することもあり得ます。

ナイアンティックが考えるリアルイベントのかたち

――シカゴが米国の中心として選ばれたのであれば、日本だと名古屋が候補になりますか……?

須賀氏
 それはこれから検討ですね(笑)。これだけの人が集められる場所も必要です。ただ、イベントについてはいろんなアプローチがあると思っています。今回のように1カ所で大規模にやることもあれば、よりスケールが小さなものをいろんなところで開催するというアイデアもあり得ます。より多くの方に遊んでいただけるイベントの仕組みを検討したいです。

 第1弾は8月に横浜で開催されるものです。6日間、さまざまなポケモンが登場するものもあれば、8月14日には「Pokémon GO STADIUM」と題するイベントがあります。「Pokémon GO STADIUM」の詳細はまだですが、特別なことが起きます。第2弾、第3弾については「GO Fest」みたいな形もあり得ますし、自治体と連携して小規模なイベントもあり得ます。

 欧州ではショッピングモール事業者と一緒に、小規模なものを7カ所程度で実施します。ARゲームの良さのひとつは、大がかりな前準備が不用なことです。そうした利点を使って、より多くの方に楽しんでいただきたいです。

――ジョン・ハンケ氏が「Pokémon GO Fest」の壇上に上がった際には、シカゴで来年も開催したいと語っていました。

須賀氏
 来年に限らず、実施できるだけやりたいです。今、プランニングを進めています。
――Ingressでは、1つのテーマのイベントが主会場と副会場といった形で開催されることがあります。Pokémon GOではいかがですか。

川島氏
 もちろん考えられると思います。欧州では今回、サテライト(副会場)がいっぱいあるようなイメージのイベントがあります。またシカゴでのイベントは世界中のトレーナーが協力して何かを成し遂げるという仕組みがあります。これはIngress時代からジョン(ナイアンティック創設者のジョン・ハンケ氏)の想いがそうした面で強いからです。

――シカゴではPokémon GO Festとしてポケモンの出現数が増え、会場だけではなくグローバルでトレーナーが影響し合う形ですが、欧州のイベントはまた違う形と。日本もまた異なるイベント内容のようですが、同時期の開催ながら地域ごとに異なる内容にしているのはなぜでしょう?

須賀氏
 画一的な内容が全ての場所にマッチするわけではありませんので、より柔軟に対応したい。それを可能にするのがPokémon GO、IngressのようなARゲームの良さだと思います。宮城県で実施されたPokémon GOのイベントのようにかなり広域実施することもありますし、複数箇所に分散して開催することもできます。

 ここまで大規模なARゲームは、我々以外にはありませんから、新しいイベントの形を開発していかないといけないとも思っています。

――日本は自治体からの誘致も積極的ですよね。海外はいかがですか。

須賀氏
 一部にありますが日本ほどではありません。一方で米国ではナイトファウンデーションという、地方活性化をはかる団体とのコラボを実施しています。英国ではビッグヘリテージという歴史遺産の活用をはかって地方活性化を目指す団体とコラボしています。全般的に見ると日本はかなりリードしていますね。

――今回のイベント開催が決まって以降、アイテムの売れ行きなどに変化はありましたか?

須賀氏
 イベントは局地的でしたので効果は正直わからないです。ただ、レイドバトル導入後は堅調に推移していますね。

――トレーナーの動向はいかがですか? レイドバトル導入後の利用者数は?

須賀氏
 はい、レイドバトル後は、具体的には明らかに言えませんが、かなりいい数字です。

――休眠していたような方の復活も?

須賀氏
 はい、たくさんそうした例を目にしています。おそらくみなさんの周囲でもそういう方がいらっしゃるのではないでしょうか。レイドバトルができたからこそ、ポケモンを強くしたいと考えた方もいらっしゃるでしょうし、伝説のポケモンが登場することでSNS上でも話題になったりしていますので休眠ユーザーに影響を与えられたかなと思います。

川島氏
 6500万人以上のもの月間アクティブユーザーがグローバルいて、大きなムーブメントを作り出せたことはとてもインパクトがあります。我々もまだ始まりだと思っています。10何年も続けられるプロダクトにできればと思っています。そう言うと壮大に聞こえるかもしれませんが、もともとポケモンそのものが20年、育てられたものです。だからこそブレイクしたと言えますね。

ARとウェアラブル

――ARゲームとして今後の技術のキャッチアップに関する姿勢を教えてください。

須賀氏
 ARゲーム、リアルワールドゲームをリードしていきたいと思っていますので、開発を継続的に進めています。

川島氏
 先のアップルさんの発表ではARkitが紹介され、Pokémon GOが参考例になっていました。そういう形で新しい技術へどんどん対応して、体験の質を上げたり、それまで体験できなかったようなものを実現したいですね。

――スマートフォンのAR対応が進むことにもどんどん対応していかれるのでしょうか。

川島氏
 はい。ARに関しては、今も「Pokémon GOみたいなもの」という説明が成り立っていて、嬉しく思っています。現実世界を楽しむひとつの方法として新しい技術を使って展開していきたいですね。

――MR(Mixed Reality)への期待が膨らんでいます。

川島氏
 いろんなデバイスが生まれてくるでしょうが、常に大事にしたいのは「現実世界と繋がっていること」です。我々が住む地球と言いますか、世界そのものの魅力が伝わるようにテクノロジーを使って行きたいです。MRもそういうことであれば積極的に使いたいです。

 Pokémon GOはもちろん、Ingressでも次のバージョンでもどんどん新しい技術を入れた試みを採り入れていきたいですね。

――グーグルが開発したTangoへの対応はいかがですか。対応端末がまだ限られますが……。

川島氏
 Tangoのチームとはずっと以前から、どんな協力ができるか連絡を取り合っています。我々が考えているのは、自分たちが思っている以上にARなどの技術が早く進歩していくのではということです。たとえばTangoは独特のセンサーが必要ですが、近い将来、その実装が当たり前になるかもしれません。一方で(複雑な機構ではない)ARKitのようになるかもしれません。

須賀氏
 ARマーケットでどれが一番優れているかはまだわかりません。過渡期ですので、特定のパートナーではなく、あらゆる可能性を探って、次世代の技術を探っていく段階です。

川島氏
 見るだけがARではありません。たとえばPokémon GO PlusもARデバイスの一種です。つまりその場所の体験を高める、あるいは今までにない体験ができる、ということがすなわち現実を拡張しているということです。そういう体験ができる技術をARと呼びたい。

――新しいものを導入していく場としては、Pokémon GOよりもIngressだとナイアンティックでは考えているのでしょうか?

川島氏
 Ingressは確かにいろいろと実験的なことができる場所ですが、Pokémon GOでも新しい技術を採用しています。それぞれにマッチした形で採用していきたいです。ただ、Ingressはエージェント(プレイヤーのこと)自身が積極的にテストへ参加してくれます。一緒に高めていくものはIngressに向いているかなと思います。

――たとえばイベントになるとIngressはボランティアで参加し、Pokémon GOではトレーナーが参加者という形になっているようです。差をあえてつけたのでしょうか?

須賀氏
 あえて付けたというよりもユーザー層によって違うアプローチが必要になると思っています。Ingressは、よりユーザー数が少ないものの、エンゲージメントがより強いゲームです。画一的ではなくそれぞれに合った形で、と考えています。Ingressでもここまで4年かかっていますし、Pokémon GOでもコミュニティが今後発展してくればまた違う形になるかもしれません。

次の機能は?

――ここ最近だけでもレイドバトルやジムバトルの刷新がありましたが、それでもユーザーは次に何があるのか気になります。

須賀氏
 最初のプロモーションビデオに含まれる内容は全て搭載する予定ですが、未実装のものは今の段階では鋭意開発中としか申し上げられません。

川島氏
 できるだけ早く実装したいと開発陣が考えていることは変わりありません。

【Pokémon GO発表時のプロモーションムービー】

――あの映像に含まれる内容ですと、すでに8割方、実装されたのでは? 残るはポケモンの交換や対人戦でしょうか?

須賀氏
 あのビデオでは対人戦までは含んでおらず、ジムを取り合っているだけなんです。

川島氏
 答えにくいところなのですが、メッセージとしてはまだまだ完成だとは思っていないということです。完成に向けてナイアンティックのエンジニア、プロダクトマネージャーは全力で頑張っています。

須賀氏
 成し遂げたいアイデアは無限にあります。ただこの規模のゲームの開発は世界にも類を見ませんので、いろいろと難しいです。

川島氏
 すごく長いスパンで考えているんです。一般的にモバイルゲームはリリースから短いスパンで終了すると考えることが多いと思います。でも我々はこれからもずっと長く、ポケモンを愛してくれるトレーナーがいるかぎり提供し続けたいという想いでいます。

須賀氏
 先日、サンフランシスコで友人たちとレイドバトルに挑んだとき、相手がカビゴンでとても強く、なかなか倒せなかったんです。あきらめずに頑張っていたら人が集まってきてなんとか倒せた。後ろを振り返ったら小学生たちがいて、「今やってたのはあなたたち?」と話しかけてきてくれたんです。そうだよと答えたら、よく頑張った! とハイタッチしました(笑)。小学生と30~40歳の大人がハイタッチできるなんて体験が提供できるゲームは他にないと思います。Ingressでもそうした人の繋がりは実現できていますが、子供と大人という関係みたいなところはPokémon GOならではだと思います。

Ingressのエージェントには、晴れ男として知られる須賀氏。22日のシカゴは雷雨の予報で朝は雨が降っていたが、イベント開始時刻になると雨はやみ、午後には真夏の日射しになった

Ingress、次のバージョンで何が変わる?

――次の機能、という意味では「Ingress」の次バージョンについても教えてください。開発環境がUnityになることで、体験がどう変化しますか? ゲームルールも変わるのでしょうか?

川島氏
 Unityになることでさまざまなデバイスへ対応しやすくなります。たとえばVR、AR向けのデバイスやウェアラブルデバイスなどです。いろいろな新しい体験を高めるデバイスを使った、複合的な遊び方ができるものになっていくんじゃないかなと。

 ゲームルールに関しても、もちろん詳細はまだ話せませんが、どういう形で今までと違うような楽しみ方をしてもらえるか考えています。もしかしたら「えーっ!」と言われるような変更があるかもしれませんし、ないかもしれません(笑)。

須賀氏
 一言であらわすと「カッコイイ」です。

川島氏
 Pokémon GOにIngressの経験や資産が活かされていますが、Pokémon GOで得たものもありますので、いろんな意味でうまく(Ingressに)活かされるような形になればいいなと思っています。

――ありがとうございました。