インタビュー

Ingress Prime、Pokémon GO、ハリー・ポッター――2018年はどうなる?

ナイアンティック川島氏&須賀氏インタビュー

 現実世界を舞台にする「リアル・ワールド・ゲーム」を提唱するナイアンティックが2018年、「Ingress Prime(イングレスプライム)」を提供する。「Pokémon GO」でも活用されるスポット情報を生み出したゲームであり、提供から5年を経てなお、熱いファンに支えられている作品でもある。

 ひとまず動作する場面が披露されたが疑問はまだまだある。そこでナイアンティックの川島優志アジア統括本部長と須賀健人アジア統括マーケティングマネージャーをあらためて直撃。Ingress Primeに限らず、詳細はまだ明らかにされていない「ハリー・ポッター」を題材とする新作に関するコメントや、2018年以降に向けたナイアンティックの考えなども聞いた。

ナイアンティックインタビュー今回のトピック

  • Ingress Prime、今聞ける細部と世界初公開のローディング画面
  • IngressのAPIについて
  • ハリー・ポッターを題材にした新作について
  • ARゲームの先駆者、ナイアンティックの強み
  • AR、AIの可能性

環境一新でできるようになること

――「Ingress Prime」がようやく発表されましたが、その反響をどう捉えていますか。

川島氏
 発表前は、5年続いたものがさらに次へ行く、その新たな挑戦がどう受け止められるか考えていましたが、ポジティブに受け入れてもらっていると思います。先週末、台北でIngressの世界大会を開催し、Ingressを1000日連続でプレイしたエージェント(プレイヤーのこと)30~40人にIngress Primeが動作しているところを披露したら、とても盛り上がりました。演技でそういう反応はなかなかできないでしょうから、喜んでいただけているのかと。

須賀氏
 みなさんの反応は待ちに待ったという感触ですね。ただそれだけではなくて、ワクワク感と不安が入り交じったような形で受け止めてる方が多いのかなと思っています。

川島氏(左)と出張直前の須賀氏(右)

――4日の説明会では、開発環境やサーバーサイドの一新が背景にあり、未来に向けた布石ということでした。たとえば今までの環境で実際に困ったことはあるのでしょうか? 技術面で、Unity以外に採用されたものはありますか?

川島氏
 「Ingress」はまずAndroid版、その後、iOS版をリリースしましたが、そうしたマルチプラットフォームへ対応する仕組みも、Ingressを開発した時期と比べ、現在、より良いものが登場しています。そこで今回、1年を費やして抜本的なバージョンアップをはかったわけです。この世界で5年は長いです。5年前に良かったものが今も最も良いとは限りません。

 サーバーを含め技術面については、まだ他に明らかにするものはありません。Unityでは、Pokémon GOでも採用していますが、たとえばチートやスプーフィング(位置偽装)への対策をプラグインとして開発しています。今後、新しいプロダクトを開発する際、そういった仕組みで柔軟に対応できるわけです。そこがひとつ大きなメリットで、Ingress Primeもそのアドバンテージをきちんと活用していくでしょう。

OSMの採用も

――ナイアンティックのプロダクトの核、という意味ではIngressはポータル情報に大きく関わっています。このあたりはどうなりますか?

川島氏
 ポータル情報の今のデータベースが、何か書き換わるわけではありません。ですが、Pokémon GOの運営を通じて、どこがより安全と思われるのか、どういうところがよりこうしたゲームにふさわしい場所かといった情報があります。

 またIngressやPokémon GOの地図は最近、OpenStreetMap(OSM、オープンソースの地図プロジェクト)へ切り替えました。OSMでは地図上の属性を情報として保有しており、Ingress Primeでも(他のナイアンティックのプロダクトと)統一した形で、お互いに利用し、進化できるのではないかと思います。

 OSMは誰もが地図を整備できる仕組みです。もちろんカバレッジは完璧と言えないでしょうが、そこに貢献してみる、という人が出てくるかもしれませんね。それでみんなが使える地図がより充実していく。これまでのGoogle Mapsではグーグルの協力会社による改善を待つだけでしたが、ユーザー自身が改善していくことが可能になり、新しい可能性が出てきます。

謎に包まれたIngress Prime

――発表文では「舞台となるゲームボードはリセットされる」とありました。これはどういう意味なのでしょうか?

川島氏
 誤解を生みやすい表現だったかもしれませんが、ポータルの位置や、あるいは占有する陣営がいったん中立化するという意味ではありません。ここで言う「リセット」とは、Ingressという世界そのもののがグラフィック、アーキテクチャーを含めて新たなものになるという意味です。いわば「リデザインされる」と捉えていただければと思います。見えない部分も含めて作り直したということです。

【「Ingress Prime」新旧比較動画その1】

【「Ingress Prime」新旧比較動画その2】

――同じく発表文で「スマートフォンのカメラを活用した最先端のAR技術を駆使する」とありました。これは4日の説明会では触れられませんでしたが……。

川島氏
 ここはまだ詳しいことは述べられない、開発中の機能なんです。そもそもIngressは「カメラを使わないAR」です。Ingressのエージェントたちには、世界規模で街中のスポットを撮影し、登録することでゲーム中に「ポータル」としてライブさせてきた、拡張現実を作ってきたという自負があると思います。さらなる未来において、これからエージェントたちが作り上げる拡張現実の世界は、ただ写真を撮るだけではなく、その先に何があるのか――というのがヒントになるでしょうか。未来の世界をエージェントが作っていくような、そんな機能になると思います。

――そ、それは妄想がはかどりますね。先日の説明会でVRコンテンツも披露していただいたこともあって、カメラを使うのであれば、360度写真や動画だったりといったコンテンツも視野に入れているのでしょうか。

川島氏
 いろいろ妄想してください(笑)。ここから先の未来では情報のレイヤーがどうなっていくのか、一緒に作っていく機能になるかなと。そして世界とよりリアリティをもって繋がる仕組みになればいいなと思いますが、まだ開発中です。

――サウンドはいかがですか?

川島氏
 新しいものになります。もともとIngressのサウンドはサイエンスフィクションな感じで人気がありますが、今回さらにパワーアップしたサウンドになりますのでご期待ください。

――インベントリー(アイテム一覧)にポータルキーは含まれますか?

川島氏
 含まれます。ユーザーインターフェイスとしてポータルキーを分けて使いやすさを向上させようとしているわけです。ポータルキーに関するリクエストはたくさんあって、UXデザイナーはそこを意識してどんどん改善させていくと思います。

――Unityを採用するPokémon GOは、起動時、待たされると感じる人が少なからずいるようです。Ingress Primeはどうなるでしょうか。

川島氏
 Unityを使うことで起動時間が長くなる部分はあると思います。Ingress Primeもそういった影響があるかもしれませんが、ローディングシーンも格好良くなっているんです。先日はお見せできませんでしたが、初めて披露します。

【「Ingress Prime」ローディング画面】

――おお、これは日本科学未来館のジオ・コスモスのように高精細な地球儀が回るのですね……

川島氏
 はい、地球が一周する形になるのですが、開発中の今はすぐローディングを終えてマップ画面に切り替わりますね。

――これまでも地球儀が表示され、たとえばインド全体が1つのフィールドに収まるようなことがあれば、ローディング画面にも表示されていましたが、「Ingress Prime」でも同様の形になりますか?

川島氏
 はい、そこは期待していただいて大丈夫です。起動に関してはできるだけ早くしたいともちろん思っています。

――ブラウザでアクセスするマップ画面は?

川島氏
 チーム内でも議論しているところです。当初はこれまでと同じような形ですが、開発で採用したUnityはWebでもご覧いただけますので、将来的にはそうした形(ゲーム画面を反映した表現のマップ)など、さまざまな可能性が考えられます。あとはVRでインテルマップを観るのもひとつの可能性です。スキャナのアプリ内で、という可能性もあります。いろんな可能性を考えて実装しようとしています。Unityでいろいろやりやすくなると思っています。

――以前、Android Wearアプリもありましたが、Pokémon GO Plusのようなデバイスが登場する可能性はありますか?

川島氏
 ウェアラブルできるようなデバイスはぜひ考えたいですね。非常に前向きに考えています。Pokémon GO Plusでは触覚を活用した面白いインターフェイスだと思っています。Ingressでもおそらくああいう形で、画面を見なくても遊べる仕組みはぜひ提供していきたい。よりポータルに集中できるようなもの、あるいはウェアラブルデバイスで自分の体の情報を使ったプレイスタイルですとか。ローンチ時にはできないでしょうが、将来的には対応していきたいです。

――Android Wearに対応されたころ、G+上でエージェントさんから「腕を突き上げ、地面へ打ち込むようなアクションをすれば武器を撃つ」というジェスチャーのアイデアを寄せていただいたことがありました。

川島氏
 デバイス的にはそういったことも可能になるでしょうね(笑)。

――Ingress Primeはまず現在のIngressと同じ機能を揃えることが最初の目標ですよね。

川島氏
 はい、そうです。クローズドベータという形でおそらくスタートするでしょう。まだ確定ではありませんが、おそらくIngress PrimeとIngressが併存する期間をちゃんと設けると思います。つまり強制的なアップデートをすることは当初しないということです。ただそうした方針は変わるかもしれません。

――その上で、新たに追加される機能として現時点で教えていただけるものはありますか?

川島氏
 たとえばアニメを制作しているとお伝えしましたが、アニメと連動するような何かがあるかもしれません。

 またIngressでポータルを探すのは、ゲームプレイそのものとは違う、世界を探索する楽しい体験だと思っています。Ingress Primeでは、より新しい形で提案できるかと思っています。新しい目で世界を一緒に作っていくような体験を、ゲームとプラスアルファで提供することを目指して開発しています。

――それは先に教えていただいたAR機能とかぶる部分は……。

川島氏
 はい、重複するところはありますね。

――何かAPI(外部から特定の機能へアクセスする仕組み)を一般向けに開示される考えはありますか?

川島氏
 APIはイベントなどで限定的に開放することができています。それをどこまで広く開放するか。ただ難しいことがあります。人によっては、たとえばコミュニティに悪影響を与えたり、ゲームプレイにとって良くないことになったりしないか、配慮が必要です。慎重に、ではありますが、APIを活用することで芸術作品を作ったり、イルミネーションを観られるようにすることは技術的に可能です。たとえば真鍋さん(ライゾマティクスの真鍋大度氏)の作品もあったりしました。より多くの方ができるような仕組みを作りたい、というのはナイアンティック一同思っています。

 今年5月、米国キャンプナバロで開催したイベントでは、現実世界でエージェントが集まり、工作してオブジェを組み立て、ポータルを作る、という試みをしました。ここではイルミネーションをAPIで実装していました。来年もまたそれはやります。そういう取り組みを通じて、どんどん先へ進めたいです。2018年はそういう意味で、APIもひとつ熱いトピックになるかもしれません。

――Ingress Primeでは、より多くのユーザー層へどうアプローチしていきますか?

川島氏
 確かにIngressは、ハードコアなSFでゲームとしても懇切丁寧な仕組みではない、新しいコンセプトでした。その楽しさ、進化がわかるまで時間がかかって、ダウンロードはしたものの離脱された方はいると思います。そこで、もっと早い段階で、Ingressの進化感を体感してもらえることができないかということも、Ingress Primeではチャレンジだとチームとして知恵を絞ろうというところです。Pokémon GOのおかげで外で遊ぶことが現実感をもって受け入れるきっかけになっていると思います。そういった意味でも良いタイミングではないでしょうか。

新作「ハリー・ポッター」も開発中

――約1カ月前、J. K. ローリングの小説「ハリー・ポッター」をモチーフとしたゲームを開発すると発表がありました。経緯や狙いなどは?

Harry Potter : Wizards Unite

川島氏
 「ハリー・ポッター」という作品は、世界で聖書の次に販売された小説とも言われています。世界中に熱烈なファンがいて愛されています。そうした作品とコラボレーションできるのは、本当に名誉で光栄です。その分、責任もひしひしと感じています。世界中に届くよう頑張っていきたいです。

 ナイアンティックの持ち味とすごく相性がいいとも思っています。もし現実に魔法使いが出てきたらどんなことになるのか。映画の中にもそんな表現がありますよね。みなさん1人1人が魔法使いになって世界を救っていただきたいと……。

――私の周囲では「1日中、グリフハック(一筆書きをするミニゲーム)をするのか」という声もありました。

川島氏
 あははは(笑)。

――ポータル情報がどんな風に活用されるのか、ちょっと内容が想像しきれないところがあります。

須賀氏
 Pokémon GOも当初、みなさん想像していなかったゲーム内容と受け止められたところはあったと思います。僕もまだ(ハリー・ポッターとのコラボ作を)観ていないのですが、(既存作品は)そんなにベースにならないのではないかなと。

川島氏
 名称が「ハリー・ポッターGO」ではないですしね。Pokémon GOでもIngressでもない、新しい要素が入ってくると思いますので楽しみにしていただければ。

――ちなみに開発をリードされている方は……?

川島氏
 今回は、ナイアンティックとワーナーブラザーズの協力という体制です。ワーナーさんの内部のプロダクション、プランナーが一緒に作ってる状況です。J. K. ローリングさんも楽しみにしてくれていると聞いています。

 その一方でPokémon GOやIngressの開発体制を心配する方がいるかもしれませんが、どの作品も十分なスタッフで対応しています。Ingressも専任チームができました。新しい機能をどんどん発表できる体制は整っています。

ナイアンティックが今考えていること

――これからどんな著名な作品との協力があるとしても、ハンケCEO風に言えば「世界を少しミステリアスに変えていく」という機能の中心は、ナイアンティックの中では「Ingressが担っていく」ということになるのでしょうか。

川島氏
 はい、そうです。繰り返しになりますが、「Ingress」はナイアンティックにとって精神的な“核”です。成り立ちであり、始まりであり、あらゆる実験ができ、あらゆる挑戦ができる、最前線にある、そんなものでありたいと思っています。

 5年前「Ingress」をローンチしたとき、ジオロケーション(位置情報)ゲームの可能性を感じていたのは、いわゆるアーリーアダプターの方々だけだったと思うんです。でも「Pokémon GO」が、世界中がその可能性に気づくきっかけになった。それでもIngressが最前線に立ち続けられるようにしていきます。これから何がARを使ったエンターテイメントで起こるのかと考えるとき、まず「Ingress」を観ていただく、そんな存在になれば素晴らしいと思います。

――AR×位置情報のゲームは他にも登場してきました。その中でナイアンティックのアドバンテージとは何か、あらためて教えてください。

川島氏
 Pokémon GOに似たゲームも世界中に登場しましたね(笑)。大きな違いのひとつは、僕が思うにテクノロジーです。もともとGoogle Mapsのチームというところもありますが、世界中でサーバーが繋がり、リアルタイムでプレイできるというのはそれほど簡単ではありません。ナイアンティックのエンジニアが持つ知識、経験は高いレベルにあり、それが大きなアドバンテージです。

 もうひとつは、Ingressエージェントと一緒に作り上げたポータルや、ユーザーの動きによるさまざまなデータも大きなアドバンテージでしょう。ユーザーとともに築き上げてきたものは、そうそう真似できません。

 IngressとPokémon GOとともにあるコミュニティも非常に大きな存在です。当社の掲げるミッション「Adventure on foot with others」の“with others”というところに現れていると思います。これもまたそう簡単に真似できるものではありません。人に外出を促し、世界をよい場所にする。街に隠された価値を再発見したり現実世界で繋がってもらったりする。そうした当社のミッション自体もただゲームを作るだけでなく、他社との違いになると思います。

――Ingressだけではなく、Pokémon GOのコミュニティも、ゲーム開始から時間を経て、かなり成熟してきたのではないでしょうか。そうした方々からのフィードバックを受ける方法などはどうお考えでしょうか。やはりIngressをプレイする必要があるのでしょうか。

須賀氏
 ナイアンティックがPokémon GOのプレイヤーと触れあわないのか、というとそういうわけではありません。ゲームが異なればコミュニティが異なり、距離の取り方は常に検討しています。どんなSNSか、どんなイベントか、まだまだ試行錯誤はありますが、たとえば僕のほうでも、たまに日本のPokémon GOユーザーのFacebookグループへ顔を出していますし、イベントで話しかけたりしています。そうした取り組みは他のスタッフも取り組んでいます。徐々に形になっていくと思います。

――最近ではAIも話題です。何か活用されますか?

川島氏
 新たにAI専門家も加入しており、たとえば位置偽装などの検出といった対策に向けて研究を進めています。

――今年9月にはハンケCEOがARについて語る文書が公開されましたね。アップルやグーグルがAR、VRに関する新たな取り組みをローンチさせてきた中での文書とあってカウンターとしての主張という見方もできるかと思ってしまいました。

ハンケ氏の新著

川島氏
 最近、ハンケの著書が発売され、ナイアンティックがどこへ行くのか、興味がある方はぜひご覧いただきたいところですが、そのARに関して語った文書はアップルさんやグーグルさんを否定することはまったくありません。モバイルフォンで何かを観るのは、あくまでステップのひとつでしかない、ということです。ARは、テーブルの上にあるQRコードを読み取って表示されるようなことだけではないと。ナイアンティックの考えるARでは、人間と現実世界の関わりをテクノロジーでより豊かに、素晴らしく面白いものにしていく――そんな考え方に繋がるものとして他社の取り組みがあるんだと(ハンケ氏が語ったと)いう捉え方をしていただければと。

――ナイアンティック内部で何か一皮むけたというと変ですが、新たなステップを踏み出すような変化があったのでしょうか。

川島氏
 確かに2018年、2019年に向けて、よりARへフォーカスした試みが出てくるのではないかと思います。それはただスマートフォンをかざすだけではなくナイアンティック的な意味でのAR、現実との関わりをより高めていくARをどんどん発表し、より多くの方がそういう考え方で何かを作れる、そういうものを作っていきたいなと思っています。Ingress Primeがそれを助けてくれるような大きな意味を持ってくるんじゃないかと考えています。

――なるほど、今日は本当にありがとうございました。