インタビュー

ドコモはなぜ「移動基地局車」のトミカを作ったのか

ネットワーク部門発「+d」への挑戦

 トミカといえば、ミニカーの代名詞とも言えるタカラトミーの看板商品だ。そのラインナップに「移動基地局車」が加わったことをご存じだろうか。NTTドコモのオリジナル商品として2017年3月に発売。ショッピングサイト「dショッピング」の静かなヒット商品となっている。

 消防車や救急車よりもマイナーで、街中で見る機会も少ない「移動基地局車」。通信キャリアが各地に配備し、派遣先で臨時の基地局として展開している。平時は花火大会やコミックマーケットなどの大規模なイベント、そして災害発生時は被災地の通信を支えるライフラインとして活躍している。そのミニカー化の背景には、NTTドコモのネットワーク部門を指揮する山﨑拓氏の強い想いがあった。

左から、NTTドコモ 執行役員 無線アクセスネットワーク部長 山﨑拓氏、 NTTドコモ 無線アクセスネットワーク部 エリア品質部門 担当部長、浅井忠彦氏

きっかけは「移動基地局車を知ってもらいたい」

――本日は移動基地局車のトミカ制作の背景について、お話をうかがいます。まずは「移動基地局車トミカ」を制作しようとしたきっかけを教えてください。

山﨑拓氏(NTTドコモ 執行役員 無線アクセスネットワーク部長)

山﨑氏
 NTTドコモといえば、多くのお客様はドコモショップやスマートフォンをイメージされるかと思いますが、「移動基地局車」はその裏側のネットワークで活躍しています。しかし、その災害時には被災地のお客様の通信を支える大事な存在なんです。

 6年前(2011年)の東日本大震災の時にも、ドコモは移動基地局車を派遣して、通信の復旧に当たっていました。その時のドライバーの一人から聞いた話です。彼が被災地に到着したとき、向こうから呼び止めてくる人がいました。その方は、「こっちに来てくれ!」と必死に助けを求めてこられる。どうやら移動基地局車を救急車と間違えられたようです。ドライバーが「移動基地局車です」と説明したら「救急車じゃないのか……」という落胆のひと言。お互いに辛い気持ちになってしまったという出来事がありました。

 「なんて知名度がないんだ」と、この話を聞いた時に思いました。確かにしょっちゅう走っている車ではないですし、カラーが白に赤なので救急車と似ていますので、間違えるのも仕方がないでしょう。しかし、移動基地局車のことを、もっとアピールしても良いのではないかと思うきっかけになりました。

 加えてもう1つ、より多くの方に知っていただく必要を感じていたことがありました。大規模災害時のNTTドコモの取り組みです。大規模な災害が発生したときには、交通機関の運行が止まり、多くの方が徒歩での帰宅せざるを得ない状況になります。そうした方のために、ドコモは全国33カ所(2016年10月現在)の自社ビルのロビーを開放し、携帯電話の充電や非常食、飲料水の提供といった支援を行います。

 帰宅が困難な方への支援策は2014年に発表していますが、ほとんど知られていない状況で、歯がゆい思いをしていました。移動基地局車とあわせて知っていただければと思い、トミカの箱にこの取り組みを紹介するチラシを同封しています。

トミカの箱に災害時の取り組みを紹介するチラシを同梱

――災害時の取り組みを伝えたい、という想いがあったのですね。

山﨑氏
 そしてもう1つ、“影の理由”もあります(笑)。ネットワーク部門はエリアを広げる、電波状況を改善するというのが主な業務ですが、NTTドコモの中では“お金を使う”側の部門なんです。

 しかし、ネットワーク部門が収益を上げる努力をしてもいいだろうと以前から考えていました。移動基地局車トミカのプロジェクトを開始した2015年の春には、当時の加藤社長が「+d」という構想を掲げて、パートナー企業とコラボレーションして事業を広げていく取り組みが始まっていました。ネットワーク部門でも外部のパートナーと“協創”して、ものづくりをしてみよう。そして、新たな価値を生み出していこうという意味も込めています。

――企画から発売まで2年ほどかかってますが、どのような苦労があったのでしょうか。

山﨑氏
 トミカはタカラトミーさんの看板ブランドですので、やはり強いこだわりをお持ちです。タクシーやバスのような会社とは違い、ミニカーとは縁遠い通信の会社からの持ちかけなので、当初は不審に思われていたようです。

浅井忠彦氏(NTTドコモ 無線アクセスネットワーク部 エリア品質部門 担当部長)

浅井氏
 タカラトミーさんとの交渉は私が担当しました。私は企画ができた後に別の部署から異動してきたのですが、引継書にひと言「トミカ」とだけ書かれていて、なんだこれは、と(笑)。タカラトミーさんに何度も通い、ドコモの移動基地局車に対する想いを説得し、ご理解いただけたことで、移動基地局車トミカが実現しました。

――説得の末、タカラトミーさんを口説き落としたのですね。

山﨑氏
 ようやく商品が完成しました。次は販売です。そこにもハードルがありました。販路として考えていた「dショッピング」の担当に持ちかけたところ、「売れるか分からないから掲載は難しい」と一度は断られました。交渉の末、ようやくまずは300台という形で販売をスタートしました。それが今年(2017年)の3月1日です。

――それで、蓋を開けてみればバカ売れだったと。

山﨑氏
 正直、ここまで売れるとは思っていませんでした。初回の300台は一瞬で完売しました。あわてて1400台の在庫を追加し、3月4日に販売を再開したのですが、それも2時間で完売。最近ようやく落ち着いて販売できる状態になりました。

浅井氏
 これまでに1万台弱は販売していますね。dショッピングで一番の売れ筋が1本35円のミネラルウォーター(48本入り税込1699円)なのですが、移動基地局車トミカを再販したときにはそれを上回って総合ランキング1位になってしまい、ただただすごいなあと、驚いていました(笑)。

――実際の移動基地局車が展開するときには、ポールを伸ばして3G/LTE用の通信アンテナを張りますが、トミカではそのギミックは再現されていませんね。

浅井氏
 玩具ですので、安全性に配慮する必要があります。尖った部品は危険だということで、ポールのギミックは省略しています。

実際の基地局車ではポールが展開し、モバイル通信用のアンテナとして機能する
トミカではパラボラアンテナ以外はモールドで表現

――移動基地局車トミカの次に、展開したい商品はありますか。

山﨑氏
 やはり移動基地局車ですから、LTEアンテナは伸ばしたいですよね。実は、次の商品も検討しています。ドコモのネットワーク部門として、新しい組み合わせで価値を生み出す「+d」の取り組みを続けていこうと考えています。

移動基地局車の展開に苦労した五輪パレード

――移動基地局車は、これからの時期なら夏フェスやお祭り、花火大会といったイベントで見かけますが、どのように配備されているのでしょうか。

山﨑氏
 前年のデータなどを元に、イベントの詳細が発表されたら、すぐに手配しています。イベントなどで展開するためには、最低でも1カ月前には準備をする必要があります。

 移動基地局車をどこに配置できるかは、手配するタイミングにもよります。ドコモの移動基地局車が一等地に配置されることもあれば、他キャリアさんにいい場所を取られてしまうこともあります。

浅井氏
 場所を確保したら、光回線や無線エントランスといったバックホール回線と、電源を用意して接続します。その際、イベントなどでは、配線を踏まれないように側溝に沿って這わせたり、空中に通したりといったように工夫をしています。

――移動基地局車を展開する上で苦労することはありますか。

浅井氏
 突発的なイベントは厳しいですね。2016年に銀座で行われたリオデジャネイロオリンピックの凱旋パレードでは、開催が決定した段階で1カ月を切っていました。加えて会場が銀座だったので回線を引くための電柱もなく、伝送路の確保にも苦労しました。関係各所との交渉の末、最終的には街路灯を使って空中にケーブルを通すことで、なんとか展開できました。

――次世代通信規格「5G」のサービスインと東京オリンピックが同時にやってくる2020年には、電波対策も課題になりそうですね。

浅井氏
 東京オリンピックについては、会場や選手村の検討は始まっているので、そこへの駅からの導線など、現時点で検討できる範囲の準備は進めています。

山﨑氏
 加えて、ベースとなるネットワークを強化する取り組みも行っています。例えば昨年には、レインボーブリッジに基地局を設置しています。関係各所と交渉し、整備する回線や設置場所なども調整し、2年がかりで実現しました。

――5Gに向けて、ネットワーク構築の仕事のやり方は変わっているのでしょうか。

山﨑氏
 お客様が携帯電話を使えるエリアを広げ、より繋がるようにするのがNTTドコモの無線アクセスネットワーク部の仕事です。繋がりにくいエリアを発見して、基地局を建てたり電波干渉を制御することで1つずつ地道に改善していくことで、途切れにくいモバイルネットワークを作り上げています。

 「5G」は現時点で機器の仕様が固まっていませんが、こうした仕事のやり方は変わらないと思っています。現在は2020年の提供開始に向けて、すぐ動きだせるよう体制を固めている段階です。

 5G時代に向けて、新しい無線技術の実証実験も行っています。例えば、6月にドコモの東北支社が発表した無線で半径50kmのエリアをカバーする「公共安全LTEシステム」という技術があります。現在は試験段階ですが、災害時のつながりにくい状況での重要通信の確保が可能となります。さらに、もし実用化された場合、これまでは圏外だった山間部の集落の“最後の1軒”で電話やメールのようなライトな通信手段を提供するために、応用できる可能性があります。

――現在、「Xi」(4G LTE)の人口カバー率は99%を超えていますが、今後エリア化を進めていくときに、難易度が高い場所はありますか。

山﨑氏
 まだ一部残っている場所があります。東北や九州には、集落の合間にポツンポツンと住宅が点在する地域が多く存在します。北海道は土地が広く見通しが良い一方で、集落は防雪林に囲まれている地域もあり、木が電波を遮っている場所もあります。

 また、都市部でも、最近は「エコガラス」が電波を遮蔽することがあります。札幌でとある新築の住宅で、家の中で圏外になるという話を聞き、調査をしたところ、寒さ対策のために三重窓にしたエコガラスが電波をほとんど遮断していたというケースもありました。

――最後に、読者に向けてメッセージをお願いします。

山﨑氏
 NTTドコモでは、お客様からの電波情報についての声を募集して、電波が弱いエリアを減らしていく取り組みを行っています。

 地道にコツコツと改善していき、やがては「日本地図をそのままサービスエリアにする」という意気込みをもって、お客様により便利に使っていただけるように努めてまいります。

――本日はどうもありがとうございました。