本日の一品

ニット編み腕時計は“10時10分”で止まっていた!

 ケータイが普及し、さらにスマートフォンが当たり前になってから、腕時計の役割は大きく変わった。時刻を知るために腕時計を身につける必要はなくなり、駅や大きな交差点には大型時計が設置され、ポケットからスマホを取り出せば正確な時刻が分かる。

 もはや「腕時計=時刻確認装置」という図式は崩れ去って久しい。それでも人々は腕に何かを巻きたがるのだろうか。今回取り上げるのは、その象徴ともいえる「ニット編み腕時計型ブレスレット」である。

常に「10時10分」を指す腕時計

 今回筆者が手にしたこのガジェットは、正確に言えば時計ではない。秒針もデジタル表示もなく、針は常に10時10分を指したまま動かない。いわば「時を刻まない腕時計」だ。

 時計の針が10時10分を示す理由は、アナログ時計の広告写真におけるお作法に由来する。針が左右対称に広がり、文字盤全体を美しく見せ、さらにブランドロゴを邪魔しない位置に収まるためだ。

 笑顔の口角のような配置が「ポジティブさ」を連想させるとも言われている。デジタル時計にはそうした美的作法は存在しないため、このルールはアナログ表示専用の文化といえる。

編まれた温もりと遊び心

 ニット製のストラップやカバーは市販でも多く見かけるが、本体から針まで丸ごと編み込まれた「腕時計型ブレスレット」は珍しい。白い毛糸にネイビーを基調とした文字盤が組み合わされ、ビーズがインデックス代わりに輝く。文字盤上のサブダイヤルも忠実に表現され、どこかクロノグラフを思わせる凝った仕上がりである。

手首に装着した写真

 寒くなるこれからの季節、ニットという素材は視覚的にも温かさを感じさせ、手首を覆うブレスレットとしては意外に心地よい。時計というよりアクセサリーとして機能する点も見逃せない。

「機能しない腕時計」の系譜

 このような「なんちゃって腕時計」は決して珍しい存在ではない。数年前には、カプセルトイとして登場した「STONE WATCH」がちょっとしたブームを呼んだ。見た目はスマートウォッチそのものだが、中身はただの小石を樹脂で包んだだけのプロダクト。

白バンド黒フェイスの「STONE WATCH」単独写真

 時刻を示すことは一切できないが、シリコンベルトと黒光りするフェイスは不思議と所有欲をくすぐった。今回のニット編み腕時計もその流れを汲むものであり、いわば「STONE WATCHの冬バージョン」とも言えるだろう。

毛糸版「K-SHOCK」との違い

 ここで筆者が思い出すのは、15年ほど前に本コラムで紹介した「毛-SHOCK(K-SHOCK)」である。見た目は完全にニットで編まれた高い耐久性のあの時計風だが、キットの中には小型のデジタル時計ユニットが組み込まれており、実際に時刻を表示できる仕様だった。

 つまり毛-SHOCKは「ニット素材+実用性」を併せ持つユニークな製品だったのに対し、今回のニット腕時計型ブレスレットは「見た目優先」で機能を完全に捨て去った点で対極にある。両者の間には「機能を残すか/捨てるか」という明確な線が引かれている。

シリコン製ブレスレットたち

 筆者のコレクションには、これと似たコンセプトの腕時計型ブレスレットがほかにもある。シリコンラバー製で、液晶風のデジタル表示が描かれているものや、エルヴィス・プレスリーが愛用したベンチュラ型を模したものもある。いずれも動かないが、ファッションとしての完成度は高く、思わず腕に巻きたくなる魅力がある。

シリコン製のピクセル風時計と並べた写真

なぜ人は「機能しない腕時計」を欲するのか

 ここで浮かぶ疑問は、「なぜ世界中の人々は実際には時刻を示さないデバイスを腕に装着するのか」という点だ。考えられる答えはいくつかある。

  • 象徴性としての腕時計:時間を知る実用装置ではなく、「腕時計らしさ」を身につけたいという願望
  • 逆説的なメッセージ性:時間管理主義に対するアンチテーゼ、または時間からの解放感
  • 遊び・ユーモア:あえて機能を持たないことで笑いや好奇心を誘う

 毛-SHOCKが「ニット素材+実用ムーブメント」で遊び心と実用品の中間を狙ったのに対し、今回のプロダクトはその対極にある「完全なる見せ時計」としての表現なのだ。

全体の集合写真(腕時計5本並び)

 かつては社会的ステータスや実用性を象徴した腕時計も、いまやスマートフォンとスマートウォッチにその座を譲った。そんな時代だからこそ、「役に立たない腕時計」が逆に輝きを増すのかもしれない。

スマートウォッチ2本と並べて比較した写真

 ニット編みの柔らかい質感と、決して動かない10時10分の針は、私たちに「時間から解放された手首の自由」を与えてくれる。

 一世を風靡した「STONE WATCH」や「毛-SHOCK」と同じく、この手のガジェットは周期的に復活する傾向がある。今後も新たな素材やデザインで「なんちゃって腕時計」が登場するだろう。腕時計が本来の機能を失っても、腕に巻き続けたいという人の欲望は、まだまだ尽きそうにない。

商品名発売元実売価格
ニット編み腕時計ブレスレットtemu約500円