石川温の「スマホ業界 Watch」

アドビとYouTube提携のワケ、アメリカのTikTok事業売却への対策か

 Photoshopなど画像や映像の編集ソフトを手がけるアドビは、10月28日にアメリカ・ロサンゼルスで開催されたクリエイター向けイベント「Adobe MAX」において、グーグルのYouTubeとパートナーシップ契約を結んだことを明らかにした。

 このパートナーシップ契約によって、クリエイターは映像編集アプリである「Premiere モバイル版」を使い、スタジオ品質の音声、AIで生成する効果音やコンテンツ生成を行い、YouTubeに公開しやすくなるという。

 具体的にはPremiere モバイル版アプリに「Youtubeショート用に作成」というメニューができ、専用エフェクト、トランジション、タイトルプリセットが利用できる。編集後はワンタップで完成した動画をYouTubeショートとして公開できるというわけだ。

 確かにPremiere Phone版で動画を編集したあとは、アプリからのメニューはビデオを書き出したあとにiPhoneの写真アプリに保存するか、iPhoneの共有機能として他のアプリに渡すという流れになっている。

 ここで「YouTubeショート」にダイレクトに公開できるボタンがつけば、クリエイターの多くがYouTubeショートに動画を公開するようになるかも知れない。

 ただ単に「ショートカットボタン」が新設されるだけにもかかわらず、アドビとYouTubeが大がかりなリリースを出すというのは何か「裏」がありそうな気がしてならない。

 やはり、最も考えられるのが、YouTube側の焦りだ。YouTubeとしては世界最大級の動画配信プラットフォームではあるが、縦型動画に関しては他のSNSに出遅れている感が強い。特にTikTokはアメリカで勢力を拡大しており、アメリカではテレビCMが放映されているぐらいだ。

 実際、大統領選挙にも影響を及ぼすと危惧され、アメリカにおけるTikTok事業は、アメリカ企業(オラクルとされている)に売却しろという圧力が出ているほどだ。今後、TikTokがアメリカ企業になれば、アメリカでさらに本気を出してくることが予想され、YouTubeがさらに脅かされる可能性が出てくるだろう。

 YouTubeとしてはアドビと組むことで、Premiere モバイル版からの動画流入増加を狙いたいはずだ。

 YouTubeがアドビをパートナーに向かい入れた背景として、アドビでモバイルアプリを担当するエリン・ボイス氏は「他のSNSは動画の編集機能が充実しているが、YouTubeには動画の編集機能が手薄だったりする。そのため我々とパートナーを組みたかったのではないか」と語る。

 確かにYouTubeアプリには編集機能があり、ショート動画は作れるものの、お世辞にも機能が充実しているとは言いがたい。豊富なエフェクトや生成AI機能を持つアドビと組むことで、コンテンツの質を上げ、量を増やして、ライバルのSNSと戦っていくつもりなのだろう。

アドビの直近の経営課題とは

 アドビの直近の経営課題と言えば「インフルエンサーの取り込み」が挙げられる。10年ぐらい前までは、アドビはデザイナーや写真家、映像編集者などのプロのクリエイターを相手にした商売が中心であった。

 スマホ向けアプリも「プロが出先で作業するのに便利なアプリ」というコンセプトが多かった。

 そんななか、ちまたにはスマホで自分のライフスタイルを撮影してSNSにアップするインフルエンサーが急増。アドビでもそうしたインフルエンサーの取り組みに注力するようになった。

 ここ数年はスマホアプリのコンセプトを見直し、プロのクリエイターよりも、インフルエンサーが気軽に編集できるアプリに軌道修正を行っている。

 ただ、前述したようにインフルエンサーが動画をSNSに上げる際、SNSが提供するアプリで編集することが多い。

 また、最近ではグーグル PixelやiPhoneなど、OS自体の編集機能が充実してきており、「わざわざアドビのアプリなんて使わない」なんてこともありそうだ。

 では、アドビはどうやって既存のSNSやOSの編集機能と差別化していくのだろうか。エリン・ボイス氏は「アドビは単にアプリだけではなく、豊富なワークフローを持っているのが他とは違う」と語る。

 単にスマホアプリで編集できるだけでなく、クラウドでつながっているため、同じ素材をタブレットやパソコンのブラウザやソフトで利用することができる。

 大半のクリエイターはスマホアプリだけ使うだろうが、もっと凝った編集をしたい、大画面で細かく手を入れたいというときにはタブレットやパソコンをシームレスに使えるというのは他ではないポイントと言える。

 今回、アドビは、ブラウザ上で手軽に画像や動画を作成、編集できる「Adobe Express」において、チャットで編集作業を行えるAIアシスタントを導入した。使えるAIモデルに関しては、アドビのAIだけでなく、グーグルやオープンAIなどもそろっている。

 いまのところはモバイル向けには提供されていないが「アプリに導入すべきか、検討しているところ」(エリン・ボイス氏)だという。

 撮影したその場でAIを使えれば、スマホの小さな画面でも快適に編集できるだろう。スマホでの画像や動画の編集は、どうしても操作が細かくなり煩雑になってしまうだけに、AIによって操作性に革命をもたらすことができれば、アドビの存在価値はさらに高まっていくだろう。

石川 温

スマホ/ケータイジャーナリスト。月刊誌「日経TRENDY」編集記者を経て、2003年にジャーナリストとして独立。携帯電話を中心に国内外のモバイル業界を取材し、一般誌や専門誌、女性誌などで幅広く執筆。