藤岡雅宣の「モバイル技術百景」
5Gスタンドアローン(SA)とは? ノン・スタンドアローン(NSA)と何が違う?
2025年3月31日 00:00
日本で2020年4月に5Gの商用化が始まって、早いものでまる5年になります。しかし初期の期待に反して、通信速度や通信容量が大きいという以外、未だに5Gの恩恵を感じていないというのが私達の実感ではないでしょうか。
しかし、これから数年で5Gスタンドアローン(SA:Standalone)を用いたサービスが本格化し、いよいよ5G本来の力が発揮されると期待されます。
これまでは5Gの長い序章で、これからいよいよ5Gの本番となるという見方もできます。そこで、今回はあらためて5G SAとは何か整理しましょう。
5G NSAとは
現在、日本や世界の多くの国や地域では、主として4Gネットワークを基盤として構築したノン・スタンドアローン(NSA:Non-Standalone)構成で商用5Gが提供されています。図1に示すように、NSAは4G のLTE(Long-Term Evolution)無線アクセスネットワーク(RAN:Radio Access Network)に、5GのNR(New Radio)基地局が追加された形で構成されています。
NSAでは、ユーザー認証、アプリ利用時の通信パス設定・開放、データのルーティング、スマホ移動時の処理など様々な制御を、4Gのコアネットワーク(CN:Core Network)であるEPC(Evolved Packet Core)が行っています。
一方、データ通信時にはスマホはLTE基地局を利用する4G無線と、NR基地局を利用する5G無線を同時に利用する「デュアルコネクティビティ(DC:Dual Connectivity)」を基本とする運用になっています。ここでNRの電波状態が良い場合にはできる限りNRを優先的に使用し、広帯域のNRが利用できる場合には高いスループットが得られます。
4Gではスマホの電源を入れる、または圏外から圏内に移動すると、LTE基地局の無線信号を受信し、ネットワークにアタッチ(Attach)して、スマホの存在や在圏エリアが記録されます。その後、スマホとEPC間の認証や通信パスの設定・開放などの制御信号のやりとりは、4G基地局を経由して行われます。
5G NSAにおいても、制御信号のやりとりは4Gと同様に4G基地局を経由してスマホとEPC間で行われます。5G基地局とEPC間のデータ通信用のNR無線接続の設定・開放などのための制御信号も、4G基地局を経由して5G基地局とEPCがやりとりします。
5G SAのネットワーク構成
5G SAは4Gネットワークに依存せず、図2に示すように5G専用のRANと5G専用のコアネットワークである5GC(5G Core)から構成されます。ユーザー認証、通信パスの設定・開放、データのルーティング、スマホの移動時の処理など、すべての制御が5GCによって行われます。これにより、5G本来の機能を最大限活用できるようになります。
5G SAにおいては、スマホと5GCの間で直接制御信号のやりとりが行われます。スマホは5G基地局からのNRの電波を検知するとまず5GCへの登録(Registration、4Gのアタッチ相当)を行い、そこから認証やデータ通信の流れが始まります。実際のネットワーク接続などの制御は、4Gや5G NSAと同じような手順で実現されます。
5GCではその構成要素が機能・役割ごとにNetwork Function(NF)として規定されています。NFには、ユーザーの移動を検知したり通信を制御するための「制御」用NFと、ユーザーが利用するアプリのデータをモバイルネットワークの中、そしてアプリサーバーなどにルーティングするUPF(User Plane Function)というNFがあります。
異なる制御用NF同士は、SBI(Service-Based Interface)と呼ばれる(インターネットの)ウェブアクセス技術をベースにした内部通信を行います。これにより、柔軟性と拡張性が高い通信制御が可能となっており、様々な通信形態やアプリに対応できるようになっています。
5G SAで実現できるサービス機能
5G SA構成では、本来の5G の高度な機能をフルに利用できます。5G SAで実現される主な機能は以下の通りです。
(1)通信品質保障:データ送受信にかかる時間(遅延)を小さくし、遅延のばらつきも抑制して一定以下とするなど、サービス品質を保証。多様な品質指標が設定可能で、様々なアプリに広く適用
(2)ネットワークスライシング:ネットワークのもつ機能の一部を切り出し、通信端末やアプリに応じてスライスとして設定。スライスごとに、通信速度や遅延などの品質要件を設定
(3)エッジコンピューティング:通信アプリのサーバを地理的にユーザー(通信端末)に近いところ(エッジ)に配備し、低遅延が求められるアプリをエッジで処理できるようにルーティング
(4)ネットワーク機能を外部から利用:ネットワークのもつ機能をネットワークAPI(Application Programming Interface)を介して外部から利用し、様々なアプリを実現できるプログラマビリティ
これらの機能は特に産業分野、ビジネス用途で有用ですが、スマホなどを利用するコンシューマアプリでも活用できます。ここで、(2)ネットワークスライシングと(3)エッジコンピューティングについては、本連載の別の記事であらためて解説したいと思います。また、(4)プログラマビリティについては本年2月の記事で解説しました。
これら以外にも5G SAでは、例えば衛星などを利用した非地上系通信(NTN: Non-Terrestrial Network)でのスマホなどからのダイレクトアクセスの機能や、5G特有のIoT(Internet of Things、モノの通信)として5G無線であるNRを簡略化したRedCap(Reduced Capability)などの仕様も規定されています。
通信品質保証
通信速度や遅延時間などの通信品質(QoS:Quality of Service)を保証できるかどうかというのは、通信サービスにおいて非常に重要な要素です。
例えば、4Gの通話サービスであるVoLTE(Voice over LTE)などの対話型サービスはデータ通信と同様にパケット単位で音声などが送られますが、通信速度を保証した上で提供されます。
対話型サービスについては、速度保証だけではなく遅延やパケットエラー率についても一定の目標値を設定して、これらをできるだけ満足するように配信されます。
しかし、4Gの対話型サービス以外のデータ通信サービスではQoS保証は実装されておらず、基本的にベストエフォートでサービスが提供されています。標準仕様としては対話型サービス以外でも品質目標を設定できるようになっていますが、現実のものとなっていません。この状況は、5G NSAでも同じです。
一方、5G SAにおいては産業界での利用を中心にQoS保証を広く実装していく方向です。実際に、機械の制御、電力配信の制御、コネクティッドカーでの利用など様々な利用シーンを想定してQoSが細かく規定されています。
具体的に5G SA のQoSは、Mbps(Megabits per second)などの単位の通信速度に加えて、5QI(5G Quality Indicator)という指標によって規定されています。5QIでは同じ通信速度でも、速度を保証するか否かでGBR(Guaranteed Bit Rate)とNon-GBR(つまりベストエフォート)に分類されます。
GBR中でも特に遅延とリアルタイム性の要求が厳しく、遅延変動(ジッター)を最小化する必要がある通信は遅延クリティカル(Delay Critical)GBRと分類されています。
5QIは他に、図3に示すように優先レベル(Priority Level)、パケット遅延バジェット(Packet Delay Budget)、パケットエラー率(Packet Error Rate)などを含んでおり、これらの組合せでQoS種別を示す5QI値(5QI Value)が決まります。5QI値は標準として約30個規定されていますが、各通信事業者はそれら以外の5QI値を独自で割当てることができます。
優先レベルは、ネットワークが混んできて異なる複数のデータ通信のパケットが待機しているときのパケット送信の順番を示す指標です。緊急性・リアルタイム性の高いデータほど高い優先レベルとします。
パケット遅延バジェットは、スマホなどの端末と5GCとインターネットの接続ポイントとの間でパケットの転送に許容される最大の所要時間です。また、パケットエラー率は伝送エラーや混雑などによりうまく受信されないパケットの割合です。
少し詳細になりますがその他のパラメータとして、GBRでは一気に連続送信できる最大データ量の初期値(Default Max Data Burst Volume、例えば255バイト)や、遅延クリティカルGBRでは平均速度を取得するために観測する時間幅の初期値(Default Averaging Window、例えば2秒間)もあります。
品質保証の仕組み
5G SAにおける通信品質は、上記の遅延バジェットのようにRANとCNを含むネットワーク全体としての品質を意味します。5QI値に基づく実際のサービス品質の保証のために、例えばRANにおいて特定のアプリが無線帯域の一部を半ば占有する仕組みを実装します。
また、遅延時間だけではなくジッターを最小限とするように、端末とネットワークの間でパケット待機の待ち行列が短い段階から待ち行列長を頻繁にやり取りして、輻輳(ふくそう、限度を超えた混雑)が起こり始めると即座に送信データ量を制限する仕組みを取り入れます。
ここで、待ち行列長に加えて無線チャネル品質も含めて遅延を予測し、一定時間パケット受信が確認できない場合の再送を回避するなどの仕組みもあります。また、パケットの受信確認周期を短くする仕組みや、場合によっては優先パケットを他のデータ通信の流れに割り込ませるような仕組みまで標準化されています。
このような仕組みにより、5Gのスコープに含まれるURLLC(Ultra Reliable Low Latency Communications、超高信頼低遅延通信)などを実現します。
5G SAでの無線性能の向上
5G SAには、NSAと比較して様々な利点があります。ここでは無線性能の向上について、整理しましょう。
ひとつはスマホと無線基地局の間の無線接続の保持のしかたです。スマホがデータを送受している間は無線が接続(Connected)状態となっています。しかし、データ送受がなくなっても接続を維持していると電池が減ることになります。そこで、4Gや5G NSAでは一定時間送受がないと無線を切断してアイドル(Idle)状態とします。
このアイドル状態になると、次にデータを送受するときにはスマホを呼び出して無線を再度接続状態にする必要があります。この呼び出しと再接続には少し時間が掛かるので、データの送受に遅れを生じさせることになります。
そこで、5G SAでは図4に示すように接続状態とアイドル状態の間に新たな非アクティブ(Inactive)状態を設けています。この状態はときどき基地局からの信号をモニターして、スマホがRANで決められた単位のエリアをまたいで移動したときはネットワークにそれを通知します。
非アクティブ状態では接続状態に比べて電池の消費が少なく、データの送受が一旦中断するとすぐにこの状態とすることで電池の消費を減らすことができます。また、非アクティブ状態から接続状態への遷移は数ミリ秒程度の短時間に行えるのでデータの送受における遅れを抑えられます。
高周波キャリアのカバレッジ拡張
5Gは高速・大容量の通信を実現できますが、複数のNR無線キャリアを束ねて利用するキャリアアグリゲーション(CA:Carrier Aggregation)により広い無線帯域が確保され、一層高速・大容量となります。5G SAではCAを柔軟に利用することができ、広帯域通信が使い易くなります。ただ、CAの効用はそれだけではありません。
図5に示すように、例えば3.7GHz帯と700MHz帯の基地局が同じサイトにあると想定した場合、各周波数帯を個別に利用した場合のカバレッジは実線で示した通りです。一方で、両周波数帯をCAで束ねた場合には、3.7GHz帯のカバレッジが点線で示したように拡大する可能性があります。
これについては以前の記事でも解説しましたが、再度説明します。
上記の例で700MHz帯を主キャリア、3.7GHz帯を副キャリアとしてCAで束ねた場合、3.7GHz帯副キャリアにおけるスマホから基地局向けの「キャリア内制御信号」を700MHz帯の主キャリアを用いて送ることができます。
制御信号というのは、例えばデータを送ったときに問題無く受信できたかどうかを受け側から送り側に知らせる信号です。この制御信号が正しく受け取られないと、通信が成立しません。
CAなしで3.7GHz帯を単独で使っている場合には、データも制御信号もその3.7GHz帯のキャリアを使って送ります。その一方、CAにおいては3.7GHz帯でデータを送り、それに関わる制御信号を700MHz帯で送ることが可能です。
700MHz帯のほうが電波の品質が良い状態で受け側に届くので、より高い確率で制御信号が正しく受け取られます。データは受け側に間違いなく届けられたけれども、その受信確認を送り側に正しく伝えらないということがなくなるわけです。
基地局はスマホよりも大きな送信電力で電波を発射することが可能です。なので、3.7GHz帯を単独で使っている場合には、基地局から少し離れた場所では基地局から送られたデータはスマホで正しく受け取られていても、スマホからの正しく受け取られたという確認の制御信号が基地局には正しく届かないことがあり得ます。
CAを用いた場合には、スマホから700MHz帯を使って確認の制御信号を送ればそれが基地局に正しく届く確率が高まります。図5の3.7GHz帯カバレッジの実線と点線の間のエリアでそのような現象が起こります。
従って、CAによりそのようなエリアまで3.7GHzのサービスエリアとして使えるようになります。このようにCAは3.7GHz帯の実質的なカバレッジを拡大させる効果があります。
同じようにCAにおいて、図5の3.7GHz帯カバレッジの実線と点線の間のエリアなどで、3.7GHz帯では上りのデータ送信で十分な品質が得られない場合に、700MHz帯を用いることで安定した通信が実現できる可能性もあります。
特に、YouTubeのように下りのデータ量が上りよりも圧倒的に多いアプリの場合、下りは3.7GHz帯を利用し上りは700MHz帯のキャリアを利用することにより、安定したやりとりが実現できる可能性があります。
5G NSAでも、異なるNRキャリア間のCAは実現できます。ただし、NSAではLTEキャリアが主でNRキャリアは副という位置付けとなっており、異なるNRキャリア間の連携動作には制約があります。
基地局の5G SA対応
5G無線であるNRの送受信機能を持つ基地局は、NSAとして商用導入されている場合にも、一般的にソフトウェア更新により5GCと直接制御信号のやりとりができるようになり、SA対応とすることができます。また、基地局に接続するスマホの設定や能力により、あるスマホにはNSAとして、別のスマホにはSAとして機能できます。
4G周波数を転用して5Gとして利用している基地局についても多くの場合、NSAとして運用を始めた後ソフトウェア更新によりSA対応とすることができます。また、NSAとSAのデュアルモード運用をすることが可能です。
例えばKDDIは約3.9万局あるSub6基地局(3.7GHz帯及び4.0GHz帯)のサービスエリア全域でSAサービスを提供しているということですが、これらの基地局もNSAとSAのデュアルモード運用していると推察されます。
スマホでの5G SA対応
私達が使っているスマホですが、iPhoneであれば例えば14シリーズ以降でソフトウェアとしてiOS18.3以降など搭載していれば、またAndroidフォンであればAndroid11以降でハードウェアが対応していれば5G SAが利用可能です。ただし、通信事業者により5G SA対応機種に差異があります。
実際に5G SAを利用するには、加入している通信事業者がSAサービスを提供しており、契約プランやSIMカードがSA対応である必要があります。その上で、SAを利用するにはスマホ上での設定が必要となります。また、5G SAを利用するには、NSAと比べて追加料金が必要となる場合があります。
現状、スマホが5G SA対応可能であっても、NSAと比べてサービス品質などでの恩恵を体感できるアプリは一部のオンラインゲームやビデオ会議に限定されると思われ、またSAサービスエリアも限られることから、通信事業者も積極的にSAへの加入促進をしていないようです。
なお、スマホ画面上では5G NSAでもSAでも「5G」とだけの表示となり、一見してNSAかSAの何れのモードで通信しているのかユーザーには分からないかも知れません。
5G SAの世界動向
世界全体でみると、5G SAで最も先行しているのは中国で、大手通信事業である中国移動、中国電信、中国聯通の三社とも5G SAを全国展開しています。都市部のみならず地方にも広範囲にSAが浸透し、産業やビジネス分野での新しいアプリ創出を促進しています。
インドでも大手のJioやBharti Airtelが、5Gの商用化は先行諸国に比べて遅かったにも拘わらず、急速にSAを全国導入しています。また、シンガポールもSingtelが5G SAを全国展開しスポーツ中継を有料配信するなど、積極的に利用しています。タイのAIS(Advanced Info Service)も5G SAを積極的に全国展開しています。
米国では、T-Mobileが早い段階からSAを全国に展開してネットワークスラインシングで利用するなど、積極的なサービス展開を進めています。また、AT&TもNSAからSAへの進化を積極的に推進しています。
その他、ドイツのVodafoneの取組みなど欧州でも5G SAの展開が進んでいくと予想されます。このような動きを含めて、全世界的に今後5G SAの展開が急速に進むでしょう。
おわりに
世界的に、5Gは既存の4Gネットワークに5G基地局を追加する形で比較的簡単に5Gが実現できるNSAから始めるのが一般的でした。一方、本格的な5Gサービスの実現にはSAが必要と考えられます。
全国展開する公衆ネットワークの5Gでは、SAはまだサービスエリアが限られていたり用途が限定されています。しかし、今後ネットワーク機能の拡充に伴い、やがてネットワーク全体に広がると同時に用途も広がっていくでしょう。
これにより、これまで5Gのメリットを実感できていない人達も5Gの恩恵を受けることができるようになると期待されます。
一方で、企業などが社内や自己の敷地内で展開するローカル5Gでは既に5G NSAよりSAがメジャーとなっています。特に産業応用やビジネス用途という面では5G SAが大きな価値をもたらすため、この流れは公衆網にも広がっていくと考えられます。
通信事業者にとって5Gはインフラ投資が大きかったもののこれまでは十分な収益をもたらしていません。しかし、今後SAの普及により活用範囲が広がることで5Gがマネタイズ、収益拡大に貢献することが期待されます。








