藤岡雅宣の「モバイル技術百景」

au Starlink Directの仕組みは? ―スマホが直接衛星とつながり、100%のカバレッジ実現―

 4月10日、いよいよ私たちが普段使っているスマホが衛星と直接つながる「au Starlink Direct」が始まりました。これにより、山の中や海で地上基地局による無線カバレッジがないエリアでも空が見えるところであればスマホが使えます。

 当面はSMSなどのメッセージングや緊急地震速報などにサービスが限定されますが、今年夏以降にはデータ通信も利用できるようになるということです。

そこで、今回はこのau Starlink Directがどのように実現されているのか見てみましょう。

au Starlink Directとは

 「au Starlink Direct」は、KDDIと米国SpaceXが連携して提供する“衛星とスマホが直接つながる”新しい通信サービスです。

 特別なアプリは不要で、auユーザーがiPhone 14以降など比較的新しい機種のスマホを使っていれば、圏外でも空が見える環境下で、衛星と繋がります。

 利用する衛星は、スターリンク(Starlink)と言っても、従来の高度約550kmにある衛星ではありません。

 より地球に近い、高度約340kmを周回するD2C(Direct to Cell、地上端末との直接通信)専用の低軌道周回衛星群です。従来のStarlinkより少し低軌道のため電波が届きやすくなり、スマホとの直接接続が円滑に実現されます。

 スターリンクのD2C用衛星には、モバイル通信として、スマホと直接無線でやり取りする無線基地局が搭載されています。これは基本的に地上系の基地局と同じ装置構成ですが、周回衛星という特殊な環境で動作するということで地上系基地局にはない機能も持っています。

 au Starlink Directでは地上系で使っている周波数帯と同じ電波を利用するため、普段使いのスマホですぐに利用できます。

 一方で、衛星で使う電波と地上系で使う電波、あるいは他システムとの干渉の可能性を細かく評価し、D2C通信が悪影響を及ぼすことがないよう、国として制度面での取り決めを含めた準備が進められてきました。

ネットワーク構成

 D2Cではスマホが直接衛星と接続されるということで、地上系とは少しネットワークの構成が異なります。

 原理的には図1(a)のように、スマホから4G無線を用いたサービスリンクでD2C用の衛星に接続します。衛星からは、バックホールであるフィーダリンクで衛星通信地上局につながり、そこから地上系と同じコアネットワークに接続されます。

 そして、コアネットワークからインターネットなどの外部ネットワークにつながるという構成となります。

図1。左がa、右がb

 「au Starlink Directは、この基本構成をベースにしつつ、図1(b)に示すようにD2C専用の衛星からいったん従来の地上約550km軌道のStarlink衛星に接続されます。

 約550km上空の衛星は、より広範囲の地上エリアが見通せます。つまり、地上局との接続が維持しやすくなります。さらに、既存の衛星ネットワークや地上局との接続機能を有効利用できるというメリットもあると考えられます。

 なお、Starlink衛星では衛星間は電波ではなく光無線通信用のレーザー光で接続しています。

 レーザー光を通信相手の衛星に高精度で照準を合わせる高度なポインティング技術を用いると同時に、SpaceXが独自に開発した光通信デバイスを用いて100Gbpsという高速通信を実現しています。
 au Starlink Directの通信は図1(b)のように従来のStarlink衛星に接続後、フィーダリンクで地上局に接続されます。そして、地上局からは一旦Starlink専用のコアネットワークに接続されます。

図1(再掲)

 これは海外の訪問先でスマホを使う国際ローミング接続の場合と同じ仕組みで、訪問先に相当するStarlinkネットワークを経由して、ローミング接続におけるホームネットワークに相当するKDDIのコアネットワークにつながります。

 ローミングと同様に通信の制御はKDDIのコアネットワークが行うので、通信速度の制約などはありますが、理屈上、私たちユーザーは通常の地上系で利用しているのと同じ4Gのサービスを利用できることになります。

衛星との遠距離接続

 D2C用の低軌道周回衛星は、地上約340kmの軌道上を時速約2.7万km(秒速約7.7km)の高速で地球を周回しています。一方で地上系では、スマホと基地局との間の距離はせいぜい数十kmで、また移動するのはスマホのみで基地局が動くことはありません。

 スマホと基地局の間の距離が地上系と比べて非常に遠いこと、スマホから見て衛星が高速に移動していることから、地上系とは異なる通信接続の仕掛けが必要となります。

 まず、無線接続の距離を克服してスマホと衛星の間の通信を実現する主な仕組みを見てみましょう。

 Starlink D2Cでは、衛星上にSpaceXが独自に開発した約2.7m×2.3mの大型フェーズドアレーアンテナ(Phased Array Antenna)をもっています。フェーズドアレーアンテナは平面形の基板上に数千個といったアンテナ素子がマトリックス状に配置された高度なアンテナです。

 このアンテナ素子間で連携して、図2(a)のように特定の方向に強い指向性のあるビーム状の電波を送ります。ビームは複数形成することが可能で、各ビームの方向は電気的に制御して柔軟に変えることができます。大きなアンテナからビーム状の強い下り方向の電波が地上に届くので小さなスマホでも受けることができます。

図2

 フェーズドアレーアンテナは、地上からの電波を高感度で受けることもできます。

 スマホから衛星の上り方向はできるだけ大きな電力で電波を送るようにしますが、スマホの送信電力は人体への影響など考慮して最大値が決まっており、衛星からの下り方向の電力に比べればはるかに小さくなります。

 必要に応じてその最大電力まで利用して電波を発射しますが、それでも微弱となった電波をこのアンテナで受信するというわけです。

 さて、モバイル通信では図2(b)のようにスマホと基地局の間で無線信号が正しく受信できたかどうかを送信側に知らせるやり取りを行い、正しく受信できなかった場合には信号の再送を要求するエラー訂正の仕組みが採られています。ここで、再送要求が来るまでのやり取りの許容時間は一定値以下と決められています。

 D2Cで無線接続の距離が長いということは、スマホから衛星に、また衛星からスマホへの送信信号が受信できるまでの時間が長くなることも意味します。このため、伝送エラーを検出したあとの再送要求を受けるまでのやり取りの許容時間も地上系に比べて大きく設定されています。

 また、モバイル通信では一定の周期で無線信号を送受信します。基地局では複数のスマホからの受信信号が各周期、同じタイミングで受け取れるようにして信号処理を効率化しています。そのため、基地局からより離れたスマホはより早いタイミングで、ある周期の信号を送り始めます。この仕組みをタイミングアドバンス(Timing Advance)と言います。

 地上系では、タイミングアドバンスで送信を早める時間が一定値以下と定められています。しかし、図2(c)のようにD2Cでは衛星とスマホの間の距離がスマホの位置により大きく異なります。

 衛星の真下にあるスマホと斜め下方向にあるスマホとで、その距離の差が数百kmになることもあり得ます。そのため、D2Cではタイミングアドバンスの時間幅も大きくなっています。

高速移動する衛星との接続

 超高速で移動する衛星との接続で大きな課題が、スマホから衛星に、また衛星からスマホへ送信した電波を受信するとドップラーシフト(Doppler shift)という現象により元の送信周波数からずれてしまうことです。

 これは、電車が近づいてくると線路と車輪の接触から生ずる音の高さが高くなり、離れていくと音の高さが低くなるのと同じ原理です。電波も音と同様に「波」なので、周波数のずれが生じるわけです。4Gや5Gではもともと、新幹線などでの移動も考慮して最大で時速500km程度の移動で生じる約1kHzのドップラーシフトに耐えられるように設計されています。

 高速移動する衛星との通信で発生するドップラーシフトは、地上向けとして想定されていた値よりもかなり大きくなります。D2Cでは、例えば2GHz辺りの電波を送ると最大で約10kHz程度のずれが生じます。そこで、電波の送信回路もしくは受信回路の信号処理で適性に補正する必要があります。

 既存のスマホではその対処ができないため、発生するドップラーシフトはD2Cに対応した衛星で補正します。例えば、各スマホの位置に応じてドップラーシフトを相殺するように送信する周波数をずらします。

 さて、衛星からのビームがカバーするエリアは、通常の地上基地局の一つのアンテナがカバーするエリアであるセルに相当します。一つの衛星基地局で複数のビームを形成することができ、Starlink D2Cの場合は地上で直径約50kmのビームを最大256個形成しています。

 図3のようにセルに相当する各ビームがカバーする地表のエリアは、衛星が移動しても衛星から見たビームの方向を継続的に変化させることにより、地表では物理的に同じエリアになると想定されます。スマホと一つの衛星がつながっている数分の間は、スマホが移動しなければ基本同じセルに接続されているというイメージです。

 現状、Starlink D2Cで運用されている衛星の数は約600個とされており、一つの衛星との接続が数分間維持されたあと、次の衛星に接続されます。このときにビーム、つまりセルが切り替わります。現状では、切り替えの際に数分間の通信できない期間が発生します。

 衛星の数が十分に多くあれば、スマホから見通せる範囲で、常に衛星があることになります。つまり、途切れることなく接続を維持できるようになります。この際、衛星間での接続の切り替えは地上系での接続先基地局の切り替えであるハンドオーバーに相当します。

普段使っていたスマホが衛星とつながる

 「au Starlink Direct」では、50機種のスマホが、AndroidやiOSの最新バージョンにアップデートされていれば、申し込み不要でいきなり衛星と接続できるようになりました。どのような仕組みにより、これは実現できたのでしょうか。

 スマホが通常時に接続できるネットワークはローミング先も含めて、スマホ内に保持するPLMN ID(Public Land Mobile Network Identifier)のリストを参照して判別します。このPLMN IDは、個々のモバイル通信事業者を識別する番号です。

 モバイルネットワークの基地局は、報知チャネルという無線のチャネルで自ネットワークのPLMN IDを定常的に報知しています。スマホはこの報知チャネルをモニターしており、リストに含まれるPLMN IDを検知するとその基地局に接続することができると判断します。

 auでは440-50から440-54までのPLMN IDを使用しています。

 ここで、440は日本を意味するMCC(Mobile Country Code)で、50~54はモバイルネットワークとしてauを意味するMNC(Mobile Network Code)です。

 実はKDDIは事前に、au Starlink Direct用に新たなPLMN IDである440-55を取得していました。そして、4月10日のサービス開始前にサービス利用可能となるユーザーのスマホに対してOTA(Over the Air)、つまりモバイル通信の無線でPLMN IDとしてこの440-55を受け入れることができるように設定しました。

 Starlink D2C衛星上の基地局は、日本の上空ではKDDIが免許を保有する2GHz帯の電波を用いると同時に、報知チャネルで440-55のPLMN IDを報知します。それで、D2Cに対応しているスマホは地上系の圏外で、空が見えるところではこれを検知して衛星に接続可能となるわけです。

 実際のサービス開始前のスマホでの準備としては、PLMN IDだけではなく、衛星接続時に画面上のアイコン表示として用いる衛星ピクトや「SpaceX – au」などの表示のダウンロード、衛星通信対応のための一部ソフトウェア、ファームウェア(ハードウェアの制御プログラム)の更新などがあります。これらは基本、スマホの機種ごとに異なる内容となります。

 これらの更新は、ユーザーの操作に依存せずネットワークがバックグランドで無線を用いてスマホを操作するOTAにより実現しています。今回のau Starlink Directでは対象となるスマホが約600万台あるということで、OTAでの全てのスマホへの配信には夜間を中心に数日間要したようです。

提供サービスと今後の展開

 たとえばiPhone 14以降で提供されている緊急時の衛星通信は、Globalstarという低軌道周回衛星を利用しており、そのSOS通信はアップル独自の仕様を用いています。つまりiPhone以外では利用できません。また、定型メッセージの送信に限定されています。

 一方で、Starlink D2Cはモバイル通信の国際標準仕様を規定する3GPP(3rd Generation Partnership Project)の4G対応部分に準拠しています。この中で、タイミングアドバンスやドップラーシフト対応機能も規定しています。国際標準に準拠するため、3GPP仕様を実装する多くのスマホが利用可能となっています。

 現状利用できるサービスとしてはテキストメッセージ(SMSやiMessage)の送受信、Androidスマホでの Google GeminiによるAIチャット、iPhoneでのシンプルAIチャット、位置情報(現在地)の共有、地震などの緊急速報や津波警報、国民保護情報(Jアラート)の受信などに限定されています。

 2025年夏以降にはデータ通信にも対応予定です。通信速度などの制限があるとは言えインターネットアクセスやさまざまなアプリが利用可能になると思われます。ただし、まだ衛星の数が十分ではなく、衛星との接続が継続的に維持されずに途切れとぎれとなる可能性があります。

 Starlink D2C用の衛星は最大7500基打ち上げられる予定であり、十分な数の衛星が打ち上げられた段階でデータ通信が途切れなく提供できるようになると思われます。また、接続が途切れなく実現可能となった段階で音声通話サービスの提供も期待されます。

制度面での対応

 Starlink D2Cサービスを日本で導入するに当たって、2024年、総務省の衛星通信システム委員会においてD2Cでの利用が想定される2GHz帯の電波とその周辺の無線帯域を利用するシステムとの共用(同時運用)の条件を中心に検討が進められました。その対象には、地上系のモバイル通信システムだけではなく準天頂衛星システムやデジタルコードレス電話などが含まれます。

 モバイル通信用に免許付与された2GHz帯の中でD2Cが上り・下り各5MHzのペアを利用するという条件で検討の結果、実際の運用に当たって個別に調整を行うことが必要なケースもあるが、基本的に共用は可能であるという結論に達しました。

 日本上空での衛星からの電波の発射に関しては総務省の認可をもらった上で、米国企業の衛星であるためFCC(Federal Communications Commission、米国連邦通信委員会)から日本での電波発射の認可ももらったようです。

 それらに基づき、無線局間で干渉や混信等の問題が起きないよう事業者間で調整を図りサービス導入に到ったということです。

 au Starlink Directで実際に使っている無線周波数は図4のとおり、KDDIが免許付与されている2GHz帯の中で上りが1920-1925MHz、下りが2110-2115MHzの5MHzのペアーです。この周波数は地上系ではほぼ使わないようにして、干渉を抑制しています。

おわりに

 Starlink D2Cにより実質100%のカバレッジが達成され、どこでもつながることになりました。これは画期的なことで、これまでカバレッジがなかった人里離れた場所もサービスエリアとなるだけではなく、山や海での遭難、自然災害で地上基地局の障害の際などのライフラインとしてモバイル通信が一層重要な役割を果たすこととなります。

 D2Cと地上系で異なる周波数を使っていれば、地上系のサービスエリアで衛星が電波を常時発射していても干渉は最小限となります。衛星がいつでもどこからでもアクセスできるということは、自然災害などで地上系の基地局が障害となった場合などに即座にバックアップとしてD2Cが利用できるということになります。

 今はメッセージングなどにサービスが限定されていますが、今後データ通信でのインターネットアクセス、さらには音声通話サービスが提供される予定です。スマホだけではなくさまざまなデバイスでのIoTにも使い道が拡大すると考えられます。やがて、KDDI以外のモバイル通信事業者も衛星直接通信を提供する予定であり、衛星の用途が広がっていくことに期待したいと思います。

藤岡 雅宣

1998年エリクソン・ジャパン入社、IMT2000プロダクト・マネージメント部長や事業開発本部長として新規事業の開拓、新技術分野に関わる研究開発を総括。2005年から2023年までCTO。前職はKDD(現KDDI)で、ネットワーク技術の研究、新規サービス用システムの開発を担当。主な著書:『ワイヤレス・ブロードバンド教科書』、『5G教科書 ―LTE/IoTから5Gまで―』、『続・5G教科書 ―NSA/SAから6Gまで―』(いずれも共著、インプレス)。『いちばんやさしい5Gの教本』(インプレス)、大阪大学工学博士