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空飛ぶ基地局「HAPS」の実現に挑む、ソフトバンクの現在地

 高度6万2500フィート、気温はマイナス73度。そこは成層圏と呼ばれる。そんな過酷な環境から地上に向けて携帯電話用の電波を発射する、「空飛ぶ基地局」の開発が進められていることをご存じだろうか。

 「HAPS」と呼ばれる空飛ぶ基地局は、本当に実現できるのか。2017年12月にHAPSモバイルを設立し、熱心な取り組みを続けるソフトバンクに、その工夫と現在地を聞いた。

HAPSとは

 HAPSは「High Altitude Platform Station」の略語で、成層圏に位置する通信プラットフォームを指す。

 HAPSのメリットとしては、上空からエリアを広く作ることで通信エリアの「穴」をなくせること、そして高度の高い場所もエリアとしてカバー可能なことが挙げられる。

2020年9月の実験内容

 HAPSモバイルは、2020年9月に米国ニューメキシコ州で、成層圏通信プラットフォーム向け無人航空機「Sunglider(サングライダー)」の5回目のテストフライトに成功した。飛行高度は6万2500フィート(約19km)、成層圏での飛行時間は5時間38分となった。

 このテストフライトでは、「ペイロード」と呼ばれる成層圏対応無線機の通信試験も実施された。内容は、地上スタッフがペイロード経由でスマートフォンをインターネットに接続し、ビデオ通話を行うというもの。

 ペイロードを搭載したサングライダーは、700MHz帯(LTEバンド28)のサービスリンクで地上の端末と接続した。サングライダーと地上のゲートウェイは、「E-Band(Eバンド)」と呼ばれる70~80GHz帯のフィーダーリンクによって接続された。

ペイロードの実機見学

 今回はソフトバンクの協力を得て、ペイロードの実機を見学した。なお、機体にペイロードを搭載する際に空気抵抗を減らす「フェアリング」は取り去られた状態となっている。

ペイロードの実機
Eバンドを常に追従できるようになっている
バックアップとして後方には5GHz帯のアンテナを用意したが、2020年9月の実験では使わずに済んだという
サービスリンクで用いられた700MHz帯のアンテナが搭載されている

過酷な環境に対応するための工夫

 サングライダーが飛行した成層圏は、気温が低く過酷な環境だ。ソフトバンクが実験を行ったニューメキシコ州では、マイナス73度を記録したという。

 地上で通常使われている無線機は、当然そのような環境での動作は想定されていないため、ソフトバンクはペイロードに対してさまざまな工夫を施した。

 まず、ペイロードの中の基盤に関して、特殊なヒーティング技術によって温度を上げられるようにした。また、基盤の周辺は発泡スチロールで覆われており、熱が逃げにくくなっている。

発泡スチロールが使われている

 ただし、逆に温度を上げすぎてしまった場合、気圧が低い成層圏では熱がなかなか逃げない。そこで、必要に応じて熱を逃がすべく、大気を取り込む構造も採用されている。

大気を取り込むためのバッフル
取り込んだ大気を調整するためのバルブ

 このような工夫が施されたペイロードがサングライダーに搭載され、無事に実験が成功したというわけだ。今後の課題としては、環境耐性の向上や軽量化などが挙げられる。

「ムービングセル問題」の解決へ

 そして、実際にペイロードが成層圏で動作しても、今度は上空から地上にエリアを作る際に「ムービングセル問題」が立ちはだかる。

 これは、上空の基地局が動くことによってエリア変動が起きてしまうという問題で、HAPSに限らず、衛星からエリアを作る「NTN(Non Terrestrial Network)」で起きうるものだ。

 直径200kmの通信エリアは複数の「セル」という単位で構成されており、エリアを形づくる基地局を搭載した機体は常に動いている。そのため、たとえばセルAで接続していたデバイスが、機体の移動によってセルBへの接続を余儀なくされ、通信が止まるような状況が発生する。

 また、基地局の視点から見ると、通信エリア内にあるすべてのデバイスに対して対応する必要が出てきてしまい、処理の負担が大きくなる。

 この解決策としてソフトバンクが挙げたのが「フットプリントの固定制御」。これは、さらに「回転コネクター」「シリンダーアンテナ」の2つに分けられる。

ムービングセル問題への対策1「回転コネクター」

 回転コネクターは、機体の無線機とアンテナをつなぐケーブルを回転させ、アンテナの向きを維持するという装置だ。

 通常は、機体が旋回したときなどに、機体(無線機)とアンテナをつなぐケーブルにねじれが生じてしまう。無限に回転可能な回転コネクターを使うことにより、こうしたねじれも発生しなくなる。

 ソフトバンクは回転コネクターの試作機を製作し、通信速度に関する実験を実施した。その結果、回転による通信速度の劣化は見られなかったとのこと。

 ただし、回転コネクターはまだ開発段階のもので、実用化のためには性能向上が必須となる。たとえば現在の回転コネクターの素材には、電波を逃さないようにステンレスが採用されている。今後は、素材の見直しなどによって軽量化が図られる見込みだ。

回転コネクターの試作機。中には秘密のノウハウが詰まっているという
回転コネクターの試作機を試すための信号発生器

ムービングセル問題への対策2「シリンダーアンテナ」

 先に紹介した回転コネクターは、機体に対してアンテナを物理的に回転させることで制御するもの。

 それに対し、シリンダーアンテナはアンテナから出す無線信号の方向を変えることで、ムービングセル問題の解決を図るものとなっている。

垂直に並んだ3素子で縦方向のビームの制御を行い、水平に並んだ12素子で360度の制御を行う。これにより、機体のあらゆる動きに対応する

 また、これまではシリンダーアンテナを用いてセル単位でビームフォーミングを行っていたが、今後は「Massive MIMO」化によってユーザー単位のビームフォーミングにする構想もあるという。

 Massive MIMO化によって実現するのは、スループットの向上。また、ビームフォーミングがセル単位ではなくユーザー単位になったことで、原理的にセルが1つになり、ムービングセル問題の解決にもつながる。

 さらにソフトバンクは、総務省から「電波資源拡大のための研究開発」を受託し、HAPSと地上システム間の周波数共用技術の研究開発を実施している。

 HAPSと地上システムで同じ周波数を使うと干渉してしまうため、地上波で使っているエリアに対しては上空からの干渉を落とす(ヌルを形成する)取り組みを進める。

 なお、YouTubeではHAPSの取り組みに関する動画を視聴できる。

【HAPS Payloadの成層圏通信テスト】
【HAPS フットプリント固定制御】