インタビュー

ソフトバンクが唱える「接続率」の正体

ソフトバンクが唱える「接続率」の正体

“位置情報×時間帯”ビッグデータを活かしたエリア品質改善

 5月に開催された夏モデル発表会、ソフトバンクモバイルの孫正義社長は、新商品の紹介もさることながら、ネットワークの繋がりやすさを紹介する時間に多くを費やし、強くアピールした。新機種発表会は、企業としての戦略、提供する価値、そして何より新商品そのものの特徴を伝える場だが、新商品よりもエリア品質の印象を強めかねないその姿勢の背景には、ユーザーからの厳しい視線がある。

音声通話の接続率
パケット通信の接続率

 特にiPhoneの登場以降、ソフトバンクに対しては「繋がりにくい」という声がたびたび寄せられ、厳しい評価が積み重なっていった。そこで2010年春、同社では「電波改善宣言」を出して最優先課題としてエリア改善に取り組む姿勢を打ち出す。2011年秋になると、同社では「接続率」という指標を持ち出し、他社よりも繋がりやすくなってきた、と訴える機会を増やしてきた。この「接続率」は、他社であまり用いられていなかったこともあり、その信憑性に疑いを持つ人も少なくない。事実、ソフトバンク自身の調査でも「約8割の他社ユーザーがソフトバンクの主張を信じていない」ことが明らかにされている。

 それでもソフトバンクは「繋がりやすさ」をアピールし続ける。当初は音声通話の繋がりやすさを示していたが、最近ではパケット通信の接続率も示されるようになってきた。

 今回、パケット通信の接続率について取材した。これはソフトバンクグループのAgoop(アグープ)社が開発したスマートフォンアプリから、パケット通信できたかどうか、といったログデータを取得して解析、導き出されたデータだ。その件数は、今や1日2900万件、月間で9億件もの勢いで集められている。

月間で9億件のログを収集
地図、建物、基地局、時間などを組み合わせて調査する

 これだけの数が揃うことで、データの信頼性が担保されている、とAgoop代表取締役社長の柴山和久氏は胸を張る。そしてAgoopからのデータ、あるいは基地局設計の工夫によってソフトバンクモバイルではエリア品質の向上に繋げて、その実績をユーザーへ伝えようとしている。はたして“接続率”とは一体、何なのか。そしてソフトバンクのエリアは改善してきているのか。Agoop、そしてソフトバンクモバイルのエリア品質担当者に話を聞いた。

膨大な情報から見えてくるもの

 まずはAgoopの柴山氏に聞いた「パケット接続率」から紹介したい。先述したように、Agoopの技術が入ったアプリからは、現在、1日2900万件、月間9億件のデータが集まる。移動中、パケット通信が成功したか、あるいは繋がらなかった(タイムアウト含む)という状況が記録され、Agoop側で蓄積される。

パケット接続率の調査対象は、無作為に各社3万6000台ずつ抽出し、会社感の数の違い、地域などの違いを平準化するようにしているとのこと。

Agoopのアプリは、これまでにダウンロード件数が320万に。アプリでは、GPSのほか、通信履歴(閲覧履歴含む)も取得する、と最初に表示される
5月下旬、愛知のサッカースタジアムでの接続率

 これにより、自宅や勤務地、通学先だけではなく、移動中の道のり、ショッピングで訪れた場所、観光地など、ありとあらゆる場所での通信結果が判明する。しかも、時間帯によって変動する通信状況も記録できる。日本代表の試合が行われるサッカー競技場では、試合がないときは問題なく通信できるが、試合当日となれば繋がりにくい状態に陥る。そんな状況もAgoopのアプリを通じてきちんとチェックできる。

 朝のラッシュアワーでは、新宿や池袋、梅田といった繁華街のターミナル駅でユーザーが多くなってトラフィックが増えて接続率が落ち、休日はビジネス街の接続率が上がって繋がりやすくなる――つまり位置情報と時間帯が結びついた通信状況が記録される。さらにそのログを地図上でプロットすることで、時間・空間と連動した通信状況のデータを視覚的に確認しやすい状態にして、ソフトバンクモバイルのネットワーク品質をメンテナンスするチームへとデータを渡す。これで、速度が落ちる原因を把握しやすくなり、対策も打ちやすくなる。

駅に絞った接続率。ラッシュアワーの朝8時ごろ、各社とも接続率が下落
人口の動きを地図上で見たところ。赤い点で示されている人の動きは、平日(左)と(右)で密集度が大きく違う

 携帯電話事業者では、自動車に計測装置を積んで、街中を移動して電界強度を測定する、といった手法を採ることがある。そういった計測ではエリアカバーの度合いをチェックすることはできるが、ラッシュアワー時など時間帯によって異なる通信状況を把握するのには手間がかかる。またユーザーからのクレームを受けてエリアを調査することもあるが、それでは自宅や勤務地など、特定の場所に限られがちで、移動中のエリアについては把握しづらい。しかしAgoopのアプリのように、ユーザーのスマートフォンから得られるデータであれば、24時間、ありとあらゆる場所の変動を把握しやすくなる。柴山氏は「(クレームを出さない)サイレントなユーザーのデータが見えるようになった」と語る。

アプリの固有ID、日々変更

 このとき、アプリには割り当てられた独自ID、GPSによる位置情報、時刻、機種といったデータが収集される。独自IDは、毎日変更されており、個々のユーザーには紐づいていない。あくまでも、日々の通信が成功したかどうかだけが記録され、個人を特定する必要はない。移動中のデータがカウントされ、同じ場所に居続けてパケット通信が成功し続けている場合、データは1件として記録される。

圏外は?

 この接続率で、よくある疑問が「圏外はどうなるのか」だ。これに対し、柴山氏は「もちろん圏外の場合も通信できなかったデータとしてカウントする」と語る。

 そのため、Agoopのデータから、ソフトバンクモバイルのエリアの中でも、田舎や山あいは、他社よりもエリアが狭い傾向が見て取れるとのこと。柴山氏は「ゴルフ場も(ソフトバンクのエリアが)弱い。山あいでも、たとえばキャンプ場のような場所は、1年に一度しか訪れないかもしれないが、滞在時間が長いため、そこが圏外だと『繋がらない』という印象が強く刻み込まれる」と指摘する。

 屋内からの計測では、誤差があることが記録されるため、現地をスタッフが訪れたりして、通信しづらい場所を特定していく。Agoopでは地図上の建物、店舗、住宅といった情報を把握しており、より特定しやすい。

 また、他社のスマートフォンの中で、平均から著しく外れて接続率が悪い端末があった場合、接続率から除外し、データが偏らないようにしている。

0.1ポイントの差は?

 接続率として示される数値は、ソフトバンクと他社では0.1ポイント単位の違いしかないことがある。ごくわずかな数値のようだが、実際のエリア品質をどう反映しているのか。柴山氏は「0.2~0.3ポイントでも大きな差だと感じている」と語る。

 ソフトバンクの発表会や決算会見などで示される接続率は、全国平均の値だ。しかしAgoopでは、関東や関西、北海道、沖縄など地域別、あるいは鉄道の各駅、「道の駅」「大学」「ゴルフ場」など施設ごとなどで分類した接続率データも確認できる。

 仮に、以前よりも全国平均で0.2ポイント、接続率が下落したとしよう。これはどこかのエリアの接続率がぐっと下がって、全体を押し下げた可能性がある。実際に調査してみるとエリアを特定でき、現地でソフトバンクのスタッフが調べてみると、リピーターが故障していたり、フェムトセルで干渉が起きていたりするなど、品質を下げた要因を見つけられる。

 0.1ポイント単位の変動が、何らかの要因に基づく、ということに気付いたのは、iOS 6.1がリリースされた直後、そのバグによって通信しづらい状況に陥ったユーザーがいることに気付いたため。ただ、こうした気づきは機械的には行えず、日々の分析の中で、人間だからこそ見つけられるものだと柴山氏は語る。

パケット接続率、最初のきっかけ

Agoopの柴山氏

 一方、Agoopがソフトバンクグループとあって、その公平性にも疑問の目は向けられる。これに対して柴山氏は「意識的に第三者でありたい。資本面でいろいろ言われてしまうことはあるが、公正にやっている。もしわざとソフトバンクのデータを好成績にすると、『ソフトバンクのエリアの弱点』が目立たなくなる」と語る。

 ソフトバンクモバイルでは以前よりネットワークの品質改善に取り組んでいるが、グループ会社のAgoopは、携帯電話から得られた位置情報を利用して、商圏データを活かしたサービスを提供することを目指していた。その1つとして、現在地周辺の店舗を探せるアプリを2012年4月にリリースした。

 ところが、アプリに対して「店舗を探そうとしても表示されない」とクレームが入る。原因は何か。アプリのバグなのか、それとも……と調べていくと、通信できないケースがあることがわかってきた。つまり圏外だったり、エリア内でもユーザーが多すぎて繋がりにくかったりすることがわかった。このアプリのユーザーにはソフトバンクだけではなく、ドコモやauのユーザーも存在しており、3キャリアのエリアの状況が把握できることがわかってきた。そこで、ユーザーからの許諾を得て、位置情報と実際の通信状況を調べ始め、接続率を確認するようになった。

 そもそも、Agoopの取り組みは、3社間の接続率を比較することが目的ではなかった、と柴山氏は述べる。そのため、現在もユーザーから寄せられたログは、接続率の算定に用いつつも、ソフトバンクモバイルのエリア対策に活用されているのだという。

 柴山氏は、人の動きをとらえた状況の変化を把握すること、そして基地局設置数で競うのではなくトラフィックをさばける品質の高い基地局の展開が重要だと説く。

エリア品質の対策は4つ、プラチナバンドの効果は?

 ユーザーから、サービスエリアに対して厳しい評価を受けているソフトバンクモバイル。同社でエリア品質管理を担当するのが水口徹也氏だ。そして技術情報企画部の小又晋氏は、その改善の取り組みをユーザーへ伝えるための手法を検討している。

 水口氏によれば、ソフトバンクモバイルがエリア品質の改善に向けて進めてきた最近の手法は、「プラチナバンド」「LTE」「小セル化」「ビッグデータ」になる。

 昨年7月から運用が開始された「プラチナバンド」、つまりソフトバンクへ新たに割り当てられた900MHz帯は、この1年で2万5000もの基地局が整備された。これまでの2GHz帯では屋内への浸透が厳しい、あるいは郊外でエリアを作る際にも基地局を設置したい場所を確保しづらいなど、エリア整備には課題があった。

昨年7月から約2万5000局が整備された
主に4つの点でエリア品質の改善を進めたという
札幌のゴルフ上では900MHz帯になって電波が倍の距離まで届くようになった

 しかしプラチナバンド導入後は、1つの基地局でカバーできるエリアが拡がったと水口氏は説明する。たとえば、北海道・札幌にあるゴルフ場では、それまでの2GHz帯の基地局でカバーしていた半径よりも、プラチナバンドの基地局は2倍、遠くまで電波が届くようになった。仙台市内のオフィスビルでは、300m離れた基地局からの2GHz帯の電波が地下まで届かなかったが、プラチナバンドに切り替わった後は階段で反射して地下まで届くようになった。こうした細かな事例には事欠かないようで、これまで2GHz帯、1.5GHz帯を中心にエリアを構築してきたソフトバンクにとって、900MHz帯の恩恵を強く実感しているようだ。

 続く「LTE」とは、3Gの次世代にあたる高速データ通信の規格のことだが、ここではイー・モバイルのネットワークも利用する「ダブルLTE」も含めた対策を指す。スマートフォンで急激に増え続ける通信量(トラフィック)に対して、iPhone 5の登場以降、LTEエリアを広げて通信しやすい環境を整えると同時に、買収したイー・モバイルのネットワークにも分散することで繋がりやすさの向上を図る。主に東名阪など都市部での対策だとされる。

イー・モバイルのネットワークも利用して混雑を緩和
パケット接続率で見ると、接続できなかったことを示す赤い点は、ダブルLTE開始後、減少したようだ

 「小セル化」は他社でも見られる取り組みで、1つの基地局あたりのサービスエリアを小さくして、より多くの基地局を設置するというもの。基地局1つあたりでさばける通信量は限られるが、基地局そのものを多くすれば繋がりやすくなる。しかしエリア設計がきちんとしていなければ、近隣の基地局同士から発せられる電波が干渉することもある。ここでソフトバンクにとって有利なのは、ウィルコムとイー・モバイルの資産。以前よりも、基地局を設置できる場所が、格段に確保しやすくなった。PHS用の物件は、以前はコンパクトすぎて携帯電話用には向かなかったが、スマートフォン時代を迎えて小セル化を進めると、「電波を飛ばしたくない」(水口氏)と考えるほど、基地局のコンセプトが変化し、PHS用の場所でも利用するようになった。これで2012年以降、急速にエリア改善が進められている。

 最後のビッグデータは、先述したAgoopのデータを活用する、ということ。分析することで、どこが弱点か、対策しやすくなった。

改善したことを伝えたい

ソフトバンクの水口氏(左)と小又氏(右)

 接続率は、ソフトバンクモバイルにとってもともと弱点を見つけて、克服するためのデータだった。しかし、IPSOS社による音声通話の接続率のデータや、先述したAgoopのデータから、徐々に他社の状況も確認できることがわかってきた。ちなみに、Agoopのパケット接続率と同じく、IPSOSによる音声通話の接続率は、単純に電話をかけて繋がったかどうか、という調査であり、圏外でかけた場合も含まれている。

 音声通話の接続率は、ネット調査で協力者を募って実施。「各キャリアで十分な被験者数(試験回数)を確保すること」「被験者の行動範囲・訪問個所・所在の偏りをなくすこと(年代など)」「各社ユーザーの状態を代表できる被験者群とすること」という点を踏まえているとのこと。

 小又氏は「以前の決算で、孫(正義社長)が『言いたいけど止められた』と何か言わんとしていたときがあった。実は、そのとき他社を超えて接続率1位になっていた。しかし偶然かも、ということで数カ月調査し、その後、おおむね超える形になってきたことで、接続率No.1と訴求することにした」と語る。

 小又氏のミッションは、技術陣の成果をわかりやすい形に落とし込んで、ユーザーへ伝えていくというもの。既存ユーザーにとっては、ストレスに感じる機会があると不満に思うが、スムーズに使えると、繋がりやすさは特に意識しない状況になるため、既存ユーザーがどう感じているか、把握しづらい面がある。ただしソーシャルネットワーク上で接続率を紹介すると、批判のコメントが寄せられる一方で、「ありがとう」「昨日まで圏外だったが繋がるようになった」といった声が寄せられる機会も徐々に増えてきた。

 他社のユーザーについては、ソフトバンク自身の調査の結果、8割が接続率を信じていないことが判明している。エリア品質担当の水口氏は「プラチナバンド、ダブルLTEなどのほかWi-Fiなどで改善を図っている。ただし、いずれの方法も細かなチューニングを続けて、きめ細かく努力しなければ良くなっていかない」と語る。

 彼らが自信の根拠とする「接続率」は、音声通話の成功率を元にしたもの、およびAgoopのアプリから収集したものがベースだが、冒頭、触れたように疑いのまなざしを向けるユーザーは少なくない。本当に繋がりやすくなったと感じる機会が増えていくのか。孫氏のアピールを裏付けるべく、ソフトバンク技術陣の努力が今後も続けられる。

関口 聖