インタビュー

トラフィックマップ×端末情報でエリア強化

トラフィックマップ×端末情報でエリア強化

KDDI「エリア品質強化室」担当者インタビュー

 8月1日、KDDIは「エリア品質強化室」を新設した。これまで建設部門や開発部門など、部門ごとに存在していたエリア品質担当を1つにまとめ、社内組織を横断して、auのサービスエリア改善に取り組む部隊だ。

 初代室長の木下雅臣氏とグループリーダーの宮尾良徳氏は、サービスや料金などユーザーから評価されるポイントのうち、スマートフォン普及期を迎えて、特にネットワークやエリアの品質への視線がシビアになってきた、と分析する。

エリア品質強化室のミッション

木下氏

 2013年度に入って、auのネットワークでは、いくどか長時間におよぶ通信障害が発生した。こうしたこともあって、今回、新設されたエリア品質強化室は、各部門からのスペシャリストが集結し、端末や無線部分、コアネットワークを含め、通信サービスとしての品質全体を担当する。機器設備を提供する事業者も、最近では複数社存在していることもあり、設備故障などで的確に問題を把握して、改善する場合でも、トータルでチェックする立場の部署が必要、ということで設立された。

 フィーチャーフォン時代と比べて、スマートフォンが増えた現在、その通信量(トラフィック)はフィーチャーフォン時代の数倍になっている。特に都市部におけるユーザーの生活導線の1つである鉄道路線でのエリア品質については、最近とみに注力している部分。たとえばラッシュアワーとその後の時間帯を比べると、一車両あたりの人数が格段に多いラッシュアワーのほうが繋がりにくくなってしまう。また、満員電車に乗車した場合、人と人に挟まれる車両中央部では、他の人にさえぎられる形となって基地局と繋がりにくい。窓際にいたとしても、反対の窓との間に立つ人で電波がさえぎられてしまい、片方の窓から見える基地局だけと繋がり、空いている状態と比べれば、ハンドオーバーに支障を来すこともある。

マップと情報収集を活用

 エリアの広さという意味では、かなり広がった国内の携帯電話サービスだが、木下氏は「スマートフォンが主流の現在、スピードが出なかったり、通信が切れたりすることが不満になる。特にスループット(通信速度)が重要だと思っている」と語る。

 そうした品質が劣化したエリアをどうやって見つけているのか。KDDIは「トラフィックマップ」と呼ぶツールと、端末からの情報収集機能の2つを活用している。

 「トラフィックマップ」は、地図を100m単位で区切り、1つ1つのメッシュにおける通信量を地図上に重ねて表示するもの。時間帯に応じて変化する様子がわかりやすく示され、たとえば池袋駅や新宿駅の周辺では時間帯によって通信量が急激に増えることがわかる。人の動きと活動の様子が示されたマップ、とも言えるもので、通信量が高い場所を把握して、「ピコセル」と呼ばれる100m程度のエリアをカバーする小型基地局を設置するなど、ピンポイントでエリア品質を改善する。

100mメッシュで示した東京都北西部のトラフィック。繁華街は赤い棒が伸びて高トラフィックになっていることがわかる
トラフィックが落ち着いた様子。時刻は示されていないが、おそらく深夜~早朝とみられる

 KDDIでは、屋内と屋外を分けてトラフィックをチェック。屋内対策とは別の手法としてトラフィックが多い新宿歌舞伎町、渋谷センター街など特定の場所だけにピコセルを設置する。ピコセルの設置数が多すぎると、マクロセル(広範囲をカバーする基地局)と干渉する可能性が高くなるが、ピコセルはビルの屋上ではなく電柱など、ユーザーから近い場所に設置して、なおかつ設置数を限ることで干渉を避けつつ、多くのトラフィックをマクロセルからピコセルへ移す形で処理し、マクロセル側の品質改善にも繋げている。

端末からのエリア情報送信機能
赤い点は通信しづらい、品質が劣化している地点。新しい基地局を設置して改善をはかる

 このように「トラフィックマップ」では、サービスエリア内で、ユーザーが多いなど混み合う場所を見つけ出せる。もう一方のツールである端末からの情報収集は、トラフィック量ではなく、通信環境に関するデータを集めることで、繋がりにくい、あるいは繋がらない場所を見つけ出せる。この機能自体は、フィーチャーフォン時代から導入されていたもので、今春からはスマートフォンでも「au Wi-Fi接続ツール」で、通信環境に関する情報を得られるようになった。木下氏は「ソフトバンクグループのAgoop社が実施しているアプリからの情報収集件数に比べれば、au Wi-Fi接続ツールのデータ件数は少ない」としつつも、接続の成否だけではなく、電波の強さ(電界強度)、干渉量など、細かなデータを集めていると説明。ユーザーからのクレーム、あるいは現地で得た測定データなどと組み合わせて“ビッグデータ”として分析、品質を改善している。

 このほか、Wi-Fiアクセスポイントを使ったオフロードも積極的に実施している取り組みだ。LTE対応機種を含めたオフロード率、つまりスマートフォンのデータトラフィック総量の56%がWi-FiとWiMAX経由になる。特に自宅で繋がりにくいというユーザーにはWi-Fiアクセスポイントを提供することで、利用率が相当高まっているとのこと。ただ、公衆無線LANは、ランチタイムになると利用率が高まるものの、それでもまだ設備面に余力を残している状態だという。

ツイートも活用

建設部門からエリア品質強化室へ来たという宮尾氏

 ここ数年、企業とユーザーの交流を促進したツールの代表格は、なんと言ってもTwitterだろう。KDDIも公式アカウントを設けてユーザーからのさまざまな要望をすくい上げているが、エリア品質対策でも、ユーザーからのツイートを活用している。KDDI研究所の開発したTwitter分析ツールを使い、さまざまなツイートの中から「au」「繋がらない」といったキーワードをもとに、エリアに対して不満を抱えるユーザーのツイートを見つけ出して、エリア品質を改善している。

 最近では、8月上旬に開催された野外フェス「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2013」でその効果を発揮。現地で「森のステージそばが少し不安定」とツイートしていたユーザーを見つけ出し、現地へすぐさまスタッフを派遣。状況を確認して改善することに成功した。ちなみに「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2013」では、普段の現地における通信量の80倍ものトラフィックが発生したが、通信規制を行うことなく、通常の基地局と2台の車載基地局で処理できた。

 野外イベントについては、音楽関連イベントのほか、花火大会などでも車載基地局を出動させることで、繋がりやすい環境にしている。同社では各イベントで、音声通話、Webブラウジングの利用状況を実機を使って手動で確認。ごく一部のイベントでは繋がりにくい状況となったが、大半は80~100%という接続率になった。大型イベントの場合、近くの通常基地局から光ケーブルを敷設して、車載局のバックボーン(伝送路)にしている。一方、災害発生時は衛星回線も利用する。

 ソフトバンクモバイルが他社よりも接続率で優位とアピールする中、木下氏は、「(ソフトバンクのデータは)間違いではないと思うが、我々がネットワークから直接データをとったものと比べると、(ソフトバンクのデータが示すほどの)変動はない」とコメント。

 アプリなどを通じて他社のデータを取得する、という手法については「原則は自社の品質を上げること。ただし、他社のデータを得るということも考えなければいけない時期なのかもしれない。他社の状況も踏まえた品質改善も検討しなければいけないのかな、と考えているが、正直、どう活用するか、まだ見えていない」と述べ、最優先すべきはauユーザーの満足度を上げるための品質向上ながら、他社との競争上の取り組みを検討する姿勢を示した。また自社の品質向上をアピールする取り組みに関しては、数字を出すことが体感の満足度と合致するのか、あるいは数字以外の表現が良いのか、検討しているという。

関口 聖