インタビュー

キーパーソンインタビュー

キーパーソンインタビュー

“オープン”と“協業”を武器に拡大を狙う「Firefox OS」

 スマートフォンで「第3のOS」として注目を集めるMozillaの「Firefox OS」。7月にはZTE製の「ZTE Open」や、TCL製の「ONE TOUCH Fire」といった、中国メーカーによるローエンドのスマートフォンが、テレフォニカとドイツテレコムの2キャリアから発売された。日本では、同OSの採用をKDDIが表明しており、端末は2014年にも登場する見込みだ。スペックも日本の事情に合わせ、ハイエンドに近くなることが予想される。

「Firefox OS」搭載のスマートフォン。テレフォニカが発売した「ZTE Open」(左)と、ドイツテレコムが発売した「ONE TOUCH Fire」

 こうしたタイミングに合わせ、Mozilla CorporationのVice President of Mobile Engineering、アンドレアス・ガル氏が報道陣にFirefox OSのコンセプトや狙いを説明した。ガル氏は、Firefox OSのコミュニティでKDDIがどのような役割を担っているのかも語っている。グループインタビューでの主な一問一答は、次のとおりだ。

グループインタビューが行われた、サンフランシスコ市内のMozilla Foundation。ヘッドクォーターはグーグルと同じマウンテンビューにある

エコシステムのすべてがオープンなFirefox OS

――Firefox OSのコンセプトや開発経緯を教えてください。

Mozilla CorporationでFirefox OSの開発を率いるVice President of Mobile Engineering アンドレアス・ガル氏

 Firefox OSは2年前から始まったプロジェクトです。Mozillaは過去10年、オープンさで成功してきました。デスクトップ(パソコン)では、ブラウザをユーザーが選択していたからです。一方で、モバイルの状況はまったくの正反対で、エコシステムは閉じています。たとえば、iPhoneは完全にクローズドです。開発言語もアップルが作り、どのテクノロジーを採用するのかを決めるのもアップルです。アプリケーションを販売するにも、アップルの承認が必要になります。

 グーグルは当初、キャリアやOEMメーカーにAndroidで新しい選択肢を与えました。ただ、AndroidのアプリはDalvikという独自にJavaをカスタマイズした言語で開発します。プロプライエタリー(独占的)なグーグル独自のAPIもたくさんあります。

 Androidはオープンだと言われていますが、真実は違うのです。どの方向にOSが向かうのかをコントロールするのも、グーグルですからね。マイクロソフトとWindows Phoneにも同じことが言えます。あれもマイクロソフトの言語で、マイクロソフトのテクノロジーです。

 我々は違います。エコシステムは一切、クローズドではありません。2年前はHTML5の力が十分ではありませんでしたが、今では電話やSMS、照度センサー(の制御)といった数年前にはなかった機能も実現しています。HTML5はとてもパワフルになり、ネイティブアプリと同じように扱えるようになりました。

 ただ、Mozillaは小さな組織です。そこがアップルやグーグルにどう対抗していくのか。我々には大きな開発者コミュニティがあり、Firefox OSのプロジェクトも単独でやっているわけではありません。同じ悩みを抱えたキャリアも参加していて、技術の方向性を決めています。コミュニティにはテレフォニカやドイツテレコム、KDDIのような大きなキャリアがいて、とても大きなエンジニアのチームになっています。Firefox OSは、キャリア、OEMメーカー、チップセットベンダーが協力しながら作っているのです。

 たとえば、KDDIも日本のニーズに対応する形で技術貢献をしています。我々は(新興国などの)大きな国をターゲットにしていましたが、彼らは違った層を狙っています。彼らが日本のマーケットにとって重要だと考えているペアレンタルコントロール機能を開発しているのも、そのためです(KDDIは、通信量を削減する技術や、セキュリティ技術の開発にも貢献している)。

 ただし、そこで開発されたペアレンタルコントロール機能は、KDDIだけのものになるわけではありません。同じ技術をドイツテレコムやテレフォニカも使えるのです。つまり、オープンソースのコミュニティで、ベネフィット(利益、恩恵)をシェアするということです。

――Firefox OSは1つのバージョンですべての地域をまかなうのでしょうか。それとも、Androidのように市場ごとにポピュラーなバージョンが異なることになるのでしょうか。

 とてもいい質問ですね。分断化と差別化についての話だと思います。Androidはとても分断されています。OEMメーカーによっても仕様が異なります。最初に申し上げておきたいのは、Androidの分断化が起こるのは、グーグルがオープンではないからということです。新しいバージョンのOSは、グーグルが主導で出しますし、LG、HTC、サムスンはその都度、そのOSに欠けているものを探さなければなりません。OSに問題があったままなら、(メーカー側の対応は)何度も同じことの繰り返しです。分断化はこうして発生します。

 また、Androidにはたくさんのバージョンが存在していて、2.2や2.3といった過去のバージョンも新興国などでは大きなエコシステムになっています。こうしたデバイスに搭載されているOSをアップデートするのは、非常に大変です。その結果、たとえばラテンアメリカなどでは、古いバージョンのAndroidが使われ続けることになります。新しいバージョンを搭載した端末は、コスト効率が悪いからです。

 一方で、デスクトップパソコンのWebブラウザである「Firefox」や「Chrome」には互換性があり、競争をしています。なぜならこれはオープンなWebのスタンダードに基づいているからです。Firefox OSを搭載したデバイスも同じようにオープンで、結果としてアフォーダブル(値ごろ)になります。カスタマイズも簡単なので、たとえば日本ではもっともメモリを積んで、CPUの性能が高いものも出るでしょう。OSがとてもカスタマイズしやすいので、1つのバージョンでいけます。

 また、OSはさまざまなキャリアがコラボレーションしながら開発しています。オープンなので、ほかのキャリアが導入すると決めれば、それを使うこともできます。たとえばドイツテレコムとテレフォニカも、いくつかの市場では競合するキャリアですが、それぞれがFirefox OSを導入しています。

――OSのアップデートの頻度はどのくらいになりますか。各社がそれぞれの仕様を盛り込んでいくと、頻繁にアップデートがかかりそうですが……。

 OSのアップデートは、Androidではとても大変で、OEMメーカーのリスクでもありますが、Firefox OSはそれとはまったく異なるデザインになっています。アップデートは小さなピースに分けて行えます。また、OSは3つのレイヤーに分かれていて、アップデートのほとんどはアプリで起こるものです。

 ただし、セキュリティに関するアップデートは、すぐに行っていきます。こうした仕組みができるのも、Firefox OSがオープンだからです。

――この仕組みで、Mozillaはどうやって収益を上げていくのでしょう。

 我々はNPO(非営利団体)なので、収益がゴールではありません。Mozilla Foundationの使命は、オープンな技術を作り出し、広めることです。株主がいないので、彼らに対してアピールする必要はどこにもありません。目的が、アップルやグーグルとは完全に違うのです。デスクトップパソコン向けでは検索で収益を上げることもありましたが、あくまで副次的なもので、マネタイゼーションが大きなゴールではありませんでした。

Firefox OSとTizenの違い

――日本ではドコモがTizenスマートフォンを発売しますが、比べたときの優位性をどう考えているのか教えてください。

 Firefox OSは「HTML5フォン」で、HTML5とオープンなテクノロジーで作られたものです。一方で、Tizenは完全なHTML5フォンではありません。とはいっても、一般的に競争が生まれるのはいいことです。デスクトップでは、FirefoxはChromeやIE、Safariと競合していますが、モバイルでもそれと同じことが起きるでしょう。

 ただし、Tizenは完全なる競合とも言えません。彼らのターゲットはとてもハイエンドなデバイスですし、サムスンはiPhoneに対抗するスマートフォンを考えているのでしょう。Firefox OSとは狙うマーケットのセグメントが違います。

 そして、これはとても重要ですが、Tizenとは、HTML5に対するアプローチが異なっています。TizenにはTizen専用のAPIがたくさんあり、とてもプロプライエタリー(独占的=オープンでない)です。サムスンはとても優れた技術を持つ会社ですが、Webの会社ではないですからね。

――今発売されているFirefox OS搭載の2つの端末は、UIは同じで、アイコンが並んでいるのもiPhoneやAndroidとほとんど同じです。メーカーやキャリアがこれをカスタマイズすることはできるのでしょうか。

 Firefox OSのブランドを使うためには、セキュリティやプライバシーポリシーなどを変えることはできません。ただ、UIのカスタマイズはできますし、中には、見た目からはFirefox OSだと認識できないものも出てくるでしょう。

――タブレットやファブレット(5~7インチクラスのスマートフォン)も、同じOSが使えるのでしょうか。

検索に関連したアプリ一覧が表示される機能も備える

 2年前は、元々、タブレット向けとしてFirefox OSを開発をしていました。ユースケースがとてもデスクトップに近いからです。ところが、パートナーからはスマートフォンの方がボリュームがあり、タブレットはスマートフォンほど急ぎではないと言われました。それが、最初のデバイスがスマートフォンだった理由です。

 もちろん、より大きく、解像度の高いディスプレイに対しても取り組んでいます。近い将来、UIのサンプルも期待できるでしょう。

――Firefox OSの要求するハードスペックを教えてください。今市場に出ている端末はとてもスペックが低いものです。

 確かに初号機はとてもローエンドな端末です。クアルコムのチップもシングルコアですし、メモリのサイズも小さなものです。それでも、とてもパワフルに動きます。我々にとって、低いスペックのハードウェアに最適化することはとても重要なのです。

――仮に同じCPU、同じメモリを搭載していたとすると、HTML5のパフォーマンスはAndroidやiPhoneより上になるのでしょうか。

 もちろんです。OSの構造が違います。たとえばAndroidでは、Dalvikのアプリがあり、その上でHTML5のアプリを動かしています。一方でFirefox OSは、OS側で直接HTML5を呼び出します。ですから、比較するとFirefox OSの方がレスポンスはよくなります。

KDDIは力強いパートナー、キャリアの自助努力が基本

――Mozillaとして、KDDIをどう評価しているのか教えてください。

 Mozilla自身はスマートフォンそのものを提供していませんし、我々にはパートナーやその助けが絶対に必要です。KDDIはとても心強いパートナーです。彼らは日本の市場に適したカスタマイズをしたスマートフォンを、ユーザーに届けてくれるでしょう。

――KDDIには、どのような貢献を期待していますか。

 我々が期待するというより、彼らが現在のOSを見て自分たちにとって必要なものを足していくということです。Firefox OSは、OMEメーカー、キャリア、チップセットベンダー、それぞれの関心や興味に基づいてコントリービュート(貢献、実際に仕様の提案や開発をすること)をしています。

 たとえば、KDDIはペアレンタルコントロール機能やセキュリティ機能をとても気にかけていますね。そして、それに対してコントリービュートもしています。もちろん、それは我々にとっても大切ですが、考え方としてはFirefox OSを導入するキャリアの自助努力というのが基本です。

――携帯電話会社のような巨大企業が集まると、まとまる話もまとまらなくなりそうです。以前はそれで失敗したプラットフォームもありました。

 そうはならない、とてもシンプルな理由があります。我々はNPOで、キャリアのために働いているわけではありません。Firefox OSの開発では、何かをするときは、エンジニアが貢献しなければなりません。偉い人同士が話し合って仕様を決める形にはなっていないということです。

――ありがとうございました。

石野 純也