インタビュー

医療機関や学校にスターリンク、避難所に再生水のシャワーを設置――ソフトバンクの能登半島地震への被災地支援策を聞く

 2024年1月1日に発生した令和6年能登半島地震は、北陸三県や新潟県で強い揺れが観測され、幅広い範囲で被害をもたらした。なかでも能登半島は、道路の損壊などで、より多くの被害が発生した。

 そんななか、携帯各社のなかでいちはやくサービスエリアの復旧宣言を出したのがソフトバンクだ。可搬型衛星アンテナ、有線で給電するドローン、移動電源車などを活用し2月27日付けで能登半島全域でのエリア復旧を宣言した。

 本誌では別途、通信サービスの復旧活動についてソフトバンクに取材する予定だが、今回は、衛星通信サービス「スターリンク(Starlink)」を用いた取り組みや、ソフトバンクが出資する再生水ソリューションの「WOTA」の活動について、関係者へ話を聞いた。

 インタビューに応えた、ソフトバンク公共事業推進本部 第一事業統括部事業企画部長の橋詰洋樹氏は、自身の実家が福井県越前市にあり、お正月ということで帰省中に震災へ遭遇。その後、金沢市にあるソフトバンクの拠点を中心に復旧活動に携わった。

 またWOTA関連の取り組みについては、デジタルトランスフォーメーション本部第一ビジネスエンジニアリング統括部次世代インフラ事業推進部の藤田瑞生事業戦略推進課長に聞いた。

 そして、30年ほど前にソフトバンクに務めつつ、その後、市議を経て前の金沢市長を務めていたソフトバンク法人事業統括顧問の山野之義氏は、その経歴で培った人脈を活かして、石川県や市町村の幹部と直接やり取りしながら、ソフトバンクだからこそ提供できるソリューションを提案、自治体と調整していった。

ソフトバンク×スターリンク

 スターリンクを用いた被災地への支援として、国内ではKDDIも取り組んでいるが、ソフトバンクも100台の無償提供を発表。実際に69台が現地で活用されることになった。

 といっても、KDDIとソフトバンクが同じ場所に同じように設置しては効果が薄れてしまう。そこで、現地では総務省が行事役となって、配置先を割り振り。KDDIは主に避難所をカバーする一方、ソフトバンクが提供するす「スターリンク」の設備は、教育施設や医療施設に置かれることになった。

 そのうち輪島市では、市内で6校程度に設置されたが、たとえば石川県立輪島高校には計7台のスターリンクのアンテナが設置された。実際、運用してみると、Wi-Fiルーター1台あれば2クラス分をカバーできることがわかった。

 また、穴水町の中学校では、避難する生徒たちで、ひとりひとり被災状況が異なり、全員が学校に集まることが難しいことが判明。そこで「スターリンク」により、「学校にいる先生」と「避難している生徒たち」をリモートでつなぎ、オンラインでの授業を実施。穴水中学校の校舎の中には、小学生、中学生、高校生の授業が実施され、リモート授業というかたちで教育を支援した。

 ちなみに設置する場所によって、通信量が大きく変わることもあらためて確認できたとのことで、たとえば役場の5階は1日あたり2.76GBだったのに対して、人が多く滞留する役場の1階は1日30GBも利用されることがわかった。

医療を通信で支える

 大きな災害が発生すれば、道路が寸断され、水や電気、ガスといったライフラインが止まる。そして携帯電話サービスの通信も繋がらない場所が発生する。

 そうした事象がもたらすのは、社会のさまざまな機能がストップするということ。商業活動や物流も止まり、先述したように教育現場に影響することもある。

 当然、影響は医療現場にも及ぶ。病院の機器が止まり、移動が難しくなって患者の来院も難しくなる。

 ソフトバンクが今回投入したのは、「マルチタスク車両」と呼ばれる自動車だ。

 スターリンクを活用して通信機能を備えるほか、ソーラーパネルやポータブル電源で電力を、WOTAで水を提供できる。

 また、厚労省の災害派遣医療チーム(DMAT)や日本医師会の災害医療チーム(JMAT)の通信面もスターリンクでサポートした。

再生水で「本来2人のところ100人がシャワーを利用」

 2014年に設立されたWOTA(ウォータ)は、一度利用された水を濾過・除菌して、もう一度利用できるようにする製品を提供するスタートアップ企業だ。2021年にはソフトバンクが出資しており、今回インタビューに応じた藤田氏はWOTAにも出向しており、再生水を活用することで、社会に欠かせない水の有効活用を進める事業に取り組んでいる。

 土砂崩れなども多く発生した能登半島地震では、たとえば1月14日時点で七尾市の98%が断水していた。地中に埋められた水道管を掘り起こし、損傷を受けた場所を突き止め、復旧させていくことは、そうした工事に携わったことのない筆者でも容易に想像がつく。水が利用できないことで、避難所での感染症のリスクが高まるということもあるが、なにより、汗などを落とせないストレスが心への負担を重くする。

 一般的に大規模災害となれば、自衛隊による入浴支援も展開されるが、それでも限界はある。

 そこで今回、WOTAでは、水循環型のシャワー「WOTA BOX」を提供。100リットルの水があれば、通常2人程度しか利用できないが、使った水を再利用することで、100人、シャワーを利用できる環境を整えた。あわせて再生水で手洗いできるスタンド「WOSH」も200台、現地へ提供された。

 これらの製品は、断水が続いた全6市町に置かれたが、すべてWOTAの在庫だったわけではない。すでにWOTAを導入していた徳島県、徳島県藍住町・松茂町・美波町・美馬市、神奈川県藤沢市、千葉県千葉市・富津市や、個人(大前研一氏、前澤友作氏)から提供されたもの。そして日本財団からも資金面での援助があった。

 「WOTA」という、まだ一般には馴染みのない製品を、自治体側がスムーズに受け入れたことには、過去、WOTAに対する自治体幹部による視察があったから、と語るのは前金沢市長の山野氏。

 もし全く知られていなければ、自治体側も「ひとまず落ち着いてから、また後日、話を聞かせて」となるだろうが、実際には1月4日には入浴支援が開始されており、発災からすぐ2日、3日の間に現地へ展開する調整が進んだことがうかがえる。

 山野氏によれば、かねてより、石川県の自治体首長らによるネットワークがあるという。

 山野氏自身は、地方行政から身を引いた立場だが、さまざまなコネクションから不足する物資や課題などの情報を得て、ソフトバンク側にフィードバックした。WOTAについても、1月1日の深夜~2日にかけて、山野氏から馳浩石川県知事へ連絡。事前にWOTAを知っていた馳知事は、すぐに必要性を理解して受け入れを決めたという。

 山野氏や、橋詰氏は、発災から間もない時期の1月7日、能登半島北部にある珠洲市役所にたどり着いた。道路が寸断され、渋滞もあり、平時なら2時間半程度の道のりも、片道7時間かかった。別のルートを選択できるわけでもなく、渋滞をただひたすら待つしかないなか、スターリンクやWOTAを被災地へ運んだ。

さらなる進化に向け、今回見えた課題とは

 被災者をさまざまな場面で支援したソフトバンクの取り組みだが、やってみてわかったこともある。

 たとえばWOTAを担当する藤田氏は、「なんとかWOTAをかき集めることができたが、今後、発生が想定されている南海トラフ巨大地震の水インフラを解決できない」と指摘する。今回は、導入済み自治体からの拠出などもあって救われた面もあり、迫りくる巨大災害に対しては、さらなるWOTAの普及が必要と言える。

 また、WOTAは、避難所などに設置されたあと、現場に多少なりともメンテナンスなどの運用を任せることになるが、そうした知識を伝えることにも時間がかかるのが現状でもある。

 自治体をリードする立場を経験してきた山野氏は、「通信、水、医療は今回提供できたが、たとえば今後は、位置情報データを活用して人の流れを把握した上での防災計画の立案策定、LINEヤフーの検索データも分析していく必要がある」と語る。

 たとえば検索データについては、「避難所」というキーワードでは、あわせて「ペット」「性被害」というワードも一緒に検索されていることがわかっている。避難所自体は、避難している人々自身が運営するが、自治体は当然ながら物資面などを含めて支援する。一緒に検索されるワードから、もし、これまでの避難所に関する計画にニーズが汲み取られていないのであれば、反映させることもできるだろう。そうした判断を助けるデータとして、LINEヤフーにはまだできることがあるという。

 今回の取材では、携帯電話基地局の復旧ではなく、応急的な手段としてスターリンク、そして水インフラをカバーするWOTAの取り組みを聞いた。成長戦略として「Beyond Carrier」を掲げ、かつての携帯電話キャリアの範疇を越えて、通信を軸に幅広い分野での事業を見据えるソフトバンクらしい被災地支援と言えそうだ。