藤岡雅宣の「モバイル技術百景」

能登半島地震で見られたモバイル通信事業者の災害対策と今後の課題

 令和6年能登半島地震では、停電や現地の無線基地局とモバイルネットワークを接続する回線の障害などで被災地の広い範囲で携帯電話が使えない状況となりました。これに対して通信事業者は様々な対策をとって、モバイル通信の復旧に取り組んできています。ここでは、これらの災害対策の具体的な内容と課題、今後の災害対策への期待を技術面から見てみます。

モバイルネットワークの災害対策

 国内の携帯電話会社が手掛けるモバイルネットワークでは、2011年の東日本大震災や2018年の北海道胆振東部地震などの経験に基づき、自然災害や予期せぬ事故に備えた様々な障害予防策が講じられてきています。ここでは、今回の地震に関係する無線基地局関連での対策について見てみます。図1に示した基地局とその周辺の構成を参考にしてください。

 各事業者は数百m以上のカバレッジを持つ電波出力の大きい、いわゆるマクロ基地局には予備バッテリーを備えています。この予備バッテリーは数時間~24時間程度の停電に対応することが可能です。また、役所や主要病院などの重要施設をカバーする基地局では48~72時間の容量のバッテリーや燃料が尽きない限り給電できる発電装置を備えています。

 さらに、たとえばNTTドコモでは大ゾーン基地局と呼ばれる半径約7km程度と通常の基地局よりかなり大きなカバレッジを持つ基地局を各都道府県に2~6局設置しています。この大ゾーン基地局は発電装置を備え、周辺の通常の基地局が停電などで停止したときにのみ稼働して、それら複数基地局の代替として運用されます。

 基地局サイトとモバイルネットワークを接続する伝送路として、多くの場合光回線を用いていますが、この光回線が使えなくなったときの代替予備回線としてマイクロ波無線回線を設定できるようにしているケースもあります。また、予備の光回線を設けて冗長性を高めているケースもあります。

能登半島地震におけるモバイル通信障害

 能登半島地震では、上に述べた様々な非常時対策にも関わらず、多くの被災地で基地局がダウンしモバイル通信が使えなくなりました。基地局がダウンした主な原因は以下の通りです。

  1. 基地局損壊:強震による基地局本体、アンテナの損壊、水没
  2. 電源使用不可:停電、予備バッテリー切れ、発電装置燃料切れ、電源線切断
  3. 回線断:基地局とモバイルネットワークを接続する伝送路の断線・不通

 東日本大震災では(2)の「電源使用不可」が80%程度の割合でしたが(NTTドコモの公開値)、今回の地震では、1月18日の会見時点でたどり着けた基地局の状況として、(2)に加えて(3)の「回線断」が大きな割合を占めたということです。あるモバイル通信事業者によれば、約60%が回線断、約40%が電源使用不可によるものだったということです。

 電源使用不可については、基地局周辺の停電が根本原因ですが、一時的に予備バッテリーで運用していた基地局も停電が長引いた場合には蓄電池の容量がなくなりやがて運用できなくなりました。

 発電機や燃料電池を備える基地局でも、停電後一定時間は運用できましたが、道路事情などにより補給が遅れ燃料が枯渇すると基地局は運用できなくなりました。

 また、今回の地震では多数の土砂崩れや地表面の亀裂・陥没などで地中に埋設された回線や電柱沿いに敷設された回線が障害となりました。これらの障害では、予備回線が準備されていない限り、不通となった瞬間から基地局を利用できなくなりました。

モバイル通信復旧対策

 モバイル通信サービスを復旧するための対策として、図2(1)のように既存基地局を運用できるようにする対策と、図2(2)のように一時的に臨時基地局を配備する対策があります。

 既存基地局が停電により運用できなくなったときの対策の一つが、大容量バッテリーを搭載した移動電源車や可搬型発電装置を基地局サイトに横付けし、基地局に給電することです。能登半島地震でも数多く利用されています。

 既存基地局とモバイルネットワークを接続する伝送路が障害となっている場合には、可搬型衛星アンテナを基地局サイトに持参し衛星を経由して基地局とモバイルネットワークを接続する対策が有効です。今回の地震でも、多くの基地局でスターリンク衛星や静止衛星を利用した対策がとられました。

 特にスターリンクについては、設置と衛星回線の設定が容易で安定して十分な伝送速度を得られるので使い勝手が良かったということです。

 一方で、既存基地局が運用できずモバイル通信が不通となっている被災エリアに臨時基地局を設置、配備する対策も取られます。今回の地震でも、多くのエリアで可搬型基地局が設置されたり、車載基地局が配備されました。

 また、NTTドコモとKDDIは共同で、船舶上に携帯電話基地局の設備を設置した「船上基地局」の運用を日本で初めて実施しました。両社が同一船上に個別に基地局設備と基地局をモバイルネットワークと接続するための衛星通信設備を設置し、陸路が絶たれた輪島市の一部沿岸エリアへのモバイルサービスを提供しています。

 さらに、ソフトバンクは「有線給電ドローン無線中継システム」を投入しました。このシステムは基地局アンテナを搭載したドローンを上空に停留飛行させることで、半径数kmのサービスエリアを確保できるのが特徴です。このドローン基地局は、短時間で運用開始できるだけでなく、ドローン給電用ケーブルを接続した状態で飛行するため長時間稼働できます。

 このドローン無線中継システムでは地上に基地局の本体を設置し、無線信号を基地局とドローンを接続する光ファイバー上で送るRoF(Radio on Fiber)という技術が使われています。これにより、ドローン上には無線アンテナだけを搭載すれば運用できます。モバイルネットワークとの接続は衛星を利用するため、基地局に可搬型衛星アンテナを接続しています。

 ダウンした基地局の近くで稼働している別の基地局のカバレッジを拡張して、不感エリアを救済するという方策もあります。生きている基地局のアンテナからの無線放射の向きを調整するなどによりカバレッジを拡張する訳ですが、今回の地震でも一部このような対策がとられました。

技術課題

 能登半島地震ではモバイル通信事業者のタイムリーな災害対策により、多くの被災エリアでモバイル通信サービスが早急に復旧しました。一方で、今後に向けて幾つかの技術課題もあると考えられます

 一つは、基地局とモバイルネットワークの間の回線が障害となった場合の課題です。能登半島地震では、衛星が臨時回線の設定に利用されました。実は、このような衛星回線を利用できる基地局は図3(1)のようにベースバンド装置(BBU: Baseband Unit)と無線装置(RU: Radio Unit)の両方が基地局サイトのビルや鉄塔などに設置されている場合に限られます。

 基地局はBBU(ベースバンド装置)とRU(無線装置)、およびアンテナから構成されています。BBUは、コアネットワークとの間の映像や音声などのデジタル信号と、これを電波で送るための無線信号との間の変換のための複雑な計算処理を行います。アンテナが受け取った電波から信号を取り出してBBUに送る役割を担うのがRUです。その逆に、BBUから送られてきた信号を電波に乗せてアンテナに送る処理も行います。

 能登地方のようなルーラルエリアでは、BBU+RUが鉄塔やコンクリート柱に設置されているケースが多く衛星回線が有効でした。一方で、都市部では設置場所の選択肢、運用効率、エネルギー効率の向上など多くの利点があるため、基地局サイトにはRUのみを設置し光ファイバーを介してBBUを通信ビル側に置く図3(2)のようなBBU-RU分離型の割合が多くなっています。

 近年の基地局実装ではこのBBU-RU分離型の構成が主流となりつつあります。この構成では、BBUとRUの間は数ミリ秒以下の伝送遅延、数Gbps以上の伝送速度が必要です。これらの条件は光回線では満足できても、衛星回線や通常のマイクロ波回線では満足することができません。

 したがって、伝送路の障害対策として有効なのは光回線を複数敷設しておき、通常利用している回線が切断された場合に予備の回線を利用することです。ここで、複数の光回線が同じルートを通っていると土砂崩れや地表面の亀裂・陥没などにおいては全滅する可能性があるので、別ルートで敷設するような工夫が必要になります。

 一方、可搬型や車載の臨時基地局を設置した場合や、ダウンした基地局のカバレッジを周辺の別基地局で補う場合、被災地に適切にモバイル通信サービスが提供されているかどうか確認することも重要です。今回の地震では、事業者によってはスマホ上のアプリを利用してサービス品質を監視しているようですが、非常時といえども最善の品質を提供することは重要だと考えられます。

 NTTドコモはドローン上に無線信号のリピータを搭載したドローン中継というソリューションを持っていますが、今回の地震ではこれが使えそうなエリアが無く利用しなかったということです。より広く使えるように改良の余地があるのかも知れません。また、大ゾーン基地局は今回の被災エリアには配備していなかったということです。

将来の可能性

 地震のような災害時の非常通信については、今後様々な可能性があると考えられます。ひとつは、モバイル通信事業者間の国内ローミングです。あるエリアで自分が普段使っているモバイル通信事業者が障害で使えなくても、他の事業者は使える可能性があります。

 国内ローミングが実現されると、手軽に他の事業者のネットワークが利用できるようになると期待されます。国内ローミングについては、総務省の「非常時における事業者間ローミング検討会」において、電話やデータ通信を含むフルローミングをモバイル通信事業者間で2025年度末ごろから導入される可能性があります。

 今回の地震では、モバイル通信事業者間で同じようなエリアが不通となったケースが多かったのですが、それでも一部エリアではある事業者のサービスが利用できなくなっても、他事業者のサービスが利用できるケースがありました。このようなケースで国内ローミングが有効となります。

 モバイル通信事業者間では既に必要に応じて代替事業者のネットワークを利用できる副回線サービスが提供されていますが、これにはあらかじめ加入契約が必要となります。また、被災時でeSIMの仕組みにより新たな加入契約を行うためには、その手続きのための通信接続が必要となります。国内ローミングにはそれらのハードルがなく簡単に利用できると想定されます。

 一方、今回の地震では実現していませんが、NTTドコモなどでは電気自動車(EV)を電源を喪失した基地局サイトに向かわせてEVのバッテリーで基地局に給電するトライアルも行っています。これは機動性が高く、今後のEVの普及を想定すると有効な復旧対策になる可能性があります。

 将来的には、NTN(Non-Terrestrial Network、非地上系ネットワーク)が地震などの災害時の非常通信に極めて有効だと考えられます。既にiPhone(14及び15)では北米において衛星に直接アクセスしてメッセージのやりとりに利用可能になっています。今後、スマホから衛星回線を利用した通話やデータ通信も可能になる予定です。

 また、別のNTNとして成層圏で周回飛行するHAPS(High Altitude Platform Station、高高度プラットフォームステーション)の開発や周波数割り当ても進んでいます。HAPSもスマホから直接アクセスすることができ、これを利用した通話やデータ通信も可能になります。

 普段使っているスマホが非常時には衛星やHAPSに直接アクセスして通信ができるようになれば、地震などの災害時に被災者との連絡が可能となり救助や支援の活動に非常に有効になると期待されます。

自然災害への備えを

 日本では地震、台風、津波、火山噴火、そして豪雨による洪水など、自然災害が頻発します。このような自然災害ではモバイル通信が非常に重要な役割を果たします。能登半島地震を教訓に、今後の自然災害に対してモバイルネットワークが万全な対策をとっておくことが期待されます。

藤岡 雅宣

1998年エリクソン・ジャパン入社、IMT2000プロダクト・マネージメント部長や事業開発本部長として新規事業の開拓、新技術分野に関わる研究開発を総括。2005年から2023年までCTO。前職はKDD(現KDDI)で、ネットワーク技術の研究、新規サービス用システムの開発を担当。主な著書:『ワイヤレス・ブロードバンド教科書』、『5G教科書 ―LTE/IoTから5Gまで―』、『続・5G教科書 ―NSA/SAから6Gまで―』(いずれも共著、インプレス)。『いちばんやさしい5Gの教本』(インプレス)、大阪大学工学博士