インタビュー

グーグルとアップルの「濃厚接触通知アプリ」APIが登場、開発の課題は何だったのか

 21日、グーグルとアップルは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策として、世界各国の公衆衛生機関向けにアプリ開発用のAPIを公開した。コンタクト・トレーシングとも呼ばれるアプリを開発できるようにするもので、新型コロナウイルス感染症の陽性になった人が自主的に報告すれば、その人の近くにいた人へ濃厚接触していた、と通知が届くアプリだ。

 アプリ自体は、各国の公衆衛生機関が提供元と想定されており、乱立を防ぐため一国1アプリとなる。日本では厚生労働省が提供元になる予定で、政府の新型コロナウイルス感染症対策テックチーム(Anti-Covid-19 Tech Team、ACTT、アクト)が進めるアプリ開発において、同APIの利用が前提とされている。

見知らぬ二人(アリスとボブ)がたまたま会話、その後、一方が感染したことが判明すると、もう一方に濃厚接触の可能性が通知される

 アップルとグーグルの用意したAPIは、Bluetoothでスマートフォン同士をつなぎ、「このとき、この端末の近くにいた」というごくシンプルな情報を交換する。GPSも使わないし、ユーザーの氏名や性別、年齢も取得しない。

アップルとグーグルによるExposure Notificationの仕組み

  • スマートフォン上で、毎日ランダムに生成するキー(Temporary Exposure Key/TEK、仮に鍵その1とする)と、「鍵その1」をもとに10分~20分程度に一度生成するキー(Rotating Proximity Identifier/RPI、鍵その2)が用意される。
  • ユーザー同士が近くにいるとき、自分の端末で生み出した「鍵その2」が相手の端末へ保存される。
  • 新型コロナウイルス感染症に感染し陽性になった人は、「Exposure Notification」API/プラットフォーム対応アプリで「感染しました」と自己申告する。
  • ユーザー同意のもと感染報告者の「鍵その1」は政府か保健機関が提供するアプリを通じてサーバーへ送られる。
  • API対応アプリは、定期的に全国から報告される「鍵その1」をダウンロードする。「鍵その1」には生成された時刻が含まれており、判定のヒントに使われる。そして端末上で、誰かと会ったときの「鍵その2」とマッチするかどうか判定し濃厚接触の可能性を判定する。

 グーグルとアップルは、4月に取り組みを発表して以降、各国の政府や学術機関、NGOとやり取りして、そこから得た意見を開発に取り入れてきた。はたして、どのような課題があり、どんな要件が定められてきたのだろうか。両社に聞いた。

規模を拡大するために支援

 もともと両社のプロジェクトは、COVID-19への対策に取り組む公衆衛生機関(日本では厚生労働省)、学術機関などを支援するためにスタートした。

 そこでアップルとグーグルは何をできるのか、と言えばスマートフォンの活用だ。そもそも両社の取り組み以前から、世界各国において両社に協力を要請する声が寄せられていたという。すでに先行してシンガポールなどでコンタクトトレーシングのアプリが開発され、日本でもACTTがキックオフを迎える際、同様のアプリを開発することが方針に盛り込まれていた。そうした中で見えていた課題は、従来の接触型追跡技術では、いくつかの理由でスケールアップが難しいことが挙げられる。

人出不足、時間が足りない、記憶の確かさという3つの課題

 既存の取り組みで考えられた課題のひとつは人手不足。当局が実際に感染した人だけではなく、“濃厚接触の可能性がある人”までコミュニケーションの対象に含めようとしても、人の手では限界がある。プラットフォーマーであるアップルとグーグルがより効率的な手法を提供できれば、解決策の一助になる。

 さらにもうひとつの課題は時間だ。濃厚接触の可能性がある人を見つけ出し、連絡を取るまでの時間がどれほどかかるか。1人2人ならともかく、国全体での取り組みを想像するだけでも、それがどれほど難しいことかよくわかる。見つけ出すまでに時間がかかればかかるほど、その間に感染が広まってしまう可能性もある。スピード感をもって対応するには自動化が欠かせない。

 3つ目の課題は「人の記憶のあやふやさ」だ。過去14日間、誰に会い、どれくらい一緒にいたのか。すべてを覚えている人ばかりとは限らない。知っている人だけ、予定していたミーティングだけであれば記録をさかのぼったり、記憶に自信があったりして、確かなデータになるかもしれない。しかしバスや電車などで近くにいた見知らぬ人のことはわからない、という人がほとんどだろう。

なぜアップル、グーグルが手掛けるのか

 アップルとグーグルの提供する仕組みは、あくまで支援であり、まずはAPIの提供となる。すでに取り組みをスタートしている国があれば、その取り組みをスケールアップしたり、よりスピーディにできるようサポートする。それは技術的なレイヤーでのサポートであり、公衆衛生当局にとって使いやすいツールの提供だ。

 そもそもなぜ当局が両社に協力を求めることになったのか。両社によれば技術的な課題があるためだという。たとえばiPhoneとAndroidスマートフォンの両方で、相互運用性を確実にクリアし、意図した通りにアプリが動くようにするには、両社の協力が欠かせない。

 AndroidとiOSは、こうしたユースケースのためには設計されていない。そのため、OSレベルで対応しなければスマートフォンのバッテリー消費が多大なものになる可能性がある。バッテリーが尽きればコンタクトトレーシングは機能しないし、ユーザーはアプリをインストールしたいとは思わない。

 はたまたバッテリー以外では、国や地域ごとに異なるソリューション、手法になると、国境を越えて移動した場合の検知が難しくなってしまうという課題もあった。つまりグローバルで活用できる仕組みが早急に求められていた。

 コンタクトトレーシング、濃厚接触通知アプリの効果を高めるには、より多くの人が両社の取り組みを信頼する必要がある。そして、技術そのものが確かに役立つものだと裏付ける必要がある。せっかく当局がアプリを作っても、それを信じられないものであれば、人々は使わない。

「プライバシーを保護」し「ユーザーが選べる」ような仕組みに

 課題を受け止めた両社は、コンタクトトレーシングのためにどんな設計にすべきか整理した。

 ひとつは、位置情報を集めないこと。これはBluetoothを活用することで解決することになった。

 そしてユーザー自身がアプリを操作できることも大切だった。知らぬうちに情報が収集されるのではなく、ユーザーが陽性と診断されることを報告するかどうか決めるという形だ。またアプリをそもそも入れるかどうかもユーザーが決める。仮にインストールしても設定をオフにできるし、削除できるようにした。

 両社では、ランダムなBluetoothによる識別子を用いて、ユーザーのプライバシーを保護し、GPS(位置情報)は用いない。プライバシーを保護するためには、Bluetooth識別子もクラウドへ勝手に保存されることはなく、データはあくまでデバイス上で照合される。

 このほかアプリの乱立、断片化が起きないようにすることも大切なポイントのひとつ。そのため両社が用意するAPIへアクセスできるのは、公衆衛生機関による(あるいは当局がスポンサーになっている)アプリだけに限定された。

 今回の取り組みは、「期間限定、目的限定の取り組み」だ。事態が終息すれば、地域ごとに両社のシステムの稼働は休止されることになる。

 あくまで技術の会社で、公衆衛生の専門家ではない、とする両社が信頼を得るため、仕様やAPIのドキュメントを定期的に公開し、透明性の確保に努めた。21日に公開されたAPIは今後も改善が図られるという。

アップルとグーグルがすること、当局がすること

 コンタクトトレーシングは、COVID-19の感染経路の特定を目指す。両社の提供する仕組みでは、「濃厚接触の通知」とは、COVID-19の陽性と判定された人、あるいはその可能性が高い人と一定程度の接触をしたであろう場合に、アラートを受け取れるようにする。

 当局などからの意見を踏まえて変更された点は、公衆衛生機関が「濃厚接触」の定義ができるようにしたこと。どの程度の接触であれば通知に至るのか、当局が決めることになる。

 APIではBluetoothの電界強度、接触した時間の長さ、接触した日が何日前かという要素も利用できる。それらの要素を組み合わせ、どのレベルになればリスクがあると判断するのかは当局が定める。当局の判断を助ける仕組みとして電界強度などの情報が用意されており、当局がリスクの度合いを細かく調整できるようにしている。

 アプリ開発の際には、陽性報告時、電話番号の入力を求める仕組みを取り入れることもできる。個人の特定はできないが、当局が陽性報告者へ連絡を取りたいケースを支援するためだ。

 ランダムな識別子の生成も、毎日ランダムに生成されるようにした。万が一、識別子をウォッチするような人がいたとしても、日付が変わると、同じ人を追いかけることを困難にする仕組みとして取り入れられた。

スマホ側の対応

 21日、iOS 13.5が登場し、濃厚接触通知アプリのAPIに対応した。

 両社によれば、今後数週間~数カ月のうちに、多くの国で今回のAPIを採用するアプリが登場すると見られている。

 アプリの周知は公衆衛生当局、政府が積極的に進めるだろうと両社では説明。Androidは多くのメーカーが手掛けており、アプリがきちんと動作するようメーカー側とのコミュニケーションも積極的に進められてきたとのこと。

iOS 13.5で導入された濃厚接触通知アプリ関連メニュー
Androidで導入される予定のメニュー

 iOSは21日に登場した「iOS 13.5」でAPIに対応済み。Androidは、Android 6以上の過去5年のデバイスがAPIに互換性を持ち、さらにGoogle Playを通じて「Google Play開発者サービス」をアップデートする必要がある。Google Play開発者サービスのアップデートは自動で行われ、設定メニューの「Google」に「COVID-19」に関するメニューが追加される予定。両社のAPIを利用する濃厚接触通知アプリを使うためには、アプリのダウンロード、そしてアプリ上で機能をONにするという操作が必要になるという。

 両OSともに、ここまでは第1フェーズでの取り組みで、時期は未定だが第2フェーズとして、APIの次のステップとしてOSレベルでのプラットフォーム化が進められる予定だ。