ケータイ用語の基礎知識

第731回:HLR/HSSとは

利用者の契約内容や現在位置などを記された「原簿」

 今回紹介する「HLR」とは「Home Location Register」、そして「HSS」とは「Home Subscriber Server」の略で、どちらも携帯電話の通信ネットワークを利用するために必要な、ユーザー情報を管理するデータベースです。

 日本語では“加入者情報管理装置”と呼ばれることもあり、SIMカードに紐付けられている「電話番号」「契約内容」「IMSI(SIMの識別番号)」といった情報や、携帯電話の現在地、そこへの通信経路などが扱われています。

 HLR/HSSといった仕組みが必要なのは、ユーザーが移動して、さまざまな場所で利用する携帯電話ならではのものです。たとえば自宅などにある、いわゆる固定電話では、電話機がどの場所にある回線を使うかで電話番号が決まります。そのため各電話局にある交換機などの識別情報が登録されていて、それで十分でした。

 ところが、端末が移動する携帯電話の場合、どの設備と繋がっているか、そのときどきによって異なります。「A市のBにある基地局」など、決まった設備だけが識別情報を持っていても、他の場所にある基地局に繋がるのでは、役に立ちません。そこで、携帯電話が基地局に繋がった場合、ユーザー情報が載っている“原簿”にアクセスして、その携帯電話に含まれるSIMカードのデータなどから、携帯電話会社のネットワークを使えるかどうかチェックする必要があるわけです。

 繰り返しになりますが、この「原簿」に当たるデータベースがHLR/HSSです。HLRの名前に「Home Location」とあるように、これらのサーバーには端末の現在地情報も記録されています。メールなどを送る場合、どの基地局に対して信号を送ればわかりませんから、おおまかな現在地がわかっている必要があるわけです。

 海外では、HLR/HSSへ集中的に負荷がかかることを避けるために、HLR/HSSの情報を一時的に記録してHLR/HSSの代わりに反応を返す「VLR(Visitor Location Register)」といったサーバーが間に入ることがありますが、携帯電話においては基本的に、HHS/HLRが加入者情報と携帯電話の位置情報を把握しているデータベースとなっています。

 なお、HLRとHSSの違いですが、3GネットワークのHLRはプロトコル情報やIPアドレスなどの情報を制御する「SGSN」や、外部ネットワークと接続するゲートウェイ「GGSN」から呼び出されます。一方、LTEの「HSS」は端末の位置登録や呼出・基地局間ハンドオーバーなどの管理を行う「MME(Mobility Management Entity)」から呼び出されます。このようにネットワークの構成は異なり、厳密には異なるサーバーです。しかし、機能的にはかなり近い役割を果たしますので、どちらも加入者情報と位置情報を把握しているデータベースで、3GのものはHLR、LTE用がHSSだと考えておけば、ほぼ良いでしょう。

MVNOが開放を求める

 このようにHLR/HSSは、本来であれば携帯電話のネットワーク内部の用語であるため、エンドユーザーが知る必要がある単語ではありませんでした。

 ところが最近、一部のニュースに「HLR/HSS」という専門用語が出てくるようになったのは、日本国内のMVNOの一部が、NTTドコモなどのMNO(通信回線網を自社で設置している携帯電話事業者)に対して、このHLR/HSSの開放を求めるようになったからです。MVNOはMNOから回線を借りて事業を行っていますが、どうしてHLR/HSSを利用したいのでしょうか。

 2015年現在、MVNOは、顧客情報に関しては、MNOのHLR/HSSにアクセスしており、独自にHLR/HSSを運用してネットワークに接続する、というようなことはできません。MNOの回線提供は、HLR/HSSなどの機能も含めて提供されています。

 もし、MVNOが独自にHLR/HSSを運用できるようになると、顧客管理に関してさまざまな運用が可能になります。たとえば、SIMカードに紐付けられた管理番号を独自に管理すると、MNOからの供給を受けずともSIMカードを自前で発行することができます。また、MVNOのA社が、ドコモとau、両方の回線を調達している場合、現状では「ドコモ回線はドコモのSIM」、「au回戦はauのSIM」という形になります。ところがHLR/HSSを独自で用意すれば、技術的には一枚のSIMカードでどちらの回線も利用できる、とされています。ちなみに1枚のSIMカードで2社のMNO回線というサービスを実現するには制度面の改正も必要です。

 自前でSIMを発行できるようになれば、SIMカードを携帯電話へ挿入するだけでAPNを自動的に設定できるなど、付加機能も強化できるかもしれません。さらには、MVNOが独自の音声サービスとして、定額プランや、より柔軟な割引プランを導入することも可能になるかもしれません。

 ただし、HLR/HSSの開放には懸念もいくつかあります。MNOが表明している重大な懸念のひとつには、MNOの回線サービスの品質が、MVNOのHLR/HSS運用レベルに引きずられかねないという点です。というのも、MVNOがHLR/HHSを保有し回線利用開始処理を行い始めてから、MVNOの保有するHLR/HSSに故障が発生した場合、MNO側で故障を検知することが難しいためです。そうしたトラブルが発生すると、MVNOだけではなく、MNOのユーザーを含む、全てのユーザーへ影響が及ぶ可能性があります。もともと経済的に余裕のある大手通信事業者はこのようなサーバー群を念入りに冗長化しているのに比べると、MVNOにはそのような裏付けはなく、どのような品質のHLR/HSS運用がなされるかわからない、という懸念もあります。

大和 哲

1968年生まれ東京都出身。88年8月、Oh!X(日本ソフトバンク)にて「我ら電脳遊戯民」を執筆。以来、パソコン誌にて初歩のプログラミング、HTML、CGI、インターネットプロトコルなどの解説記事、インターネット関連のQ&A、ゲーム分析記事などを書く。兼業テクニカルライター。ホームページはこちら
(イラスト : 高橋哲史)