石川温の「スマホ業界 Watch」

「iPhone 16e」発表で気になるドコモとの相性、そして未来のアップル製品を左右する要素

 アップルが「iPhone 16e」を発表。2月28日に発売となる。廉価版として人気であった「iPhone SE」の順当な後継機種とはいえず、最新フラグシップモデルであるiPhone 16シリーズに近いスペックとなった。

iPhone 16e

 そのため、価格も128GBで9万9800とギリギリ10万円を切る設定であり、お世辞にも「買いやすい」とは言いづらくなってしまった。

 ただ、アメリカでは599ドルということで、かなり競争力のある価格設定が行われている。実際、消費税を抜いた価格での換算レートは1ドル151円となっており、やはり昨今の円安基調によって、日本国内での価格がどうしても高く見えてしまうようだ。

 iPhone 16eでは「A18チップ」「有機ELディスプレイ」などiPhone 16シリーズと同等のスペックを実現する一方で、「カメラはひとつ」「Magsafeはなし」「Wi-Fi6」などスペック的に見劣りするところがある。もちろん、iPhone SEファンからすれば「コンパクトじゃない」「Touch IDがない」といった点にも不満を感じるだろう。

iPhone SEに搭載されていたTouch ID

 個人的に注目したいのが、アップルが開発した初めてのモデムである「C1」が搭載されたという点だ。アップルとしては独自設計のモデムを採用し電力効率が上がっていると強調する。

 アップルは長年、モデムを開発してきたと言われている。性能や信頼性を考えると、クアルコムからモデムを調達するのがベストなのは間違いないだろうが、いかんせん、調達コストが高い。アップルとしてはなんとかクアルコムからの調達をすぐにでも辞めて、自社開発モデムに切り替えたいはずだ。

 ただ、自社でモデムを開発するのは一朝一夕にいくものでもない。

 かつて、クアルコム関係者は「単にモデムと言っても、世界中には何百というキャリアがあり、それぞれが様々な周波数帯を使っている。さらにキャリアアグリゲーションやデュアルコネクティビティなど、周波数を束ねて使うため、何億という周波数の組み合わせが存在する。すべての国と地域にある、あらゆるキャリアで安定的に通信には相当なノウハウが必要であり、そうした技術を持つのはクアルコムしかない」と胸を張っていたのが印象的であった。

 実際、クアルコム本社を訪れると、「パテントウォール」といって、特許登録証が壁一面に張られた場所が存在する。クアルコムはモバイル通信に関する様々な特許を取得しており、他社が真似するのが相当、困難だとされているのだ。

パテントウォール(2006年撮影)

 過去にもアップルはインテル製のモデムをiPhoneで採用したこともあったが、5G対応がうまくいかず、その後、インテルはスマートフォン向けモデム事業から撤退。その部門を2019年にアップルが買収したのだった。

 今回、アップルが開発した「C1」がクアルコム製モデムの性能にどれだけ近づき、どれくらい高速で、きちんと安定的に通信ができるのか、かなり興味深いのだ。

 iPhone 16eとして日本で調達されるモデルは「A3409」となっており、アメリカ、中東、中国以外の「その他の国」と同じモデルとなっている。

 そのため、対応バンドを見ると、NTTドコモが地方都市などを中心に展開しているBand21(1.5GHz)が非対応だったりする。Band21が使えないとなると「他の周波数帯にトラフィックが集中して混雑してしまうのではないか」と不安にもなってくる。

 ただでさえ、昨今のNTTドコモのネットワーク品質は低下しているといわれているだけに、iPhone 16eとNTTドコモとの相性が気になってしまうのだ。

 ただ、アップルはこれまで、iPhone向けのチップを独自に開発、設計し、「Aシリーズ」として見事成功してきた実績がある。AシリーズがiPhone、iPadに搭載された後、今度はMシリーズとして、MacBook ProやMacBook Air、Mac Miniなどのコンピューターに搭載され、省電力かつパワフルなチップとして、すっかり定着してしまった。

 アップルとしては自社開発のチップに相当、自信を持っているようで、今回、C1の導入に踏み切ったのだろう。

 ただ、このC1が成功し、今後、他の製品にも導入されるようになると、かなり面白いことになりそうだ。

 今回のiPhone 16eを皮切りに、将来的に発売となるiPhoneだけでなく、iPad、さらにはいまだにモデムを搭載していないMacBook ProやMacBook Airでも5G通信が使えるようになるだけで、利便性はかなり増すはずだ。

 他社に依存していては、調達のタイミングや個数、コストの面で、かなり不利となる。しかし、自社開発のチップがうまく回れば、タイミング、個数、コストで相当、有利に働く。結果として、新製品をいち早く、品切れを起こすことなく、安価に調達、販売できるようになる。

 C1が成功するか否かで、今後のアップル製品のラインナップ展開が変わる可能性がある。

 果たして、iPhone 16eが発売され、ユーザーから通信品質に対する不満が何一つ出ることなく、「クアルコムじゃなくてもいいじゃん」という結果になるのか。C1の実力が認められれば、クアルコムに対する業界内の評価も変わってくるだろう。

 まさにC1に対して、世界のモバイル業界が熱い視線を注いでいるのは間違いなさそうだ。

石川 温

スマホ/ケータイジャーナリスト。月刊誌「日経TRENDY」編集記者を経て、2003年にジャーナリストとして独立。携帯電話を中心に国内外のモバイル業界を取材し、一般誌や専門誌、女性誌などで幅広く執筆。