藤岡雅宣の「モバイル技術百景」

スマホがつながらない……モバイル通信のサービス品質、何を指標にすればいい?

 私たちが普段使っているスマホがネットワークにつながらないとか、アプリの応答が遅いなど通信サービス品質は日常的に体感する課題です。

 コロナ明けからモバイル通信トラフィックが急増したこともあり、昨年来このサービス品質の問題がまた大きく取り上げられています。

 そこで、通信サービス品質とは何か、その測定や評価はどのように行うのが適切か、また通信品質の改善はどうすればよいかという点について解説したいと思います。

モバイル通信のサービス品質とは

 モバイル通信のサービス品質とは何でしょうか。図1に、このサービス品質の指標の全体像を示します。

 私たちモバイルユーザーにとって一番基本的な要求は、 どこでもネットワークにつながる ということです。

 電波が到達しにくくカバレッジ範囲外(圏外)の場合ネットワークにつながりませんが、モバイル通信ではこのカバレッジが一番基本的な通信品質の指標になります。実際、人里離れたエリアだけではなく、ビル影や建物内、地下道などでも圏外になることがあります。

 ネットワークにつながっても、アプリの応答が遅いとか音声や映像が途切れるという問題を経験することがよくあります。

 それらの問題については、モバイルネットワーク自体に起因するものと、アプリの処理に時間が掛かるとか、アプリケーションサーバーとの間のインターネットが混んでいるという問題に起因するものがあります。

 モバイルネットワークの通信接続サービス品質(QoS: Quality of Service)については、モバイル通信の標準化を推進している3GPP(3rd Generation Partnership Project)の規定がよく参照されます。

 具体的に4G(LTE)や5GのQoS規定においては、主に図1に示す 通信速度、遅延時間、パケットエラー率 、の3つの主要な指標が用いられています。

  通信速度 は、スマホなどの端末における送信(上り)、受信(下り)で単位時間にどれだけデータが送れるかという指標であり、Mbps(Mega=100万 bits per second)といった単位で表されます。一般にこれが一番よく使われる品質指標です。

  遅延時間 というのは、モバイルネットワークとインターネットの間の接続点からスマホなどモバイル端末までの間でデータを運ぶためにかかる時間で、ms(millisecond、1/1000秒)といった単位で表されます。

 たくさんのユーザーが同じエリアでスマホを使ってネットワークが混んでいる場合など、より大きな遅延となります。

  パケットエラー率 は、データや音声をネットワーク上で運ぶ単位であるパケットの中身が伝送エラーなどで壊れたり、ネットワークが混んでいて紛失してしまうといった原因で正常に届けられない割合であり、%といった単位で表されます。

品質保証とベストエフォート

 これらの品質の尺度について、ネットワークがある値を「保証」できるかどうかというのもQoSとして重要な指標となります。

 たとえば、4Gの通話サービスであるVoLTE(Voice over LTE)などの対話型サービスは、ほかのデータ通信と同様にパケット単位で音声などが送られますが、通信速度保証が適用されます。

 対話型サービスについては、速度保証だけではなく遅延やパケットエラー率についても一定の目標値を設定して、これらをできるだけ満足するように配信されます。

 4Gでは対話型サービス以外でも目標値を設定できるようになっていますが、高精度の速度保証などは実装されておらず、3Gまでと同様に実質ベストエフォートでサービスが提供されています。

 一方、5Gでは産業応用を含むさまざまな利用形態を想定してQoSが細かく規定されています。

 通信速度を保証するか否かに加えて、遅延やパケットエラー率を4Gより細かいレベルで制御して、さまざまな要求を満足できるようにしています。実際に、機械の制御、電力配信の制御、コネクティッドカーでの利用などさまざまな利用シーンを想定してQoSが分類されています。

 ここでは詳細には触れませんが、今後5Gスタンドアローン(SA:Standalone)構成の適用範囲が広がり、ネットワークスライシングやエッジコンピューティングが広く利用されるようになると、アプリケーションごとに必要となるQoSがより精度高く提供されるようになります。 通信速度だけではなく、遅延やパケットエラー率も保証できるようになる と期待されます。

モバイル通信のサービス品質は何によって決まるか

 それでは、モバイル通信サービスの品質は何によって決まるのでしょうか。サービス品質を決める最大の要因は 無線基地局の数や性能 、屋内であれば 屋内ソリューションの有無や性能 です。

 無線出力(電波の強さ)や受信感度、アンテナ構成などが同じ性能の基地局であれば、 基本密度が高いほど全体としての品質は良くなります

 基地局のカバレッジはアンテナの向きによって変わり、カバレッジを適切に確保する必要がある一方、隣接基地局とカバレッジが重なると相互の干渉が大きくなるので最適な向きとする必要があります。

 また、無線出力も小さ過ぎると受信エラーが増加し大き過ぎると干渉となるなど、最適な設定とする必要があります。このような最適化は通信品質の改善に大きく貢献します。

 スマホでアプリの応答時間や通信速度を測定し、その結果を通信事業者が集めて問題あるエリアを見つけ出し、ネットワークの最適化や必要な場合には新たな基地局を増設するなどの対策をとることも通信品質の改善に役立ちます。

 基本的に 4Gより5Gのほうがより広い無線帯域 を利用可能であり、基地局アンテナとの距離などにもよりますが、一般により高い通信速度を利用できる可能性が高くなります。また、上記の通り5G SAを利用すればより精度高く所望の通信品質を享受できます。

 モバイル通信トラフィックは継続的に増加しており、同じ通信品質を維持するためだけでも基地局の増設や、4Gから5Gへの高度化、継続的なネットワークの最適化の積み重ねが必要となります。

モバイル通信事業者の品質改善への取り組み

 通信品質の維持・改善について、個々のモバイル通信事業者はそれぞれ個別に取り組みを進めています。特に、ユーザーの体感品質を独自の手法で測定したり、ユーザーから直接あるいはSNSなどを通して得られる苦情を分析するなど、さまざまな形で品質データを収集し問題点を洗い出し解決を図っています。

 代表的な品質改善の取り組みは以下のようなものです。

代表的な品質改善の取り組み
  • 品質が劣化しているエリアで基地局の増設、アンテナ角調整、出力調整
  • 700~900MHzプラチナバンドに集中し過ぎて品質劣化を招かないようにトラフィックを分散化
  • 4Gと5Gを利用するユーザーの割合の調整
  • 5G専用周波数のカバレッジ端で他周波数を重畳して品質劣化を改善

日本におけるモバイル通信サービス品質の測定

 私たちにとって通信サービスは、水道や電気と同様に安定して利用できることが望まれます。そこで、サービス品質は日頃から客観的にチェックしておくことが望まれます。

 モバイル通信サービス品質のチェックという意味で、日本では総務省主導で「移動系通信事業者が提供するインターネット接続サービスの実効速度 計測手法及び利用者への情報提供手法等に関するガイドライン」を策定しています。

 この中で、モバイル通信事業者に通信サービス品質の計測と計測結果の公表を促しています。

 このガイドラインの中ではサービス品質の指標として、 上り/下りの実効速度、遅延、パケットロス などが挙げられています。

 パケットロスは、上記のパケットエラー率に相当する値です。これらの指標について、各モバイル通信事業者に年1回以上全国規模で測定して公開するように要請しています。

 具体的には、 全国10都市(東京都、大都市3、中都市3、小都市3)の指定された合計1500カ所の地点 で測定を行うこととしています。

 各測定点では指定された時間内に3回測定を行います。測定は事業者中立性を担保するため、各社共通の条件の下で共通の測定ツールを用いて行っています。また、外部委託により測定結果の集計を行っています。

 測定結果については、各測定点で測定した下り平均速度、上り平均速度について、各社のホームページで公開しています。

 また、各社の全国総合的な品質を、全ての測定点の速度計測結果を統計学的に処理した「箱ひげ図」を用いて表現しています。具体的には、図2に示された最大値、第3四分位数、中央値、第1四分位数、最小値を公開しています。

 サービス品質の測定は、私たちユーザーの観点からはモバイル通信において問題のあるエリアを見つけ出し、通信事業者に改善を促すという面で有益です。

 また、通信事業者間の違いの見える化が行われ競争を促進するという意味でも重要です。

5Gのサービス品質測定

 現状の日本におけるモバイル通信サービス品質測定は、ネットワーク全体としての品質であり、測定対象は4Gと5Gが混在しています。

 測定結果には、4G(LTE)と5Gの区分が示されており、測定点で5Gが利用できた場合には「5G」と示されています。

 ただ、ここで5Gと言っても3.7GHz/4.5GHz帯や28GHz帯の5G専用の周波数を利用しているのか、従来の3G/4Gの帯域を5Gに転用した周波数を利用しているのかは分かりません。

 一方、たとえば韓国では5G専用の周波数を利用した5Gの品質測定を行い、その結果を公表しています。

 具体的には、韓国の主要モバイル通信事業者であるSKT、KT、LGU+の3社の5Gについて、政府がカバレッジ検査と品質評価を実施しています。そして、その評価について、上記3社の個別の測定値と平均値について毎年公開されています。

 ちなみに、2023年については5月~11月の間に評価が実施されました。その主要な結果は図3の通りです。これらの測定値について、3社の比較を掲載しているほか、5G接続率が不十分な地域や施設も公表しています。

 実は韓国の5Gは専用周波数のみを使って実現されているので、このような測定が行いやすいという事情はあります。とは言っても、日本でも5G専用周波数のみを利用する5Gの品質測定を行うのは有益ではないかと考えられます。

日本の5Gサービス品質

 さて、Opensignalなど外部機関による品質測定によって国際間の5Gベンチマークが示され、日本でもよく参考にされます。

 これらのレポートを見ると、通信速度などの品質指標については日本の5Gは国際的に見て全く優位にあるとは言えない状況です。

 日本では、デジタル田園都市国家インフラ整備計画において5Gの人口カバー率の目標が設定されています。

 この目標を達成するために、モバイル通信事業者はカバレッジを大きく広げることに重点を置いて5G基地局を展開したり、積極的に3G/4Gの帯域を5Gに転用してきました。その結果、5Gのカバレッジは計画を先取りして充実してきました。

 一方で、上記の通り5Gのサービス品質は必ずしも国際競争力のあるものとはなっていません。国家政策として、カバレッジ以外の品質についての目標を設定していれば事情は異なっていたかもしれません。

 そういう意味では、今後カバレッジ以外の品質目標も設定して通信事業者に国際競争力のあるネットワークの構築を促す政策が必要なのかもしれません。

 日本は、Beyond 5Gあるいは6Gで世界をリードするという国家目標を掲げています。しかし、5Gで世界をリードしていかなければ6Gで世界をリードすることは非常に難しいと考えられます。

 5Gで世界をリードするためには優れたサービス品質を実現して、消費者やさまざまな産業界での5Gの利用を広げることが重要ではないでしょうか。

通信品質向上へ向けて

 通信品質の指標として、現在は通信速度に重点が置かれています。

 今後、オンラインゲームやコード決済、メタバースなどの消費者向けサービスや産業界でのミッションクリティカルな利用形態などを見越すと、速度だけではなく 遅延やパケットエラー率などの面にも注目する必要がある と考えられます。

 5G SAが普及していくと、これらの指標も含めて総合的に通信品質保証の範囲が広がると期待されます。また、アプリケーションごとに通信品質が設定でき、多様な品質レベルが実現されると考えられます。

 5Gの通信品質向上には、十分な数の5G専用周波数を利用する高性能の基地局が広く展開される必要があります。上記のように通信品質目標を設定して品質面での事業者間の競争を促進するなど、通信事業者のインフラ投資を促す政策も重要だと思われます。

 さて、モバイルネットワークにおいてもAIの活用が進みつつあります。通信品質を監視しながら問題を見つけ出し、AIを活用して改善を図っていくような取り組みも始まっています。

 今後、AIの応用も含めてさまざまな通信品質改善、さまざまなアプリケーションに適合した品質の提供が期待されます。

藤岡 雅宣

1998年エリクソン・ジャパン入社、IMT2000プロダクト・マネージメント部長や事業開発本部長として新規事業の開拓、新技術分野に関わる研究開発を総括。2005年から2023年までCTO。前職はKDD(現KDDI)で、ネットワーク技術の研究、新規サービス用システムの開発を担当。主な著書:『ワイヤレス・ブロードバンド教科書』、『5G教科書 ―LTE/IoTから5Gまで―』、『続・5G教科書 ―NSA/SAから6Gまで―』(いずれも共著、インプレス)。『いちばんやさしい5Gの教本』(インプレス)、大阪大学工学博士