藤岡雅宣の「モバイル技術百景」

モバイルネットワークにおける光回線設備の役割

NTT法問題をよりよく理解するために

 NTT法改正や廃止に関わる議論が進んでいます。この中で特に、NTTグループが保有する局舎や光伝送ネットワーク用設備などの資産の位置づけが話題となっています。そこで、モバイルネットワークにおける通信局舎設備や光回線の役割と、実際にそれらがどのように使われているのか、今後のモバイルネットワークの進化の中での光ファイバネットワークへの期待などについて解説します。

モバイルネットワークの構成

 私たちがスマホなどで利用するモバイルネットワークは図1のように、無線アクセスネットワーク(RAN:Radio Access Network)とコアネットワーク(CN:Core Network)から構成されています。

図1

 スマホなどの端末は電波を使ってネットワークとつながりますが、この電波を使った端末との接続を担っているのがRANです。RANは、端末と直接電波をやりとりする基地局群から構成されています。

 基地局やスマホからの電波は到達する距離に限界がありますが、人が住んでいるところやよく行き来するところで切れ目なく通信できるように、基地局が設置されます。日本の全国規模の大手通信事業者の場合、国全体で万~十万単位の基地局を設置しています。

 一方、CNはRANとインターネットなどとの間に設けられます。CNは、インターネットや固定電話ネットワークとの間のデータや音声の通信パスを設定してデータのルーティングや、端末の移動管理などを行います。また、スマホの認証やセキュリティ関連の処理を行います。それらのために、CN全体として異なる機能を持った様々な装置から構成されます。

光ファイバネットワークの構成

 私たちの家庭やオフィスにブロードバンドサービスを提供するための加入者回線として、また通信トラフィックを中継するための基幹通信路として光ファイバが多く用いられています。日本では全国で光通信ネットワークが構築されており、NTTグループの場合は図2のようにNTT東日本とNTT西日本が提供する加入者光ファイバーや県内中継ファイバーによるネットワークと、NTTコミュニケーションズが提供する県間中継光ファイバーによるネットワークからなります。

図2

 光ファイバネットワークはKDDI、ソフトバンク、地域通信事業者などにより高速道路沿い、鉄道線路沿い、送電線沿いなどにも構築されていますが、NTTグループの持つネットワークと比較すると規模は小さなものです。また、中継回線としてマイクロ波無線を用いる場合もありますが、全体の容量としては光ファイバが圧倒的に大きな割合を占めます。

 NTT東西の加入者光ファイバは、従来固定電話の加入者回線(銅線)を収容し、通話接続を制御する加入者交換機が設置されている通信局舎と家庭やオフィスビルの間に敷設されています。この通信局舎は旧来の電話交換ネットワークのなごりからGC(Group Unit Center)局と呼ばれ、全国市町村に合計3千個程度あります。

 GC局よりも加入者に近いところで加入者光ファイバを途中分岐して、異なる方向に振り分けるための小さな局舎もあります。また、電柱上などで各家庭やビルに光回線分岐を行う装置もあります。

 加入者光ファイバは家庭やオフィスにブロードバンドサービスを提供するためだけではなく、モバイル通信の基地局を収容したり、ケーブルTV会社が提供するTV映像伝送にも用いられています。

モバイル通信基地局の構成と光回線の利用

 モバイルネットワークにおける基地局は、一般に図3上部のようにアンテナ、無線装置(RU: Radio Unit)及びベースバンド装置(BBU: Baseband Unit)から構成されます。BBUは、CNとの間の映像や音声などのデジタル信号と、これを電波で送るための無線信号との間の変換のための複雑な計算処理を行います。

図3

 電波を送ったり受けたりするのがアンテナで、アンテナが受け取った電波から信号を取り出してBBUに送る役割を担うのがRUです。その逆に、BBUから送られてきた信号を電波に乗せてアンテナに送る処理も行います。BBUは、端末から受け取った信号からデータを取り出してそれをバックホール回線を通してCNに送る処理や、その逆の処理を行います。

 近年の基地局では多くの場合、BBUとRUがハードウェア的に分離しておりその間をフロントホールと呼ばれる光ファイバで接続しています。図3下部のようにBBUをGC局にスペースを借りて設置し、RUをアンテナが置かれるビルや鉄塔に設置するのが典型的な実装形態です。この場合、NTT東西から加入者光ファイバを物理的な線路であるダークファイバとして借りて、GC局側ではBBUに、ビルや鉄塔側ではRUに接続するという形態が一般的です。

 5Gでは、BBUを無線信号処理を担うDU(Distributed Unit)とDUの制御やCNとの接続を担うCU(Central Unit)という2つの機能に分割して規定しています。これらのCUとDUを一体化してBBUとして実装する構成と、分離して実装する構成があります。分離して実装する構成では、CUをCNにより近い特定のGC局に配備して配下の多数のDUを異なるGC局に分散配備する実装形態もあります。CUとDUの間の回線をミッドホールと呼びます。

モバイルネットワークと光ファイバネットワークの対応

 図4に、モバイルネットワークと光ファイバネットワークの対応全体像を示します。図4下部は各市町村における基地局設置の様子を示します。前述のように、多くの場合GC局に設置されたBBUが加入者光ファイバを介して鉄塔やビルに設置されたRUと接続されています。

図4

 BBUとCNの間は、GC局間の中継光ファイバを経由して接続します。この光中継装置についても、一般にモバイル通信事業者がGC局のスペースを間借りして設置しています。多くの場合数段のGC局を縦列に中継してコアネットワークに接続します。途中のGC局では光信号を電気信号に変換することなく光信号のままで中継することにより低遅延、低消費電力を実現することも可能となっています。

 中継光ファイバネットワークは図のようにリング状に形成し、どこかの中継光ファイバが障害で使えなくなった場合には、逆の方向の通信路を利用することにより信頼性を高めています。日本全国で、この中継光ファイバリングが数百個形成されています。

コアネットワーク(CN)装置の配備

 一般に大手モバイル通信事業者は、全国各地域ごとに10程度のネットワークセンターを持ち、各地域の加入者にサービスを提供しています。各ネットワークセンターには運用作業員が常駐し、CNの機器やネットワークの監視・運用のための装置やネットワーク内の運用状況、正常・異常を示す大型スクリーンなどが設置されています。

 これらのネットワークセンター間も、図4上部のように主に光ファイバネットワークによって相互に接続されています。これについては、モバイル通信事業者が自ら構築した光ファイバネットワークを利用する場合もありますが、そうでない場合にはNTTコミュニケーションズの中継光ファイバネットワークを利用しています。

 CNの装置によっては、例えば東京と大阪の2つのネットワークセンターにのみ設置されているものがあります。例えば、固定電話ネットワークやインターネットとの接続を担う装置や通話接続用サービス設備が相当します。

 ネットワークセンター間の光ファイバネットワークについても、一般にリング状に形成し、信頼性を高めています。なお、図4では2階層の光ファイバリングを例示していますが、中間にもう1階層入って3階層のリング構成にしているケースもあります。

モバイル通信と光ファイバネットワークの進化

 モバイル通信の進化に伴い、通信速度やデータ量は増加する一方です。また、4Gから5Gへの進化など世代が増すごとに無線通信方式も高度化、複雑化しています。そうした理由から、モバイルネットワークの構築に必要な光ファイバの通信速度も増加してきています。

 5Gでは、BBUとRUの間のフロントホールの光ファイバ通信速度は25Gbps程度になっています。RUが実際にスマホなどに提供する無線容量は数Gbpsですが、フロントホールでは無線信号をデジタル信号で送るための非常に稠密な数値化を行っているためにこのように大きな通信速度が必要となります。

 GC局間の中継光ファイバ回線については100Gbps、ネットワークセンター間の中継回線については100~400Gbps程度の速度が用いられています。フロントホールや中継回線の通信速度については、モバイル通信の世代が進化するに伴い更に高速化すると予想されます。

 インターネット経由ではなく、ユーザーにより近いところにアプリケーションサーバを配備して、より低遅延でサービスを提供するというエッジコンピューティングの検討が進み、一部で実用化しています。エッジコンピューティングにおいては、ユーザーに近いGC局内あるいは近傍にCNの一部の設備を設け、そこからアプリケーションサーバに「ブレークアウト」する形態も実現されると期待されます。

光の国、日本

 日本では、光ファイバネットワークが全国に張り巡らされています。このような国は、世界を見渡してもほとんどありません。また、例えばNTT東西の加入者光ファイバを借用する料金は世界一のレベルの安さとなっています。

 本記事で述べてきましたように、日本のモバイル通信ネットワークは充実した光ファイバネットワークに非常に大きく依存しています。この現実も踏まえて、NTT法見直しの議論が進展することを期待します。

藤岡 雅宣

1998年エリクソン・ジャパン入社、IMT2000プロダクト・マネージメント部長や事業開発本部長として新規事業の開拓、新技術分野に関わる研究開発を総括。2005年から2023年までCTO。前職はKDD(現KDDI)で、ネットワーク技術の研究、新規サービス用システムの開発を担当。主な著書:『ワイヤレス・ブロードバンド教科書』、『5G教科書 ―LTE/IoTから5Gまで―』、『続・5G教科書 ―NSA/SAから6Gまで―』(いずれも共著、インプレス)。『いちばんやさしい5Gの教本』(インプレス)、大阪大学工学博士