インタビュー

能登半島地震の「船上基地局」、初めて運用したドコモの担当者に聞く

 令和6年能登半島地震では、特に能登半島で道路が寸断され、今も北部では停電が続く。被災者の救助・支援活動とともに、さまざまなライフラインの復旧が進められるなか、携帯電話関連で注目された取り組みが「船上基地局」だ。

今回、船上基地局を運んだ「きずな」(NTTドコモ提供)

 18日、携帯4社による共同会見が開催され、その被災状況や復旧に向けた取り組み、被災地への支援などが語られた。そのなかでも、携帯電話のサービスエリアの復旧を阻む大きな要因として語られたのが、道路状況。そこで、陸上からはなかなか手が届かない場所に「船上基地局」が向かった。

 NTTドコモとKDDIの2社が、2020年に締結した協定に基づいて今回運行された船上基地局は、NTTグループの保有する海底ケーブル敷設船「きずな」が用いられた。本誌では今回、乗船して船上基地局の運用に携わったNTTドコモ側の担当者に話を聞いた。

 取材に応じたのは、ドコモCS九州 長崎支店のネットワーク部 ネットワーク担当課長の瀬戸口賢氏。第2陣として12日~19日まで「きずな」で運用を担った。

瀬戸口氏

派遣決定~現地まで

――金沢港に戻られたばかりというタイミングで取材に応じていただきありがとうございます。瀬戸口さんは第2陣とのことでしたが、長崎支店ということで、今回担当される方々は長崎で普段業務に携わる方々なのでしょうか。

瀬戸口氏
 第1陣として乗船した船上基地局のスタッフは計5人でした。長崎から3人、福岡から2人です。そして第2陣は4名で、長崎から2人、福岡から1人、沖縄から1人です。

――今回「きずな」は長崎から能登半島に向かったと18日の会見で明らかにされていますが、船上基地局担当の方々は九州・沖縄からということなんですね。

瀬戸口氏
 今回、NTTドコモとして初めての船上基地局となったのですが、日頃から訓練してきました。

 「きずな」は基本的に長崎を拠点としているのですが、船上基地局の担当スタッフは、長崎・宮崎・沖縄という3カ所に分散しています。

 普段は、海洋高校などとも提携して、港のなかで訓練しているんです。訓練はしているものの、実際に沖に出た船の上で、基地局の設定や点検をするのは今回始めてでした。

――なるほど。18日の会見で、船上基地局は1月2日に派遣を決めたという話がありましたが、担当の方々はどういう流れで進めたのでしょうか。

瀬戸口氏
 派遣が決まった2日のうちに、僕らにも、もちろん話がありました。そこで、どういったスタッフであれば派遣できるか調整に入りました。年始でしたので、すぐ動ける人は誰なのか、といったあたりを含めてです。

 同時に「きずな」がいつ出港できるのかも確認し、4日中には出港できそうという情報も共有されて。

 3日にはそうした情報の確認やメンバーの選定を終えて、4日に物資・機材を積み込んでいきました。これは共同運用するKDDIさんも同じです。

 船上基地局に用いる機材はかなり重いものがありますので、まず出港前に「きずな」を運行しているNTT-WEマリンの助力を得て「きずな」の一番上に運びました。

 その上で甲板上で固定していきます。冬の日本海ですので、重い機材が動かないよう、出港前に固定しておく必要があったのです。

衛星通信用のアンテナ(NTTドコモ提供)
瀬戸口氏が横に立ったところ。アンテナのサイズがよくわかる(NTTドコモ提供)

――なるほど、そうした「船上基地局」に必要な機材だけではなく、乗船する担当者自身に必要な物資も、限られた時間のなかで用意する必要がありますよね。

瀬戸口氏
 その通りです。そこで、手分けして機材の設営などと同時に物資の買い出しも進めましたね。そして4日夕方に出港できました。

 ちなみに、「きずな」を介して、NTTコミュニケーションズおよびNTT-WEマリンが10トントラック1台分の支援物資を石川県に届けています。

――船上基地局に必要な機材はどういったものがありますか?

瀬戸口氏
 大型のものとしては送受信装置、いわゆるモデムボックスや、陸地に向ける携帯電話向けのアンテナ、船上基地局をコアネットワークにつなげるための衛星通信用のアンテナがあります。

 そして携帯電話のエリア構築に欠かせないGPSアンテナ、衛星自動捕捉アンテナという5個になります。それから制御用のパソコンなども必要です。

――4日の出港後、6日午後には現地で電波が発射され、サービスエリアが構築されたと。

瀬戸口氏
 当初は能登半島まで48時間かかる計画でしたが、追い風もあって、早まったと聞いています。現地到着後も、ケーブルを繋いでいき、アンテナの向きなどを調整して、6日13時40分ごろにサービスの提供を開始しました。

 一方、第2陣の私たちは、実際に乗り込む前のこの時期、船の上でどんな手順・作業になるのか、何度も打ち合わせをしていました。というのも、船上基地局、つまり船ですから、何かあってもほかの場所に移動できません。準備を万端にしておこうと。

雨風の吹きすさぶなかの作業も

――ドコモとして初めての船上基地局ということですが、実際、いかがでしたか。

瀬戸口氏
 訓練のときは、港のなかで、波もさほど高くないのです。ただ、決められたスケジュールのなかでしっかりと練度を上げていきます。

 一方、いざ現場となると、当然ですが、波で船が揺れます。とくに冬の日本海で体験したことがないような揺れもありました。

 設営日・撤収日は、現地で結構な風雨で、それだけでも寒さが厳しいものもあります。雹のようなものが顔に当たって痛い、といったものもありました。

 もし、すでにサービスエリアを構築したあとであれば点検も天候にあわせて後にすることができたかもしれません。でも、これからエリアを作るぞ、という場面でしたし、お客さまに電波をお届けするのが私たちの使命ですから、作業を進めました。

 もちろん雷など安全に懸念がある天候下といった場合は、船長とも話をして対応できないことはあります。

――なるほど……18日の共同会見では、船の揺れに悩まされたというお話もあったのですが、実際いかがでしたか。

瀬戸口氏
 あえて表現するなら、遊園地にあるような、“部屋がぐるぐる回るアトラクション”ですとか、“海賊船が高くスイングするアトラクション”のような……。

 寝ているときだと、浮遊感を一瞬感じて目が覚めることもありましたね。

陸からアクセスできない場所に電波を

――6日~11日は輪島市町野町の沿岸付近、12日にいったん金沢港で補給し、瀬戸口さんらが乗り込んで12日以降は輪島市大沢地区での運用ということでした。いずれも能登半島の西側にある沿岸部です。

瀬戸口氏
 場所の選定にあたっては、どこが孤立して、人の多い場所なのか、避難が進みづらいエリアなのか、ドコモ側と自治体側とで連携し決めていきました。能登半島の東側でも一部、孤立していた場所があると聞いていますが、そういった視点から場所が決まっています。

――なるほど。能登半島の西側の沿岸部は大規模に陸地が隆起したということでしたが、船の停泊にあたって影響はありましたか?

瀬戸口氏
 当初は、陸から1km程度の距離に船を停泊させる考えも検討されましたが、第1陣では1.7km程度、第2陣では2km程度の場所になりました。

 このあたりは、「きずな」船長とも“このあたりは水深が浅いのでもう少し沖合にしよう”といった話をして意識を合わせていきましたね。

――もし波の少ないであろう港に停泊できるなら、そこから電波を発射することもあり得たでしょうか?

瀬戸口氏
 その場合、船上基地局がカバーできるエリアが狭くなるのかなと思います。近すぎて、届けたい場所を広くカバーできない可能性がありますので、ある程度、沿岸から距離をとったほうがいい場合など、ケースバイケースで進めると思います。

――陸地に対しては、「きずな」の船体はどういう方向を向くのでしょう?

瀬戸口氏
 今回は、船の後方を陸地に向けていました。

 訓練では過去、船の前方に機材を設置していたのですが、波が来る方向に船首を向けていたほうが揺れが穏やかになるそうで、船尾方向に機材を置いたんですね。ただ、風の向きにあわせて船を回転させることもあり、そのたび、アンテナの方向も調整するといった作業をこなしていったのです。

 KDDIさんの設備もあり、もしお互いのアンテナが近すぎると干渉する可能性もありますが、そこは甲板上で距離を置いて設置することで回避しています。

――電波がうまく発射されたか、陸地側でも確認があったのでしょうか?

瀬戸口氏
 いえ、サービスエリアを構築した地域は、外部からたどり着けない状況でしたので、陸上からの確認はできませんでした。

 ただ、船上にいる私たちの携帯電話も、それまで圏外だったのが、船上基地局の稼働でつながるようになります。それに陸にいるお客さまの携帯電話がつながれば、通信トラフィックが発生します。トラフィックが無事にあるぞ、ということをオペレーションセンターに確認してもらっていましたね。

 仮で設置したものですので、もしかしたら機材を固定しているものが緩んでいないか、運用中は定期的にチェックして、異常があれば締め付けるといった保守作業もしていきました。

通信会社の使命

――復旧を支える活動の一環となりますが、初めての運用を経て、いま、何を感じていますか?

瀬戸口氏
 私たちは、普段、通信がつながる安心を届けるということが通信会社の使命だと思っています。

 訓練こそ積んでいましたが、本番運用は初めてです。実際に運用して「ここまで効果があるものだ」と実感できたわけですが、その実感はやはり訓練では得難い感覚です。

 こういった災害が起きてほしくはないですが、個人的には、たとえば船上基地局の性能があがり、緊急時のエリアであっても、普段と同じような通信速度が実現できればと思います。

 また、船尾方向に今回搭載したのは、訓練では想定していなかったことでした。今後に活かして、より電波がよく届くようにどうすればいいか、考えていければと思います。

――寄港直後の取材に対応いただき、ありがとうございました。