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舞浜の“パケ止まり”はなぜ消えた? 「体感重視」のソフトバンクが成し遂げた5G SAの通信品質とは
2025年12月10日 20:59
テーマパークでアトラクションの待ち時間を調べようとしたら、画面が真っ白のまま動かない。あるいは、帰りの混雑した駅のホームで、SNSのタイムラインが更新されない――。
誰もが一度は経験したことがあろう、スマホでの事象に、10日、ソフトバンクが千葉県の舞浜駅周辺での成果を披露。「5G SA(スタンドアローン)」を本格的に展開したことで、5G SAでの通信ログが対策前の10倍に跳ね上がり、ユーザーが体感する応答速度は劇的に改善したという。
「すごくサクサクに」
プレゼンテーションを担当した、ソフトバンク執行役員でモバイル&ネットワーク本部 本部長の大矢晃之氏は「舞浜エリアは通信品質対策が難しい場所。アプリがぜんぜん動かないこともある。今、ソフトバンク回線で訪れてもらえると、すごくサクサクと言えるんじゃないかと思う」と胸を張る。
JR京葉線の舞浜駅には、東京ディズニーリゾートがあり、休日はもちろん平日も多くの人が訪れる地域だ。ここにソフトバンクは5G SA方式を本格的に展開。
その結果が、先述した「ログ10倍」、つまり5G SA経由での通信が増えたことであり、スマホの画面を操作して反応が返ってくるまでの速度(E2E、End to End応答完了時間)が他社よりも速いという結果に繋がった。
「速度」以上に「反応」を重視 他社を上回る応答性能
ソフトバンクが携帯電話サービスのネットワークにおいてもっとも重要と見なしているのは、理論上の最大通信速度ではなく、ユーザーが実際に感じる「体感品質」だ。
その指標のひとつが、スマートフォンで操作を行ってから反応が返ってくるまでの「E2E(End to End)応答完了時間」。
2025年10月の集計データによると、“パケづまり”を感じずに「サクサク動く」と感じる300ms以下の応答時間の割合において、ソフトバンクは63.5%を記録した。
これに対し、競合他社はA社が53.7%、B社が44.2%、C社が66%という結果となった。C社がトップとなるが、ソフトバンクもそれに食らいつく格好だ。
また、5Gエリア内での「5G接続率(5G通信が利用できている時間の割合)」においても、ソフトバンクは37.1%と、他社(20.2%~30.4%)と比較して高い水準を維持している。これは、基地局の設置数に加え、ユーザーの行動範囲に合わせてきめ細かく電波を整備してきた結果といえる。
ドコモの改善も明らかに
仮名となっているが、文字色やこれまで明らかにされてきた各社の通信品質に関する情報から推測すると、A社は楽天モバイル、B社がNTTドコモ、C社がKDDIと見られる。
つまり、5G接続率で優れている順にソフトバンク、KDDI、ドコモ、楽天モバイルとなる。
さらにダウンロード速度(DLスループット)で30Mbps以上になるのは、ソフトバンク、ついでKDDIとドコモ、そして楽天モバイルだ。この速度は4K動画を再生できる目安という。
さらにHDサイズの動画を再生できる目安という3Mbpsに達しているかどうかという基準では、ソフトバンク、ドコモ、KDDI、楽天モバイルという順。
こうした情報から、ソフトバンクが「ドコモが通信品質を改善し続けている」ことが裏付けられた格好だ。
5G SAへの本格移行
大矢氏によれば、舞浜エリアを代表として、ソフトバンクの通信品質の改善をもたらした要素のひとつは、「5G SA」だ。5Gは当初、4Gの無線帯域を用いる「5G NSA(ノンスタンドアローン)」でサービスが始まった。一方、周波数も5G専用で、ネットワーク設備も5G向けとなるのが「5G SA(スタンドアローン)」方式だ。
ソフトバンクが「5G SA」を推進する理由は、それが単なる機能追加ではなく、通信品質そのものを底上げするからだ。
説明会で公開されたデータによると、5G SA接続時の平均ダウンロード速度は169Mbps。
これは従来のLTE(56Mbps)の約3倍、現在主流の5G NSA(109Mbps)と比較しても約1.5倍の速さだ。
さらに、応答完了時間(E2E)においても、5G SAは平均334msを記録し、NSA(417ms)やLTE(487ms)よりも明らかに高速なレスポンスを実現している。4Gの設備を経由するNSAと異なり、コアネットワークまで5G専用設備で完結するSAのシンプルさが、この「キビキビとした挙動」を生み出している。
エリア展開においても、2025年は大きな転換点となる。
これまでは都市部などのスポット的な展開に留まっていたが、今後は面的な広がりを急速に持たせる計画だ。
競合他社のSAエリア展開状況と比較したマップでは、ソフトバンクのエリア(黄色)が他社を圧倒する広さで描かれており、100mメッシュ単位でのきめ細かな整備を進めることで、「実際に使えるSAエリア」を拡大させていく方針が示された。ちなみにユーザー向けのサービスエリアマップでも5G SAエリアを示すかどうか、混乱を招かないよう配慮しながら検討が進められているという。
初期の5G普及期には「5Gにつなぐと電池持ちが悪くなる」「パケ止まりが起きる」といった声も聞かれたが、大矢氏は「iPhoneなどの最新端末ではデフォルトで5G SAがオンになっており、ユーザーが意識せずに快適に使える環境になりつつある。ソフトバンクとしては5G SAをオンにしたまま気づかずに快適に利用いただけるよう、エリアを整備する」と説明。これまでの課題が解消されつつある現状を強調した。
ネットワーク統合の歴史がもたらした「C-RAN」の強み
大矢氏が明らかにした5G接続率や下りのスループットといったデータで、ソフトバンクの通信ネットワークが「5Gに繋がりやすく、サクサク使える」ことが示された。
その土台にあるのは、4G用だった周波数を5Gに転用したことと5G専用の周波数を組み合わせたサービスエリア。人口カバー率は96%を超えており、“真の5G”とも呼ばれる5G SAに対応する機種の利用も7~8割になったという。
では、なぜソフトバンクは、苦戦する他社も存在する中で高品質なエリアを構築できているのか。質疑応答において、大矢氏はその背景に同社固有の歴史的経緯があると語る。
かつてソフトバンクは、ウィルコムやイー・アクセスといった異なる通信事業者を統合してきた。
周波数も基地局のロケーションも異なる複数のネットワークを一つにまとめる過程で、制御装置を一箇所に集約して無線機をコントロールする「C-RAN(Centralized Radio Access Network)」構成を、必然的に推し進めることになった。
結果として、このC-RAN構成が、現在の5Gネットワークにおいて複数の周波数帯を束ねて通信する「キャリアアグリゲーション(CA)」などの高度な制御を行う上で、大きなアドバンテージとなっているという。
さらに基地局関連設備も、1社ではなく複数の企業から調達。こうした点も、ネットワークを高度に制御する技術の習得に繋がっているようだ。
「5バンド同時接続」で実現する高速化とエリア拡大
C-RAN構成の強みが最大限に活かされているのが、先に触れた「キャリアアグリゲーション(CA)」技術だ。
CAとは、複数の周波数帯を束ねて一つの通信経路として扱う技術。通信速度を向上させるだけでなく、特定の周波数が混雑していても別の周波数でデータを流すことで、通信の安定性を高める効果がある。
ソフトバンクは現在、5Gネットワークにおいて最大5つの周波数帯(5CC)を束ね、1ユーザーあたり最大215MHz幅という広大な帯域を利用可能にしている。
一般的な基地局構成では、エリアの境界付近で電波干渉が起きやすいが、ソフトバンクのC-RAN構成では複数の基地局が協調して動くため、移動中でも途切れることなくスムーズにCAを維持できる。現在、5G基地局の80%超でCAが可能となっており、これが「切れない通信」を支える柱となっている。
さらにCAは、ダウンロード(下り)だけでなくアップリンク(上り)の強化にも貢献している。
電波が飛びにくい5G(TDD)の弱点を補うため、広域まで届く4Gの周波数(FDD)を上り通信の「足場」として使う「FDD+TDD CA」を展開。これにより、TDD単独時と比べて上り速度は30倍超に向上し、通信エリア自体も約50%拡大するという。
3つの周波数を1台で。「Massive MIMO」の小型化と進化
いわゆる「パケ止まり」対策のひとつである「Massive MIMO(多素子アンテナ)」も、技術的な進化を遂げている。
ソフトバンクでは、新たに「Triple Band Massive MIMO」と呼ばれる新型基地局の導入を進めているという。
これは、5Gの主要周波数である3.9GHz帯、3.5GHz帯、3.4GHz帯という3つの帯域を、1台の無線機で同時に扱えるものだ。
従来機と比較して体積と重量を約40%削減しながら、さらにマルチユーザーMIMO技術により約2.8倍のトラフィックを処理できるという。
場所の確保が難しい都市部の屋上などでも、省スペースで大容量ネットワークを構築できるため、混雑エリアのピンポイント対策を加速させる要因のひとつだ。
スマホからの出力を大きくする「HPUE」
エリアの広がり(カバレッジ)に直結する技術として、「HPUE(High Power User Equipment)」の導入も進んでいる。
HPUEは、スマートフォン(端末)から基地局に向けて発射する電波の出力を引き上げる技術だ。通常、電波が飛びにくい高い周波数帯では、基地局からの電波は届いても、スマホからの“返事”が届かずに通信が切れてしまうことがある。
HPUE対応の端末と基地局の組み合わせであれば、端末からの送信出力を強めることで、通信可能なエリアを約10%拡大し、アップリンク速度を約40%向上させることが可能だという。ソフトバンク以外でも導入されている技術だが、ソフトバンクでは現在、約4.6万局がこのHPUEに対応済みだという。
ミリ波を「Wi-Fi」に変換する現実解
「速いが、エリアが狭く使いにくい」とされる28GHz帯の「ミリ波」についても、実用的な活用事例が示された。
池袋で開催されたハロウィンイベントにおいて、ソフトバンクは5G SAのミリ波をバックホール(回線)として利用し、それを現地のCPE(受信機)でWi-Fiに変換して提供する実証実験を行った。
ミリ波は直進性が強く障害物に弱いため、スマホで直接受信するのは、ほかの周波数帯と比べてハードルが高い。
しかし、この方式であれば、ミリ波非対応のスマホを持つユーザーも含め、多くの人がその大容量・低遅延の恩恵を受けられる。ミリ波対応スマートフォンが普及するまでという一時的な取り組みかもしれないが、400MHz幅という広大な帯域を持つミリ波を遊ばせず、イベント会場などの局所的な超高トラフィック対策として活用する現実的な解とも言える。
「RedCap」や「L4S」など、SAの未来機能
説明会では、2025年以降のロードマップとして、5G SAならではの新機能についても言及された。
その一つが「RedCap(Reduced Capability)」だ。これはウェアラブル端末やIoT機器向けに機能を絞り込んだ規格だ。
また、低遅延を保証する技術「L4S」や、ネットワークを仮想的に分割して用途ごとに品質を担保する「ダイナミック・スライシング」の実装も進めており、産業用途を含めた5Gの利用シーン拡大を見据えている。
「職人芸」から「AIの自律制御」へ
これまで基地局のパラメーター調整やトラブルシューティングは、熟練のエンジニアが経験則やルールベースのシステムを用いて行ってきた。しかし、5G、そして来るべき6Gの時代においては、制御すべき変数が膨大になり、人手による対応は物理的に困難になりつつある。
そこで同社が進めているのが、ネットワーク制御へのAI全面導入だ。
具体的には、「CA(キャリアアグリゲーション)の組み合わせ」「電波のカバー範囲(カバレッジ)」「基地局間の混雑分散(セルバランシング)」といった個別の制御項目ごとに「AIエージェント」を配置する。さらに、それら複数のエージェントを束ねる「統括AI」が全体最適を図るという構成だ。
異常検知のサイクルを「月単位」から「数分」へ
AI導入の効果は、ネットワークの「健康診断」が一例に挙げられる。
従来、通信品質の劣化を検知し対策を打つサイクルは、集計や分析に時間がかかるため「1週間や1カ月単位」(大矢氏)になることも珍しくなかった。しかし、AI活用によりこのプロセスを劇的に短縮し、「数分レベル」での検知と即時対応を目指すという。
また、AIは「省電力コントロール」にも活用される。トラフィックが少ない時間帯には一部の機能をスリープさせるなど、電力消費を抑えつつ品質を維持する繊細な制御を、AIがリアルタイムに行う。
大矢氏は「最終的には全てを自動化したい」と語る。ユーザーがスマホを使うその裏側で、無数のAIエージェントが基地局のパラメーターを微調整し続け、常に最適な通信環境を作り出す。ソフトバンクが描くのは、そんな「自律神経を持ったネットワーク」の姿だ。
第三者評価への本音。「言い訳はしない、だが差は詰まっている」
質疑応答では、Opensignalなどの第三者機関によるネットワーク評価において、ソフトバンクが競合他社の後塵を拝するケースがあることについての質問も挙がった。
これに対し、大矢氏は、11月の決算説明会で、宮川潤一社長が「現場はおかしいと言う」と説明していたことを踏まえ、「(社内で)言い訳をしているのは私本人です」と自嘲気味に語り、会場の笑いを誘いつつも、現状を率直に認めた。
大矢氏
「なかなか総合1位になれていないのは事実。しかし、確実に品質は良くなっており、スコアの差が詰まってきているのもまた事実だ」
「偽基地局」への警戒、検知と連携で対抗
通信品質を脅かす外的要因として、「偽基地局」への対策についても質疑応答で言及された。
偽基地局とは、正規の基地局になりすまして端末を強制的に接続させ、フィッシング詐欺サイトへ誘導したりする悪質な装置のことだ。
これが設置されると、セキュリティ上のリスクだけでなく、周辺エリアで正規の通信が不安定になったり、つながりにくくなったりする「品質劣化」の要因にもなる。
現状について大矢氏は「一時期より沈静化はしているものの、まだ散発的に続いている」と警戒感を示す。
偽基地局は、電波法違反の犯罪行為であるため、通信事業者が直接手を出して撤去できない。そのためソフトバンクでは、ネットワークの挙動から不審な電波や不安定なエリアを検知する体制を敷き、発見次第、総務省や捜査機関などの関係省庁と情報共有して対策を行う連携フローを徹底しているという。

















