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クアルコムの最新チップ「Snapdragon 8 Elite」はこれまでと何が違う?

基調講演でSnapdragon 8 Eliteを紹介した、クアルコムのアレックス・カトゥージアン氏。モバイル/コンピューティング/XR関連の総責任者だ

 クアルコムが発表したフラッグシップスマートフォン向けの最新チップセット「Snapdragon 8 Elite」は、従来から一新されたCPU「Oryon(オライオン)」を採用。生成AI時代に向け、従来より大幅にパワーアップした処理能力を誇る。

 これまでのSnapdragonシリーズと何が異なるのか。パソコン向けとして1年前に登場した、Oryon CPU搭載の「Snapdragon X Elite」との違いは何か。クアルコムのキーパーソンたちへインタビューした内容や、「Snapdragon Summit」でのプレゼンテーションをもとに、主に刷新されたCPU「Oryon」を軸にご紹介しよう。

これまでの「Kryo CPU」との違い

 クアルコムが毎年発表してきたフラッグシップスマートフォン向けのチップセットでは、2015年以降、「Kyro(クライオ)」というCPUが採用されてきた。

 「Snapdragon 8 Elite」のCPUやNPU(AI関連処理を担うプロセッサー)について答えたカール・ウィールトン(Karl Whealton)氏によれば、KryoはArmからライセンス供与されたCPUコアという。そのためクアルコム自身が設計に手を出せず、3種類のコアを使わなければならないなど、妥協せざるをえない場面もあった。

CPU・NPU関連のシニアディレクターであるウィールトン氏

 ウィールトン氏は「(Oryonと比べ)Kryoのパフォーマンスはそれほど高くなく、電力効率もそれほど良くなかっため、最適化する必要があった。電力供給や発熱、CPU周辺のシステムアーキテクチャまで最適化した」と解説。その一方で、「Oryon」はモバイル向けとしてカスタマイズできることが、設計思想上、Kryoと大きく異なる点になる。

 実際に、「Snapdragon 8 Elite」に搭載される、第2世代のOryonはカスタマイズされたCPU。「消費電力を抑えつつも、処理能力を最大化する」、これがOryonの設計思想だという

 自分たちで設計したCPUだからこそ、生成AIを処理する際も、ワークロードの実行もCPUで処理しやすい。NPUへのコンテキストの移動も高速化されており、クアルコム自身がCPU・NPUを保有し、ドライバーソフトを開発できていることが利点になっているという。

NPUは45%高速化

 クアルコムでは、Snapdragon 8 Eliteは、先代チップセットの「Snapdragon 8 Gen 3」よりもNPUが45%高速化した。さらにメモリーもデュアルチャンネルのLPDDR5Xをサポート。オンデバイスでの生成AIの処理はマルチモーダルも対応する。その一方で、消費電力は45%の削減を達成した。

 複数のオンデバイスAIアプリを同時に実行できるほか、たとえばAIアシスタントに語りかけ、AIが音声を認識し、テキスト化し、ほかのアプリと連携を図るといった場面で、マルチモーダル対応によって、AIモデルが音声をそのまま理解し、応答できるようになるため「音声認識→テキスト化」というプロセスは省かれる。パワーアップしたCPUとNPUにより、オンデバイスで生成AIがスピーディに動作することから、たとえば携帯電話本体のアドレス帳を外部に送信することなく、デバイス内だけで活用して、パーソナライズした応答もできるようになる。

レストランでチップを含めた金額で割り勘もすぐ計算、という例が紹介された
カメラで捉えたテキストに対する翻訳も

 一般的にパソコンやクラウドサーバーでの生成AIは、GPUで処理されるというケースが多く、GPUを長年手掛けてきたNVIDIAに対して、生成AI時代の今、大きな期待が寄せられている。

 一方、スマートフォンでは「NPU」と呼ばれるプロセッサーユニットが生成AI関連の処理を担うことが多い。この背景として、ウィールトン氏は、クアルコムがもともとデジタル信号処理プロセッサー(DSP)を開発してきており、DSPでのAI関連の処理が優れていることに着目し、「Hexagon」というブランド名を与えて、NPUとしたのだという。これがNVIDIAよりも優れた手法、というよりも、GPUを推進してきた企業、あるいは別の手法を持っていた企業という違いに由来するだけ、というのがウィールトン氏の見方だ。

「Oryon CPU」、第2世代は何が違う?

 今回、スマートフォン向けの「Snapdragon 8 Elite」に採用された「Oryon CPU」は、1年前、パソコン向けチップ「Snapdragon X Elite」のCPUとして採用された。パソコン向けとして登場した時点で「2024年にはモバイル向けに搭載される」こと自体は予告されていた。では、これまでのパソコン向けと、今回のモバイル向け、同じ「Oryon」といっても、モバイル向けは「第2世代」とされる。いったい何が異なるのか。

 ウィールトン氏によれば、大きな違いは3つ。ひとつは、事前にデータを読み込むプリフェッチについて、第2世代では、時間軸で動くプリフェッチで新しいタイプのものが追加されたこと。精度が向上し、負荷の高い場面で、よりスムーズに処理できるようにする。

 2つ目はキャッシュ容量。以前からモバイルではL3キャッシュに12MB用意していたが、CPUコアにより近い場所のキャッシュを大容量にしたほうが重要と考え、12MBのL2キャッシュを用意。レイテンシー(遅延)を抑えることにつながった。

 そして、3つ目は「高効率コア」と呼ばれるCPUコアを省いたこと。従来、モバイル向けでは、高負荷時に処理を担う「プライムコア」、操作されていない場面を担う「高効率コア」、その中間といえる「パフォーマンスコア」という3種類があった。しかし第2世代のOryon CPUは高効率コアを省略。

 コアの種類が3種類から2種類と、1つだけとはいえ減少させることで、コアの切り替えがより簡単になるほか、美麗なゲームをプレイする際などで、プライムコアに加えてパフォーマンスコアも高クロックで稼働させて、より多くの処理を同時に担えるようにした。

Antutuでのベンチマーク結果
こちらはGeekbenchでの結果
左はSnapdragon 8 Elite搭載のリファレンスモデル。ただしクロック数はその処理能力の限界を伝えるため商用版よりも高くしており、右のiPhone 16 Proよりも高いスコアを示した

「Oryon CPU」パソコン向けとモバイル向けの違い

 またパソコン向けとモバイル向けでは、消費電力も異なる。この1年に登場したパソコン向けのチップでは、コア数が10、あるいは12という構成だったが、モバイル向けの「Snapdragon 8 Elite」はプライムコア×2、パフォーマンスコア×6、あわせて8コアとなる。

 パソコン向けは、動画や写真の編集なども含めた、生産性を高めるアプリが用いられるケースがある一方、モバイル向けはパソコン向けよりも道案内アプリの利用が多いと想定されるなど、使い道が異なる。また、複数の処理を同時に進めるマルチタスクでも、1人のユーザーが1つのアプリをメインで使うスマートフォン、複数のウィンドウを開いておき1秒以内に別のウィンドウ(アプリ)へ切り替えるパソコンと、操作のされ方も異なる。つまり、モバイルはひとつの処理(スレッド)、パソコンは複数の処理を進めるケースが多いことになる。

 さらには、パソコンは筐体が大きく、発熱も分散させやすく、スマートフォンよりも高い負荷をかけても問題は少ない。しかし、スマートフォンが熱くなりすぎれば、手に伝わってしまうこともある。

 使われ方(負荷のかかり方)、あるいは発熱といった違いに加えて、電源についてもパソコンとスマートフォンでは違いがある。パソコンはコンセントにつなげて使い続ける場面がある一方、スマートフォンはバッテリーで使うことが多い。バッテリーそのものの容量もパソコンとスマートフォンでは異なる。

カメラを進化させる「AI ISP」

 Snapdragon 8 Eliteでは、画像処理プロセッサー(ISP)が新たに「AI ISP」と呼ばれるものになった。NPUと連動して、AIの力を発揮した撮影体験をもたらすもので、ISPでのデータスループットは約35%向上する一方、電力効率は最大25%改善する。

 オートフォーカス、オートホワイトバランス、オート露出という「3A」にもAIが適用され、全体的な画質向上を実現。さらにNPUは、センサーに記録された生(RAW)のデータにアクセスする。4K解像度、60fpsで、センサーが捉えた状況をAIでリアルタイムに処理して、被写体を識別することもできる。

コグニティブセグメンテーションで250以上のレイヤーで被写体を識別

 カメラで捉えた範囲を識別して「ここは人」「このエリアは空」「こちらは花」などと250以上のレイヤーで区分けし、それぞれにマッチした画像処理を施してくれる。また、逆光のような場面でも、リアルタイムに仮想の照明を当てるような処理を適用することもできる。それは写真や動画の撮影だけではなく、ビデオ通話やライブストリーミングといった場面でも威力を発揮する。

 こうした仕様を活用することで、たとえば動き回るペットを連射して撮影し、そのなかからベストショットを自動的に選別してくれる、といった機能も実現する。

 これはArcsoftの仕組みを利用したもので、「Snapdragon Summit」の会期中に披露されたデモンストレーションでは、シャッターを押して連写し、ベストショットを選び終わるまで9秒程度という状況だった。ベストショットは、ペットの目へのピントに着目し、シャープな瞬間を選ぶ。そしてAI処理で、ディティールを処理してくれる。

 また、写真のなかに映り込んだ不要な被写体を削除する機能は、今回、動画に対しても活用できるようになった。

 ズームで撮影する場合は、2つのカメラで撮影したデータを組み合わせて、より精細に記録することもできるようになる。

左がSnapdragon 8 Elite搭載のスマホ型リファレンスモデル、右がiPhone 16
こちらがSnapdragon 8 Elite搭載のカメラで撮影し、拡大したところ
こちらはiPhone

 ソニーのカメラ用センサーとの協力関係は今回もアピールされ、2つの同時露光をサポートする。ダイナミックレンジがさらに幅広くなり、屋根のある通路の撮影など、1枚の写真のなかに明暗がはっきり分かれるような場面でも、さらにディティールを鮮明に記録できる。

 サムスンのカメラ用センサーでは、最新のカラーフィルター技術「Chroma QPD」に対応する。

これまでのサムスン製センサー
こちらがChroma QPD

 撮影したデータの履歴を証明する「C2PA」という取り組みについては、今回、動画・オーディオへ対応することが発表されている。