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ソフトバンク、走行車両に向けたテラヘルツ無線の実証実験に成功――次世代通信6Gに向けて通信のボトルネックを解消へ
2024年6月4日 18:46
ソフトバンクは4日、現在の5G ミリ波よりも高い周波数帯の300GHz帯テラヘルツ無線を用いて、屋外を走行する車両向けの通信エリアを構築する実証実験に成功したと発表した。
固定通信や近距離通信でのユースケースが多かったテラヘルツ無線のユースケースとして、新たに走行する車両での高速通信の実現が期待される。
直進性の高いテラヘルツ無線でエリア展開
一般的に、電波の周波数が高くなればなるほどより大容量の無線通信ができるが、直進性が高くなり1つのアンテナでカバーできるエリアが狭くなったり、通信距離が短くなったりする。
Beyond 5Gや6Gの研究でも、現在の5Gよりも高い周波数による通信技術の研究が進められている。テラヘルツ無線もその一つで、5G通信で利用しているミリ波帯よりも広い周波数帯(通信できる幅)が利用できるため、より高速の無線通信が実現するとして期待されている。
一方、テラヘルツ無線の周波数帯は、電波が伝播(伝わる)際の損失が大きく、実際に利用するにはビームを細くして電力を集中させ、遠くまで電波を飛ばす研究が進められてきた。通信可能な距離を伸ばすことで、光ファイバーの敷設が困難なエリアへの高速通信などへの活用が期待されている。
同社では、テラヘルツ無線をスマートフォンのような移動体向けの通信で利用すべく研究開発を進めている。その場合、移動体に向けて常にビームを追従するシステムが必要となり、装置の複雑化や精度が課題となる。また、これまでの移動通信の基地局のようなエリア展開では、電力が分散しテラヘルツ無線の通信エリアがかなり狭くなってしまう課題があった。
今回の実証では、通信エリアを自動車が走行する車道に限定することで、電力の分散を抑え通信可能エリアを広げることができると仮定し、今回の実証実験を実施したという。
航空レーダーの技術を応用
今回の車両向けテラヘルツ無線通信の基地局では、通常の基地局と異なり「水平方向に鋭く」「高さ方向に広い」電波を発射することで、車の走行方向(基地局に対して縦方向)に対して安定するようなエリア構築としている。
実証では、航空レーダーなどで利用されている「コセカント2乗ビームの特性」を応用している。これは、高低差がある送信/受信アンテナで水平方向にかかわらず、基地局と端末の受信電力が一定となる特性で、同社では高いアンテナ利得を維持できるアンテナを開発し、受信電力が一定となるシステムを考案した。
同社先端技術研究所 先端無線統括部 6G準備室 研究員の保前俊稀氏によると、コセカント2乗ビームは、従来スマートフォンなど端末側が無指向性を持っている場合に有効だという。その一方、テラヘルツ無線通信では、無指向性アンテナを使用すると利得が足りず通信できない状況になってしまうほか、全方向に近いような指向性を持つダイポールアンテナのようなアンテナの作成も困難だと指摘。そこで、コセカント2乗ビームに対応すべく新たなアンテナを開発したと説明する。
同様のアンテナを既存の移動体通信の周波数で利用しようとすると、サイズが大きくなるが、波長がそれより短いテラヘルツ波では、基地局用で1.5cm×1.3cm×1.0cm、端末用で1.5cm×1.3cm×1.5cmのサイズで実現されているという。
ソフトバンク竹芝本社前の公道で実証
実証は、同社の本社ビル(東京都港区)付近の直線道路で実施された。基地局相当の無線機から、5Gの変調信号(5G NR、基地局情報をのせた信号)を300GHzに変換して送信。受信側で300GHzを5Gの周波数に変換し、正しく信号が受信できているかを確認するかたち。
基地局となる送信側は、地上約10mの歩行者デッキ上にアンテナを設置。端末となる受信側は、その下の道路上を走行するワゴン車の車上にアンテナを設置し、実証が行われた。
実証で受信側の車は、約140m先の終端までを道路の制限速度30km/hで走行した。送信アンテナの直下からしばらく進んだ先から信号を受信し始め、終端まで信号を安定して受信できていた。一方、終端から曲がり見通せない場所まで進むと、受信レベルが低下し信号は受信できなくなった。
今回の実証では、道路の構造上140mまでの実証にとどまっているが、通信できなくなる電力まで余裕があったため、もう少し長いエリアをカバーできる可能性があるという。実際に筆者が乗車した実証では、5G通信ができる電力「-120~-110dBm」よりも電力に余裕があった。
さまざまなユースケースを模索
同社先端技術研究所 先端無線統括部 6G準備室 室長代行の矢吹歩氏によると、3GPP(移動通信システムの仕様の検討や作成を行う標準化プロジェクト)では現在5G Advancedの標準化策定が進んでおり、Release 21以降で6G通信の標準が策定されるという。6Gのユースケースについてこれから盛り上がりをみせるのではと期待感があるといい、通信とセンシングの融合やAI活用、デジタルディバイドの解消などが期待されている。
同社でも、5Gのミリ波を使った自動車の位置推定やWi-Fiの電波を使った人の姿勢を検知する実験などを行うなど、次世代通信を活用する取り組みを進めている。
今回のテラヘルツ無線通信でも、これまで近距離の通信実験を実施しており、これまでのユースケースとしてはバックホールといった固定通信の分野や、タッチ&ゴーのような近距離通信が挙げられていたが、同社ではテラヘルツ無線通信をスマートフォンのような移動体への活用を進めるべく、今回の実証に至ったと説明する。
矢吹氏は、将来的に自動運転やコネクテッドカーなどがこれまで以上に普及するとし、ドライブレコーダーの動画データやCANデータなどを高速でアップロードする場面が出てくると指摘。現行の5G通信では、アップロード速度にボトルネックがあるとし、テラヘルツ無線通信を有効的に使えば、これが解消できるのではないかと期待感を持たせる。