インタビュー
dポイントでファイターズが強くなる? ドコモの「ファンダム戦略」現場取材レポ【後編】
2025年11月18日 00:01
NTTドコモが2025年6月に開始した「ドコモ MAX」では、データ通信の使い放題に加えて、スポーツ配信サービス「DAZN」などが見放題になる。
最近では、見放題サービスを拡充し、来年には、複数のラインアップから2つ選ぶ形式となる「ドコモ MAX」。ドコモでは料金プランを通じて、ファンコミュニティにアプローチする「ファンダム戦略」に取り組んでいる。
前回は、Jリーグのコンサドーレ札幌とNTTドコモ北海道支社との取り組みを取材した。今回は、北海道日本ハムファイターズとドコモ北海道支社に取材。ドコモの「ファンダム戦略」の先行事例とも言える施策の数々、そしてファイターズ本拠地である「エスコンフィールドHOKKAIDO」内の通信設備を紹介しよう。
エスコンフィールド北海道
プロ野球ファンであれば、ファイターズファンではなくとも知られたスタジアム、エスコンフィールド北海道(ES CON FIELD HOKKAIDO)。2023年からファイターズの新本拠地となった場所だ。
開閉式の屋根を備え、フィールドには天然芝が敷き詰められている。座席数は約2万9000席、全体収容人数は約3万5000人だ。
一般的な野球場は、センターの奥にスコアボードとしての役割を果たすバックスクリーンが設置されているが、エスコンフィールドではバックスクリーンの代わりに、ガラスが一面に貼られ、“ガラスウォール”が構成されている。天然芝を育てるため、日光を取り入れやすくするための仕組みだ。そして、ガラスウォールの両脇に巨大ビジョンが用意されている。
外野席の一部がない代わりにブルペンが観客席から直接見える構造を採用。はたまた、試合後も飲食できる店が連なる「七つ星横丁」が2階席の後ろに用意されている。
野球の試合が開催されない日も「七つ星横丁」の店は営業し、スタジアムツアーも開催される。球場と一体化した宿泊施設や天然温泉・サウナといった点は、よく知られているだろう。
契約の背景と目標
ドコモとファイターズは2023年からパートナーシップ契約を結び、球場の開業に合わせて連携を開始した。
今回、取材したファイターズの川村哲氏は、ドコモからファイターズへ出向している唯一の人物。かつてはドコモ内でスマートフォンの新製品を担当していた人物でもあり、ファイターズではファン・コンシューマーに向けたマーケティングをリードする。
キャッシュレス決済とポイントサービスの導入
球場内は完全キャッシュレス決済を導入しており、ドコモとしては「iD」や「d払い」を利用してもらえる環境となっている。
コード決済の「d払い」は開業当初の2023年から導入された。たとえば、ホームラン以外に得点したタイミングでは、大型ビジョンに「d払いも使える」という映像が流されたこともあった。
一方、dポイントの導入は、1年遅れの2024年から開始された。中にある約60の飲食店とグッズストアでdポイントを利用できる。ファイターズのFビレッジの観戦証を提示することで、dポイントとFビレッジの観戦ポイントであるFマイルがダブルで貯まる仕組みも採用されている。
ちなみに、プロ野球12球団の球場内でdポイントが「貯まる・使える」のはエスコンフィールドだけの取り組み。
なお、移動販売員(売り子)が使用するハンディ端末の仕様上、売り子からの購入ではdポイントは貯まらない。
オンラインでのdポイント利用を可能にするため、2025年3月に、dポイントをチケットやオンライングッズストアで利用できるクーポンに交換するサイトを開設した。これにより、間接的ながらオンラインでのポイント利用環境が整った。
プレミアムな観戦環境の提供
一塁側ベンチの隣には「ドコモクラブラウンジ」がある。食事と飲み物が付くオールインクルーシブ型のプレミアム座席となっており、選手たちの座るベンチと同じ高さの目線で、フィールドを間近に見ることができる。
座席(約100席)のほとんどはシーズンシートとして販売されているが、一部の座席はローソンチケットを通じてダイナミックプライシング(需要に応じて価格が変動する方式)価格で販売されている。
通信インフラの工夫
スタジアム内には、Wi-Fi 6による高密度Wi-Fiを導入。dアカウントで認証すれば、ドコモ以外の携帯電話回線を使っていても、無料で利用できる。
さらにバックネット裏の座席周辺などで、ところどころ、青色のボックスが前の座席の下に設置されている。天井側にあるアンテナからの電波が届きにくい場所であっても、足元からの電波でWi-Fiに繋がりやすくするという仕組みだ。
Wi-Fiではなくセルラー、つまり携帯電話の通信ネットワークも当然、エスコンフィールド内の各所で整備されている。フィールド上の天井を見るとアンテナが数多く設置されており、天井から遮るものなく、ユーザーの携帯電話へ直接電波が届く。
ドコモ北海道支社ネットワーク部の大野優哉氏によれば、2GHz帯やSub 6(サブシックス、6GHz帯以下の5G向け周波数)のアンテナが多く整備されている。場内にある「七つ星横丁」の一角や、座席に届くよう天井のキャットウォーク(作業用通路)には、ミリ波のアンテナも用意されているという。
スタジアムの外、北広島駅方面に通じるあたりも、周辺の基地局でカバーしている。
ARを活用した独自のプロモーション戦略
通信設備が整備されているからこそ、気兼ねなく利用できるようになったサービスのひとつが、先述したキャッシュレス決済。
その上で、ドコモとの連携でファイターズとして取り組んだもののひとつが「AR(拡張現実)の活用」だ。
たとえば、「ドコモクラブラウンジ」にあるファイターズのロゴを、スマートフォンのカメラで認識するとファイターズのユニフォームを身に着けたポインコが画面上に登場。ファイターズロゴをバックに記念撮影できるといった体験を提供した。
ARでチラシを長生きに
プロ野球の試合では、入場時にチラシが配布されることがある。ファイターズでも取り組んでいたが、課題のひとつはチラシが廃棄されがちという点。
そこで川村氏が考案したのが「捨てないチラシ」というもの。
これは、チラシの右上に配置されたロゴを読み取ると、ARコンテンツが表示されるというもの。2週間経つと、別のARコンテンツへ切り替えて、より長い期間、来場者の手元に残るようにした。
では、実際どの程度、効果があったのか。川村氏によれば、ARコンテンツを一度表示した人のうち、半分が2週間後もあらためてアクセスしてくれることがわかったという。
2023年6月~8月には、エスコンフィールド内のVIPエリアに展示された選手のアート作品を、一般の人がガラス越しに撮影するとWeb ARが出現する「ファイターズ ARギャラリー」が設置され、約1万5000人が体験した
しゃけまるをARに
同じ時期、エスコンフィールド前の池に、ファイターズのキャラクターである「しゃけまる」を10mクラスの巨大なARとして表示させる企画も実施された。
約1万7000人が体験したという「巨大しゃけまるAR」では、体験者に自宅でも楽しめるARコンテンツ「どこでもしゃけまるAR」がプレゼントされた。
2023年7月末~11月20日には、ファイターズの公式X(旧Twitter)でも公開された「どこでもしゃけまるAR」は、約35万ダウンロードを記録。ファイターズがARコンテンツに取り組んでいることをより多くのファンへ伝えた。
VIPエリアの絵画や、しゃけまるのARコンテンツは、アプリベースではなく、WebARと呼ばれる仕組みが用いられた。Webブラウザ上で体験できる技術で、開発コストを抑えるとともに、多くの人にとってすぐ体験できるようになっていた。
このほか、ファイターズが勝利した試合に限り、エスコンフィールド内のショップで販売される「VICTORYしゃけまる(ビクトリーしゃけまる)」のARも制作し、2023年11月というキャンプ期間中、グッズストア経由で配布した。グッズストアに来店した約9万2000人のうち、7万8000人強が「VICTORYしゃけまるAR」をダウンロードした。
「しゃけまるAR」が多くの人に楽しんでもらえたことを踏まえ、2023年10月~12月には、北海道内のドコモショップ113店舗(現在は111店舗)で選手バージョンの「しゃけまるAR」を楽しめるようにした。
しゃけまるのユニフォームが選手のものになるというもので、店舗にあるQRコードを読み取るまで、何が表示されるかわからないようになっていた。さらに月ごとにユニフォームがホーム、ビジター、練習用と切り替わるようになっており、ファイターズファンがドコモショップを何度も、何カ所も訪れたくなる仕掛けだった。
2023年に実施されたしゃけまるを用いたARコンテンツは、6月~8月にエスコンフィールドの池、7月~10月に公式Xアカウント、11月にキャンプ中のエスコンフィールド、そして10月~12月にドコモショップでの取り組みと、変遷していったことになる。
これは、認知→拡散→来店という段階を踏んだことになり、ファイターズとドコモの連携を示す代表的な施策のひとつと言える。
野球ファン以外もエスコンフィールドに
ファイターズとドコモの関係を強め、ファイターズファンにドコモショップを訪れてもらうという取り組みが進められた一方、野球ファン以外の人たちに向けた取り組みも実施された。
そのひとつとして、2024年3月~8月に、NTTコノキュー提供のARコンテンツ「LOST ANIMAL PLANET」をエスコンフィールド北海道で体験できるようにした。マンモスや恐竜がARコンテンツで登場するというもので、半年の期間中、初めてエスコンフィールドに来場した人が約2000人弱にのぼった。
また、リアルでの宝探しや謎解きを提供するタカラッシュとコラボレーションした「伝説のホームランバットに隠された秘密」が2024年8月~2025年7月に実施された。謎解き愛好家など、野球ファンとは異なる層に向けて、エスコンフィールド北海道へ訪れるきっかけとなるもの。球場内のレストランやカフェなどのほか、普段は集客が難しいエリアへの回遊を促すようになっていた。
2025年以降の主要戦略と店舗連携
「ファンダム戦略」を本格化させた2025年度、ドコモ北海道支社内で「北海道日本ハムファイターズを応援するならドコモ」というメッセージを合言葉としていくと川村氏。
その一環となるのが「ファイターズ応援型ドコモショップ」。事務手続きを目的にした来店になりがちなドコモショップという場所を、ドコモ以外のキャリアを使っていてもファイターズファンであれば誰でも来店できるお店をコンセプトとしている。
応援ショップでは、エスコンフィールドのグルメ情報発信、チケット購入サポート、dアカウントの新規作成支援、スタジアムWi-Fiの設定案内などが含まれる。北海道内111店舗中、85店舗が「応援ショップ」に立候補し参加しているという。
川村氏は、参加店舗の店長やスタッフ向けの勉強会を毎月実施。同氏自身、球場内の飲食店約60店舗の選手メニュー(100種類)のうち、ほぼ全メニュー(90品近く)を実際に食べてdポイントの利用状況などを調査し、フィードバックを提供してきた。
dポイントによる球団強化策
さらに2025年以降のメッセージとして、「dポイントでファイターズを応援する」仕組みも整備されてきた。
特に注目されるのが、「ファイターズ応援型dポイント」という日本で初めての取り組み。エスコンフィールド内での買い物で貯まったdポイントの10%を、ドコモが「応援金」としてファイターズに支払う仕組みだ。期間限定キャンペーンではなく、パートナーシップ契約が続く限り継続するドコモ単独の取り組みになるという。
ファンが球場内でdポイントを貯めるほど、球団強化に貢献できる仕組みであり、ドコモが10%を負担する点が、他の球団向けのポイントサービスとは異なる独自の取り組み。これは、買い物金額全体から見ると約0.1%に相当する金額が球団に支払われる計算になる。
さらに、モバイルdポイントカードのデジタル券面をファイターズデザインへ変更するだけで、貯まったポイントの5%がファイターズに支払われる「ファイターズdポイントファン活モード」も始まった。
こちらは、ドコモ本社が主導する期間限定キャンペーンという位置づけだが、長期で取り組む考えのようだ。
こうしたdポイントでの施策を通じて、球場でのファンとドコモの接点が作られることになる。dポイントを使うためにはdアカウントの作成も必要となり、ファンのなかで「ドコモがファイターズを応援している」あるいは「ファイターズファンならドコモを使う」という認知が進むことへの期待感もある。
回線の契約にまで至らずとも、応援ショップも用意し、ドコモ回線以外のユーザーもドコモショップを訪れたくなる環境も整備する。
こうした仕掛けで将来は、「ドコモユーザー以外との接点を持てる“究極のドコモショップ”」になり得る、と川村氏は説明。「ファンダム戦略」を進めるドコモにとって、料金プランに加えて“現場で進めるファンダムへのアプローチ”の好例になりつつあるようだ。






































