インタビュー

「AQUOS wish5」開発者インタビュー、AQUOS wish5で進化したポイントとは

 シャープは今夏、AQUOS wish5とAQUOS R10の2つの新モデルを投入した。AQUOS wish5は実売価格で3万4千円前後とリーズナブルな価格帯のエントリーモデルだが、防水仕様にこの価格帯のモデルでは珍しいIPX9に対応し、新たに防犯アラート機能を搭載するなど、このモデルならではのユニークなポイントも備えている。

 今回はAQUOS wish5の開発を担当したシャープ 通信事業本部 パーソナル通信事業部 商品企画部 係長の今井 啓介氏と課長の大川 喬弘氏、同事業部 回路開発部 課長の木村 正和氏、同事業部 第一ソフト開発部 技師の岩井 亜理沙氏、通信事業本部 デザインスタジオ デザイナーの横山 輝氏に話を聞いた。

シャープ広島事業所より参加メンバー:写真左からシャープ株式会社 通信事業本部 パーソナル通信事業部 回路開発部 課長 木村 正和氏、商品企画部 係長 今井 啓介氏、同 課長 大川 喬弘氏、第一ソフト開発部 技師 岩井 亜理沙氏、写真には写っていないが、シャープ幕張事業所より参加:通信事業本部 デザインスタジオ デザイナー 横山 輝氏

AQUOS wish5はIPX9防水や防犯アラートなどの機能が追加

――まず商品として、今回はIPX9防水や防犯アラートなど、前モデルまでにはなかった機能が追加されていますが、路線やコンセプトが変わったりしているのでしょうか。

今井氏
 これまでと違うところもありますが、コンセプトの「つよかわ」は変わらずに一貫しています。「超いいよりも、ちょうどいい」を実現するために、防水や防犯アラートなどの要素を追加しました。幅広いお客さまに安心して使える1台に仕上げています。

――商品企画の段階で、コンセプトを違うベクトルに、ということもなくすんなり方向性が決まったのでしょうか。

今井氏
 開発初期段階では議論が発散していろいろなことを検討することもありますが、最終的には「つよかわ」のコンセプトと、「超いいよりも、ちょうどいい」という方針に従えば価値を提供できるよね、となって開発を進めています。

――「超いいよりも、ちょうどいい」というコンセプトはAQUOS senseシリーズの価値観と似たところを感じますが、どう住み分けを考えているのでしょうか。

大川氏
 senseシリーズは当初、wishシリーズが位置するところだったと思っています。シリーズを重ねるごとにスペックが上がっていくので、そこで細分化し、よりエントリーなモデルが必要になったところでwishシリーズを追加しました。

 現在のwishとsenseでは、「ちょうどいい」の定義が違うかな、と考えています。wishシリーズのターゲットは、新規にAQUOSを買う人や新しくスマホを試される人、価格コンシャスな人と幅広いです。senseシリーズは1つのモデルをより長く使えることも重視しています。このように、ゾーンごとに果たす役割があると考えています。

――他シリーズとの違いで言うと、wishシリーズは開発上、コストの縛りが厳しいのではないかと思うのですが、開発陣からするとコストの制約をどう捉えているのでしょうか。

今井氏
 企画担当としては、価格が優先のモデルなので、「この価格、3万円前後でできることはなにか」と考えながら製品を企画しています。諦めないといけないこともありますが、このコストの中でも価値のあることは何か、どうすれば価値を最大化できるか、ということを考えて取り組んでいます。

――たとえばプロセッサにはMediaTekのチップセットを使われていますが、ここはコスト効果があるところなのでしょうか。

木村氏
 MediaTek製に限定しているわけではありません。他社も合わせて選定しているのですが、今回はMediaTek製が優位だった、というところです。

――AQUOS wish4に比べると、メモリ量は変わらずに仮想メモリ機能を追加しています。これはAI機能などの目的があるのでしょうか。

大川氏
 仮想メモリについては、AIなど特定の用途を想定したものではありません。多くのアプリを同時に利用できて、アプリの切り替えをスムーズにするためには大きなメモリが必要、と考えました。

AQUOS wish5が低価格でも妥協しない点とは

――価格を抑えるためにどういった工夫やバランス取りをしているのでしょうか。なにかポイントがあれば。

木村氏
 このモデルはこのくらいの価格帯と決まっています。wishシリーズの価格と性能が上がりすぎると、senseシリーズと近くなりすぎるという距離感もあります。値段とスペックはある程度、全体のバランスとして決まります。

 その中で、お客さまに対してはより良いものをというところで、ハードは据え置きでも使い勝手の向上に取り組んでいます。

 たとえば今回は液晶を120Hz化しています。ハードウェアを見ると、液晶モジュールの仕様は同等ですが、今回、チップセットを新しくしたことで120Hz対応し、動画の60フレーム対応も実現できました。AQUOS wish5はこうした取り組みを重ねているモデルになっています。

――ディスプレイの120Hz対応はエントリーモデルとしてはハイスペックすぎるのでは、とも思ってしまうのですが。

木村氏
 シャープというと液晶というイメージがあるので、ローコストでもディスプレイでガッカリして欲しくない、と考えています。その中で、今回はチップセットがスペックアップすることで、120Hzをサポートすることができたので、そこはリスクはあるけど取り組みましょう、と早めに開発方針が決まりました。

――決まっても実現するのは大変かと思うのですが……

木村氏
 そうですね……動作はするけどほかの機能に影響があるとか、開発中はいろいろとチューニングしつつ、実動作を試しながらトライアンドエラーを繰り返しました。結果、バランスが取れていいものができたと考えています。

――トライアンドエラーが発生するものなのですね。

木村氏
 今回のディスプレイはインセル式、タッチパネルが一体になっています。表示に集中しすぎると、タッチパネルがおろそかになってしまいます。そこのバランスをチューニングしました。表示能力を強化しつつも、タッチパネルの抜けは発生しない、と。

AQUOS wish5は防水性も進化

――ハードウェア部分ではディスプレイ以外にどのあたりが進化していますか?

木村氏
 防水性ですね。シャープのスマートフォンとしてIPX9に取り組んだ初めてのモデルになります。いままではIPX8の浸水まででしたが、今回はIPX9ということで、高温高圧放水の要件も満たしています。

 AQUOS wish5は「つよかわ」として強度もかなり推しているので。いろいろな人がいろいろな環境で使うエントリーモデルとして、安心感のひとつとして開発に取り組みました。

――他社も同じようなタイミングでIPX9サポートをするようになりましたが、これは何か業界的に背景があるのでしょうか。

木村氏
 AQUOS wish5の開発を開始する直前くらいで、海外メーカーのミドルやフラッグシップモデルでIPX9対応が出始めました。僕らからすると、それは飛び道具的なものに見えて、「それって必要なの」と懐疑的なところもありました。

 しかし「つよかわ」を推しているwish5としてはやる必要があるよね、とも。そうして開発していく中で、OPPOなどのグローバルメーカーもIPX9に取り組むようになったので、そこは世界的な流れとして防水性が重視されているのではないかと。

――最新の防水スペックをエントリーモデルのAQUOS wish5で実現できているのはアドバンテージになりそうですね。

木村氏
 そこは優位点になると考えています。

横山氏
 ハードウェアの進化ポイントとしては、デザイン部分、指紋センサーとなっている電源キーのパーツは前モデルのAQUOS wish4では全カラバリで黒のみだったのですが、今回はボディカラーが黒いモデルだけが黒く、ほかは白系に変更をしています。

――細かい部分でデザインをブラッシュアップしているのですね。

横山氏
 デザインとしては「大人可愛い」をコンセプトにしています。文房具をイメージしたカラーで、大人っぽさと子供っぽさが共存する文房具のようなデザインが幅広いお客さまに気に入っていただけるのでは、と考えました。

 安直に明るく可愛い色を採用するのではなく、大人っぽく憧れるような色、幅広い人に受け入れてもらえるようなカラーを採用しました。その一環として、電源キーのカラーをボディカラーが黒のモデル以外では白を採用し、ほかのカラーでも違和感がないようにしています。

 もともとAQUOS wish5は「より身近な存在であって欲しい」「愛着を持って長く使って欲しい」と考えています。愛着を持って長く使ってもらえる存在として、文房具は参考になります。たとえばお気に入りの文房具を選ぶとき、大人でもテンションが上がる気分になる人は多いのではないかと。

 文房具はいろいろな色のものが机の上に置かれ、色が混じり合うイメージがあるので、今回のAQUOS wish5は5色展開としました。

他にもデザイン面でアップデートした点

――ほかにデザイン面でのアップデートは?

横山氏
 並べたときに大きな変化がないような印象を受けるかもしれませんが、パンチホール採用や電源ボタンの溝廃止、断面を丸めるといったマイナーチェンジを施しています。

 スピーカーの穴の位置のバランスも調整していたり、ベゼルのつなぎ目を滑らかにしたり、かなり細かい部分をアップデートしています。パッと見たとき、無意識に入り込んでくるところで、品質向上を目指しました。

 あとはデザインとして、カラーバリエーションの名前を特徴的なものにしています。こちらはグローバル展開する製品なので、AQUOSが日本のブランドであると想起できるような名前にしました。各カラーに合わせて用意した壁紙も、日本を想起させるような風景をイメージしています。

――この壁紙、直線で構成されているようで、よく見れば違うのですね。

横山氏
 ぱっと見ではまっすぐな線ですが、よくみると手で書いたようなよれた線になっています。完璧ではないものも美しく感じる日本人的な感性を表現しています。ちなみにこちらの壁紙はAQUOS R10でも採用しています。

――今年は昨年モデルのミヤケデザインを踏襲していますが、ここを変えるというのは考えなかったのでしょうか。

横山氏
 昨年、2024年モデルはデザインを一新しました。1年でデザインを変えてしまうと、定着する前に変えることになってしまいます。一新された次の年は、それを定着させる年と考えました。大きく変えるのではなく、マイナーチェンジでいこう、と。

――ボタン配置などはAQUOS wish4と同じですか? ケースが流用できるかどうか。

横山氏
 若干変わっています。

防犯アラートを搭載した狙い

――新機能としては、今回は防犯アラートが搭載されていますが、どういった狙いでどのように開発されたのでしょうか。

岩井氏
 安心して使ってもらえるように、と考えました。振る動作に反応するということで、難しい案件でした。振るといっても、どのくらいの回数か、速度か、どういったユーザーのどういった使い方を想定しているのか、と。いろいろな人にヒアリングしつつ、どうチューニングするか、開発終盤まで頭を悩ませました。

――センサーで端末の動きを見て、通常の動きはスルーしつつ、防犯アラートの動きだけ検知して起動する、と。難しそうですね。

岩井氏
 そうですね、チューニングでは複数振る正常のジェスチャーのデータを取得しつつ、誤動作はどういったシーンで起きうるかを見ていきます。

 ポーチに入れて持ち運ぶということも想定しています。お子様を持つ親御さんに「どういった持ち方をするか」といったことをヒアリングし、実際にポーチに入れて走ったりジャンプしたりして、誤動作しそうなシーンを洗い出し、そのデータを比較し、正常か誤作動かを見て、チューニングを重ねていきました。

――聞くだけではスムーズに開発できたのかな、とも思ってしまいますが。

岩井氏
 いやー、これが……まず自分でやってみてチューニングするところからですが、実際にお子さんは大人ほど強く振れないよ、となります。カバンの中に入ったケースを想定するにしても、あらゆるカバンを試すことはできません。

 よく使われるタイプのカバンに入れ、お子さんに振ってもらって波形データを見て、と。ずっと波形と向き合う仕事をやっていました。

 あとは自分自身では自転車に乗ったり、走り回って同僚で白い目で見られたり。しっかり使えて誤動作を抑えるよう、開発しました。

――どんなシーンで使われるか、ユースケースの洗い出しが大変そうですね。

岩井氏
 関係者が集まり、考えられるシーンにはどのようなものがあるか、というのを洗い出しました。静かな図書館とかでは鳴っちゃダメだよね、とか、飛行機とかで誤動作してはダメだよね、と。走るのも、単純に走るだけではなく、何分間全力で、とか。自転車やクルマの悪路走行とかも。

 そうした考えられるシーンの中で誤動作を起こしそうなところを抽出していきました。

――あまり激しい動きをしなさそうな図書館の中とかのシーンを洗い出す必要があるのでしょうか。

岩井氏
 そうしたシーンでどういった誤動作がありうるかを検討しておく必要があります。たとえばスマートフォンを落としたときに鳴るようだと困るよね、とか。単発的な衝撃では鳴らないようにチューニングしています。

――普通の防犯ブザーだと紐を引っ張るとかわかりやすいですが、振るというジェスチャーをユーザーに伝えるのは難しそうですね。

岩井氏
 「振る」といっても受け取る人によって千差万別です。ここは設定メニューの中に、お試し設定を用意したり、できるだけ絵で表現するようにしました。この絵も、テストで使用した通学カバンに近いものを使ったりこだわっています。

 感度も3パターン用意しているので、誤動作が気になる人は感度を厳しくすることもできます。このあたり、使ってもらいやすいようにUIをかなり工夫しています。

フォントも新たに「UD学参丸ゴシック」を搭載

――話は飛びますが、UI面で言うと今回、フォントも変えているとか。

大川氏
 フォントについては、新たに「UD学参丸ゴシック」というものを搭載しています。このフォントは教科書などにも用いられる書体で、文部科学省の認証を受けています。特徴としては、字形が正しくなるように調整されています。初めてスマホを持たれるお子様も、正しい文字で使えるように配慮しました。

――お子様の初めてのスマホというところ、いままでのwishシリーズでも取り組まれていたかと思いますが、今回は特に強く意識されて開発されている印象を受けました。

今井氏
 小学校高学年や中学生などで初めてスマホを買われるユーザーを意識しています。性能的に十分で長く使えることを意識したモデルになっています。

――本日はありがとうございました。