インタビュー
「AQUOS R10」開発者インタビュー、カメラとAIで遂げた熟成と進化と融合
2025年7月31日 00:00
シャープは今夏、AQUOS R10とAQUOS wish5の2つの新モデルを投入した。AQUOS R10は実売価格10万円前後のモデルで、前モデルのAQUOS R9の後継モデルだ。
AQUOS R10はAQUOS R9のデザインをほぼ踏襲しているが、スペックを見るとチップセットが同じなど、どこが新しくなっているかが一見しただけではわかりにくいモデルでもある。
ではどこが違うのか、どういった狙いを持ったモデルなのか。今回はAQUOS R10の開発を担当したシャープの通信事業本部 パーソナル通信事業部 商品企画部 主任の鎌田 隆之氏と課長の大川 喬弘氏、同事業部 第一ソフト開発部 課長の中山 圭氏、同事業部 回路開発部 技師の三島 啓太氏、同事業部 システム開発部 技師の関 文隆氏に話を聞いた。
AQUOS R10は見た目ではわからない中身部分の強化が売りに
――発表会などでは10万円前後の価格帯にフォーカスされている、ということでしたが、直近では他社はもう少し安い製品などを投入してきています。いきなりですが、このあたりをどうお考えでしょうか。
鎌田氏
AQUOS R10にとって価格は重要です。2025年夏の市況として、この価格帯で有力な他社商品があると認識しています。シャープにはAQUOS sense9もあるので、そのどちらでどう対抗していくか、ということも考えないといけません。
その一方で、10万円付近の価格帯は、過去はそれほど商品が多くなかったところですが、そこに他社も参入することで、ユーザーに改めて注目してもらい、スマホ全体の市況が盛り上がり、市場が大きくなることは、歓迎する状態です。
――AQUOS R10の全体的な注目ポイントはどのようなところがありますか?
鎌田氏
前モデルのAQUOS R9は市場でも好評でした。買っていただいたお客さまの動向としては、エンタメ情報を収集される傾向が顕著に出ました。そういったお客さま層ができたのかな、と。
では映像に浸っていただくところで、どういった価値を提供するか。ディスプレイはHDRなどにこだわり、音声についてもAQUOS R9からさらに進化しました。
AV性能を高めつつ、一方でカメラもAQUOS R9 proで導入した技術をAQUOS R10に投入しています。カメラのハードウェアは違いますが、AIの画質補正処理にAQUOS R9 proが搭載したものを持ってくることで、ディティールや階調表現を高めています。
デザインはR9を踏襲しているので、見た目ではわからない中身部分の強化がR10の売りになると考えています。
――映像や音、カメラと全方位を向上させ、言葉を選ばずに言えば、「正統進化」と。こうした進化路線は、開発当初から決まっていたのでしょうか。
鎌田氏
弊社は現在、4つのシリーズを提供しています。たとえばAQUOS wishは「つよかわ」をコンセプトに、頑丈さとデザイン面で価値観を提供しています。そうしたシリーズごとの特徴で言うと、AQUOS R ProシリーズとRシリーズに分岐してから、Rシリーズは「まんべんなく優等生」といえます。
均等に性能を高めることでキビキビした動作が時間短縮になり、それが生活のゆとりにつながってコンテンツを楽しめる、と。こうしたシリーズごとの進化方向に迷いのようなものはありません。
――意地悪な言い方をすると、これまでとは違う新しい要素を盛り込もうというアイディアはなかったのでしょうか。
鎌田氏
そうですね。今回のAQUOS R10は昨秋のハイエンドフラッグモデルのAQUOS R9 pro、その機能をどうやってこの価格帯の商品に取り込むか、というところに注力しました。もちろん、AQUOS R9 proと同じものをAQUOS R10に搭載しているわけではありません。
たとえば電話機能で通話内容を要約してハイライト表示する、という機能をAQUOS R9 proで搭載しましたが、AQUOS R10ではそれに加え、会話の中に日時への言及があれば、それを通知してカレンダーと連携する、というような機能を追加しました。このように、細かい使い勝手面ではブラッシュアップしています。
――ハイエンドモデルのAQUOS R9 proはハードウェア性能も高いですが、そちらの機能をこの価格帯に実装するのは難しい部分もあるかと思います。それをあえてやっている、と。
鎌田氏
やはりハイエンドのフラッグシップの商品は、価格的に簡単に手に取ってもらえるものではありません。多くの人に使ってもらうためにも、フラッグシップで開発した機能をほかのシリーズでどう利用していくかは常に考えているところです。
――チップセットは前モデルのAQUOS R9と同じですが、発表会の囲み取材では「今回の方がチップセットの能力を引き出している」というお話がありました。このあたり、どのようなチューニングをされたのでしょうか。
鎌田氏
細かい部分は技術担当から後ほど説明いたしますが、放熱の部分をさらに最適化しています。弊社の端末は過去、熱くなりやすいと言われていましたが、R9ではベイパーチャンバー(熱を別の部分に伝える部品)を導入し、好評をいただきました。
ここを進化しないといけない、というところで、今回はCPUとベイパーチャンバーを近づけるべく、内部の形状や配置を見直しました。これにより、温度が最高に達するまでの時間が伸びていて、最大パフォーマンスを発揮できる持続時間が最大で約2倍になっています。
これにより、チップセットは変わらないのですが、高パフォーマンスを維持できる時間が延びていて、使い勝手の面で改善しています。
――チップセットを変えないというのは開発最初から決まっていたのでしょうか。それとも熱設計を改善して性能を向上させられるという確証があったから変更しなかったのでしょうか。
鎌田氏
スマホを構成する部品はたくさんありますが、チップセットとディスプレイは手配に時間がかかります。AQUOS R10のチップセットに限っての話ではありませんが、常に探している状態です。その中で、この時期の商品にはどれが最適か、というところで最初に決まってきます。
これはどのモデルでも、おそらくどのメーカーでも同様です。自社で作っているところは違うかもしれませんが。
AQUOS R10に関しては難しい部分もあり、判断には悩みました。後継チップセットが出ていなかった中で、AQUOS R9 proの要素を持ってくるチップセットとしてベストか、という議論はありました。
――各担当の方々には「チップセットが一緒ではできることが増やせない」などのツッコミは入らなかったのでしょうか。
中山氏
ツッコミを入れたというより、同じチップセットなら磨き上げるしかないな、と考えました。AQUOS R9でやれることをやりきっていないわけではありませんが、細かい部分でやれることはいくらでもあります。チップセットがどれか決まったら決まったで、やれることをやるしかありません。
AQUOS R10のカメラの注目ポイント
――カメラについては、わかりやすい進化ポイントとしてスペクトルセンサーの追加があります。ここを含め、注目ポイントなどのご紹介をいただければと。
中山氏
カメラはご存じの通り、ライカとコラボをしています。AQUOS R6から5年ほど続けていますが、ライカのポリシーは一貫している一方、ハードルは常に上がり続けています。開発する中で、ライカ側からはどんどん細かい指摘がきます。
こだわりの一例としては、たとえば暗い場所ではただ明るく持ち上げるのではなく、光と影を残すようにしています。こうした部分を磨き上げることに取り組んでいます。本物感、リアリティを追求した画質に注目していただきたいです。
――これまでも品質を追求されてきたと思いますが、まだ進化し続けているというのは、どのような考えでやっているのでしょうか。
中山氏
デジタルズームをしたり、撮影した写真を拡大したとき、たとえばお子様の顔を拡大しても綺麗になるようにしています。解像感や階調、明るさなど、「綺麗に撮れた」と直感できるような写真を一発で作り上げられるよう、日々意識して取り組んでいます。
――カメラのセンサーはAQUOS R9 proとは異なりますが、スペクトルセンサー以外のチューニング部分もAQUOS R9 proのノウハウを移植してきているのでしょうか。
中山氏
我々としては微調整以上、ガッツリ調整したという自負があります。AQUOS R10はAQUOS R9から磨きをかけた部分、AQUOS R9 proから反映した部分の双方があるので、それを組み上げ、AQUOS R9 pro同様のスペクトルセンサーもあり、本物に近い色表現を実現しました。
また、スペック上は同じに見えますが、AQUOS R10はAQUOS R9からセンサーを刷新していて、暗部の表現が改善しました。このようにしてAQUOS R10の映像を作り上げています。
――スペクトルセンサー以外もいろいろ変わっているのですね。
中山氏
スペクトルセンサーによる色という要素ももちろんありますが、それの組み合わせとして、解像感などの部分をチューニングしました。こんな細かいところまで写るんだ、というところもあります。
――作例でも差が出ていますが、この差を生み出した要因として、ソフトウェアチューニングの追い込みは何割くらいなのでしょうか。
中山氏
ソフトウェア担当の考えではありますが、ハードとソフトで3:7とかでしょうか。
――こうしたチューニングはAQUOS R9にソフトウェアアップデートで提供できるのでしょうか。
中山氏
できる部分はやりますが、メインセンサーを刷新しているなど、物理的に違う部分があります。そこは反映できない部分があります。
――動画撮影の方も中山さんがご担当されているのでしょうか。
中山氏
私の担当です。動画は動き続けているので、静止画とはバランスが変わってきます。解像感が必要ですが、60フレームだと処理が間に合わない、といったところを調整しています。
――動画撮影で過去モデルとの違いはありますか?
中山氏
特徴として、HDR映像規格であるDolby Vision動画撮影に対応しました。AQUOS R9 proではやっていましたが、Rシリーズでは初めてです。ドルビーから認証をもらうために色の再現性などの基準があるので、ドルビーと協力しつつ調整して仕上げています。
――AQUOS R9 proで搭載されたスペクトルセンサーがAQUOS R10にも採用されていますが、この部分の開発ではAQUOS R9 proでのノウハウがどのくらい生かされているのでしょうか。
中山氏
メチャクチャ生きています。
――カタログスペックではセンサーが同じように見えていますが、その中でセンサーも変わって画質も改善しているというところをどうPRしていくのでしょうか。
鎌田氏
AQUOS R10で撮った作例でお伝えするのが一番かな、と考えています。弊社のWebサイトでフォトコンテストもやっています。お客さまと一緒にお伝えする形もありますし、プロカメラマンの写真をお見せすることもあるかと。地道にお伝えすることを発売後も続けていきたいと考えています。
スピーカーボックスの金属採用によって低音が増強
――続いて音響関連です。今回、スピーカーボックスが金属になったということですが、これにはどういった効果があるのでしょうか。
三島氏
まず大きいのは、内部容積を最大化できることです。AQUOS R9とAQUOS R10でスピーカーの外径サイズはほぼ同じですが、内部の容積は約50%拡大しました。より低音を出せるようになっています。
――金属の方が頑丈だからボックスの筐体を薄く作れる、という理解でよろしいでしょうか。
三島氏
基本的にはそうです。樹脂は脆いので、成形するのは0.6mmとかの厚みが必要です。これを金属にすることで、0.2mmとかの薄さで必要な強度を保てます。
――0.4mmの差はそこまで大きいものなのでしょうか。
三島氏
スマートフォンの中身の容積が限られている中で、スピーカーが使える容積は大きくありません。0.4mmという数字は小さいように見えるかもしれませんが、我々としてはかなり大きな意義があります。内部の容積を少しでも、というのは当初から検討しており、実際に成し遂げることができました。
――厚みが0.6mmから0.2mmに変わっただけで容積50%拡大ということなのでしょうか。
三島氏
中に入っているスピーカーもAQUOS R9とAQUOS R10では違っています。スピーカー自体の体積もあるので、それとの組み合わせで内部の容積が決まります。0.2mmになったから、というだけではありません。
――AQUOS R9でスピーカーボックスを採用した理由として、過去モデルは海外市場での評価が厳しかったというお話がありましたが、今回の改良も海外を意識されているのでしょうか。
鎌田氏
スピーカーボックスを採用したAQUOS R9を海外展開する中で、台湾などでは大きな反響をいただきました。以前あった「シャープ端末は、音が小さい」という声はかなり減りました。日本では街中で大きな音を鳴らすのはマナー違反とされますが、海外では音が小さいとお話にならないと言われます。
――金属になった以外ではどういったポイントがありますか?
三島氏
金属採用もありますが、内部のスピーカーユニットもシャープと部品ベンダーと共同開発したものを新規採用しています。端末上側だけでなく端末下側のスピーカーも共同開発で新規に起こしました。ここが進化ポイントとなっています。
――これにより、どう音が変わっているのでしょうか。
三島氏
やはり低音が増強されています。あとは歪み特性を軽減させていて、よりクリアな音を再現できるようになりました。上下のスピーカーで低音が増強されているので、よりステレオ感が増しています。
――縦で見るショート動画も普及している中で、横で見ているときのステレオ感を強化されています。そこの狙いは?
鎌田氏
縦に持ったときと横に持ったとき、その両方を考慮する必要がありますが、たとえばサブスク型サービスの横長動画の方が尺が長く、より集中して視聴するので、横にしたときのスピーカーバランスを重視しています。
もちろん縦が要らないということではなく、そこはバランスを見ていますし、別のソリューションも検討しないといけないかな、とも考えています。
――縦と横の動画にはどういった違いがあるとお考えでしょうか。
三島氏
横で見る場合は、映画とか長時間じっくり見るコンテンツがあります。ここで期待されるのは、サラウンド感や迫力です。そこに注力して開発しています。
一方の縦型は、サラウンド感などが想定されているコンテンツではなく、チャットを見ながらとか操作性も重視されています。こちらは音の大きさや人の声が聞き取れることが重要と考えています。こうしたことを踏まえ、チューニングなどを実施しています。
ディスプレイは映像に集中できるように進化
――続いてディスプレイについて教えてください。映像はAQUOSにはアドバンテージがあると認識していますが、今回、スペックではリフレッシュレートなどは変わっていません。AQUOS R10では、「ここに注目して」というポイントはありますか?
関氏
AQUOS R10のコンセプトは「生で観るより生々しい」でやっています。AQUOS R9との違いとしては、リフレッシュレートなどは同じなのですが、ピーク輝度が3000nitsに向上しています。HDRになるとディスプレイ輝度は必要不可欠です。
実際に近い輝度感を実現することで、映像の奥行きや空気感を再現できるかな、と。AQUOS R10で見て欲しいポイントです。
まだまだHDRコンテンツは浸透していないところもありますが、増やす取り組みもしています。身近なところではドルビービジョン(HDR映像規格)撮影に対応しました。あとはSDRコンテンツをよりリアルに再現する取り組みもしています。
――我々は記事を書くとき、ディスプレイ輝度が高いと明るい屋外で見やすい、と書きがちですが、HDRコンテンツでも効果があるのですね。SDRコンテンツをHDRを使って表示するバーチャルHDR、どういった工夫をされているのでしょうか。
関氏
映像をスマートに制御しています。YouTubeとかを見る中で、従来のバーチャルHDR処理では明るくするところでしたが、今回は見ているところにフォーカスして調整します。これにより、周りが引き締まって映像に集中できます。自動で処理してくれるので使い勝手も良く、煩わしさもありません。
――バーチャルHDRは従来モデルから搭載されていますが、どのようなアプリで使えるのでしょうか。
鎌田氏
動画再生をしているかどうかをシステムが認識できるかどうかですが、ホワイトリスト式で対応させています。大手のサブスク型動画配信アプリなどが対応しています。日本では主流ではない海外向けのアプリも含めて動作検証をしています。
――国内キャリアにはDAZNなどを推しているところもありますが、そうしたスポーツコンテンツは意識されていますか?
鎌田氏
コンテンツの種類でHDRを切り替えるというような対応はできていませんが、一般的なコンテンツが見やすくなるよう、チューニングしています。
――そういえば高リフレッシュレートだとスポーツコンテンツが見えやすくなったりするのでしょうか?
関氏
120Hzもやっていますが、実際に配信されている映像は30Hzや60Hzが多いです。そうしたコンテンツでは、大きくは変わりません。
AI関連は新機能、通話ハイライト機能に対応
――AI関連の機能としては、AQUOS R9で搭載された電話アシスタントを引き続き搭載されていますが、ここは進化していますか?
大川氏
AQUOS R9に比べての新機能としては、通話ハイライト機能に対応しました。それだけでなく、具体的にどのLLMかは非公開ですが、AQUOS R9とは別のLLM(大規模言語モデル)を採用しています。その中で、より高速に動作するよう、さらなるチューニングをかけています。
AQUOS R9に比べると、おおよそ速度的には倍になっています。消費ストレージも25%削減し、消費電力は60%削減しました。
――以前のモデルではLLMにLlama2を採用されていたかと思いますが、今回はシャープで開発されているものですか? どのくらいのスペックのLLMなのですか?
大川氏
AQUOS R9とAQUOS R9 proはLlama2でしたが、AQUOS R10では別のLLMを採用しています。弊社独自開発のものではありませんが、どのLLMかは、現時点では開示できません。モデルの大きさなども内緒です。
――ストレージ量や消費電力量の削減、数字だけをきくとスゴい能力アップですね。メモリの使用量も減っているのでは?
大川氏
RAM使用量は45%削減しています。
――ユーザー体験としてはレスポンスがよくなるという感覚なのでしょうか。
大川氏
通話ハイライト機能は、通話中にキーワードをメモとして残すのですが、そのアウトプットが以前のモデルよりも速くなっています。通話ハイライト機能は、会話の中に日付に関わる情報があれば、それをピックアップしてスケジュールに追加するのをアシストする、というような機能です。
単純なスペックアップだけではお客さまに伝わりにくいよね、という中で、やってみたら実現した、という機能です。
――本日はありがとうございました。









