インタビュー

Nothingは日本でどんなブランドを目指す? 新キーパーソンの黒住氏に聞いた

 18日、フルワイヤレスイヤホンの新製品として「Ear」「Ear (a)」を発表したNothing Technology。発表会後、Nothing Japan マネージングディレクターの黒住吉郎氏が本誌の取材に応じ、今後の展望などを語った。

 黒住氏はかつてソニーモバイル(現ソニー)や楽天モバイルなどでプロダクトに携わり、モバイル業界における長年の経験を持つ。そしてこの4月、Nothing Japanのマネージングディレクターに就任した。

黒住氏

――4月からNothingのマネージングディレクターに就任されたということで、意気込みをお聞きしたいです。今後、どういったかたちで変革をもたらしていきたいですか。

黒住氏
 Nothingをより多くの人に知っていただくということで、できれば3年くらいかけて、10人に1人くらいの方には知っていていただけるようにしたいなと思います。

 ただ、日本全体の10人にひとりと考えるとすごく多いじゃないですか。ですので、今私たちが狙っているのは、クリエイティブな考えや革新的な考えを持っている方々。そんな方たち10人に聞いたら、ひとりは「Nothingを知っているよ」と言っていただけるようにしたいです。

 その次のステップとして、10人にひとりの方が、たとえばスマートフォンやオーディオ製品を買い換えるとき「Nothing(っていうブランド)があったな、それを買ってみようかな」と思っていただけるようになればと思います。

――なるほど。

黒住氏
 それはブランドとビジネスの目的みたいに聞こえるかもしれませんが、ブランドをしっかりと作っていくのは多分そういうことだと思うんです。

 もうひとつ、数年間かけてそれ(ブランド)を作っていくだけではなく、10年経っても同じことをやり続けるということが、ブランドになっていくと考えています。成功しているブランドは、そこを丁寧にやってきていると思います。

――というと、日本でのこの先10年を考えたときに、今日がある意味スタート地点になるようなイメージでしょうか。

黒住氏
 そうですね。我々、スマートフォンやオーディオ製品は(日本でも)販売してきましたが、積極的なマーケティングは実施していませんでした。

 今の時代は、そういったこと(マーケティング)をしなくても、ユーザーさんがWebサイトなどから情報を得ることができます。また、皆さん(メディア)に書いていただいて、ユーザーの方々に知っていただくということもあります。

 (そういった形について)我々からすると「普通だったらそこまでいかないよね」っていうようなビジネスの結果も、実は日本で出ていて。いわゆるオーガニック(編集部注:広告を使わない集客方法)だけでそれなりの実績を残せてきているので、ビジネスとしての素地は、しっかりしたものがあるんだろうなと思っています。

 Nothingが展開しようとしているプロダクトは、日本のお客さまやマーケットにはなじみやすいものになっているのかなと思っていて、その部分は大切にしていきたいです。

 ただ、ここから先、たとえばキャリアさんとの関係などを含めてかなりの規模を持ってやろうとすると、そこはチャレンジ領域になってくると思います。地道にやっていきたいと思います。

――マーケティングはあまり積極的にやってこなかったということですが、今後もその路線で行くんでしょうか。

黒住氏
 マーケティングのやり方は将来の話なのでなかなか言えませんが、(路線に関する考えは)いくつかあります。

 まず、コミュニティというか、我々を好きになってくれている人はすでにいらっしゃって、その方たちは絶対に大切にしたいんです。できるだけ“好きさ加減の濃さ”は残したまま、コミュニティを大きくしていきたいという考えがあります。

 そのためのマーケティングや働きかけは、まだまだいろいろなやり方があると思っています。

 たとえばコミュニティの方たちとの関係性を強めるやり方もあれば、皆さん(メディア)に代弁者となっていただくこともあります。はたまた、テレビコマーシャルのように大きなやり方もあると思いますが、何が向いているのかはなかなかわかりません。ですから状況によってしっかり見定めながらやっていきたいです。

 「これをやるべきだ」というのが先に来るのではなく、お客さまに良さを届けるために最適なやり方を、そのときどきで判断していきたいと思います。

 あとはもちろん、ビジネスの状況です。我々はまだスタートアップの会社で、日本でも非常に小さい。

 たとえば収入が100万円の状態で30億円の家は買えませんし、プライベートジェットには乗れません。テレビコマーシャルなども分をわきまえたかたちでしかやれないので、そういったものが整ったときに、(テレビコマーシャルも)選択肢のひとつに入ってくるのかなと思います。

――黒住さんがNothingのマネージングディレクターに就任されたのはなぜでしょうか。

黒住氏
 パーソナル(な理由)になりますが、まず、(Nothingが)気になっていました。

 長年この業界にいて、僕自身もアンテナは高いほうだと思っていて、かなりこだわりが強くあります。ですから、僕の視野に入ってずっと残るブランドやメーカーさんはあまりありませんでした。

 実はNothingは、そのひとつでして。

 初めて見たときに「こんなイヤホン出すんだ」と。実は僕、そのときに(イヤホンを)買って、素直に「結構いい音じゃん」と感じました。企業として1年しか経っていないのに、ここまでの完成度のものができることに対して驚き、それ以来やっぱりずっと気になっているんです。

――EarやEar (a)に関する黒住さんのプレゼンテーションからも、そういった思いが伝わってきました。

黒住氏
 現場を見ると、すごくしっかりやっています。技術の基盤としては、ソニーのようにカメラもオーディオも持っていないのに、カメラやイメージング、オーディオからメカまで、エンジニアは本当にちゃんとやっています。

――EarとEar (a)のすみ分けはどういった感じなのでしょうか。

黒住氏
 Ear (a)はアクセスしやすいというか、EarとEar (a)が店頭に並んでいたら、おそらく直感的にEar (a)のほうが手に取りやすい。サイズ感もお値段も(手ごろ)、となってくると思うんです。

 (Earについて)ドライバーや振動板を良くしているだけではなく、可動域が大きくなっていて最大出力も上がることでコイルも強くしているので、音全体の迫力があるのは絶対的にEarです。

 チップセットの処理能力もEarが若干高く、電力をたくさん使うことになります。結果的にはバッテリーの持ちが少し悪くなりますが、ノイズキャンセリングのインテリジェントでスマート機能など、機能的にも多くなります。音の方向性はどちらも似ていますが、やっぱり迫力が違いますね。

左:Ear (a)、右:Ear

――なるほど。

黒住氏
 EarとEar (a)両方とも、全体の周波数特性が上がりました。あとはコンポーネントを変えることによって低音の部分がしっかり強くなり、高音の部分が上がりました。

 下(低音)を上げるとまとまって、上(高音)を上げると明瞭感が増すというのが音の作り方です。プラスで、周波数特性が上がるということは、音全体が良くなっているだけではなく、まとまり感が出たんです。

 音の印象で言うと、それが今回の一番大きい進化なのかもしれないな、と僕は思っています。

 明瞭感を失わずに低音と高音を強くしている。低音が強くなるとベースが響くだけではなくて、音全体がまとまります。イコライザーみたいな処理やスマートな処理もありますが、そういったものを使わなくても音全体がまとまっているというのが、今回の進化なんだと思います。

 結果的に長くバッテリーが持っていても、粒立ちが良すぎると頭が疲れたりしますが、今回はそこが改善されています。

――最後に、スマートフォンの業界動向はどう見ていらっしゃいますか。

黒住氏
 僕はやっぱり、(スマートフォンの)創成期~過渡期の、一番いい時期を経験させていただきました。熟成期に入ってメーカーさんが疲弊していくところは体験していないのでなかなか言えませんが、スマートフォンマーケット全体が変革期に来ているんだろうと思います。

 それは事業者さんもそうですよね。4Gから5Gになり、5Gになったとたんに「じゃあ何するんだ」って話になっているのが現状だと思います。たとえばKDDIさんがコンビニをやりだすとか、他業種への展開を含めて変化しているのは、メーカーも同じです。

 かつてはメーカー主導でいろいろなことが変わってきましたが、今はそうなっていません。たとえば(Nothingが)今回紹介したChatGPT導入のようなAI領域やクラウド領域などのように、価値の源泉みたいなものが端末の内側から外に存在し始めた部分が、変革期のひとつだと思っています。

 ですから、創成期や過渡期から熟成期を体験してる方たちは、あまりの変化の大きさになかなか追いつけなくなっているというのが、今なんだと思います。

 ガラケー(フィーチャーフォン)からスマートフォンへの移行は、日本は遅かった。でも何かがきっかけで変わり、今やもうスマホが90%以上になりました。

 今後、(スマートフォンが)フォームファクターとして変わるかどうかはわかりません。ただ、何に変わるかはわかりませんが、何かが変わる。ひとつのきっかけになりうるのがたとえばAIのようなもので、それを中心にしたときに何ができるのか。それによってスマートフォンやオーディオの体験が変わっていくというこことは、見え始めてきています。

 そういう意味では、これまでのメーカーさんは難しいかもしれませんが、我々はそのスタート地点で(その変革期に)立っているので、たまたまですが、非常に良いポジションにいるんじゃないのかなと思います。

――Nothingのポジション的に対応しやすいということですよね。

黒住氏
 過去のしがらみやレガシーは少ない分、対応しやすいと思います。

 規模が大きいから対応しやすいという場合もありますけども、大きいがゆえに対応しづらいとか、方向性を見誤る可能性が出てくるところもありますので。

 我々は「小さいからできない」ではなく、小さいからこそ得があるのではというふうに、ポジティブに考えています。

――ありがとうございました。