インタビュー

LINEモバイルがソフトバンクと組んだ理由

嘉戸彩乃社長に聞く舞台裏と展望

 MVNOとして携帯電話サービスを展開してきたLINEモバイルが、ソフトバンクと資本・業務提携を締結した。

 スマートフォンアプリとして定番中の定番となったLINEが、今後を見据えた一手として提供することになった「LINEモバイル」は、なぜサービス開始から1年半で、ソフトバンクと手を結ぶに至ったのか。創業から現在、そして引き続き、LINEモバイルをリードする嘉戸彩乃代表取締役社長を直撃した。

LINEモバイルの嘉戸社長

正式契約後にコメント、その真意は

――3月20日、ソフトバンクとの資本業務提携契約が正式に締結されました。その後、公式ブログで「SIMPLE」「VALUE」「FREE」という3つの価値を大切にしていくというメッセージを発信されました(※関連URL)。ただ、意地悪な見方をすれば、従来の枠組みでは、そうした目標を実現できないと判断したのかな、とも思えたのですが……。

嘉戸氏
 確かに課題はありました。なので、そんな意地悪な見方ではないですよ。1年前にはロードマップのお話をしました(※関連記事)が、「あれをやりたい」「これをやりたい」というアイデアはたくさんありました。しかし、通信事業なので、とにかく資金が必要です。LINEの子会社といえ、バランスシート(貸借対照表)を厚くしていく(資本を増強する)必要がありました。

――そういえばLINEモバイルについては、独立採算という方針が明らかにされていましたね。

嘉戸氏
 そうですね。その一方で、競争が激しい業界です。単独でさまざまなパーツを集めていくのはとても時間がかかります。人材採用でも1年以上を経て、今なお苦労しています(笑)。その状況を踏まえると、資金調達をするべきだと私自身とLINE本体が判断しました。LINEモバイルが成長することは、LINEそのものに寄与することは間違いありません。成長のスピードと資金の増強をどう進めていくか。どちらかというと、私たち自身からさまざまな働きかけを進めていったというのがこれまでの流れです。

――昨年3月の実店舗オープンのあと、成長のために何をやりたいと考えたのでしょうか。

嘉戸氏
 たとえば、簡単に言えば「端末」「リアルとの接点」です。

――「端末」については、これまでもさまざまなAndroidスマートフォンを提供されてこられましたよね。あえて言えば、フィーチャーフォンタイプや、iPhoneはありませんが……。

嘉戸氏
 そうですね。話題のスマホもありますが、たとえばSIMロックフリーのスマートフォンについては、機種ごとの差がなかなか伝わりにくいところがあり、どうしても価格に注目が集まります。そうなると、いわば端末のバイイングパワー(調達力)が重要になるわけです。それを向上させるためには、自分自身がトッププレイヤーになるか、どこかと組むかという選択肢があります。ただ前者には時間が必要です。

下がらない回線卸価格

――今回の枠組みにより、夏からソフトバンク回線でのサービスも提供するそうですね。ネットワークに関する部分について、もう少し詳しく教えてください。

嘉戸氏
 L2接続をしたかった、そして今後の法人向けサービスの展開などを見据えた多様なサービス展開のために、トラフィック管理をもっともフレキシブルな形でできるよう、自分たちでやりたかったという考えです。MVNO事業を運営していく上での課題はコストなんです。総務省の資料などにもありますが、トラフィック(通信量)は1年前と比較して30~40%程度、増えています。これに対して、卸料金は、たとえばNTTドコモさんの最新の値付けでは18%の値下げに留まりました。トラフィックの伸びに対して、ネットワークコストが下がらない。これが大変なんです。

――そういう意味では、ソフトバンク回線の卸値は、ドコモより高額ですよね。

嘉戸氏
 はい。しかし、LINEモバイルが利用するソフトバンクさんの回線の卸値は一般に公開されているものと同じです。他のMVNOさんと同じ形です。

――本当ですか?

嘉戸氏
 本当に公正にやってますよ。発注書とかご覧いただければわかると思います。

――発注書、見せていただけますか?

嘉戸氏
 いや、それはだめです(笑)。

――となると、これまでの料金プランを提供するのは、難しくなりませんか?

嘉戸氏
 それは今夏の発表を楽しみにしてください。

――では、そうしたネットワーク面での取り組みを、LINEモバイル単独でやるにはコストが大きすぎたのでしょうか。

嘉戸氏
 それもありますし、やはり事業として大きく成長する必要があります。成長のためには端末が必要で、対面での接点も必要というわけです。

オンラインも対面も

――対面での接点というと店舗ですよね。リアル店舗を展開して1年経ちましたが……

嘉戸氏
 実店舗を展開してみると、店頭には常にお客さまがいる状況でした。私たちが(家電量販店などの携帯電話コーナーに)出店すると、そこでMVNOシェア1位になるというのが明確になっていたんです。ただ拡大するには、もっと郊外への展開が必要です。

2017年3月、LINEは家電量販店内にカウンターを設置、実店舗展開を開始した(写真は2017年3月)

 また通信業界では、店舗運営について投資~回収までの期間がとても長い。たとえば黒字になるのに5年かけていることもあるようです。その一方で、これまでの当社はそういうスパンでは考えていませんでした。(店舗運営に必要な)投資の回収期間の見方が、拡大の枷になってしまう点がどうしてもあったわけです。

 基本的な考えとしてオンラインを中心にしていく、ということに変わりはありません。たとえば、LINEだけでユーザーの相談に乗って、適切な料金プランを提案して契約していただけるようにしたい。通信サービスって、ユニバーサルですから、どこで買っても同じ品質で利用できるものですよね。生鮮食品のように、店頭に行って目で見て比較する、といったものでもありません。であれば、オンラインでさまざまな手続きができるようになるべきだと。その一方で、対面で手続きしたり相談したりできる場所がもちろん必要です。オンラインで相談しつつ、実店舗で購入する、といったシームレスでの利用の流れも実現したい。そうすると小さくても、コンタクトポイントが必要です。

 LINEモバイルとしては、「端末ラインアップを増強できる」「投資回収の期間の考え方を変える」「ネットワークをフレキシブルに管理する」という3つが重要になります。そのための新たなパートナーが必要だと考えたわけです。

51%が意味するもの

――資本提携によって、LINEモバイルの株式のうち51%をソフトバンクが持つことになりました。

嘉戸氏
 そのあたりは深い意味はあまりないのです、実は。

 LINEモバイルとしては、LINE本体と別に、お客さまにとって最も良いサービスになりたいと考えてきました。LINE本体にとっても、LINEモバイルが大きく成長する分、LINEへも還元される、というシンプルな考え方です。LINEモバイルにとっては他者から力を借りたほうがずっと大きく成長できる、そうするとLINEへ戻ってくる……と。

――LINEにとってはシンプルな考え方だと。

嘉戸氏
 そういう意味で、あまり気にしていなかったんです。

――1月に、ソフトバンクとの関係が発表された時点では、「傘下になった」「LINE色が薄まるのではないか」「LINEであってもMVNO事業は厳しいのか」といった見方もありました。

嘉戸氏
 私たちは、自分自身のことをMVNOというよりも、通信事業者として捉えていました。それをいかに成長させるのかと。

 ファイナンスの視点も重要ですし……たとえばLINEだけでは手の届かない部分ってありますよね。端末ですとか。店舗拡大も、私1人で人材の採用を進めていたところもあって難しかった。

 一番良いのは、LINEブランドとLINEプラットフォームがあり、これからやりたいことに前進しつつ、自分たちの持っていない資産があるところと組めれば「わーい」と歓迎できる環境なのです。今回の資本事業提携は、事業を一番成長させる方法を純粋に考えた結果、ですね。

――そういえば、今回の取材も、ソフトバンク本社がある汐留か、LINEのある新宿か、どちらで行うのだろうと考えてしまいました(取材はLINE本社で実施)。

嘉戸氏
 あはは、そうですね。今回の提携に対する考え方のひとつとしては、LINEモバイルを通信事業者として考えてきたとはいえ、やっぱりMVNOであることを活かすことが挙げられます。MVNOは小回りが効いて、さまざまな課金体系でサービスを提供できますから。

 今回の枠組みでは、それぞれ得意な分野で役割分担をしよう、ということになっています。プレスリリースでも触れたのですが、たとえばサービス企画の作り込みや、オンラインとオフラインの繋がりの部分は、基本的にLINE側が担います。一方、ロジスティクスや端末調達といった部分はソフトバンク側ということになります。LINE側としては、LINEブランドの維持や、私自身が社長職を続けることを必要最低限求めた形です。その一方で、LINEモバイルとLINE本体との間では、今後の成長に向けたマーケティング面での協力について、きちんと明文化して体制を作っています。

――最終的にはソフトバンクがパートナーとなったわけですが、パートナーがキャリアということであれば、NTTドコモやKDDIも存在します。その中でソフトバンクと組むことになった理由は?

嘉戸氏
 さまざまなニーズへ対応することについて、ソフトバンクさんともっとも意見が合った、ということになります。ここに至るまでは、いろんなことがあったのですけども(笑)。

――なるほど。

嘉戸氏
 そうしたソフトバンクさんとのお話のなかで、モバイル通信市場に対する考え方というものがあります。たとえば大容量プランのユーザーさんには、こういうサービスを、そうじゃない方には別のマーケットを……と。さまざまなお客さまのニーズに対してどう動いていくのか。そこで一緒にやりませんかと。

 現在の市場では、たとえば大手キャリアの中には、メインブランドの料金を安くする場合があります。サブブランドで多額のマーケティングコストを費やしているケースがあります。そうした市場環境や、私たちが目指すところを踏まえると、今回の取り組みはベストかなと。

サブブランドの影響は?

――MVNO市場に関しては、サブブランドの盛り上がりによって3大キャリアの「代理戦争」のような様相を見せてきたようにも思えます。

嘉戸氏
 サブブランドの影響については、最近ではキャッシュバックが激しいと見ています。店頭では格安SIMでさえ、1万円、2万円のキャッシュバックが一般的なようです。はたして回収期間はどの程度なのだろう、と。チャレンジするためには、あるいはお客さまに長く使っていただくにはもう少し違うやり方が必要だなと考えていました。そのひとつの答えが、楽天さんの携帯電話事業への参入なのでしょうね。ただそれは時間がかかりますし、楽天さんの業績規模(2017年の売上収益が9444億円)とLINEの業績規模(同1671億円)という違いもあります。

――LINEも、楽天のように電波獲得を目指さないのか、という質問は多く寄せられたと思いますが、なるほど、そういうことなんですね。過去の携帯電話事業者の買収を見ると、初期投資は多額になっても、長期的には収益に結びついてきました。

嘉戸氏
 以前の職で、通信業界の動向などを見ていましたが、通信事業は継続的な設備投資が必要です。そう簡単ではないと思っていました。たとえばソフトバンクさんが携帯電話事業へ参入された際には、もともとボーダフォンという基盤がありましたよね。まったくのゼロからシェアを伸ばしていくのは本当に大変です。

MVNO市場、どう動く

――競争が激しいMVNO市場で、次はどんな一手が出てくるのか、取材する側としてはなかなか読み切れない部分があります。

嘉戸氏
 そうですね、たとえば競合他社さんのなかでは、常にIIJさんの動向は拝見しています。技術面も含めて、いつもユニークな取り組みをされているなと思います。

――LINEモバイルのロードマップなどを踏まえて、ここ最近で、予想通りだったこと、予想外だったことはありますか?

嘉戸氏
 1年前の取材で、「サブブランドがこんなに早く立ち上がるとは思っていなかった」とお話しました。それ以降のサブブランドの勢いで、MVNO側のシェアが減少したなと思います。

――業界を取材している身からすると、格安スマホ/SIM市場は、成長が鈍化したのでは、と感じるところがありました。

嘉戸氏
 ユーザー数は増えています。ただ、サービスを提供するプレーヤー(事業者)に変化が生まれていますね。これまでは独立系、中小規模といった事業者が中心でしたが、大資本が参入してきた。市場は成長するものの、コストがかかる形なのです。たとえばブランドだけでも、認知度を上げるには、本当にコストがかかります。ARPU3000円の市場でどこまでコストをかけられるのか……競合他社さんの中では、楽天モバイルさんは、すごく正しい手法だなと感じています。

カウントフリー、続けます

――具体的なサービスは夏以降に発表とのことですが、何か、今の段階で予告、ヒントを教えていただけませんか?

嘉戸氏
 ……今はまだダメなんです(笑)。

――では、いわゆるカウントフリーは継続されますか?

嘉戸氏
 はい、続けていきます。これまでのノウハウもありますから。

――料金プランはどうなるでしょう。これまでにSNSや音楽のカウントフリーを含むプランが提供されています。

嘉戸氏
 そのあたりは、マーケットの状況やニーズにあまり変化がないと捉えていますので、既存プランでカバーできていると思います。もっと違うことをやりたいですね。

――それはたとえば、1000円のARPUを3000円に上げる……といった形でしょうか。

嘉戸氏
 そういう意味では、既にLINEモバイルのARPUは、そもそも1000円というレベルではなく、MVNOの中では比較的高い部類にあると思います。利用者層では、20代の方が一番多いんです。これは競合他社さんと大きく異なる部分かもしれません。料金プランではコミュニケーションフリーの3GBプランが一番多く、月額1690円。これに10分かけ放題(880円)で2570円という形になるのです。

いつか実現したい「ワンストップ」

――これからやりたいこと、あるいはLINEモバイルはこうありたい、といった理想像など、最後にお聞かせください。

嘉戸氏
 繰り返しになるのですが、本当にやりたいのは「ワンストップでお客さまにサービスを提供する」ということです。

 現在はまだ実現していないのですが、たとえばLINEモバイルの公式アカウントで相談いただき、店舗に並ばずとも、そのままプランをオススメして、即日開通できる店舗を案内する。契約中の手続きは全てオンライン上で簡単にできるようにする、といったお客さまの購買体験をベストなものにすることを実現したいです。

――ITリテラシーで、そこまでの利用ができない方には……。

嘉戸氏
 それは私たちではなく、おそらく大手キャリアさんの領域になるのでしょう。ちゃんとしたサポートがあり、店舗も充実している。そもそもこの料金で、全ての方にあまねく充実したサポートをするのは難しいですし、逆にそこへあわせてサービスを設計すると、そこまでのサポートを必要としないお客さまにはあまり良い形にはなりません。

――「ワンストップ」を目指すのはなぜでしょう?

嘉戸氏
 それがお客さまにとって一番便利だからですね(笑)。店舗を訪れて相談すること自体が手間ですよね。LINEのチャットで相談していただいて、料金のオススメがわかって、5分後に店頭で受け取れるようになれば……オフラインとオンラインを結びつける、これがLINEのプラットフォームを使うということです。LINE本体の保有するデータを活用すれば、お客さまの属性にあわせて、ターゲティングできます。それを活用していきたい。そういう意味で、LINEプラットフォームがないと絶対ダメ、と思いますし、資本関係として(株主構成の)51%、49%はベストです。

 LINEモバイルのユーザーさんは、たとえばLINEポイントの利用率も高いです。LINE側へ還元されるというのはそういう意味も含みます。そのためにはLINEモバイルのサービスが良くなければ利用されませんよね。

――そういうサイクルが描けるのですね。

嘉戸氏
 はい、そのサイクルをぐるぐる回していくことに(株式構成で)マジョリティである必要がないんですよね。

――なるほど……ヒミツのエピソードもまだまだあるようですが、たくさんの想いをお伺いできました。本日はありがとうございました。