石野純也の「スマホとお金」

一時は「Pixel 7」も”実質1円”――形を変える「1円スマホ」と、転売ヤー対策も見据えた携帯各社のスマホ割引はどうなる?

 電気通信事業法の改正でスマホの割引が2万2000円に制限されて以降、ハイエンドモデルの売れ行きに急ブレーキがかかったと言われています。一方で、ここ1年ほどで、その様相がにわかに変わってきました。 “端末そのものへの直接値引き”という裏技のような割引手法 が編み出されたからです。

都内某所のキャリアショップ。規制の上限である2万2000円に加え、端末本体を直接値引きして一括1円を実現している

 実際、キャリアショップや家電量販店に足を運んでみると、ハイエンドモデルとは思えない割安な価格で端末が販売されています。

 元々の価格を抑えたミドルレンジモデルであれば、0円に限りなく近い価格で売られていることもあります。

 その仕組みは次のとおり。以前、本連載でも解説しましたが、たとえば、7万円程度の端末であれば、5万円を直接割り引くと価格は2万円まで下がります。これに加えて、回線契約の特典として割引を提供すれば、端末価格は0円になります。

 あくまで端末そのものの価格が下がっているだけなので、回線にひもづく割引を規制している電気通信事業法はクリアしています。

アップグレードプログラム併用での“実質価格”も増加

 一方で、端末価格を直接値引くことの弊害も目立つようになりました。直接値引きは、誰でもその割引を受けられるのとイコールだからです。

 電気通信事業法が改正される前の割引は、回線契約に紐づいていたため、1人が購入できる端末の数には制約がありました。回線契約を伴えば、月額料金も発生します。当時は、2年間などの期間を定めた“縛り”があり、携帯電話会社は月額料金である程度、割引を回収することができました。

 これに対し、端末の直接値引きの場合、回線契約のないユーザーでも、端末を値引き価格で購入できます。キャリア側には、割引を回収する術がなくなってしまうというわけです。

 同時に、端末、特にハイエンドモデルは高額化の一途をたどっています。円安ドル高の為替相場や物価高が、この傾向に拍車をかけました。ユーザーが気軽に購入できる価格まで本体価格を下げるのは、難しくなりつつあると言えるでしょう。このような状況の中、 主流になりつつあるのが、いわゆるアップグレードプログラムを組み合わせた“実質価格”を訴求する手法 です。

総務省の「競争ルールの検証に関するWG」でKDDIが提出した資料。端末はここ数年、高額化の一途をたどっている

 アップグレードプログラムとは、NTTドコモの「いつでもカエドキプログラム」やauの「スマホトクするプログラム」、ソフトバンクの「新トクするサポート」のこと。比較的短期間でマイナーチェンジや名称変更を繰り返しているキャリアもあり、少々ややこしいのですが、ザックリ言えば、 ドコモとauは残価設定型ローン。ソフトバンクはより単純で、残価型ではなく、48回払いのうち、24回を免除する仕組み です。いずれも、条件は端末の下取りになります。

アップグレードプログラムと割引を組み合わせて、実質価格を1円ン程度まで下げる手法も増えている。画像はドコモのいつでもカエドキプログラム

 このアップグレードプログラムを組み合わせると、実質的な価格を下げることが容易になります。

 残価がどの程度に設定されているかにもよりますが、仮に14万円のハイエンドに7万円の残価が設定されているものとしましょう。ここに回線契約に伴う割引を2万円ほど適用すれば、残りは5万円になります。あくまで約2年後に端末を下取りに出した場合の価格ではありますが、スマホが出たてのころと負担額はほぼ同じで、買いやすくなっていると言えそうです。

 また、売れ行きを伸ばしたいときなどには、本体価格をさらに2万円程度割り引くようにすれば、実質価格は3万円ほどになります。残価を除いた23回ぶんの支払額は、月々1300円強。各社のデータ容量が無制限な料金プランは、おおむね5000円~7000円程度なので、ここに上乗せされても1万円には届きません。元々の仮定がハイエンド端末であることを踏まえれば、リーズナブルと言ってもいいでしょう。

発売直後の端末も実質価格で1円に、転売対策としても機能

 次に、具体例として、以下の「Pixel 7」の割引方法をチェックしていきましょう。この「Pixel 7」はau版で、端末の本体価格は8万7310円です。

 ここに、「対象機種限定特典」という謎の割引が入ります。これが、上記の直接値引きに相当するもの。つまり、auユーザーであろうが、そうでなかろうが、端末だけを6万4001円で購入できることになります。グーグルの直販価格は8万2500円のため、この時点でもお得と言えそうです。

都内某所で販売されていたPixel 7。端末への直接値引きが2万3309円ついている

 ここに「5Gスマートフォンおトク割」が2万2000円入ります。こちらは、契約に紐づいた割引。記載の画像は2万2001円になっているため、アウトのように見えますが、おそらくこれは間違い。月ごとの割引額を合算すると、ちょうど2万2000円になります。ここに先の直接割引を加えると、端末価格は4万2001円まで下がります。

 「Pixel 7」は、スマホトクするプログラムの対象で、24回目の残価が4万2000円に設定されています。そのため、このタイミングで端末を下取りに出せば、ユーザーが支払う金額は1円まで下がります。

 下取りに出さず、そのまま使い続けた場合、4万2000円が再度割賦になり、そのまま持ち続けた場合にはこの金額がかかります。下取りのタイミングや有無によって、1円から4万2001円まで幅があるため、“実質”という表現になっています。

auのPixel 7は、残価が4万2000円に設定されている。これを免除することで、実質価格が1円になる仕組みだ

 “一括”いくらという表記の場合、端末の直接値引きや最大2万2000円の割引だけで、その金額になっていることを意味します。ハイエンドモデルは比較的高額な割引をしなければ1円などまで下げることができないため、どちらかと言えば、一括表記を見かけるのはミドルレンジ以下の端末が多いような印象を受けます。たとえば、元々が3万円程度のモデルであれば、回線に紐づいた割引だけでも1万円ほどまで値下げできます。直接値引きを加えてさらに安くするのも可能と言えるでしょう。

 また、この方法は、いわゆる転売ヤー対策としても機能します。

 たとえば上で挙げたPixel 7の例だと、 約2年後に端末を下取りに出すことで初めて1円 になります。購入後、どこかに売却しようとすると、支払額は4万2001円。Pixel 7は未使用品だと6万5000円前後の買い取り価格がついているため、これでも“利益”は出てしまいますが、4万2001円で購入しようとすると、回線契約も必要になり転売ヤーの負担は増えます。分割払いだと、売却しづらいのも転売対策になりそうです。また、単体購入の6万4001円だと、ほぼほぼ買い取り額と同じ。転売のメリットがありません。

総務省で進む割引規制の見直し議論、ドコモやソフトバンクは中古価格を目安に

 とは言え、転売ヤーの問題が完全になくなったわけではなく、過度な端末の値引きについては、キャリア側も頭を悩ませています。

 各社で同じ端末を販売する場合、どうしても焦点が値段になってしまうため、端末の直接値引きをせざるをえなくなります。結果として、転売ヤーの餌食になってしまうわけですが、ここに規制を加えることで一定程度の抑止効果は見込めます。

 一方で、回線契約に紐づく場合の2万2000円という割引は、一律で定められており、古い端末でも同額までしか出せないのは硬直的との見方もあります。

 これに対し、2万2000円制限を見直すべきではとの意見も増えており、現在、総務省の「競争ルールの検証に関するWG(ワーキンググループ)」で議論が進められています。

 この中で、 ドコモやソフトバンクは、中古端末の販売価格や買い取り価格を参照しながら、割引の上限を定める新ルール を提案しています。

 まずは、ドコモ案から。こちらは、2万2000円もしくは中古端末の市場価格をベースに、端末割引の条件を設定するというものです。

ドコモは、2万円から中古端末の販売価格までを割引の上限にすることを提案。現状、規制のかかっていない端末単体割引にも一定の上限を求めている

 新モデル発売直後は、新古品の価格との差は小さいため、2万円が上限になります。ただし、新古品の価格は発売時点から徐々に下がっていくのが一般的です。

 たとえば、iPhone 13(128GB版)の場合、発売時点でのドコモの価格は11万1672円。円安ドル高を受け、7月には13万8380円に値上がりしました。これに対し、ある中古店では、未開封品のドコモ版が10万4800円で販売されています。あくまで1店舗のことで、平均を取ったわけではありませんが、ドコモ案を採用した場合、発売時点では2万2000円でしたが、現時点では3万円以上の値引きが可能になります。

中古端末の価格は時間とともに低下していくため、連動させれば、割引の上限も上がっていく。キャリアにとっても、型落ちを売りやすくなるのがメリットだ

 一方のソフトバンクは、同じ中古基準でも、 販売額ではなく、買い取り価格をベースにした提案 をしています。値引き後の価格が、中古業者の買い取り価格を下回らないようにするというのがソフトバンク案。言い換えるなら、端末価格と買い取り価格の差額が、割引の上限になるということです。この場合、キャリアが販売する端末は、安くても買い取り価格と同額になるため、いわゆる転売ヤーへの対策になります。確実に損をする商品を転売する人はいないからです。先に挙げたPixel 7の単体購入分に近いところまで割引を許容する、とも言えます。

ソフトバンクも、ドコモと同様中古端末を目安にすることを提案。ただし、販売価格ではなく、買い取り価格という点が違いとなる

 どちらもまだアイディアの段階なので詳細な検証は必要ですが、ドコモ案がそのまま採用されれば、割引は今より縮小する可能性はあります。発売直後のiPhone SEが一括1円で売られる、といったことはなくなるでしょう。

 ソフトバンク案の場合、買い取り価格まで割り引けるので、ドコモ案よりやや緩めな印象。どちらかと言えば、転売ヤー対策に重きが置かれているようにも見えます。

 どのような案が採用されるかは未知数ですが、キャリア側も積極的な提案をするようになっており、割引のあり方が変わろうとしていることがうかがえます。

石野 純也

慶應義塾大学卒業後、新卒で出版社の宝島社に入社。独立後はケータイジャーナリスト/ライターとして幅広い媒体で執筆、コメントなどを行なう。 ケータイ業界が主な取材テーマ。 Twitter:@june_ya