石野純也の「スマホとお金」

楽天モバイルの決算から読み解く「Rakuten UN-LIMIT VII」の導入効果

 前回はドコモ、KDDI、ソフトバンクの上半期決算から料金値下げの影響を読み解いていきましたが、MNOはもう1社あります。20年4月に本格参入を果たした楽天モバイルです。とは言え、同社は参入時から料金値下げを“仕掛ける側”のため、いわゆる値下げ影響はありません。逆に、7月に導入された新料金プラン「Rakuten UN-LIMIT VII」で1GB以下0円が終了し、一部のユーザーにとっては値上げになっています。

Rakuten UN-LIMIT VII開始後、初の決算でその成否が分かった

 その影響は、楽天グループの第3四半期決算に表れています。Rakuten UN-LIMIT VII導入後、解約ラッシュが続き、ユーザー数は純減している一方で、売上高は上がり、収益性は改善されつつあります。その成果は1ユーザーあたりの平均収入であるARPUにも表れています。同社が初めて公開した四半期ごとのARPUを見ると、右肩上がりでデータAPRUが上昇していることが分かります。ここでは、そんなRakuten UN-LIMIT VIIの導入効果を検証していきます。

解約ラッシュは10月でひと段落? 徐々に安定するユーザー数

 7月1日に導入されたRakuten UN-LIMIT VIIは、1GB以下0円を廃したのが大きな特徴です。結果として、毎月のデータ利用量が1GB以下に収まっていたユーザーには、値上げとなります。これに反発したユーザーが楽天モバイルから流出することで、それまで右肩上がりで増えてきたユーザー数が純減に転じました。決算で出された補足資料では、その数字が赤裸々に報告されています。

 この補足資料によると、楽天モバイルの契約者数は第1四半期の3月末で491万に上っていましたが、ここをピークに契約者数が減少し始めていることが分かります。個別に発表された数値として、4月に500万契約を突破していたため、実際の山はもう少し高かったことが推察できます。この契約者数が、第2四半期に477万へと減少しました。3月時点からだと14万、4月の500万突破時からだと23万のユーザーが流出している格好です。

楽天モバイルのユーザー数。第2四半期(3月末)をピークに、減少へと転じた。Rakuten UN-LIMIT VII導入によるものだ

 楽天グループの第2四半期は4月から6月で、Rakuten UN-LIMIT VIIはまだ開始されていません。発表があったのは5月。にも関わらず、ユーザーが先行して流出してしまっていたようです。第2四半期の決算説明会で示された解約者数のグラフを見ると、Rakuten UN-LIMIT VII導入直前の6月30日までに、解約の大きな山ができていることが見て取れます。発表直後からわずか1カ月半の間に、23万もの純減に見舞われてしまったというわけです。

 とは言え、楽天モバイルは料金プランの移行措置として、7月、8月は1GB以下のユーザーに対し、1078円をキャッシュバックしていました。実際、筆者もこの2カ月を1GB以下に抑えてみたところ、料金はキャッシュバックと相殺され、1円も請求されませんでした。一方で、料金プラン自体はRakuten UN-LIMIT VIIになっているため、楽天ポイントの還元率は上がっています。7月、8月は元々1GB以下だったユーザーにとって、何ひとつ損はない状況だったと言えるでしょう。

移行措置として、7月、8月はキャッシュバック、9月、10月はポイントバックを行っていた。事実上、8月までは1G以下無料を継続していた格好。9月にこれが“実質”無料に切り替わったが、楽天モバイルとしての売上は計上される

 そんな状況でも流出が続いたのは、やはり料金プランが朝令暮改で変わってしまったことを嫌気したユーザーが多かったからだと推測できます。有り体に言えば、信用を失ったということ。うっかり忘れてRakuten UN-LIMIT VIIになってしまわないよう、事前に解約を済ませたユーザーもいたはずです。こうしたユーザーは、Rakuten UN-LIMIT VIIの打ち出し方を変えるなどすれば、とどめておけた可能性もあるだけに、少々もったいない印象も受けました。

 8月いっぱいでキャッシュバックが終わったこともあり、7月から9月にかけての第3四半期も、純減は止まらず、契約者数は455万まで低下しました。一方で、楽天モバイルが説明会で示した月次の契約者数データを見ると、9月はほぼ横ばいになっています。8月のキャッシュバック終了で、解約ラッシュがひと段落したことが分かります。

月次データを見ると、9月の契約者数はほぼ横ばい。新規獲得と解約が拮抗している

 ただし、9月、10月は楽天ポイントを1078円ぶん付与するポイントバックが行われています。“あえて8月を越えたユーザー”なら、10月までしっかりポイントバックを受けたいと思うのが自然かもしれません。月次のデータは第3四半期の9月までしか開示されていませんが、10月は再び純減の幅が増している可能性も高いでしょう。もっとも、11月に入ってからは、純増数が「Rakuten UN-LIMIT VIIを発表する前のレベルまで上がってきた」(タレック・アミンCEO)といいます。11月、12月と解約数を抑えられれば、第4四半期には横ばいもしくは純増に転じる確率は高いと言えるでしょう。

CEOのタレック・アミン氏によると、11月の純増数はRakuten UN-LIMIT VII発表前と同水準になっているという

4割前後が“有料化”し、売上高やARPUが一気に向上

 先に挙げた月次のデータは、もう1つ重要な示唆を含んでいます。それが、無料ユーザーの割合です。Rakuten UN-LIMIT VII開始直後の21年5月に開催された決算説明会で、楽天グループの三木谷浩史会長兼社長は「きわめて少ない。もっと多いかと思ったが、僕の予想をはるかに下回る数字」と語っていました。ただ、先のグラフを見ると、Rakuten UN-LIMIT VII発表直前の4月でも、6割前後のユーザーが無料で使っていたことが分かります。

無料ユーザーは「きわめて少ない」と語っていた三木谷氏だが、実際には半数近くを占めていた

 この“無料ユーザー”には、データ使用量が1GB以下のユーザーに加え、1年無料キャンペーンや3カ月無料キャンペーンのユーザーも含まれています。1年無料キャンペーンは21年4月、3カ月無料キャンペーンは22年2月に終了しています。駆け込みで契約したユーザーが、4月から5月にかけ、続々と有料化していったことになります。3月から5月にかけ、有料率が一気に上がっているように見えるのは、その影響も少なくはないでしょう。

1年無料キャンペーンを駆け込みで契約した最後のユーザーも、4月でその期間が終わっていた

 一方で、5月以降は有料率が大きくは変わっていないように見えます。ここからが1GB以下のユーザーの“真水の比率”になるからです。5月は半数程度が1GB以下ですが、6月は純減したぶんだけ、その比率が下がっています。9月にその数字が100%になったのは、Rakuten UN-LIMIT VIIへの移行措置のうち、キャッシュバックが終わったため。最終的に、約4割ぐらいのユーザーが1GB以下で済ませていたことになります。

 裏を返せば、この4割近くが9月に1078円を支払うことになったというわけです。第3四半期時点の契約者数455万の4割は、182万契約。この182万のユーザーが、1078円支払ったとすると、楽天モバイルの売上高は1カ月で19億6196万円にのぼります。1年にすると、235億4352万円。収入の上乗せ効果としてはかなり大きかったことが分かります。楽天モバイル側が、解約数をあまり問題視していなかったのには、このような事情がありそうです。

 必然的に、1ユーザーあたりからの平均収入であるARPUも上がってきます。まず、第2四半期には、総合ARPUが837円から1273円へと上昇し、一気に1000円の大台を超えました。Rakuten UN-LIMIT VII導入後の第3四半期も同様の傾向で、総合ARPUは1472円まで上がっています。ホップ・ステップ・ジャンプのように、無料キャンペーンの終了でARPUが上がり、さらにRakuten UN-LIMIT VIIを廃止することでもう一段ARPUが上昇したと言えるでしょう。

無料キャンペーンの終了や、Rakuten UN-LIMIT VIIの導入で、一気にARPUが上がっている

 ただ、無料ユーザーを有料化することによる“ブースト”は、これ以上見込めません。ここから先、売上高やARPUを上げるには、契約者数を増やしつつ、ユーザーあたりの単価を上げていくしかありません。ある意味、どのキャリアもやっている王道的な戦略です。本格参入から2年半が経ち、楽天モバイルもようやくそのフェーズに突入したと言えるかもしれません。

黒字化への近道はコスト削減、依然として大きいローミング費用

 収入増の目途が立った楽天モバイルですが、目標とする23年何の黒字化を実現するには、それだけでは不十分です。設備投資やローミングコストなどがかさみ、楽天グループ全体の足を引っ張るほどの大赤字だからです。第3四半期のノンギャップ営業利益は、モバイルセグメント全体で-1117億7900万。無料ユーザーを有料化して上がる1年分の売上の5倍近い赤字を四半期で計上している計算になります。

ピークは超えたが、大幅な赤字は続いている

 この赤字は、さすがにユーザー獲得やARPUの上昇だけでは補いきれません。そのため、23年の黒字化に向けては、コストをいかに削減できるかが鍵になると言っても過言ではないでしょう。実際、決算説明会でも、アミンCEOは来年に向け、「コストコントロールの徹底を図っていく」と語っていました。コストは主に3つに分かれます。

 1つ目が、基地局開設費用。これは、その名の通り、基地局を建設するためのお金のこと。建てれば建てるほどコストはかさんでしまうことになります。一方で、楽天モバイルは2年半の間、急速にエリアを拡大してきました。現状の人口カバー率は98%。23年中には、これを99%超まで引き上げる計画ですが、基地局数でいうと1万局超の上乗せで済むため、5万局を2年半で建ててきたときより、ペースは落ちています。

 2つ目がローミング費用です。自社エリアを拡大すると、そのぶん、KDDIの「パートナー回線」に接続するユーザーは減ります。1GBあたり500円と割高なため、この比率を下げることは、コスト削減に直結します。現時点では、総トラフィックの5%ほどがKDDIのパートナー回線を流れているといいますが、MVNOとして回線を借りる費用と合わせると、その総額は基地局開設費用と同規模まで大きくなっています。

基地局開設費用、ローミングコスト、基地局メンテナンスの3本柱でコストを削減していく

 プラチナバンド獲得へ大きく前進したこともあり、エリア拡大は今後も続けていかなければなりませんが、ローミング費用の圧縮は急務と言えるでしょう。実際、アミンCEOが示したコスト削減のイメージを見ても、基地局開設費用より、ローミング費用の方が削減幅が大きいことが分かります。4つ目の基地局メンテナンス費用と合わせて、コストの削減をしていくことが楽天モバイルの黒字化への近道というわけです。

基地局は6万まで増設する予定だが、プラチナバンドを獲得できれば、エリア拡大のペースがさらに上がりそうだ

 そのためには、よりきめ細やかなエリアの拡充が必要になります。ローミングが残っているのは、主に郊外だったり、都市部のビル内だったりするからです。後者はピンポイントで基地局を建てれば済む話ですが、郊外を効率よくエリア化しようとすると、どうしてもプラチナバンドは欠かせません。同社がプラチナバンドの利用開始を急いできた背景には、こうした懐事情も関係していると言えそうです。

石野 純也

慶應義塾大学卒業後、新卒で出版社の宝島社に入社。独立後はケータイジャーナリスト/ライターとして幅広い媒体で執筆、コメントなどを行なう。 ケータイ業界が主な取材テーマ。 Twitter:@june_ya