石野純也の「スマホとお金」
iPhone一括1円のカラクリをひもとく
2022年4月21日 00:00
スマートフォンの端末価格は、以前と比べると高くなりました。高機能化に伴い、端末そのものの値段が上がっているうえに、19年10月に改正された電気通信事業法で、回線契約にひもづいた割引が2万2000円までに制限されたからです。特に割引制限の影響は大きく、ハイエンドモデルの売れ行きには急ブレーキがかかりました。代わりに、元々の価格がそれなりに安いミドルレンジモデルやエントリーモデルが、スマホの売れ筋になっています。
ということが、19年10月以降は当たり前になりつつありましたが21年秋ごろから、そんな常識をくつがえす、新たな販売手法が取られるようになりました。端末単体への直接割引がそれです。人気の高いiPhoneが大幅に割引され、一括1円や実質数十円などの超低価格で販売されることもあって、この販売方法は口コミや各種記事で一気にネットに広がっていきました。どんな仕組みなのかを、ここでひも解いていきます。
2万2000円を超える割引は問題なし? 鍵になるのが端末単体の割引
冒頭で述べたように、現状では回線契約にひもづく割引は、税込みで2万2000円に制限されています。ただ、iPhoneはもっとも安いiPhone SE(第3世代)ですら、価格は5万7800円(64GB版、楽天モバイルの場合)。一括1円のような価格まで割り引いてしまうと、端末割引の制限を超えてしまい、キャリアが行政指導を受けるおそれもあります。ところが、この割引は“合法”。鍵は、端末単体の割引にあります。
法律で規制されている割引は、回線契約にひもづいた場合に限定されているからです。かみ砕いていえば、特定のキャリアの回線を契約する場合にのみ割引する場合が、これに該当します。裏を返せば、誰でも利用できる割引は、規制の対象外ということ。一括1円などで販売されている超破格のiPhoneは、この仕組みを利用し、端末単体の割引と回線契約にひもづく割引を合算しています。
一例のため、金額は厳密ではありませんが、5万7800円を一括1円にする場合、まず番号ポータビリティや新規契約などにひもづく割引を2万2000円めいっぱいまで提供します。すると、残りは3万5800円になります。ここから、3万5799円を端末そのものの割引として提供すれば、一括1円になります。お得で裏がないため、対象となる端末がほしい人は、飛びついておいて損はないでしょう。
端末単体の割引とみなされるには、当然ですが、回線の契約がなくても買えなければなりません。そのため、このような販売方法を取っている場合、回線契約を結ばなくても、端末単体への割引だけは適用されます。上記の例では、2万2000円の割引は適用されませんが、2万2001円であれば、他社の回線を契約しているユーザーも割引価格で購入ができることになります。価格は販売店が自由につけられるのが自由主義経済の原則。電気通信事業法でも、それを踏み越えないよう、回線契約がひもづく割引に制限が限定されています。
一方で、回線契約に対する割引は、あくまでその後の通信料金で回収できる見込みがあるからこそ、提供されているものです。端末単体の大幅な割引は、必ずしもその端末を売る会社の回線を使わない可能性があるため、キャリアにとってはリスクにもなります。端末を単体で購入する人が増えれば、単なる割引損になってしまうというわけです。現状では、回線契約をする人が大半のため、機能している仕組みと言えますが、持続可能な仕組みかと言えば、そこには疑問符もつきます。
アップグレードプログラムを組み合わせた実質価格を訴求する端末も
この割引の仕組みであれば、確かに比較的高額な端末を一括1円で販売し、買い替えを促進することはできますが、限界もあります。あまりに元値が高すぎる端末の場合、割引額が非常に大きくなってしまうからです。先に挙げたiPhone SEは、元々が6万円前後のため、まだ成り立ちますが、ナンバリングしたiPhoneのようなフラッグシップモデルに適用すると、最低でも5万円以上の割引をしなければなりません。キャリアにとってもリスクが高すぎるため、簡単には適用できない仕組みと言えます。
こうした事情もあってか、より高額な端末の場合は、キャリアが提供するアップグレードプログラムとひもづけ、実質数円のような形で提供しているケースが見受けられます。上限いっぱいの割引を適用したあと、端末値引きをして、さらに48回程度の割賦を組んで、約2年後にその端末を引き取ることで残債をチャラにするという方式です。最後に端末の下取りで相殺することで、実質的な支払額を抑える方法がこれです。
iPhone 12 miniやiPhone 13 miniを超低価格で販売する際に、このような仕組みが利用されていました。例えば、iPhone 12 miniは、ドコモで約8万円の価格がつけられていましたが、回線にひもづく2万2000円の割引と、3万円程度の端末への直接割引を組み合わせると、残りは3万円程度になります。これを単純に48分割すると、月々625円です。ただし、ドコモの「いつでもカエドキプログラム」は、いわゆる残価設定型のプログラム。24回目以降の金額は残価に基づいて決定されます。
iPhoneはリセールバリューの高い端末のため、他のメーカーのスマホと比べると残価は高めにつけられる傾向があります。24カ月目の残価を3万円程度に設定し、残りを23分割すれば、毎月1円の支払いで済みます。24回目の支払い時にきちんと端末を返却すれば、実質23円で利用できる計算になります。こちらの方法の場合、2年後に端末は手元に残りませんが、2年間はほぼ無料に近い形でより高額なモデルを利用できるのがメリットになります。
キャリアとしても、割引した端末をすぐに転売されるのを防止でき、端末を割り引きした後に一括で購入されるより、リスクは少なめと言えるでしょう。24回目以降は残債の支払いが数百円程度発生するなど、端末を返却をしなかった際のデメリットはありますが、それでも普通に購入するより安価なため、ほしかった端末であれば利用してもいいでしょう。
割引が違反になるケースも、上限2万2000円は本当に適切なのか
こうした割引を行っている店舗は、1月から3月にかけての「春商戦」で、よく見かけました。この時期は、新生活、新入学を迎える社会人や学生が、携帯電話の契約を行うことが多く、割引合戦が過熱していたことがうかがえます。4月に沈静化したとはいえ、割引自体がなくなったわけではないため、端末を購入したいユーザーは探してみてもいいでしょう。
一方で、端末を購入して、即転売されてしまうようなケースもあり、割引の仕方が今後も続くとは限りません。先に挙げたように、キャリアにとっての値引き原資は、あくまで通信料などから得られる収益だからです。このバランスが崩れてしまえば、割引自体がなくなってしまうおそれもあります。よりリスクの低い方法として、アップグレードプログラムを絡めた割引が主流になっていく可能性も考えられます。
このような事情を踏まえると、回線契約をしてくれるユーザーに割引を提供したいというのがキャリアの本音と言えます。この本音が表に出すぎてしまい、建前を守れないケースも散見されます。端末の単体購入が拒否されたり、在庫がないように見せかけたりする事例は、総務省にも報告されており、問題視されています。端末の単体購入ができない場合、本体につけている割引が回線契約に伴う割引と事実上同じになってしまうからです。
端末の単体購入ができないと、実際には5万円近い値引きを回線契約者にのみ提供していると見なされてしまい、電気通信事業法で定めた割引の規制に引っかかることになります。違反があまりに多すぎると、より厳格なルールが作られることになりかねません。ユーザーのデメリットにもなるため、この点はぜひ是正したほしいと感じています。
翻って、改正・電気通信事業法が施行されて以降、ハイエンドモデルの売れ行きにブレーキがかかったと言われていますが、こうした割引がついた状態での販売動向を見ると、やはり価格がネックになっていたことが分かります。3万円程度の割引を上乗せすれば、店舗に行列ができるほどスマホが売れるのであれば、割引の規制を少し緩和してもいいのではないかと思わされました。
元々、2万2000円という上限が決まった経緯も不透明です。有識者会議では、ドコモが、1ユーザーあたりからの平均収益であるARPUに、営業利益率平均の20%をかけ、36カ月間端末を利用する前提で3万円(税抜き)という額を提示していました。これに対し、謎の「もうひとがんばり」という掛け声で2万2000円に決定したのがいきさつです。根性論のようなもので競争環境の条件を左右するのはいかがなものかと思うため、適切な見直しをしてほしいところです。