石川温の「スマホ業界 Watch」

総務省の議論は「携帯4社横並び」を作る“モグラたたき会議”だ【新連載】

編集部より
新連載「石川温の『スマホ業界 Watch』」は、スマホ/ケータイジャーナリストの石川温氏が、スマートフォンやモバイル市場にまつわる動向を、独自の視点で解説するコーナーです。

 総務省は5月11日、「競争ルールに関するワーキンググループ 第30回」を開催した。

 議論のなかで注目だったのが、iPhoneにおける1円販売だ。

 春商戦を中心に、iPhone SEなどが1円で投げ売られている光景が家電量販店やキャリアショップで見受けられた。この状況に対して、戸惑いの声を上げたのがMVNOだった。

 MVNOの業界団体であるテレコムサービス協会MVNO委員会、インターネットイニシアティブ(IIJ)、オプテージが「ホッピング行為が横行されており、業界に悪影響が出ている」と主張したのだ。

ホッピング行為とは、iPhoneを安価に入手するために、MVNOを短期間で解約し、MNPでキャリアと契約を行うことを指している。いわゆる、MNPの「弾」として、MVNOの契約が利用されているのだ。

 あるMVNOでは、契約から2週間以内の短期解約数が2年半で10倍にも増加。短期解約率も1年で2倍に膨れ上がったという。

 MVNO委員会では、MNOの料金プランとセットにした割引で端末を1円を販売するのは「改正電気通信事業法の主旨に反しているのではないか」と主張。通信料金と端末代金の完全分離の条件が崩れていると指摘した。

 さらに「事業法27条の3」にかかる措置を徹底、強化すべきとして「通信契約とのセット割引の上限を2万円から0円に」と提案。それでも問題が解消できない際には「MNOから代理店への端末販売・提供に関わる一切の業務委託を禁止すべき」とした。

 つまり、これ以上、改善しないのであれば「キャリアショップではスマートフォンを売るな」というわけだ。

アップルとクアルコムの主張は

 一方で「そもそも改正電気通信事業法の規制はもう必要ないのではないか」と主張するのが、アップル(Apple)だ。同社のAPAC政務担当本部長であるHeather Grell氏は「低料金プランが普及する中、改正電気通信事業法の目的は達成されたのではないか。総務省には規制の解除をお願いしたい」と訴えたのだ。

 アップルとしては、やはりハイエンドのiPhone 13シリーズを売りたいというのが本心だろう。割引規制があるなか、苦肉の策でiPhone SEを売ってはいるが、かつてのようにハイエンドが飛ぶように売れる方が望ましいのだ。

 Heather Grell氏は「日本では規制によりハイエンド端末が導入されにくい状態になっている。ローエンドやミドルクラスが拡大傾向にあるため、世界に比べて日本はイノベーションの推進が遅れ気味になるのでは」と懸念しているという。

 一方、クアルコム(Qualcomm)も「iPhoneの1円販売」に関しては苦言を呈しながらも「ミリ波端末が売れる環境が望ましい」と割引規制に対しては否定的な立場を示す。

 クアルコムではいま、ミリ波を猛プッシュしているのだが、ローエンドやミドルクラスばかり売れてはミリ波の端末がいつまで経っても普及しないというわけだ。

これまでの施策、その効果は

 確かに数年前の日本市場は、ハイエンドばかりが売れる、世界でも異質なマーケットであったことは間違いない。

 しかし、この数年は中国メーカーが相次いで参入し、日本メーカーも3万円以下の製品を投入するなど、多様な製品ラインナップから選べるようになっている。

 料金面に関しては、2018年、菅義偉官房長官(当時)が「世界のなかでも日本の通信料金は高い。4割値下げできる余地がある」と主張。

 翌年、電気通信事業法が改正され、さらに総務省がこれまで進めてきた「モバイル市場の公正な競争環境の整備に向けたアクション・プラン」では、2年縛りの見直しや契約解除料の撤廃、SIMフリーの義務化など、ユーザーのキャリア乗り換えを促進し、料金競争の引き下げにつなげるように、さまざまな施策を展開してきた。

 しかし、これらの施策が、料金値下げにつながったかと言えば、正直言って首をかしげたくなる。

 NTTドコモ「ahamo」を筆頭に、メインブランドで値下げプランが提供されたのは、2020年10月にKDDIがUQモバイル、ソフトバンクがワイモバイルといったサブブランドが値下げプランを発表した際、当時の武田良太総務大臣が「メインブランドで値下げしろ。誠意を見せろ」といったからに他ならない。

 政治的な圧力でニッポンの通信料金は下がり、目的は達成したのだから法改正による規制は見直すべきだというのがアップルの主張だ。

 現在、有識者会議では「1円端末を売らせないためにどうすべきか」というテーマになりつつある。「もっと規制を強化すべき」として「キャリアショップでの覆面調査を強化しろ」「行政指導を徹底させて違反事案を撲滅すべき」という案などが出ている。

 もはや値下げを実現するための会議でなく、自分たちが作ったルールを徹底させるためだけの「モグラたたき会議」となっている。

 だが、そもそも「この規制は本当に正しかったのか」という根本を見つめ直す提案は全く出ていない。

 有識者会議では「ホッピング行為によって購入された1円端末が転売されて、反社会的な組織の資金源になっている」という指摘も出ている。確かに反社会的組織の資金源になるのは許されるべきではないが、一方で「端末と契約を完全に分離して売るから狙われる」という見方もできるはずだ。

 端末と契約を分離することなく販売すれば契約者が特定でき、一人が転売するために複数台購入するという事態を避けられるはずだ。

 「ホッピング行為」に関しても、総務省が2年縛りを見直し、解除料を撤廃させた段階である程度、予想できたはずだ。ホッピング行為を辞めさせたいのであれば、短期解約をできないよう、契約期間の拘束を入れればいいだろう。

 ここ数年、総務省がさまざまなルールを導入したことで、ショップ店頭は混乱し、さらに規則が厳しすぎるため、販売方法などの競争がしにくくなっている。1円販売に関しても、あらゆるルールの抜け穴を駆使して、わかりにくい条件のなか、無理やり提供している感がある。

 本来、端末販売も契約獲得も、もっと自由な競争環境で行うべきではないだろうか。

 NTTドコモ、KDDI、ソフトバンク、さらに新規参入した楽天モバイル、100万契約以上を抱え、4キャリアと同じルールが適用されているIIJとオプテージが同じ条件で戦うのは無理がある。

 ルールを見直し、各社が自由に顧客獲得競争をした方が市場にとって健全なのではないか。

 端末と通信契約を完全に分離して、通信料金を安く提供するキャリアがある一方で、データ通信を大量に使い、月々の支払いが高めの人は、端末が安めに買えるというキャリアがあってもいい。

 航空会社だって、サービスが質素で、機内食も有料だが、全体的に安く行けるLCCと、フルサービスを提供し、マイレージクラブでポイントがざくざく貯まり、頻繁に搭乗する客に対しては「上級会員」としてさらに手厚いサービスが受けられるレガシーキャリアが存在する。

 総務省が展開してきた施策は、すべてのキャリアを画一的にさせるものに他ならない。総務省自身が「4社横並び体制」を作っている。

 「世界でも安い部類に入る通信料金」という目的をすでに達成したのだから、4キャリアとMVNOが切磋琢磨し、スマートフォンによって、国民の生活が豊かで快適になるような、明るい未来に向けた通信政策を有識者会議で議論してもらいたいものだ。

石川 温