藤岡雅宣の「モバイル技術百景」

地震や津波などのスマートフォンへの緊急速報の仕組み

 地震や津波、ミサイル発射など、緊急事態を知らせるときに気象庁や内閣府からモバイルネットワークを介してスマホなどに緊急速報が送られます。南海トラフ地震が近い将来発生するという予測もあり、また9月は防災月間ということで、今回はスマホへの緊急速報がどのように送られるのか見てみましょう。

緊急速報とは

図1に緊急速報を含む警報の流れを示します。緊急速報というのは地震、津波などの自然災害や、北朝鮮からの弾道ミサイル発射などの非常事態に関する重要な情報を、影響の予想される地域に迅速に通知することです。

 モバイルネットワークを経由する緊急速報では、対象となる地域に在圏するスマホに警告音と共に非常事態の具体的内容を示すメッセージが表示されます。特に緊急を要する情報については、スマホだけではなく市町村防災行政無線等も通して拡声器から音声で伝えたり、TVやラジオを通して伝達します。

 地震の緊急速報では、速報を受けてから実際の揺れが到達する前に数秒から数十秒の猶予が期待されます。

 また、津波の緊急速報では実際の津波が接近する前に避難する時間があることが要求されます。このように緊急性が高い情報のため、これらの緊急速報はスマホに即座に知らせることに重点が置かれています。

 一方で、弾道ミサイル発射情報、噴火警報、大雨特別警報などは、全国瞬時警報システム(Jアラート)の一部としてスマホに緊急速報が送られます。その速報の送り方は地震や津波とは少しだけ異なります。何れにしても、スマホへの緊急速報は国際標準に基づく仕組みにより提供されます。

セル・ブロードキャストによる緊急速報の仕組み

 緊急速報は、モバイルネットワークのセル・ブロードキャスト(CBS: Cell Broadcast Service)という機能を利用します。モバイルネットワークにおいてスマホと無線のやりとりをする基地局は、「セル」と呼ばれるエリア単位で無線接続を提供していますが、CBSはこのセルのなかに在圏する全てのスマホに一斉に情報を伝達する仕組みです。各基地局は1つないし数個のセルをカバーしています。

 図2は、4G及び5GにおけるCBS配信の仕組みを示します。まず、気象庁や消防庁からの緊急メッセージはCBC(Cell Broadcast Center)という装置で受信されます。

 その後、4Gでは基地局とインターネットなどの間の接続を司るコアネットワーク内で、多数の基地局を束ねスマホとの接続を管理するMME(Mobility Management Entity)を通してCBSメッセージ送信の対象となるセルをカバーする複数の基地局に一斉に送られ、基地局からスマホに報知されます。

 図2には、未だ全国には広がっていませんが今後広く展開する5Gの本格版であるスタンドアローン構成でのCBS配信の仕組みも示します。ここでは、4GのMMEに代わってAMF(Access and Mobility Management Function)と呼ばれる機能がCBSメッセージの対象セルへの配信を行います。

 4Gや5GではCBSはネットワークからアプリのデータをスマホに送るのと同じ共有チャネルを利用しますが、優先的に送るようになっているため、混雑していても遅延が生じにくいようになっています。

 複数回送信する仕組みもあり、確実にスマホで受かるように設計されています。特に5Gネットワークでは、優先度の管理がより柔軟であるため、緊急時でも迅速な情報配信が可能です。

 さて、通常のデータ通信もセル内のスマホで共用する共有チャネルを使って送りますが、基地局はスマホの存在を認識した上で、個々のスマホと基地局の間でハンドシェークして異なるタイミングでそれぞれのスマホにデータを送ります。各スマホはデータが正確に受信できたかどうかを基地局に知らせ、受信できない場合は再送を要求します。

 一方で、CBSは同じメッセージをセル内の全てのスマホが同時に受信できるようになっています。CBSは片方向送信であるため、個々のスマホからデータが受信できたかどうかの確認は行いません。また、基地局が個々のスマホの存在を認識していなくても、電波が受かる状況であればスマホではCBSメッセージを受信できます。

ETWS

 セル・ブロードキャスト(CBS)による緊急速報の中で、特に地震や津波に関する警報についてはETWS(Earthquake and Tsunami Warning System)として規定されています。ETWSというのは、極めて緊急性の高い地震や津波に特化して設計された規定で、影響がありそうな地域に迅速に警報を送ることを目的としています。

 実は、ETWSは日本の提案に基づいて標準化されました。その元となったのは、日本で2007年10月に運用が始まった緊急地震速報(EEW: Earthquake Early Warning)です。

 日本は世界に先駆けて、エリアメール(ドコモ)や緊急速報メール(au、ソフトバンク)を通じて、一般ユーザーに迅速な地震速報を提供する仕組みを導入し、大きな揺れが来る前に避難や安全確保のための行動を取ることが可能になりました。

 日本で実際に緊急地震速報の運用が始まる前から、NTTドコモはこれをベースとした仕組みをモバイル通信の国際標準仕様を策定している3GPP(3rd Generation Partnership Project)に提案していました。そして、2009年には3GPPでETWSとして策定されました。

 3GPPの仕様においては、ETWSはCBSに関する規定の一部として標準化されています。ETWSはCBSの拡張仕様であり、CBSを置き換えるものではなくこれを利用する仕組みです。

 ETWSには、初期警報(Primary Notification)と詳細警報(Secondary Notification)という2段階の通知があり、最初に短く即座に警告を出し、その後により詳細な情報を送ることができます。これにより、素早く対処することが可能になります。なお、ケースバイケースで詳細警報は送られないことがあります。

緊急地震速報

 図3に緊急地震速報の概念を示します。日本では全国に設置された地震計が、地震波を検知します。地震には、揺れが小さいP波(初期微動)と、揺れが大きいS波(主要動)があります。

 P波が最初に到達し、S波が後から到達するため、P波を検知してすぐに緊急メッセージを生成してなるだけ早く初期警報を被災エリアにあるスマホに送り、これを受けた人々にS波到達への備えを促します。

 全国モバイル通信事業者(NTTドコモ、KDDI/au、ソフトバンク、楽天モバイル)は、気象庁から配信される一般向け緊急地震速報(EEW)を受けると、最大震度5弱以上または長周期地震動(高層ビルなどに大きな影響を与える揺れ)階級3以上の地震が予想される際に、震度4以上または長周期地震動階級3以上の揺れが予想される地域に対してETWSの初期警報を一斉配信します。

 緊急地震速報は、全国を約200の地域に分割(例えば東京都の場合は、23区、多摩東部、多摩西部、伊豆五島の各島、小笠原の9地域)して対象となる地域をカバーする全セルからETWSによりスマホに配信されます。

 地震の震源地や震度などの発生状況や避難指示などの情報が、ETWSの詳細警報として初期警報のあとで送られることがあります。

津波警報

 ETWSによる津波の緊急速報は、気象庁により大津波警報(3メートル以上の津波が予想される場合)や津波警報(1~3メートル)が発表された場合に配信され、住民などに迅速な避難を促します。津波注意報(0.2~1メートル)が発表された場合には、通常はスマホには配信されず主にTVやラジオ、インターネットで情報が提供されます。

 津波の原因が日本での地震の場合は、地震が発生してから2~3分でETWSの初期警報が送られますが、これは即座に避難を呼びかける主旨の非常に短い内容です。初期警報に続いて詳細警報が送られる場合は、地震の震源や津波の規模、影響を受ける可能性のある地域などより具体的な情報が提供されます。

 津波の緊急速報の対象は、津波の影響が予想される沿岸地域の住民や施設です。この配信は気象庁が発表する津波予報区に基づいて行われ、ETWSにより該当地域に相当する全てのセルに一斉に配信されます。日本では全国沿岸地域を65の津波予報区に区分しています。例えば、北海道の沿岸はオホーツク海沿岸、太平洋沿岸東部、同中部、同西部、日本海沿岸南部、同北部の6つに区分しています。

Jアラート

 Jアラートは内閣府が主管となって発信しますが、気象庁由来の地震や津波の緊急速報も含まれます。全国モバイル通信事業者は地震や津波の緊急速報は上記のとおりETWSにより配信する一方、それら以外の弾道ミサイル発射情報、噴火警報、大雨特別警報などは通常のセル・ブロードキャスト(CBS)を利用してスマホに配信します。

 ETWSは即座の避難行動を必要とする地震や津波に特化し、非常に迅速かつ特に優先的にメッセージが配信されます。一方で、通常のCBSは避難指示、災害情報、地域の重要な通知、公共の安全に関する情報など多岐にわたりますが、ETWSほどの高い即時性や緊急度は求められません。

 地方自治体が、大雨や台風の際に洪水や土砂災害のリスクが高まった地域に対して避難を促す避難勧告・指示や、地震や火山噴火、大規模な火災などで住民に対して特定の行動を取るよう呼びかける災害情報もCBSにより自治体内のスマホに配信することもあります。これらの緊急速報は、Jアラートの仕組みに便乗してモバイル通信事業者に送られます。

 なお、主に地方自治体や公共機関が災害情報や避難指示などの地域情報を迅速に伝達するためのシステムとしてLアラートがありますが、これはスマホには送られません。

 Lアラートは公共情報コモンズという全国からの情報を収集して、標準フォーマットに変換して配信するプラットフォームからテレビ、ラジオ、インターネット、デジタルサイネージ、スマホアプリなどのさまざまなメディアを通じて住民に伝達されます。

緊急速報の誤配信

 スマホで、自分に関係しないと思われる緊急速報が受信されたということをよく聞きます。実際、緊急速報は広範囲に一斉送信される仕組みを採っているために、誤配信が起こる可能性があります。

 セル・ブロードキャスト(CBS)はセル内に在圏する全てのスマホで受信されますが、本来想定されるセルの範囲を超えて離れたところにあるスマホで電波が受かることがあります。緊急速報の対象配信エリアの境界近くにあるスマホでその可能性が高まります。特に、ルーラルエリアで一つの基地局が広いエリアをカバーする場合に誤配信が生じやすくなります。

 緊急速報は少しでも影響がある可能性のある地域に配信するので、実際には影響がない場所でこれを受けた人は誤配信と感じることがあります。また、配信エリアの設定ミスで、意図しない地域に誤配信されることもあるようです。その他、システムの誤動作や緊急速報のテスト配信を誤って本配信として送ってしまう場合にも誤配信が生じます。

ローミング時の緊急速報

 ETWSやそのベースとなるセル・ブロードキャスト(CBS)は国際標準仕様として規定されています。なので、市場に出ているスマホは原則としてこれらに基づく緊急速報を受けることができます。

 海外から日本にローミングしている旅行者のスマホにも、表示は日本語になりますが鳴動で注意を促すことができます。また、日本から海外にローミングしたときも現地の緊急速報を受けることができます。

 日本では非常時における事業者間ローミングの導入に向けた検討が進められていますが、ローミング時に一部の事業者間でETWSがうまく配信できない可能性が指摘されています。今後の継続検討が期待されます。

おわりに

 今回は、モバイルネットワークからスマホへの配信という観点から緊急速報についてまとめました。緊急速報には様々な種類がありその配信の仕方も多様ですが、スマホへの配信については日本の貢献もあり国際間で統一されているのは重要な点です。

 スマホへの警報という意味では、Yahoo!防災速報、NHKニュース・防災アプリ、日本気象協会が提供する防災速報アプリなどのアプリも提供されており、本記事で述べた緊急速報と補完的に利用されています。

 さらに、テレビ、ラジオ、インターネット、デジタルサイネージなども含めて様々な手段で緊急時の情報が配信されることで防災、減災に役立つことが期待されます。

藤岡 雅宣

1998年エリクソン・ジャパン入社、IMT2000プロダクト・マネージメント部長や事業開発本部長として新規事業の開拓、新技術分野に関わる研究開発を総括。2005年から2023年までCTO。前職はKDD(現KDDI)で、ネットワーク技術の研究、新規サービス用システムの開発を担当。主な著書:『ワイヤレス・ブロードバンド教科書』、『5G教科書 ―LTE/IoTから5Gまで―』、『続・5G教科書 ―NSA/SAから6Gまで―』(いずれも共著、インプレス)。『いちばんやさしい5Gの教本』(インプレス)、大阪大学工学博士