藤岡雅宣の「モバイル技術百景」

アップルがサポートする「RCS」の標準と実現のしくみとは

米アップル(Apple)、これまでiPhoneなどでサポートしてこなかった「RCS(Rich Communication Services)」という仕組みを、2024年後半にもサポートすることを明らかにしました。

 RCSはSMS(Short Messaging Service)やMMS(Multimedia Messaging Service)の延長線上に位置づけられるメッセージングサービスです。では、アップルが「RCS」をサポートすることの意図や意義はどういったものなのか、考えてみましょう。

メッセージングサービスの起源

 モバイル通信事業者が提供するメッセージングサービスは、もともと世界的に「SMS」が広く利用されてきました。電話番号で通信相手を指定するもので、2G(GSM)が導入された1990年代中ごろから利用されています。

 日本では独自のメッセージングサービスが普及していたので、SMSが使われ始めたのは2000年代後半。ただ、2011年になって、日本でも異なる事業者のユーザー間でのSMSのやりとりが広がっていきました。

 世界的には、2000年代初頭、SMSの進化版としてMMSの導入も始まりました。MMSは、ファイルの添付ができたり、長文メッセージや画像などのやり取りを伴う場合にも、便利に利用できます。しかし、広く普及したと言える状況ではありません。日本でもソフトバンク(ワイモバイル含む)とKDDIによりMMSが導入されています。

RCS とは

 今回のテーマである「RCS」は、SMSやMMSの進化版のメッセージングサービスを指し、テキストだけではなく、写真、動画、音声メッセージ、絵文字、スタンプ、グループチャットを含む対話型チャット機能、暗号化によるセキュリティなど豊富なメディアや機能を提供します。

 また、ビジネス向けの機能も提供し、企業と顧客とのコミュニケーションの強化などにも寄与します。

 RCSは元来、LINEやWhatsAppなどのOTTが提供するメッセージングサービスに対して、通信事業者が自らのサービスとして提供し、収益拡大や顧客基盤の拡大を図ろうとしたものです。

 RCSは、モバイル通信関連の国際標準化を行っている3GPP(3rd Generation Partnership Project)がRich Communication Suiteという名称で仕様を定めたのが起源になります。最初の仕様は2008年に規定され、その後3GPPで2012年まで機能追加、改善が行われました。

 RCSは欧州や南米、韓国などでjoynやMessage+という名前で、2012年~2015年辺りに導入が進みました。しかし、通信事業者により提供するサービス機能が異なり相互接続性が悪い、ユーザーの使い勝手が悪いなどの理由で広く普及するに到っていません。

 そうした中で、世界のモバイル通信事業者の業界団体であるGSMA(GSM Association)において、事業者間で共通に利用するサービス機能をUniversal Profileとして規定する作業が行われました。これにより、異なる通信事業者間でのRCSサービスの互換性を保証しようとした訳です。名称もRich Communication Servicesとして普及を図ろうとしました。

RCSの仕組み

 国際標準としてのRCSは、4Gにおける音声通話であるVoLTE(Voice over LTE)と同じようにIMS(IP Multimedia Subsystem)と呼ばれるプラットフォーム上のアプリの1つとして規定されています。

 IMSは、図1に示すようにモバイルコアネットワークの外側にあり、IP(Internet Protocol)パケット通信を利用し、さまざまなアプリを提供するための通信接続の制御、起動などを行います。

 標準化されたRCSの想定は、通信事業者が自ら運用するIMS上で自らサービスを提供することです。通信相手も電話番号をキーとして特定します。LINEなどのOTTが提供するメッセージングアプリとは異なり、インターネット経由ではなく通信事業者ネットワーク間を相互接続して実現するという前提です。そのため、セキュアで信頼性の高いサービスが提供できるとしています。

データの通る場所が違うSMSとRCS

 さて、モバイル通信ネットワークには、図2のように音声、画像、データなどのユーザーが利用する情報を送る「ユーザープレーン」と、通信パスの設定要求、応答、認証情報などの制御信号を送る「制御プレーン」という2つの論理的な「面」があります。

 RCSの前身であるSMSは、ユーザーが利用するメッセージではありますが、もともと電話サービスの付加機能として、ユーザー同士で少量のデータを送るために考え出されたサービスです。そのため、、制御信号と同じ「制御プレーン」を間借りして送られます。

 一方、RCSのメッセージや写真、動画などは、通常のスマホアプリでデータ通信を行う場合と同様に「ユーザープレーン」を使って送られます。

 そうした背景もあり、SMSの通信料金は、たとえば「1通◯円」「月200通まで◯円」と課金されます。

 しかし、RCSの通信料金は、通常、月々のデータ通信料(たとえば20GBで◯円)の中の一部として課金されます。

日本のRCS

 日本では2010年前後に、通信ネットワーク関連の標準化を担当しているTTC(Telecommunication Technology Committee、情報通信技術委員会)において、3GPPで標準化したRCSをベースにモバイルネットワーク間の相互接続を中心にRCSS(Rich Communication Services and System)として規定されました。

 RCSSの仕様やGSMAでのRCS標準仕様を踏まえ、NTTドコモ、KDDI、ソフトバンクの3社が共同で「+メッセージ(プラスメッセージ)」と呼ばれるRCSの実装仕様を規定しました。そして「+メッセージ」は、2018年5月から、これら3社のユーザー間で提供され始め、その後、3社のサブブランドや3社のネットワークを利用するMVNOのユーザーにも提供されてきています。

 「+メッセージ」は、GSMAのUniversal Profileを参照していますが、日本独自の技術仕様が盛り込まれており、この仕様に基づき上記3社が共通のソフトウェアを利用しつつ独自に実装しています。海外の通信事業者のユーザーとの相互接続も検討されているようですが、今のところ実現されていません。

 「+メッセージ」の実現形態は、図3のように、3社のRCSアプリケーションサーバ間を相互接続するイメージです。これにより、3社間では各社のユーザーについて電話番号だけで+メッセージが利用可能かどうかが分かります。

 3社が販売しているAndroidスマートフォンの多くでは、販売時に「+メッセージ」のアプリがプリインストールされています。iPhoneでも「+メッセージ」は利用できますが、App Storeからアプリをダウンロードする必要があります。

 楽天モバイルも独自仕様である「Rakuten Link」によりRCSサービスをサポートしています。ただし、「Rakuten Link」と「+メッセージ」は異なる枠組みでサービスが提供されているため、相互接続は、2023年11月時点で、実現されていません。

OTTの提供するRCS

 アップルは、メッセージングサービスとして「iMessage」を提供しています。しかし、利用できるのは、iPhoneやiPadのユーザー同士の通信に限定されています。

 また、グーグル(Google)は、Androidスマホ向けに「メッセージ(Google Messages)」というアプリを提供し、RCSを利用できるようにしています。また、サムスン電子も「Samsung Messages」という独自のRCSをサポートしています。

 これらは、インターネットを経由したアプリとして実現しており標準化された本来のRCSとは異なる仕組みです。先に上げた“図1”の「IMS」に相当する機能をインターネット上に構築し、その上にRCSアプリを載せているイメージです。通信事業者のIMSへの依存性はありません。

 グーグルの「メッセージ」アプリのサービス・機能は、RCSと同等で、GSMA Universal Profileに準拠しているとしています。このため、たとえばドコモ、au、ソフトバンクのAndroidスマホユーザーは「+メッセージ」と、グーグルの「メッセージ」のどちらかのアプリのうち、好みのものを選べるようになっています。ただ、同じRCSアプリを利用しているユーザー同士しかSMS以外のサービス機能は利用できません。

AppleによるRCSのサポート

 本記事の冒頭で触れた通り、アップルは2024年後半からRCSをサポートする方針です。

 この背景として、USB Type-C採用と同じく欧州から“他社との互換性を担保する”ようにプレッシャーがあったこと、以前からグーグルやサムスンからアップルに対してAndroid端末とiOS端末とのRCSにおける相互接続性を強く要望されていたのが大きな理由とも考えられます。

 アップルによるRCSの中身は未発表ですが、これまでの状況から、GSMA Universal Profileに準拠して少なくともAndroid端末上のGoogle Messagesとの相互接続が行えるようにすることが考えられます。もしそうなると、世界的に“OTT(Over The Top、ネット上でサービスを提供する企業を意味する言葉)”によるRCSの大きなエコシステムが形成されることになります。

 アップルユーザーには引き続きiMessageが提供されるということで、たとえば「iPhone同士はiMessage」と優先されることが考えられます。そして、もし、iPhoneにプリインストールされたメッセージアプリの中にiMessageと新たなRCSの両方が組み込まれると、メッセージを送ろうとしたとき、相手がアップルユーザーの場合は「iMessage」、そうでない場合は相手によってRCSが選択されるかもしれません。

RCSの今後

 アップルがRCSをサポートすると、グーグルの「メッセージ」アプリなどとあわせて、世界的に「OTTによるRCSの大きなエコシステム」が形成されることになります。

 つまり、もともと通信事業者が自ら提供しようと標準化されたRCSの意図とはかけ離れることになります。

 RCSには、スマホユーザー同士のメッセージングサービス(C2C)に加えて、企業や公共団体などがユーザーと「対話」しながら製品やサービスに関する情報を提供するなど(B2C)の使い方があります。世界的には、後者はRCS Business Messaging(RBM)ということで市場が拡大しつつあります。

 日本の「+メッセージ」も、B2Cサービスの提供のために企業や地方自治体などの公式アカウントの枠組みが準備されています。公式アカウントには認証済マークが付与され、メッセ―ジが正規の発信者からのものであるという証となります。この仕組みが、フィッシング詐欺や迷惑メッセージ対策にもなっています。

 企業によるRCSの活用であるRBMにおいては、通信の安全性や信頼性が重要となるため、通信事業者が提供することの意義が大きくなります。特にそのような面で、OTTの提供するRCSだけではなく、「+メッセージ」のような通信事業者が提供するRCSの発展にも期待したいところです。