ケータイ用語の基礎知識

第780回:sXGPとは

TD-LTEを流用するコードレスホン向け通信規格

 普段、使っている携帯電話のようなサービスは、事業者が設備を整備している「事業者通信」に分類されます。一方、ユーザー自身が設備を用意する「自営通信」というものもあります。たとえば、会社の内線や家庭内の電話の子機などで使う「コードレス電話」、工事現場やイベント会場の警備などで使われる「トランシーバー」などです。

 今回紹介する「sXGP」は、XGPフォーラムが検討している、自営通信用向けの規格です。2016年11月現在、総務省(陸上無線通信委員会デジタルコードレス電話作業班)で検討が開始されています。sXGPという名前は“shared XGP”から来ています。

 sXGPは、現在、モバイルルーターやスマートフォンなどで使われているTD-LTE方式をベースにした自営通信方式です。新しいコードレス電話向けシステムなどへの採用を目指しています。採用されれば、将来的に、TD-LTE対応の携帯電話やスマートフォンを、家庭内や事業所内のコードレスホンとしても使えると期待されます。あるいはTD-LTE対応通信モジュールを搭載したスマートメーター、監視カメラや環境センサーなどを構内回線につないで利用することが可能になるでしょう。

 構内向け自営通信の方式としては、かつてPHSがよく知られていました。PDCやW-CDMAでは通信の際に、精密機器への影響があるのではないかと疑いの目を向けられる中、出力が低くほとんど他の機器への影響がないということで病院などでも、構内PHSがよく使われていましたので、一般の人の目に触れることも多かったはずです。

 構内PHSは「第二世代コードレス電話」向けとして割り当てられている、1893.5~1906.1MHzの周波数帯を利用しているのですが、sXGPもこの周波数帯の利用を検討しています。

総務省の資料より

 TD-LTE向けに規定されているLTEバンド、つまり使える周波数帯として、3GPPではLTEバンド 33~46を規定しているのですが、このうちバント39に1880MHz~1920MHzという周波数帯が割り当てられています。これがちょうど構内PHSを含むコードレス電話向けの周波数帯とオーバーラップしますから、TD-LTEをコードレス電話向けにすれば、端末などをそのまま流用できる、というわけです。

 日本国内では、TD-LTE方式は主に2.5GHz帯で使用されています。TD-LTE対応の端末もこの周波数帯のサポートが中心となっています。LTEバンド39が主にTD-LTE向けとして利用されているのは中国本土です。

 LTEバンド39は、中国国内でもかつてはPHS(小霊通)向けに利用されてきましたが、2014年にサービスが終了し、2016年11月現在ではTD-LTE用になっています。その関係で、ハードウェア的には、たとえばTD-LTEに対応したチップセットは多くがこの周波数帯での通信にも対応しており、中国大陸で販売されているスマートフォンも多くがこのバンドに対応しています。

LTE技術を利用して、構内PHSの使い勝手をできるだけ再現

 2016年現在、1.9GHz帯での自営通信の規格としては「PHSコードレスホン」「DECT方式コードレスホン」「sPHS方式コードレスホン」が利用可能になっています。DECTは、主に欧州などで使われているコードレスホンの規格です。またsPHSは、PHSとDECT両方の流れをくむ次世代のコードレスホンの規格として作られましたが、まだ製品として採用されてきた例はありません。sXGPは、sPHSの後継として、XGPフォーラムが提唱しています。

 コンセプトとしては、先述のようにTD-LTE端末をデジタルコードレス電話器としても使えるようにします。基本的にはTD-LTEの規格とできるだけ準拠すること、それと既存PHS・DECTと共存するための機能を加えたものにすることで検討が進んでいます。たとえば、TD-LTEの規格に、電波を発射前の段階でPHSやDECTなども含めて電波が飛んでいないか確認する「キャリアセンス」、送信電力をスロット内バースト出力を最大200mWに抑える(これでPHSの80mW、DECTの120mWと帯域辺りの電力密度では同等となる)などの追加規格や制約を加えた規格となる予定です。

 電波の占有帯域幅は、LTEの場合、5MHz幅~20MHz幅で占有が可能ですが、IoT向けにLTEカテゴリ0などと同じ1.4MHz幅での利用も可能とする方向で検討されています。

 なお、sXGP方式で、5MHzの周波数帯とバースト内平均出力を基地局が200mW、端末側が100mWで合った場合、その通信の屋内での到達距離は、変調方式が64QAMでの場合で、約102mまでです。そのときの下り通信速度8.5Mbps、もっとも電波が弱かった場合の変調方式に使用されるQPSKであった場合、約530m程度で下り最大通信速度は723kbpsと想定されています。音声通話では、途中でデータを紛失した場合、再転送による遅延や、エラーによる音声の途切れなども起こりえますが、VoLTEの通話を実現するには充分な通信速度を確保できるスペックはあると考えて良さそうです。

 sXGPは、TD-LTEの規格をできるだけそのまま利用するため、これまでのPHSでは可能だったこと、たとえば、端末同士が直接通信して音声通話を行う「トランシーバーモード」など、一部の機能が省かれるものの、LTEの技術や製品を使ってこれまで構内PHSでできていたことの多くをカバーし、かつ、IoTなど新しい分野での応用も視野にいれた規格となっています。

 PHSがすでに国内でも古い規格となり、また海外でもほとんど利用されなくなったために、製品や技術を開発することも難しくなりつつあります。LTE技術を、最新世代のPHSに組み込むことで、周波数利用効率を向上させ、また、将来のコンポーネントといった部品調達、技術の転用、さらにエコシステムの共有を行うことで、息の長い自営方式無線規格とできることが、このsXGPが標準化、製品化された場合の大きなメリットと言えることができるでしょう。

大和 哲

1968年生まれ東京都出身。88年8月、Oh!X(日本ソフトバンク)にて「我ら電脳遊戯民」を執筆。以来、パソコン誌にて初歩のプログラミング、HTML、CGI、インターネットプロトコルなどの解説記事、インターネット関連のQ&A、ゲーム分析記事などを書く。兼業テクニカルライター。ホームページはこちら
(イラスト : 高橋哲史)