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「ラプラス祭りに10万人」「送客実績は5億人」「Pokémon GOはギガが減らない」――ナイアンティック河合氏が語る“人を動かすゲームの力”

 9日、Interop Tokyo 2017/ロケーションビジネスジャパン2017の基調講演に、米ナイアンティックの製品本部長(Head of Product)である河合敬一氏が登壇した。

 現実世界を舞台にしたゲーム「Ingress」、そして2016年夏にグローバルで爆発的なヒットを記録した「Pokémon GO」を提供したことで、人の流れを変えることができたと振り返る。

ゲームで人を動かす

 2015年にグーグルから独立したナイアンティックは、もともと、Google Earthとその元になったKeyholeというアプリを開発した、ジョン・ハンケ氏によって設立された。そうした経緯からナイアンティックスタッフの多くがグーグル出身であり、河合氏もまたそのひとり。グーグル時代の河合氏はGoogle Maps日本版の責任者であり、ストリートビューも担当した。

 ナイアンティックの代表的なプロダクトは、日本のみならず世界中で一世を風靡した「Pokémon GO」と、その礎となった「Ingress」だ。どちらも現実世界でスマートフォンとともに遊ぶゲームで、ナイアンティックでは「リアルワールドゲーム」とも呼ぶ。

 こうしたゲームをナイアンティックが提供するのは、同社が掲げる「Adventure on foot with others(仲間と一緒に冒険へ出かけよう)」という考え方によるもの。スマートフォンやパソコン、携帯ゲーム機に夢中になる子供の姿を見て、もっと外へ出かけさせたいとハンケ氏が考えた――というエピソードは、これまでもハンケ氏自身やナイアンティック関係者から繰り返し紹介されてきたもの。以前は「Adventure on foot」だけだったが、最近になって他の人との関わりも含めるメッセージへ変化した。

仲間と一緒に「Ingress」

 グローバルで2000万ダウンロードに達し、200カ国において「誕生から5年目、爆発的なヒットではないが長く楽しんでもらっている」(河合氏)というIngressでは、街にある公園やアート、石碑など「世界で500万~600万あるロケーションデータ」(河合氏)がゲーム中に登場し、ユーザーは2つの陣営に分かれて陣取り合戦を繰り広げる。

 中には南極で「ポータル」と呼ばれるゲーム中のスポットを訪れたり、ヘリコプターを使ったり、あるいはロシアで凍った湖を20km歩いて戦略的なポータルを奪取したりする人も存在し「想像を超えた活躍」と河合氏は評する。またIngressで新たなパートナーと出会い、家族が増えたというエージェントは世界のいたるところにいることも紹介された。

実際に動いた距離は……

 そうした理念のもとで開発されたIngressとPokémon GOは、実際、どの程度、人を動かしたのか。河合氏が挙げたわかりやすい例は移動距離。これはユーザー1人1人の移動距離を足し合わせたものだ。

タイトルDL数総移動距離その他
Ingress2000万件3億4000万km国境を越えてエージェント同士が連携することも
Pokémon GO7億5000万件87億km捕まえられたポケモンは880億匹

 Pokémon GOの総移動距離は太陽系を超え、次のたとえは天文単位か? と語る河合氏の母もレベル36のポケモントレーナーで「本当に広い世代に遊んでいただいている」(河合氏)というPokémon GOは、世界でヒットしたことを誰もが納得できる実績を達成。ちなみにPokémon GOのトレーナーで一番多いのは20代、30代の層とのことだが「普段ゲームを遊んでいないような方が目立つ。想像よりもずっと幅広いのは間違いない」(同)とのことで、若年層だけではなくシニア層の利用が特徴と言える。

 とはいえ、このヒットの前提として、河合氏は「GPSなどが使えるスマートフォンの普及」「どこでも高速、低遅延で繋がるネットワーク」といった要素が既に整っていたことが大きいと指摘する。

「ギガが減らない」

 約1年前、2016年7月初旬、オーストラリアとニュージーランドでサービスを開始し、そのすぐ後に米国でもローンチしたPokémon GOは、公園という公園に人が溢れる異常事態を巻き起こした。それからしばらくして、「実際のトラフィックは想定の50倍に達した」とグーグルのクラウドチームがブログで公開していたが、河合氏はこのときの様子を以下のように説明する。

河合氏
「当時、サーバーチームに数名しかおらず寝ずに対応したが本当に大変なことになり、とにかくスケーラビリティにチャレンジした。グーグルのクラウドプラットフォームのチームは20人ほど居て、何とかしてくれた。もしグーグルのクラウドプラットフォームがなければ、(Pokémon GOを)シャットダウンして数カ月後に出し直すことになっていたかもしれない。チームは寝ていなかったが、『Adventure on foot with others』と言いながらモニターばかり見ているのはまずい。そこで公園に行くと多くの人がプレイする風景を目にして、言葉にしがたい想いに包まれた」

 その結果、Pokémon GOを通じて全世界のユーザーが通信した量は4万4600TBに達した。とはいえ、Pokémon GOそのものは、普段の通信量は抑えたものになるよう設計されているのだという。

河合氏
「Pokémon GOは意外とトラフィックを使わない。あんまりギガが減らない。多くのアセット(アプリ内のデータ)はアップデートのときにWi-Fiで取得していただいて、外出時にはデータ転送量を少なくしよう、というのがPokémon GOのテクニカルデザイン」

出したくても出せず怒られた日本での「Pokémon GO」ローンチ

 約1年前の2016年7月14日には、東京を舞台にしたIngressのイベント(※関連記事)を開催したところ、閉会式には約1万人のユーザー(ゲーム上、エージェントと呼ばれる)が集った。「日本でPokémon GOを出す直前で、当社の社長(ハンケ氏)が登場することになり、もしかしたらローンチするのでは? となったが、実際には出さずにいろいろ怒られた」と場内の笑いを誘う(※当時注目を浴びた本紙インタビュー記事)。

 実際にはその約1週間後に日本でPokémon GOがローンチすることになったのだが、河合氏は「もう少し早く出したかった」と語る。早く出したくても出せなかった大きな理由が、先述したサーバーへの大きな影響だった。

石巻のイベントに10万人、20億円以上の効果

 ユーザーを動かすことを目指して開発された「Pokémon GO」は、周囲を顧みないユーザーの行動も起こしてしまった一方で、「米国ミシガンにある大学の子供病棟では、怪我のあとのリハビリにPokémon GOをうまく使っている。普段はなかなか子供はやってくれないが、そこにポケモンがいるから手を伸ばして、体を動かしてとリードするようにしたところ、子供たちは『はやくリハビリをやりたい』と言うまでになった」(河合氏)といったポジティブな効果を生み出してもいる。

 日本では、京都や宮城県・岩手県・福島県・熊本県、あるいは横須賀市といった行政との連携が進んでおり、特に2016年11月に宮城県石巻市で実施したイベントにあわせて、レアポケモンの「ラプラス」が集中的に登場するようにしたところ、期間中の石巻の訪問者は10万人以上を記録。宮城県の試算によると、その経済効果は20億円以上になった。

 宮城県出身という河合氏は「人が訪れれば、ご飯を食べたり、交通機関を利用したり、宿泊したりする。ゲームだが、人が動けば経済に貢献する。そんなことが可能だと感じたが、10万人も参加するとは思わなかった」と感慨深げに語る。

「CPV」、送客実績は5億人

 ナイアンティックでは、アイテム課金の仕組みも用意しつつ、その一方で「Ingress」「Pokémon GO」では、リアル店舗を展開する企業をスポンサーとし、ユーザーがその周辺でプレイすれば、送客実績としてスポンサー料をもらう、という「Cost Per Visit」という考え方のビジネスモデルを展開している。

 この考えに賛同し、実際にスポンサーになった代表格と言えばローソンだが、その他にも、伊藤園やソフトバンク/ワイモバイル、日本マクドナルド、イオン、セブン-イレブンなどが日本ではスポンサーになっている。もちろん海外にもスポンサー企業は存在しており、ゲームに反映されたスポンサーのスポット(スポンサーロケーション)は3万5000以上になり、その周辺を訪れた人はのべ5億人を超えた。

 近くに訪れるだけでスポンサー料と聞けば、首をひねる人がいるかもしれないが、「一度通ると決めた道は、なかなか変えない。道の反対側にはあまり行かない。人はなるべく決めたり考えたりすることを減らしたい」と、人の行動を変えるのはかなり難しい課題だと河合氏。

 米国ワシントン州にあったアイスクリーム屋さんは、閑古鳥が鳴く状態だったが、Pokémon GOが出たあと、店の前にポケストップがあったことで、来店客が急増した――というエピソードを紹介する河合氏は「ロケーションゲームで人の流れを変えられる」と力説。米国のスポンサーであるスターバックスでは、ポケストップになった店舗を目当てに訪れた人がプレイ中で喉が渇いていればついでに店内を利用する、という流れもある。ちなみに裏メニューとして「ポケモン ゴー フラペチーノ」が存在しているとのことだが、その味は河合氏曰く、「米国なので(おそらく甘さ的な意味で)比較的凶悪」。

 このほかPokémon GOのスポンサーには、インドの通信キャリアであるJIO、欧州のショッピングモール運営事業者であるユニベール(Unibail)、米国の通信キャリアであるSprintなどが存在している。

インドのJIO
米Sprint
欧州のunibail
フィリピンのGlobe

リアルワールドゲーム、将来の一手は?

 近い将来の展開として、既にナイアンティックでは、「2.0と仮称されるIngressの次のバージョン」を提供することや、詳細は不明ながら今月下旬以降にPokémon GOへの新機能追加を予告している。

 一方で、さらに将来的な展開として、ナイアンティックでは何を考えているのか。河合氏が挙げたのは、「Beaconなどの先進的なロケーション技術の活用」「ウェアラブルなARデバイス」だ。どちらもさらりと触れられた程度だが、今年2月、ジョン・ハンケ氏がスペインで講演した際や、本誌が4月に行ったナイアンティック川島優志氏へのインタビューでも紹介されており、中身は不明ながら、重要な施策になることは間違いない取り組みと言えそうだ。

 ロケーションビジネスは始まったばかりと述べる河合氏は、「ゆくゆくは大きなチェーン店舗を展開する企業だけではなく、小規模な店舗でも『今日は店が空いているから誰か来てくれないかな』などと、人の流れを変えられるテクノロジーを上手に使えるようにしていきたい」と夢を描く。

 遠いところへ行かなくても、身近な街に知らない発見が埋もれている。それを見つけ出すプロダクトを作っていきたいと河合氏は語っていた。