インタビュー
「無意識に使える安心感」を追求したかたち、ソニーのポータブルデータトランスミッター「PDT-FP1」開発の背景を訊く
2024年3月15日 00:00
ソニーが発表した「ポータブルデータトランスミッター PDT-FP1」(FP1)。予約は受付中で発売は3月22日。一見、スマートフォンのようで、スマートフォンではないFP1。主に報道などプロの現場向けに撮影素材などを伝送する目的とするデバイスだ。
果たして、どのような経緯でFP1は生み出されたのか。ソニー B2B映像事業室の野田紘史氏、同 高島宏一郎氏、商品技術センターの今田玲氏にその経緯と製品に対する想いを訊いた。
伝送に困っている人たちを……開発の経緯を訊く
――2月7日に予約が始まりましたね。どんな具合でしょうか?
野田氏
スマートフォンのように数を売る製品、というわけではありませんが予約も入り始めていて感触は得ています。当初のターゲットのプロフェッショナルの方がメインかなと。直接声をかけていただいているのは、プロのフォトグラファーや放送局の方、屋外で高画質なライブストリーミングをやりたいという方です。
そういう方々に好評を頂いているのは非常にありがたいですね。狙った方々に上手く刺さっているなという印象はあります。
――手応えは上々なんですね。では、FP1の開発に至った経緯はどんなものなんでしょうか?
高島氏
「映像と通信をかけ算しよう」ということで、それに関連する企画や設計など事業部をまたいでメンバー兼務で一同に集まる組織ができまして、そこの中で「イメージングと通信」をいかに極めるかという話を始めたのが最初のきっかけです。
現状には何が足りないのかというあたりをポイントとして見つつ、集まったメンバーの持っている手段の組み合わせでできるものを考えていったというのが開発のコンセプトの流れになっています。
野田氏
やはり、お客さんの声を聞いて不満に思っているところ(を解決したい)というのは全く一緒なんですけど、(メインの)お客さんのフォトグラファーや放送局の方からすると、ちょっと言葉が適切ではないかもしれませんが、端末はしょせん手段なんですよね。
映像をFTPサーバーに転送したい、ライブ配信したい……だとか。目立っては良くないものなんです。だから最初のコンセプトは「無意識に送る」ということでした。
野田氏
お客さんにとっては「無意識に送られている」ことが一番の幸せなんだろうなと。しかし、送ること自体が嬉しい訳ではないですよね。カメラやスマートフォンの場合、撮ることが楽しいという人はいますが、送ることが楽しい人はいないでしょう。
そこで「撮ったら送られている」ということをどう実現するかをコンセプトとするなかで、アンテナが良くなく通信速度にドキドキしていたら無意識とは言えませんよね。つながってるかな? とドキドキしないように速いアンテナ設計としたり、熱で止まったりしてもいけませんので、大きいファンを入れて熱の心配をなくしました。
設定をいちいち操作するようでは、めちゃめちゃ意識しちゃいますよね。そういうのはできるだけ減らせるように、(ケーブルを)さしたら送れるようにしました。
――放送業界など、プロフェッショナルには「無意識に素材を送りたい」といった需要が根強かったんでしょうか?
野田氏
(映像を)届かせるというのは当たり前にありますが、無線でやりたいという傾向がありました。今まではSDIケーブルなどで接続して送るという感じなんですが、設置にも時間がかかるし、人手も必要です。そこを5Gに置き換えることで、時短というかセットアップを身軽にする需要がすごくあったと思います。
しかし無線では不安定なこともありますので、それがなく無意識に送られていることが大事なのでは、という発想があったんです。伝送自体は有線でされていましたが、それを無線化するというのはプロフェッショナルでも注目されているところです。
――素材を伝送すること自体は当たり前ながらも、そこに無線を持ち込むというのは新しい取り組みなんですね
野田氏
たとえば国際的な大型のスポーツ大会では、フォトグラファーは撮影を終えたら事務所のようなところへ走っていって、カメラからSDカードを抜きWi-Fiなどで記者へ送り、記事を書く……というフローになっているんです。これをなくしたいというのはあります。
LANケーブルなどがしっかり用意されている大会もありますが……かなり限られていますし、屋外の競技ではもちろんありません。このように一部の場所以外でもちゃんと使えることが大事です。放送局でもSDIケーブルが一般的ですが、無線でできるとより機動性が上がるのはメリットです。
冷却ファンは協力の結晶 「無意識に撮れる」世界を目指した
――開発にあたっては、どんなところが一番難しかったのでしょうか?
高島氏
設計の観点からすると、熱の問題が大きくありました。5G通信は高速ですが、熱ですぐ(速度が落ちてしまい)終わってしまうということがあります。外付けのファンなどいろいろ試しましたが、ユーザーに安心して無意識に使ってもらわないといけないので、別構造のファンをつけようということになりました。
今田氏
FP1にファンを搭載するにあたり、一番大きな課題はどれだけ本体のサイズを薄くできるかでした。それに、ファンだけで冷えるわけではなくて、いろいろな構造が必要になってきます。まずは熱をうえに引き上げるというところですね。裏面から覗くとヒートシンクがあります。パソコンなんかを見てもらえれば分かると思いますが、熱の拡散のために熱を上に持ち上げるような部品があります。効率的に熱を持ち上げられるための材料を選び、そのうえでファンを使って風を当てています。
Xperiaで出しているゲーミングギア(Xperia Stream)では、外付けだったので筐体に風を当てる仕組みでしたが、FP1では一度持ち上げた熱に風を当てるようなかたちです。こういったデバイスの中にファンを入れるのは結構チャレンジングな要素でした。ただファンを載せただけではなく、構造面や材料、適切な位置などチーム一体となって取り組みました。
静音性にもこだわりました。撮影中にファンが回る音が入ってしまうといけませんし……。小型化についてはノウハウがありますが「ファンを使いこなす」というのはモバイルにはない知見で、今回のファンは新規開発なんですが、カメラ事業部には非常に大きな協力をしてもらいました。
実際にファンをどう使いこなすかというところから作るにはどんな構造が必要かなど、チームとしての協力体制を築き上げて、ようやく製品として形にできました。(動作の)モードやカメラの思想もすべて汲んだうえで作り上げられました。開発を通じて新たな学びも多かったです。
高島氏
喧喧諤諤もあり……。
――違う文化のチームが集まるとぶつかるところもあるのかもしれませんね。どんなところで意見を戦わせたんでしょうか?
高島氏
ファンのモード設定です。我々はあまりファンの設計について知らなかったんですよね。「静か」ってどんなのがあるの、と。大別すると厳かなイベントのなかの静寂と撮影時にマイクにファンの音が入らないという意味での2つがあって……「いやそれって何デシ(db)?」って全然分からなかったので、みんなで無響室に集まってカメラの上にFP1をおいてガンマイクも設置し、ファンの回転数を上げながら撮影したコンテンツをみんなで聞いて「聞こえる!? 聞こえない!?」と全員聞こえなくなるところで線を引くというのをやりました。
野田氏
カメラの場合、オートフォーカス時にカリカリと音が鳴りますが、そのときの静音性はとても大事。だから音が鳴るのは「悪」なんですよ。一方でスマートフォンやパソコンならそれよりもパフォーマンスを重視する。だけどカメラ的には静かじゃないといけないので、その両輪のバランスがすごく難しかったですね。
――ファンは協力体制あってこその賜物だったようですね。そのほかにもご苦労があった点もあるのでは?
高島氏
ひとつは「さしたら転送」と呼んでいる、設定を一度してしまえば、次からはその端子にケーブルをさせば転送が始まる仕組みです。「Creators'App」や「Transfer & Tagging」「XDCAM pocket」などのそれぞれのソニー製のデータ伝送アプリとカメラのソフトウェアをFP1のソフトウェアが取り持って、全体の機能を実現するというかなり難しいことをしています。
(ケーブルを)さして転送してほしいというところにたどり着くまでの導線を書き出して「これって本当にお客さんがやるやり方なの?」という問いかけを始めました。すると、「いやいや、そうじゃないでしょ、お客さんの気持ちになるとゴールデンパス(ユーザーが操作すると思われる導線)はそうじゃないでしょ」という話が出てきたり、さらに「もしかすると人によってはこういうルートで操作するかもしれない」というのも出てきたりしました。
まずそのフローを整理してその後に「ここを短縮したい」「誰が開発したら良いの?」と商材ごとの開発チームを横断して、要件を整理して実行しまして……めちゃくちゃ「アハ」(体験)出ましたね、これは。
――スマートフォンの開発者とカメラの開発者では、考え方の違いも大きそうですね。
高島氏
Xperiaなどスマートフォンとカメラの設定とでは、お客様の使い方が一緒ではないので、そこを融合させる作業をやりました。スマートフォンはディスプレイも大きいし、細かいところも直感的に操作できますが、カメラのユーザーインターフェイスはもっと目的に沿って簡素化されています。階層が深くなったり、十字キーで選んだりと。その間をいかに簡単につなぐかみたいなところが醍醐味でした。
野田氏
今から新しいカメラを作るなら、多分ピュアにできると思うんです。けど、すでに発売されているカメラとすでに作られているアプリケーションをつなぎ込むというのは、やっぱり難しかったです。お客様のカメラにFP1のAPIが入ったときにうまくなじめるように、その辺を吸収するようなソフトウェア設計の難易度が高かったですね。
高島氏
本当に「さしたら転送できる」という通りになるのかが不安でした。最後は本当にできて「うわーっ!」みたいな。(デバイス全般)USBをさすと「充電ですか?」「データ転送ですか?」といろいろ聞いてくるじゃないですか。それはカメラでも同じなのでどうスキップさせるかという話も結構しました。メンバーから「これは聞かないとダメでしょ! 今まで聞いてきてるんだから」なんて言われたり、それをなだめて開発してもらったりと……。
新しい世界を築きたい
――5Gでの転送が強調されています。都市部以外ではまだまだ発展途上な部分もありますが、利用できるエリアが限られませんか?
野田氏
(5G利用という観点では)首都圏が中心になるのかなとは思います。ただ、アンテナ性能を高めているので、4Gに切り替わったとしても、ほか(の端末)ではつかめないような高速通信ができるので5Gじゃないと効果が発揮できないかというと実はそうでもないんです。
高島氏
アンテナの配置などは(Xperiaとの)体積の違いを活かしていて、部品もXperia 1 V/5 Vとも異なる部材を使い、配置をかなり検討しました。
――FP1はスマートフォンにとても性格が近いです。プロの業務利用ということになればOS/セキュリティアップデートの体制も気になるところです。
高島氏
数字をお伝えすることはできないんですが、構想としてはしっかりあります。我々が届けたい使い方に関して、どういう問題があるのかという話にまずは動かしたいと思っています。OSそのものだけではなく、アプリケーションのバージョン管理やセキュリティも使い勝手の一部なので、そのメンテナンスも重要と思っています。
――ネットでは「ゲーミングデバイス」として見る向きもあるようです。皆さん的には想定外の使い方なのでは……とも思いますが、どう受け止められていますか?
高島氏
それはもう大いに(歓迎)というところですね。我々の提案のゾーンの外、撮影という切り口ではないところに撮影向けとしたことが役立つことってあるのかなと思いますね。たとえば「無意識に撮影する」ことを「無意識にゲームする」に置き換えると、(新規開発した)ファンが役に立つ、ということがあるとなお嬉しいかなというのはあります。
野田氏
新しい世界を築きましょうって言いたいぐらいです。我々の気づかない面白い・魅力的な使い方があれば、アップデート(で実現できれば)行きたいし。なんならスマホまで進化しちゃうかもしれないし、カメラにもFP1にもフィードバックはしていきたいです。本当に忌憚のない意見をいただければと思いますね。私はお客様の声も集めようと努力していろいろと見てますので。
高島氏
無意識に撮れることをテーマとした結果「安心してください」みたいなテーマがこのなかに出てきてると思います。「安心してください。いろいろありますよ! 熱で止まりませんよ! いつでも送れますよ! Androidでプロセッシングもしっかりできますよ!」みたいな。作ってるときも「パソコン作ってるのかな?」と思う時もありました。そういう意味では我々のメインストリームの提案ではありませんが、面白い商品になりうるな、と。「これが足りない」と言って頂いたら「これさしてください!」なんて提案できるかもしれません。
――本日はありがとうございました。