石野純也の「スマホとお金」

無印「iPad」新モデルは実質値下げ? コスパの高さが際立つ、その理由とは

 iPhone 16eに続き、2つのiPadが3月12日に発売されました。1つが、チップセットをM3に刷新した「iPad Air(M3)」。こちらは、昨年5月に発売された「iPad Air(M2)」のマイナーバージョンアップ版と言える存在で、iPadの中ではProまではいかないハイエンド寄りの製品に位置づけられています。

 もう1つが、AirもProもminiつかない、無印の「iPad(A16)」です。2010年に発売された初代iPadから続く、iPadの中心的なモデルですが、iPad ProやiPad Airがあることで、今では廉価モデル的な位置づけになっています。今回取り上げたいのは、このiPad(A16)。アップルが販売する他の製品と比べ、コスパの高さが際立っているからです。

iPad Airと同時に発表されたiPad(A16)。iPad Air以上に価格的なインパクトが大きかった

チップセット、ストレージ容量アップで値下げ後価格をキープ

 iPad(A16)は、iPadシリーズの中でもっとも廉価な端末。と言っても、Apple Pencilには対応しており、他のiPadと同様、手書きが可能。Magic Keyboard Folioを装着すれば、キーボードでの入力もできます。Mシリーズのチップセットを積んだiPad ProやiPad Airとは異なり、iPhone 14 ProシリーズやiPhone 15に搭載された「A16」でパフォーマンスは抑えめなものの、基本的なアプリは問題なく動作します。

A16チップを搭載し、前世代からパフォーマンスがアップした

 先代の「iPad(第10世代)」が発売されたのは、22年10月。約2年半ぶりに、リニューアルされた格好ですが、形状などは変わっておらず、ホームボタンレスの仕様になっています。 チップセットが「A14 Bionic」からA16になったことに加え、最小構成のストレージ容量が64GBから128GBに倍増していることが大きな違い と言えるでしょう。また、ストレージの選択肢として、64GBがなくなった代わりに、512GB版が新設されました。

最小のストレージが128GBになったことに加え、512GB版も加わった

 ディスプレイや本体形状などはそのまま。生体認証もTouch IDが受け継がれているものの、パフォーマンスが向上して、ストレージ容量が上がったことで、より最小構成でも買いやすいiPadになったと言えるかもしれません。ただし、セルラー版からはSIMカードスロットがなくなり、eSIMのみの仕様になっています。この点は、契約している料金プランによっては注意が必要になるかもしれません。

 スペックが底上げされたiPad(A16)ですが、 それ以上にサプライズだったのは、最小構成が5万8800円から という価格です。実は22年に発売されたiPad(第10世代)も、同額だったからです。

 一般的に、アップル製品はストレージ容量に応じて値段が上がっていくものの、このiPad(A16)の場合、その増加分も吸収して同額に抑えているというわけです。

 しかも、iPad(第10世代)は、24年5月に6万8800円から5万8800円に値下げされていました。発売時点での比較においては、1万円値下がりしているとも捉えられます。また、iPad(第10世代)は256GB版が8万4800円(値下げ後)だったのに対し、iPad(A16)は256GB版も7万4800円に値下げされています。その意味では、 お得感がアップしたiPad と言って間違いありません。

iPad(第10世代)は、24年5月に英ロンドンで開催されたイベントで値下げが発表された。写真は、値下げ発表の瞬間。日本では、1万円安くなった

円安なのに値下げ? ドルベースの価格も下げていた第10世代

 2年半という月日が経ったにも関わらず、実質的に発売時点での価格が下がった点は見逃せません。アップルに限らず、海外製品の多くは円安ドル高の為替相場を反映して、この間、価格が徐々に上がっていたからです。iPhoneの価格の変遷と比較すると、その違いが分かりやすいでしょう。

 先代であるiPad(第10世代)が発売された22年には、「iPhone 14」シリーズが登場しています。発売時の価格は、ノーマルモデルであるiPhone 14の128GB版が11万9800円でした。1年後の、「iPhone 15」は12万4800円と5000円値上がりしています。さらに1年後にあたる24年に発売された「iPhone 16」も12万4800円でした。一方で、 いずれのモデルも米国では799ドルと価格が据え置かれています

無印iPhoneの最小構成は799ドルを維持している一方で、円安を反映して日本円での価格は上がっている

 日本は税込み、米国は税抜きのため、これを加味して計算するとiPhone 14は1ドルあたり約136円、iPhone 15、16は約142円のレートを反映させていることが分かります。これに対し、米国でのiPad(第10世代)は当初449ドルで販売されていましたが、先に挙げた日本での値下げと同タイミングで349ドルと100ドルの値下げを実施しています。今回発売されたiPad(A16)も、349ドルです。

 対するiPad(第10世代)発売時点での値付けは、1ドルあたり約139円。値下げ後は1ドル約153円になり、しっかり円安が反映されています。米国では100ドルの値下げに対し、日本では1万円の値下げだったことから、この価格改定時に為替レートの変動を反映させた格好です。iPad(A16)も、昨年の値下げ時と同じ為替レートが適用されているため、円安の為替相場は反映させつつも、値下げに見せることに成功しています。

無印iPadはいったん値下げを経たのちに、その価格を引き継いだ新モデルに置き換わった。円安は反映させつつも、価格を上げることはなかった格好だ

 ちなみに、25年3月18日14時時点での為替相場は、1ドル約149.5円。iPadの為替レートが特別優遇されているというわけではなく、比較的相場に近いそれが反映されています。どちらかと言えば、iPhone 16シリーズの方が、アップルがやや無理をして価格設定していることがうかがえます。この点は、どの製品をどう売っていきたいかの戦略が反映されるところで、スマホの方がより価格競争がシビアであると言えるかもしれません。

教育市場攻略のための価格設定か、ただしApple Intelligenceには非対応

 他のiPadと比べて、特に無印のiPadは価格設定にシビアにならなければらない事情もあります。 GIGAスクール用に利用する端末として、全国の小学校、中学校で児童や生徒に配布されているから です。iPad(第10世代)が発表された際には、6万8800円という価格について、教育市場に入り込むには厳しいのでは……と言われていました。国から出る補助金、つまり予算の範囲を大きく超えてしまうからです。

22年に発表されたiPad(第10世代)のプレスリリース。6万8800円という価格は、賛否を呼んだ

 実際、補助金の額が上がったGIGAスクール構想第2期でも、その額は5万5000円で、iPad(A16)の本体価格ですら下回っています。ただし、GIGAスクールではリース方式も認められているほか、アップルもリース契約の「Apple Financial Services」を提供。販売会社やSIerのような企業が提供するGIGAスクール向けパッケージには、先代のiPad(第10世代)も含まれています。

リセールバリューの高さを生かし、残価設定型でのリース契約も用意している

 そもそも、無印iPadは、教育向けの色合いを非常に濃くした端末。18年に米イリノイ州シカゴで開催された「iPad(第6世代)」で無印のiPadとして初めてApple Pencilに対応し、その役割を明確化していきました。シカゴの発表会会場は、高校の校舎。取材に訪れた筆者も、通常ではなかなか足を踏み入れる機会がない海外の高校というシチュエーションに、ワクワクしたことをはっきりと覚えています。

18年に開催された無印iPadの発表会は、シカゴの高校が会場だった

 教育用の端末にもなっている無印iPadだからこそ、ある程度価格は抑えておく必要があります。後継機が出ていないにも関わらずiPad(第10世代)の値下げに踏み切ったり、スペックアップしたiPad(A16)の価格を据え置きにしたりした背景には、こうした事情も関係しているとみられます。グローバルに事業を展開しているアップルだけに、GIGAスクールだけを見て価格決定したわけではなさそうですが、日本は比較的大きな市場でもあるだけに意識をした可能性はありそうです。

内田洋行のGIGAスクール第2期対応パッケージでは、iPad(第10世代)を選択可能。今後、iPad(A16)に置き換わっていく可能性もありそうだ

 もっとも、価格優先だったこともあるためか、iPad(A16)は4月から日本語版が開始されるApple Intelligenceには非対応になっています。これは、チップセットであるA16やメモリ(RAM)容量が、Apple Intelligenceの必須要件の「A17 Pro以上、メモリ8GB以上」を満たしていないためです。

 24年10月に発売されたiPad mini(A17 Pro)は、この条件をクリアしており、Apple Intelligenceを利用できるようになるだけに、この部分はなんとも残念。現役のラインナップとして販売中のiPhone、iPadの中では、iPhone 15とiPad(A16)だけが、Apple Intelligenceに非対応となってしまいました。2万円差(と画面サイズの違い)はありますが、安価にApple Intelligenceを使いたいのであれば、iPad mini(A17 Pro)を選ぶという手もありそうです。

石野 純也

慶應義塾大学卒業後、新卒で出版社の宝島社に入社。独立後はケータイジャーナリスト/ライターとして幅広い媒体で執筆、コメントなどを行なう。 ケータイ業界が主な取材テーマ。 Twitter:@june_ya

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