石野純也の「スマホとお金」

iPhoneアプリを配信する「App Store」における価格改定の影響を紐解く

10月5日にApp Storeの価格が改定される。その影響を読み解いていく

 円安ドル基調の為替レートは、端末価格だけではなく、スマホを取り巻くエコシステムにも影響を与えています。10月5日に改定されるApp Storeの価格も、その1つです。元々、App Storeはディベロッパー(アプリ開発元)が細かな金額を設定できるわけではなく、「ティア(Tier)」に応じた価格が国ごとに設定されています。ディベロッパー側がティアを決めるだけで、全世界の価格を一律に変えられるのがそのメリットです。

 このティアごとに設定されていた金額が、10月5日から上がることになります。値上げについてはアップルとディベロッパーの間の決め事ですが、最終的に、そのお金を払うことになるのはユーザーです。どんな影響がありそうなのかは、知っておいて損はないでしょう。また、App Storeの値上げはiPhone、iPadユーザーだけの話と思われがちですが、必ずしもそうではありません。値上げがAndroidのGoogle Play Storeに、波及する可能性はあるため、すべてのスマホユーザーが知っておきたい話と言えそうです。

そもそもティアって何? 段階ごとに決められたアプリの価格

 アプリの価格と聞くと、ディベロッパーが自由に設定できるように思われるかもしれませんが、App Storeの場合、そうではありません。アップル側が決めた「ティア(Tier)」という枠組みの中から、ディベロッパーが価格を選択する仕組みになっています。一般のユーザーの中にも、「120円」なり「250円」なりの、妙にキリがいい価格が多すぎると思われていた方はいるでしょう。これはティアごとの値段が決められているためで、ここから外れた「115円」や「223円」といった細かな価格は設定することができません。

App Storeの有料アプリは、すべてキリのいい価格が設定されている。これはアップルがティアを設けて価格を区切っているためだ

 現行の価格テーブルでは、この120円が「ティア1」に相当します。250円は「ティア2」です。以降、370円、490円、610円、730円といった形で価格が上がっていき、最大となる「ティア87」には11万9800円が設定されています。さすがにここまで高額なアプリは目にする機会が少ないと思いますが、ゲーム内、電子書籍アプリ内の通貨のまとめ買いや、専門性の高いアプリなどは、比較的高いティアが設定されていることがあります。

10月4日までの価格テーブル(アップルの開発者向けニュースより)。ティア1は120円で段階的に値段が上がっていく

 ディベロッパーにとってのメリットは、ティアを決めるだけで済む簡易さにあると言われています。例えば、ティア1であれば、米国では0.99ドル、EU圏でも0.99ユーロに設定されています。ディベロッパーがこれを選ぶだけで、日本では120円、米国では0.99ドル、EUでも0.99ユーロという価格が設定されるというわけです。仮に米国で売れれば0.99ドル(約143円、9月27日時点)が、EU圏で売れれば0.99ユーロ(約138円)から手数料を差っ引いた金額がディベロッパーの手元に渡ります。

 ただ、この時点でお分かりのように、現状は為替レートが激しく変動しているため、各ティアに設定された金額との乖離が大きくなってきました。日本のディベロッパーが海外で販売するぶんには、円建てで入ってくる収入が大きくなる一方、海外のディベロッパーが日本で販売した際の収入が下がってしまうことになります。こうした不均衡を是正する目的もあり、各ティアに設定されている価格はそこそこ頻繁に見直されています。

 10月5日に価格を変更するのも、その一環と見ていいでしょう。上記のように、約1ドルあたり120円に設定されていたため、今の為替レートとは乖離が大きくなっていたからです。とは言え、ここ数カ月で急速に円安ドル高が進行したこともあり、値上げ幅はかつてない大きさに。先に挙げたティア1は120円から160円に、ティア2は250円から320円に上昇します。価格表は以下のとおり。これによって、App Storeで配信されているアプリに、何らかの影響があることは間違いありません。

10月5日からの新価格。最低価格のティア1が120円から160円と40円も上がっている。米国では据え置きのため、最新の為替レートを反映したと考えられる

 では、具体的にどういったことが起こるのか。これは、ディベロッパーがどう対応するのかによって変わってきます。 1つ目に考えられるのが、日本のユーザーにとっての単純な値上げ です。ティアをそのままに据え置けば、120円だったアプリは160円に、250円だったアプリは320円になります。円安ドル高といっても、日本のユーザーはドル建てで生活しているわけではないので、コンテンツの価格が上がったように見えてしまうはずです。

対応はディベロッパー次第か、一律で価格アップにならない可能性も

 ただ、それではアプリやアプリ内の売上げが大きく落ちてしまうおそれもあります。日本でも徐々に物価高が進み、食料品などの値上げは進んでいるものの、収入がそれと連動して増えているわけではありません。アプリの価格が1.33倍になっても、本稿の原稿料が変わるわけではない……というのは悲しい現実。そのままだと、アプリの買い控えが起こっても不思議ではありません。

 こうした事態を防ぐため、特に 日本市場に特化したアプリは、価格上昇に見合った価値を提供することが考えられます。これがパターン2です 。同じティア1の価格で提供するアプリ内通貨を増やすのは、シンプルな対応。グローバルで流通しているアプリの場合、価格変動のない国での影響を考えるとこうした対応は取りづらそうですが、日本限定で配信していたり、日本のユーザー比率が極端に高ければ、こうした対応はできそうです。

 一例を挙げると、筆者がよく利用している「LINEマンガ」では、マンガの1話ないしは1冊を読むためにアプリ内通貨のコインが採用されています。現状では、120円で120コイン、250円で250コイン、370円で370コインが付与されます。10月5日以降の価格について、現時点では案内がありませんが、仮に150円を150コインとして、配信しているマンガを読むのに必要なコイン数を変えなければ、実質的な影響はないということになります。確かに一時的に支払う金額は増えますが、コインの交換先であるマンガの価値が変わらなければ、トータルでは同じことになるというわけです。

アプリ内通貨で電子書籍を提供しているようなアプリの場合、電子書籍自体の価格を変えず、アプリ内通貨を連動させて増やせば、ユーザーへの影響は抑えられる。画面はLINEマンガ

 一方で、アプリそのものにいくらと値付けをしている場合、この手法が通用するとは限りません。大幅に機能を強化するといったことは考えられますが、1.3倍の価格アップをユーザーが許容するかどうかは難しいところです。アプリ内通貨でガチャを回せるといったケースでも、キリのいい数字にしていた場合、回数が減ってしまうなどの影響がありそうです。この場合、 ティアを下げる といった手も考えられます。例えば、現行の価格テーブルでティア3に設定している場合、日本での価格は370円になりますが、新価格テーブルでは480円に値上げされます。これをティア2に落とせば、320円まで価格が下がります。

いわゆる買い切りアプリに関しては、ティア内の価格設定の影響をモロに受ける。ティア変更を検討する可能性もありそうだ

 110円の値上げか、50円の値下げかは判断が難しいところですが、値下げによってより多くのユーザーを獲得でき、トータルでは売上が上がると判断できれば、ティアを下げるというのは悪くない選択肢と言えます。値上げ幅がかつてないほど大きいため、ディベロッパーがどのように動くのかは読めないところですが、こうした変化が起こる可能性があることはユーザー側でも念頭に置いておきましょう。

一部のAndroidアプリに影響を与える可能性も

 一方で、スマホのもう1つのプラットフォームであるAndroidのGoogle Playストアには、App Store同様のカチッとしたティア制度はありません。ディベロッパーが比較的自由に金額を設定できることもあり、有料アプリには端数を含んださまざまな価格がつけられています。Playストアのランキングに並ぶアプリを見るだけで、その多様性が分かるはず。かつて「みんなちがうから、世界はたのしい。」をキャッチコピーにしていたグーグルならではの部分です。

アップルのようなティア制度がないAndroid。Playストアの価格もまちまちだ

 とは言え、Androidがまったく影響を受けずに済むかというと、そう言い切れない部分があります。アプリの多くが、iOSとAndroidに両対応しているからです。ディベロッパーの方針次第といったところですが、プラットフォームごとに価格の乖離が大きくなりすぎないよう、Android側をiOS側に合わせていることもあります。そのため、10月5日以降、Google Playストアの中でも値上げに踏み切るアプリが出てくる可能性はあります。

 例えば、先ほど挙げたLINEマンガのAndroid版を見ると、すぐにお気づきになるかと思いますが、コインは、120円、250円、370円、610円と、アップルの現行のティアに基づいた価格に設定されています。アプリ内通貨を採用しているため、上記の理屈で言えば価格改定がイコールで値上げになるわけではなく、ユーザーの影響はさほど大きくないのかもしれませんが、こうしたディベロッパーが、Android版をアップルの新価格に合わせてきても不思議ではないでしょう。

Android版LINEマンガのコイン購入ページ。価格がiOS版と同額の設定になっている

 また、アップル同様の価格テーブルがないとはいえ、為替レートが大きく変動しているのは純然たる事実。日本円の価格を据え置きにしていると、海外ディベロッパーの取り分が減ってしまうため、個別の判断で最新レートを適用して値上げするといったことは十分ありえます。価格設定の仕組みが違うとはいえ、為替レートの変動影響がないわけではない点には注意しておきましょう。

 サードパーティのアプリはもちろん、ファーストパーティであるアップルやグーグルのサービスへの影響も懸念されるところです。「iCloud+」や「Google One」といったストレージサービスや、「Apple Arcade」「Google Play Pass」などのサブスクリプション型サービスなど、プラットフォーマー自身が展開しているサービスも多岐に渡るようになりました。いずれも本国は米国のため、円安ドル高の影響を受け、日本での収益性が低下しています。一度に払う額が大きいため、端末代の値上げだけに注目が集まりがちですが、チリも積もれば山となります。こうしたアプリやサービスの価格にも注意しておいた方がよさそうです。

石野 純也

慶應義塾大学卒業後、新卒で出版社の宝島社に入社。独立後はケータイジャーナリスト/ライターとして幅広い媒体で執筆、コメントなどを行なう。 ケータイ業界が主な取材テーマ。 Twitter:@june_ya