法林岳之の「週刊モバイルCATCH UP」
クアルコムとの和解に見え隠れするアップルの苦悩
2019年4月17日 22:25
4月16日、米クアルコムは米アップルとの間でくり広げてきた特許などの知的財産を巡る訴訟において、全面的に和解することを発表した。同日、米アップルも和解を発表し、米クアルコムから今後、6年間、モデムチップの供給を受けることを明らかにした。両社の和解までの流れと今後の影響、そこから見え隠れするアップルが置かれている立場などについて、考えてみよう。
訴訟合戦をくり広げてきたクアルコムとアップル
現在、私たちが利用しているスマートフォンやタブレット、パソコンなどのデジタル製品は、さまざまな企業が持つ技術によって、支えられている。その技術の裏付けとなるのが各社が持つ特許であり、多くの企業は特許使用料を支払うことで、他社が持つ技術を利用したり、相互に特許を利用する契約を交わしたりする。たとえば、A社のスマートフォンはそのメーカーの技術だけで成り立っているわけではなく、他の企業が持ついくつもの特許や技術によって、ひとつの製品が開発、製造され、私たちの手に届いているわけだ。
こうした特許を数多く持つ企業として、モバイル業界で知られているのがクアルコムだ。ユーザーにとっては、Androidスマートフォンなどに搭載されている「Snapdragon」シリーズを供給する企業として知られているが、携帯電話が3G、4Gと進化をしていく中で、同社はさまざまな技術を開発し、同時に膨大な数の特許を取得してきた。米サンディエゴのクアルコム本社のホールには、特許のパネルの一部を壁一面に飾るコーナーもある。
そんなクアルコムに対し、今から約2年前、アップルは「クアルコムが特許使用料を過大に請求している」と提訴し、関係各社に特許使用料の支払いを停止するように指示。これに対し、クアルコムも同年4月に「アップルが特許使用料を支払っていない」と提訴し、同年5月にはアップル製品の製造委託先も相手取って、提訴に踏み切っている。その後、両社はさまざまな件について、お互いに提訴し合う訴訟合戦をくり広げてきた。
とどめを刺した「5G ONLY ON Android」
こうした特許紛争は提訴した各国の裁判所で審理が進められ、判決が出されたり、和解が成立したりするものだが、両社の訴訟合戦は両社のビジネスにも影響が見られた。そのキープレーヤーとなったのが米インテルだ。
インテルと言えば、パソコンのCPUで圧倒的なシェアを持つが、この十数年で、デジタル製品の主流はパソコンからスマートフォンへ移行が進んでいる。インテルはパソコンのCPUだけを製造しているわけではなく、さまざまな製品を展開しているが、将来を見据え、通信向けチップの強化を図るべく、2011年に独インフィニオン・テクノロジーズのワイヤレス事業部を買収し、モバイル通信向けのモデムチップの開発を進めてきた。ちなみに、このインフィニオン製モデムチップは古くにiPhoneと関わりがあり、2009年に国内向けに初登場したiPhone 3Gのときにもモデムチップとして、採用された実績を持つ。
インテルはインフィニオンのリソースを活かし、4G LTEプラットフォーム向けの製品を市場に提供してきた。2018年9月に発表されたiPhone XS/XS Max/XRには、それまでのクアルコム製ではなく、インテル製のモデムチップが搭載されることになった。これは言うまでもなく、アップルがクアルコムと係争中だったからだが、インテルはIoTやコネクテッドカーなど、5G時代へ向けた技術開発を進めており、アップルとしては、5G時代を見据えて、ひと足早くインテル製モデムを採用することになった。
ところが、インテルの5Gモデムの開発は順調に進まず、サンプル出荷が2019年末にずれ込むとアナウンスされるなど、iPhoneの5G対応が危ぶまれる状況になってしまった。
一方のクアルコムは、すでに5G対応モデム「X50」を出荷し、2G/3G/4Gをサポートする既存のSnapdragonシリーズ(現行のSnapdragon 845など)と組み合わせることで、既存のネットワークにも対応した5G対応スマートフォンを開発できる環境をいち早く整えていた。今年2月に発表した「X55」では、5Gモデムに2G/3G/4Gモデムを統合しており、モデムを持たないチップセットと組み合わせることで、幅広いレンジの5G対応スマートフォンを開発できるようにしている。すでに、サンプル出荷も開始され、2019年末には搭載製品が登場すると言われている。
そして、こうした動きを踏まえ、トドメを刺すような形となったのが今年のMWC19 Barcelonaだ。ここ数年、毎年2月にスペイン・バルセロナで開催されるMWCでは、5Gへ向けた各社の展示が活発化していたが、5Gの課題を解決する多彩なソリューションを展示するクアルコムブースの斜め向かいには、インテルがブースを構えており、そこを狙ったクアルコムのちょっと刺激的なコピーが何度も話題になっていた。極めつきが今年の展示で、クアルコムブースの説明員が着るTシャツには「5G ONLY ON Android(5GはAndroidだけ)」と書かれていた。
これが何を表わしているのかは、MWC19 Barcelonaの記事を読み返していただきたいが、今年のMWC19 Barcelonaでは会場内に5Gのネットワークが設置され、クアルコムブースでは同社製5Gモデムを搭載したソニー、サムスン、LGエレクトロニクス、ZTE、OPPO、シャオミ、OnePlusという7社の5G対応スマートフォン(一部は試作機)が展示され、ブース内のアンテナからの5Gの電波を受けて動作していた。つまり、5Gが注目されているMWC19 Barcelonaにおいて、クアルコム製5Gモデムを搭載したAndroidスマートフォンは、すでに5Gネットワークと接続できているのに対し、インテル製5G対応モデムは開発が遅れ、採用を検討していたiPhoneでは当面、5Gが使えないことが明白になってしまったわけだ。こうしたクアルコムの動きには当然のことながら、Googleも同調し、同様のキャッチコピーを掲示しながら、Androidプラットフォームのアドバンテージをアピールしていた。
こうなってくると、5G対応製品が続々と登場すると予想される2020年以降、Androidスマートフォンは次々と5G対応を謳うのに対し、iPhoneだけが5Gに対応できず、取り残されるのではないかという指摘も聞かれるようになってしまった。こうした状況に対し、今月初めにはクアルコム社長のクリスティアーノ・アモン氏が「アップルに5Gモデムを供給する用意がある」と発言したことが伝えられ、数日前にはファーウェイ創業者でCEOのレン・ツェンフェイ氏がアップルへ5Gモデムを供給すること(販売すること)について、「オープンである」と答えたと伝えられるなど、インテル製5Gモデムを搭載する予定にしていたアップルに対し、業界各社が手を差し伸べる動きも見られた。
そして、4月16日、ついにクアルコムとアップルは全面的に和解することを発表し、この先、6年間のチップの供給を受ける契約を結んだことが明らかになった。和解内容は詳しく説明されていないが、これまでの置かれている環境を鑑みると、アップルが特許使用料を支払う形で、話がまとまったと推察される。
また、この発表と前後するタイミングで、インテルは5Gモデムの開発終了を発表した。アップルが採用をやめたことで、インテルが5Gモデムの開発を断念したのか、あるいはインテルが5Gモデムの開発を断念したことで、アップルがクアルコムと和解したのかはわからないが、いずれにせよ、インテルもアップルも方針を転換せざるを得ない状況に追い込まれたことは確かだ。
モバイル業界の手順に則ったクアルコム
今回の一連の騒動を振り返ってみると、その背景にはクアルコムとアップル、クアルコムとインテルの間で、技術力とは別に、モバイル業界での経験や関連企業同士のつながりなどで、大きな差があったことがうかがわせる。
技術的にどちらが優れているか、あるいは知的財産の訴訟でどちらの言い分が正しいのかは、簡単に比較できないが、やはり、ここ数年のMWCの動きを見ていると、その違いは顕著だった。クアルコムは毎年、5Gで想定される課題をクリアするためのソリューションを着実に出品しながら、基地局などの設備を手がけるネットワークベンダーとも連携し、5Gが利用できる環境づくりを整えていった印象を受ける。新しい世代の通信技術というと、スマートフォンなどに搭載されるモデムチップやチップセットばかりが注目されがちだが、モバイルネットワークは基地局と電波があって成立するものであり、実際の運用に向けてはエリクソンやノキア、ファーウェイといったネットワークベンダーとの接続試験や相互運用試験をクリアしなければならない。
また、5Gの場合、これまでモバイル通信では利用実績がない高い周波数帯域も利用するため、今まで以上にアンテナ技術が求められており、こうした課題に対してもクアルコムはミリ波対応のアンテナモジュールを開発するなど、モデムチップ以外にも注力し、5Gを推進しようとしてきた。
長年、モバイル業界の標準化や通信技術に関わってきたクアルコムは、5Gスタートにはどんな準備が必要なのかがよくわかっていて、数年間をかけて、粛々と準備を進めてきた印象だ。インテルがこうした部分にどの程度の労力をかけたのかはわからないが、少なくともMWCでの展示や最終的な開発中止という結論を見る限り、モバイル業界のお作法に従わなかったことが敗因と言えるのかもしれない。
5G対応iPhoneとアップルの焦り
かつてのマイクロソフトとアップル、アップルとサムスンなどの長い年月をかけた係争に比べ、今回のクアルコムとアップルの訴訟合戦は、わずか2年で終結する形となったが、ここまでの一連の動きを振り返ってみると、アップルの焦りのようなものが少し見え隠れする。
あらためて説明するまでもないが、アップルの主力商品と言えば、iPhoneだ。グローバル市場では長年、サムスンとトップ争いをくり広げていたアップルだが、数年前に2位の座を中国のファーウェイに奪われ、現在は3番手となり、これをシャオミやOPPOが激しく追っている。
国内では50%前後のシェアを持つiPhoneだが、グローバルでは徐々にシェアを落とす傾向にあり、特に昨年9月に発表されたiPhone XS/XS Max/XRは、販売価格がかなり高く設定されたため、売れ行きが芳しくないとされる。現に、2018年10月から12月の2019年度第1四半期決算ではiPhoneの売り上げが前年同期比で15%減と伝えられ、株式市場にも「アップルショック」が響き渡った。つい先日もiPhoneの売り上げ不振の影響を受け、ジャパンディスプレイが海外勢の資本を受け入れることになったニュースが伝えられた。
ちなみに、アップルの売り上げの内、約70%をiPhoneが占めており、iPhoneの売れ行き次第で、アップルの業績を大きく左右する要因となっている。そのため、モバイル業界がここ数年で5Gへ移行していこうとする中、もし、iPhoneだけが5Gに出遅れてしまうと、iPhoneの先進的なイメージが崩れてしまうだけでなく、アップル全体の業績に影響が出てしまう。だからこそ、アップルとしては、iPhoneの5G対応への出遅れをどうしても避けたかったわけだ。
クアルコムと和解したことで、アップルは5G対応モデムの調達が可能になり、5G対応iPhoneを可能性が見えてきたが、実際に5G対応iPhoneはいつ頃、登場することになるのだろうか。
iPhoneは例年9月に新モデルを発表しており、今年も同じスケジュールで発表する場合は、おそらく今年のiPhoneが5Gに対応することはなさそうだ。わずか半年前にモデムチップを変更できるほど、現在のスマートフォンの設計は簡単ではないからだ。
では、2020年モデルなら、5G対応が可能かというと、これもやや微妙な状況と言わざるを得ない。一般的に携帯電話やスマートフォンの開発は、1年半から2年前にスタートすると言われており、おそらく今の時期が2020年モデルの開発方針を決定するギリギリのタイミングだと予想される。もし、すでに2020年モデルを幻となったインテル製5Gモデルで設計し始めていたとすると、これをやり直さなければならないため、かなりの突貫スケジュールで開発することを強いられる。しかも5Gは新しい通信技術であるため、検証が必要な項目が格段に多いとされる。前述のように、新しい周波数帯域への対応も検証に時間がかかる要因のひとつだ。これらの点を考慮すると、2020年版iPhoneは2G/3G/4G対応モデルとは別に、5G対応モデルをラインアップに加え、5Gサービスがスタートし、ある程度、運用が安定している国と地域を限定する形で、5G対応製品を投入するのではないかと予想される。
そうなると、アップルの業績にも影響が出そうだが、そこでカギを握るのが今年3月に発表された新サービスだ。アップルは3月半ば、3日間連続でiPad mini(5th)やiPad Air(3rd)などの新製品を相次いで発表し、翌週の3月26日に開催したスペシャルイベントでは「Apple News+」や「Apple TV+」などの新サービスを順次、開始することを明らかにした。アップルはこれまでも「iTunes」をはじめ、「iTunes Match」や「Apple Music」などのサービスを提供してきたが、新サービスをこれらと同じような収益性の高いサービスに育てたい考えなのだろう。
ただ、筆者の率直な印象を書いてしまうと、これらの新サービスだけでは、アップルはライバルと十分に戦えないかもしれない。現時点ではサービスの詳細が明らかになっていないため、何とも言えない部分もあるが、たとえば、「Apple News+」はNTTドコモが国内で提供する「dマガジン」のような出版物を対象にした定額サービスだ。しかし出版物は国と地域によって、デザインやレイアウトの好みがかなり異なる。もちろん、洋書のようなカッコ良さは楽しめるだろうが、どこまで日本の読者に受け入れられるものを作り込めるかはかなり未知数だ。
また、オリジナルコンテンツを含む映像配信サービスの「Apple TV+」だが、これは読者のみなさんもご存知のように、今、国内は映像配信サービスの競争が激しくなっている。国内の携帯電話事業者が提供する「dTV」や「ビデオパス」、Amazonが提供する「Primeビデオ」、auとのセットプランが人気の「Netflix」、日本テレビが引き継いだ「Hulu」などがあり、ライブストリーミングでもサイバーエージェントとテレビ朝日が出資した「Abema TV」などが人気を集めている。
これらのサービスの内、元々、米国発のサービスであるPrimeビデオやNetflixは、海外のタイトルを並べるだけでなく、日本で制作したタイトルなどもラインアップに加えている。同様に、米国のサービスを日本テレビが引き継いだHuluも日本テレビの番組を再放送するなど、米国発以外のコンテンツを充実させている。Apple TV+もおそらく米国で制作された独自コンテンツに日本語字幕などを付ける形で提供されるのだろうが、意外にニーズの高い吹替えをどうするのか、日本で独自コンテンツを制作するのかなど、日本向けにきちんとローカライズできるのかが注目される。
「電気になる」ために必要なこと
2019年~2020年へかけて、超高速、超低遅延、大容量のデータ通信を可能にする5Gサービスがスタートする。すでに、米国と韓国ではサービスが開始され、国内でも今年9月を目途にプレ商用サービスがスタートする予定だ。
5Gサービスは現在の4Gまでのサービスと違い、社会を大きく変えると言われている。2017年、クアルコムCEOのスティーブ・モレンコフ氏は、「5Gは電気になる」とコメントしたそうだが、これは5Gサービスは現在の私たちの生活に欠かせない「電気」と同じくらい、日常生活に密着した存在になることを指し示している。
これまでの携帯電話サービスは、携帯電話事業者を中心にサービスが展開されてきたが、「電気」と同様の存在ともなれば、その関わりは膨大な範囲に拡がり、今までにないほど、多くの業界と関わりを持つことになる。
そのことを十二分に理解していたからこそ、クアルコムはさまざまなネットワークベンダーと相互に接続できる環境を構築し、さまざまな端末メーカーや関連企業ともしっかりとパイプを持ち、5Gを推進してきた。結果的に、そのことがインテルとアップルを追い込む形となり、和解という解決策を導き出すことができたわけだ。
今後、クアルコムとアップルの両社がどのような方向性で事業を展開していくのか、市場でどのような反響があるのかは、まだ見えてこない。しかし、両社ともに、お互いが持つ技術を活かしながら、私たちユーザーに新しい驚きとワクワクを提供してくれることを期待したい。