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携帯各社の通信ネットワーク戦略と経済安全保障
2025年10月4日 06:00
2020年に5Gサービスの商用化が始まったものの、携帯各社の通信ネットワーク品質には大きな差が生じた。本稿では大手3社の5Gネットワーク戦略を比較し、その要因の一つである基地局ベンダーについて考察していきたい。
ソフトバンク・KDDIとNTTドコモの異なる5G戦略
国内での5G商用化は、NTTドコモが2020年3月25日、KDDIが26日、ソフトバンクが27日、楽天モバイルが同年9月30日に開始した。
政府は「デジタル田園都市国家構想」に基づき、2025年度末までに人口カバー率90%以上、2030年度末には99%を目指す目標を掲げた。しかし、そのアプローチは各社で大きく異なった。
ソフトバンクとKDDIは、既存の4G周波数を5G向けに転用する「NR化」によって、5G本来の「超高速・大容量・超低遅延」という特性を一部犠牲にしながらも、迅速にエリアを拡大した。
対照的に、NTTドコモは新規の5G周波数を使って基地局を展開したため、エリア整備が遅れ、特にターミナル駅など人が集中する場所で電波がつながらないケースが頻発した。結果として、KDDIやソフトバンクは人の多いエリアでも安定した通信を維持できたのに対し、ドコモは出遅れ感を強めた。
ちょうどこの頃、コロナの収束に伴いテレワーク中心の働き方から都心回帰が進み、ビデオ会議の増加や動画視聴需要の拡大で通信トラフィックが急増していた。ドコモは2020年にNTTの完全子会社となった後、収益性を優先して設備投資を抑制したことも、品質低下に拍車をかけたとみられる。
さらに、ソフトバンクには「WCP(ワイヤレスシティプランニング)」、KDDIには「UQC(UQコミュニケーションズ)」というデータ通信専業の子会社があり、周波数容量の拡張や都市部でのトラフィック分散に大きく貢献した。
その一方で、ドコモには同様の子会社が存在せず、4Gの混雑を限定的な5Gへ強制的に移行させたことで、「セルエッジ」での通信不安定や「パケ詰まり」が頻発。2023年10月にドコモは300億円規模のネットワーク対策を発表し、2024年6月には新社長が就任し、品質改善への取り組みを強調した。
ドコモが調達先を海外ベンダーへ切り替え
ドコモの通信ネットワーク問題のより根本的な要因として注目すべきは、基地局ベンダーの違いも大きいのではないかと思う。
ソフトバンクとKDDIはエリクソン、ノキア、サムスン電子といったグローバルベンダーから調達しているのに対して、ドコモはNECや富士通と国内ベンダー主体で開発・設計を進めてきた。
グローバルベンダーは大量生産による低コスト化に加え、世界の標準化や技術開発をリードしているほか、何よりも豊富な運用実績があり、KDDIやソフトバンクはその恩恵を享受できた。5G商用化時にいち早く導入されたMassive MIMOはその好例だろう。
ドコモは品質改善に向けて、2020年10月にはNECがサムスンと、富士通がエリクソンと提携した。表向きはグローバル展開やO-RAN協力が目的とされたが、実際にはドコモ向け基地局強化の色合いが強かった。
そして2024年10月、ドコモは調達方針を見直し、富士通など国内依存からエリクソン・ノキアといった海外ベンダーへの切り替えを進めると報じられた。
経済安全保障の観点からも行方に注目
ドコモのグローバルベンダーへの基地局調達の切り替えは今後さらに進むだろう。これにより、「NTTドコモが独自に定めた技術仕様や要求条件」を指す「ドコモ仕様」は後退しつつも、先端技術を安価に導入できるメリットを享受できる可能性が高い。
しかし一方で、NECや富士通といった国内ベンダーにとっては、事業継続に直結する重大な問題となり得る。国内ベンダーの育成を目指す政府も事情は同じだ。政府はOpenRANを梃子に国内ベンダーの海外展開を推進したい考えだが、OpenRAN市場自体が期待ほど伸びてはいない。
2022年5月には経済安全保障推進法が成立し、通信は「国民生活+防衛・外交」の根幹インフラと位置付けられている。単なる民間事業ではなく「国家安全保障資産」として扱われることとなるなか、国産ベンダーの弱体化は経済安全保障強化の観点からも大きな課題となる。
ドコモがどこまで支えるのか、個別の国内ベンダーがどこまでやれるのか、その行方は、政府を巻き込んで、今後二転三転していきそうだ。


