石川温の「スマホ業界 Watch」

「スマホにマイナンバーカード内蔵」を阻むかもしれない経産省の「サイドローディング」議論

 総務省による「マイナンバーカード」の全国民への普及に対して、経産省や官邸が足を引っ張る可能性が出てきた。

 総務省では現在、プラスチックカードとして配布しているマイナンバーカードの機能をスマートフォンに内蔵できるよう準備を進めている。2022年度中にAndroid対応を導入し、iPhoneにおいても対応を進めるべく検討している状態だという。

 総務省ではマイナポイントをばら撒くなど、マイナンバーカードの普及に熱心だが、スマホで手続きをしようと思うと、いちいち、マイナンバーカードをスマホのNFCリーダーにかざして暗証番号を打ち込むなど、結構、面倒であった。

 カード機能がスマートフォンに内蔵されれば、読み込み作業は軽減されるし、万が一、スマートフォンを落としてしまっても、遠隔で発見できたり、データを消去できたりするなど、利便性は確実に上がる。番号部分だけが隠れる謎の透明ケースに入れて持ち歩く必要はなくなり、スマートフォンの顔認証や指紋認証によって、セキュリティ面も一気に上がることだろう。

 アップルは海外においては「Wallet」機能の中に運転免許証や学生証などを入れられる機能を搭載してきた。Androidが対応してくるのであれば、iPhoneもすぐにマイナンバーカードを入れられるようになるのではないか。

経産省で進められる議論

 ただ、一方で経産省は「特定デジタルプラットフォームの透明性及び公正性の向上に関する法律」の強化を進めている。特に官邸の政策会議である「デジタル市場競争会議」ではモバイル・エコシステムに関する競争評価として「サイドローディング」に関する議論が進んでいる。

 現在、アップル(iPhone、iOS)においては、アプリをインストールするには同社が提供する「App Store」からしかダウンロードできない。

 しかし、ヨーロッパや韓国などではApp Storeからしかダウンロードできないというのは、アップルの立場が優位となっており、アプリ開発者が不利益を被っているという主張を繰り返しており、規制法の施行に乗り出している。

 アップル1社でアプリストアを運営すれば、手数料などもアップルが一方的に決められるため、「競争が働いていない」という主張だ。これがサイドローディングとして複数のアプリストアからダウンロードできれば、競争が起き、手数料も下がるのではないか、という見立てだ。

 日本でも規制法案が検討されているが、アップルは「日本の規制導入はヨーロッパや韓国のコピペに過ぎない。規制当局は本質を何も理解しておらず、法律によってどんな悪影響が出るのか、全く理解せずに導入するのは危険な行為だ」と批判している。

 実はApp Storeでは、登録されるすべてのアプリを人間が審査している。ユーザーの情報を盗んだりしないか、ほかのアプリに悪影響を及ぼさないか、といった視点でアプリを厳しくチェックしている。

 毎週500人以上が審査に携わり、これまで80万件を超える違法コンテンツによるアカウントを停止してきた。160万を超えるアプリが危険ということでアップデートが阻止されるなど、ユーザーを守るためにアップルは多額の投資をつぎ込んでいる。

 これが、App Storeとは別のアプリ配信ストアができ、誰でも簡単にアプリをインストールできるようになると、審査を全く通過していない、個人情報を脅かすような危険なアプリが流通することになるのだ。

 実際、今後、iPhoneにマイナンバーカードが内蔵できるようになる一方、サイドローディングが認められるようになると、マイナンバーカードの情報が実際に脅かされることになるのだろうか。

 アップルによれば「もちろん、それはYesだ」という。

 「Wallet」に関連したAPIにアクセスできるアプリが流通することで個人情報が簡単に漏れるようになるという。

 現在、iOSのアプリはマルウェアなどの心配がほとんどないため、ユーザーは安心して新しいアプリを入れ、スマホ決済やネットショッピングから、生活に関するあらゆることをスマホ経由で手続きしている。

 しかし、サイドローディングが実現し、悪意のあるアプリが流通してしまい「スマホで個人情報をやりとりするのは危険」という風評が広がれば、誰もマイナンバーカードをスマホに登録するなんてことはしなくなるだろう。

 サイドローディングの導入により、結果としてマイナンバーカードへの信頼性が失墜する危険性があることを政府は理解しているのだろうか。

石川 温

スマホ/ケータイジャーナリスト。月刊誌「日経TRENDY」編集記者を経て、2003年にジャーナリストとして独立。携帯電話を中心に国内外のモバイル業界を取材し、一般誌や専門誌、女性誌などで幅広く執筆。