石川温の「スマホ業界 Watch」

Adobeが考えるモバイル向け製品とは――最高製品責任者のベルスキー氏に聞く

 10月18日からアメリカ・ロサンゼルスでAdobe(アドビ)によるクリエイティブの祭典「Adobe Max 2022」が3年ぶりにリアルで開催された。

 ここ数年、Adobeはデスクトップ向けの主力商品をiPadやWebブラウザ向けにも提供しつつ、スマートフォン向けのアプリやサービスにも注力している。いま、Adobeはモバイル向けの製品開発をどのように考えているのか。最高製品担当責任者(CPO)であるスコット・ベルスキー氏に話を聞いた。

iPad向けのアプリに手応え

 Adobeではここ数年、PhotoshopやIllustratorなどをパソコン向けだけでなく、iPad向けアプリとしても提供し始めている。

 特にiPad向けアプリであれば、学生などが手に取りやすくなるため、Adobeのユーザーを拡大することが期待される。実際にiPad向け製品を投入した手応えはあったのだろうか。

 スコット・ベルスキー氏は「Photoshop on iPad、Illustrator on iPad、fresco on iPad。iPadでのAdobe Expressは、私たちにとって本当に成功したと感じている。我々のフラッグシップ製品のiPadアプリは、ユーザーにとって本当に素晴らしいものになったのではないだろうか」と振り返る。

「Premier Pro」、iPad版は?

 Adobeがイベントを開催する直前、アップルがiPadとiPad Proの新製品を発表した。

 iPadは初心者ユーザーを取り込む位置づけなのに対して、iPad Proは今回、M2チップを載せ、ますます高性能化を突き進んでいる。MacBookと同等の性能を備え、動画編集にも強くなっている。今回、アップルの発表を受けて、Adobe「Premire Pro」のライバルである、Da Vinci ResolveはiPad向けアプリを提供すると発表している。

 Adobeとしては、スマホやタブレット向けに「Rush」という初心者向けの動画編集アプリ、さらにAdobe Expressというサービスを提供しているものの、本格的な「Premire Pro」はタブレット向けに提供していない。昨今、iPadの性能が飛躍的に向上する中、Premire ProをiPad向けに提供するということはあり得るのだろうか。

 スコット・ベルスキー氏は「ビデオ製品のプロユーザーからは、依然としてPremiere Proの精度とパフォーマンスが好まれていることが確認できた。一方で、我々はプロではないユーザーにはWebやiPadでのビデオ編集ができる機能を、Adobe Expressで提供している。

 しかし、今後、ユーザーがiPadで何をしたいのか、どこで何をしたいのかを見極めていきたいと考えている。iPadは我々にとって重要なプラットフォームであることに変わりはないからだ」と語る。

 最新のiPad ProはM2のメディアエンジンによるProResのエンコードとデコードを高速化されているだけに、Premire ProのiPad対応を待つユーザーも多いのではないだろうか。

Adobeが見る「Windows on ARM」

 iPadユーザーが拡大する中、一方でマイクロソフトもSnapdragonをベースにした「Surface Pro 9」を発売する。AdobeではWindows on ARM向けの製品としてLightroom CCとPhotoshopしか対応させていない。Adobeから見て、Windows on ARMというプラットフォームはどのように見えているのか。

 スコット・ベルスキー氏は「Windows on ARMはいまのところ普及しているとは言えない。Windows on ARMプラットフォームへの製品投入は続けていくが、チップの普及状況に応じて適切なペースで行う必要があると思っている。すべての製品をこのプラットフォームに対応させるには、まだ十分に普及している状態とは言えない。

 一方で、アップルのM1チップやM2チップはすでに多くのユーザーがいるため、これらのチップに対応する製品の供給を急いできた。私たちの製品はM1やM2チップでは非常に高速で使える。

 いずれ将来的には、すべての製品がWindowsとアップルのプラットフォームで利用できるようになるだろう。これらのチップでは、高いパフォーマンスが期待できるだけに、私たちが目指す未来といっていいほどだ」と期待を込める。

スマホとパソコン向けで異なるターゲット

 プロ向け製品がiPad対応を強化していく中、AdobeではスマートフォンアプリとAdobe Expressというサービスで初心者ユーザーを取り込もうとしている。

 では、Adobeは、スマートフォン向けアプリをどのようなスタンスで開発しているのか。

スコット・ベルスキー氏は「スマートフォン向けアプリはデスクトップ向けアプリとは異なる役割を担っている」と語る。

 「たとえば、私のお気に入りのアプリである『Adobe Capture』は、認知度は低いのだが、カメラで色やフォント、テクスチャ、マテリアルをキャプチャして、Adobe Creative Cloudに取り込むことができる。

 環境をキャプチャして、デスクに戻ったときにその素材を使えるというのは、スマートフォンアプリとしては素晴らしい使用例だといえる。

 また、Photoshop Expressは、Photoshopを学ぶ必要はないが、Photoshopのパワーの一部を使いたいという、より一般的なユーザー向けの製品となっているが、これはAdobe Expressと同じカテゴリーに入っている」という。

 Adobeでは、いま、クリエイティブの入門アプリとして「Adobe Express」に注力している。無料で使えるアプリで、ポスターやチラシ、メニュー、SNSに投稿する画像などをAIを使って簡単に作れるというものだ。

 スコット・ベルスキー氏は「Photoshop ExpressとAdobe Expressは、将来的にはもっとうまく連携できるよう、私たちは取り組んでいる。なぜなら、ユーザーはもう少しパワフルなものを求めているからだ。

 Adobe Expressは、Adobeのすべての機能にアクセスできる場所であると同時に、非常にシンプルでアクセスしやすい、フリーミアムな方法であると考えている。

 Adobe Expressはフリーミアム製品だ。始めるのは無料だが、Expressをアップグレードすると、1078円で2億のテンプレートや写真、ストックアセット、イラスト、フォントなど、フルプレミアムにアクセスできるようになる」という。

 Adobeとしては、無料のAdobe Expressでクリエイティブを自分で作ることに興味を持ってもらい、プレミアムプランに切り替えてもらって、さらにイラストやフォントなどを使って、デザインのクオリティを上げ、将来的にはiPadによってプロ向け製品を使ってもらう、というカスタマージャーニーを描いているようだ。

石川 温

スマホ/ケータイジャーナリスト。月刊誌「日経TRENDY」編集記者を経て、2003年にジャーナリストとして独立。携帯電話を中心に国内外のモバイル業界を取材し、一般誌や専門誌、女性誌などで幅広く執筆。