藤岡雅宣の「モバイル技術百景」

いよいよ始まった「副回線サービス」を支えるデュアルSIMのしくみに迫る

編集部より
新連載「藤岡雅宣のモバイル技術百景」は、モバイル通信技術を支える企業で長く活躍してきた藤岡雅宣氏が、昨今の携帯電話・スマートフォンに関わる通信サービスを支える技術をひも解いていくコーナーです。

 本年2月、ソフトバンクとKDDIが通信障害・災害時の備えとして、相互に他社網を利用可能にするデュアルSIMの提供を発表しました。サービス名は、両社ともに「副回線サービス」となり、KDDIは3月29日に開始済み。ソフトバンクは4月12日に開始する予定です。

 デュアルSIMについては、ケータイ Watchで何度も取り上げられていますが、ここではネットワーク障害対策という観点でデュアルSIMについて見てみましょう。また、ネットワーク障害時にも異なるネットワークで一つの電話番号を使い続けられるという意味での同一番号との関係についても考えてみましょう。

ネットワーク障害対策としてのデュアルSIMと2つのネットワークでの同一番号の利用

デュアルSIMとは?

 デュアルSIMは、文字通りスマートフォン(スマホ)など、ひとつのデバイスが2つのSIM(一方あるいは両方がeSIMの場合もあり)を持つことを意味します。2つのSIMは、それぞれ異なるネットワークにつなげることができます。

 現在、多くのスマホがデュアルSIMに対応しており、2つのSIMを同時に利用できます。

 つまり、同じスマホの存在を2つのネットワークに同時に知ってもらい、少なくとも通信が始まっていない状態であれば、両方のネットワークからの電話の着信やメッセージ/データを受けたり発信したりできます。

携帯電話がつながるまでの流れ

 さて、スマホはネットワークを利用する場合、まずアタッチ(attach)という動作でネットワークに自分の存在を認知してもらいます。次に、認証(authentication)により自分が正当な加入者のスマホであることを証明します。

 さらに位置登録(location registration)として、スマホが接続される無線基地局を含む近くにある複数の無線基地局のカバーエリアを自分の「位置登録エリア」として登録します。通常、スマホに着信があると位置登録エリア全体の多数の基地局から一斉に呼び出し(ページング)を行い、スマホがそれに応答して実際の電話やデータの通信を始めます。

 4Gネットワークを例にとると、認証や位置登録においては各モバイルネットワークがもつHSS(Home Subscriber Server)と呼ばれるデータベースが重要な役割を果たします。認証においては、スマホのSIMに含まれる認証情報とHSSがもっているそのスマホの加入登録時の認証情報が符合するかどうか(実際には複雑な計算式による計算結果)などをチェックして符合すれば認証OKとなるわけです。

デュアルSIMならどうなる?

 デュアルSIMでは、図1のように2つのネットワークにそれぞれアタッチし認証をします。その後、位置登録を行いますが、これもそれぞれのネットワークで別々に行います。

図1

 もし、スマホが移動して在圏する位置登録エリアが変わると、新たな位置登録エリアを登録します。移動しなくても、通常、一定時間が経過すると定期的に再度位置登録します。

 一般に、携帯電話会社によって、位置登録エリアが変わる地点や定期的な位置登録の時間間隔は違っていて、位置登録はそれぞれのネットワークに異なるタイミングで行われます。

 さて、これらのアタッチ、認証、位置登録などを行うためのやりとりは制御信号と呼ばれます。多くの場合、図2(1)のようにデュアルSIMスマホであっても、無線信号の送受信を行う回路や音声通話(4GではVoLTE=Voice over LTE)の処理回路は一つだけ持っています。こうした回路を2つのネットワークへのアクセスで共用することで、スマホの低コスト化、小型化を実現します。

図2

 共用なので、まったく同じタイミングで、2つのネットワークからのページング(呼び出し)信号は受信できません。

 つまり、2つのネットワークから同時にデュアルSIMスマホにページングがあった場合に、スマホでの処理がうまくできなくなります。なので、2つのネットワークからのページング信号の受信は異なるタイミングとする必要があり、2つのネットワークの間でのこのタイミングの調整が望まれます。

 また、ひとつのネットワークで音声通話を始めると、他方のネットワークでは音声通話ができなくなります。スマホ側の仕組みによっては、他方のネットワークでデータ通信もできなくなります。ただし、スマホが移動して位置登録エリアが変わった場合などに、通話のギャップ時間を利用して他方のネットワークへの位置登録を行うなど工夫をする必要があります。

 一方で、図2(2)のようにデュアルSIMスマホで無線信号処理回路や音声通話処理回路を2つのネットワーク対応に別々にもつ場合は、1つのネットワークで通話中に他方のネットワークでも通話やデータ通信を同時に行うことができます。

 ただし、ここで2つのネットワークで、たとえば2GHz帯などの同じ無線周波数帯域を使っている場合には、各周波数帯におけるスマホの最大出力(スマホから発信する電波の強さ)の規定があるため、各ネットワークで利用可能なスマホ出力を制限する必要があります。

デュアルSIMによる障害対策

 デュアルSIMスマホで、2つのSIMが別々のネットワークにつながるようにしている場合、1つのネットワークに障害が発生して通信ができなくなっても、他方のネットワークを利用できる可能性があります。

 冒頭のソフトバンクとKDDIがデュアルSIMにより、相互に自社ネットワーク障害時に他社ネットワークを利用できるようにするということで協力することとなったのは、そのような意図に基づくものです。

 普段使っているネットワークで障害が発生しても、デュアルSIMスマホがすぐ代わりのネットワークにアクセスして通信を継続できるのは、特に通信をビジネスやライフライン的に使っている用途には有効でしょう。

 ここで、ひとつの懸念として、1つのネットワークに障害が発生したときに、そのネットワークを普段利用しているユーザーが他方のネットワークに一斉にアクセスしたときの ネットワーク混雑、過負荷の問題 があります。これは、総務省で議論されている非常時の事業者間ローミングにおける問題とも共通です。

 ただ、デュアルSIMスマホが2つのネットワークにつながった状況で1つのネットワークに障害が発生した場合は、既に他方のネットワークに登録済みなので、新たな制御信号のトラフィックが発生しません。なので、実際の通信トラフィックによる混雑にフォーカスして対処すれば良くなります。

 別の懸念もあります。

 一般には、利用する2つのネットワークでそれぞれ異なる電話番号を持つため、障害時に利用するネットワークを切り替えたときに通信相手に「自分が使っている別の電話番号」が分からないと、電話を受けることができません。また、デュアルSIMを設定したスマホから、家族や友人など相手に電話をかけても、相手に表示される発信者番号では誰からの着信か分からないといった混乱が生じます。デュアルSIMであっても1つの電話番号で両方のネットワークを利用できればこの問題は解決しますが、通常、各SIMはそれぞれ異なる電話番号に紐づいており、技術的にはハードルが高そうです。

1つの番号で2つのネットワークを利用

 1つの番号で2つのネットワークを利用できるかできないか、と言えば、技術的には可能です。

 たとえば、海外から日本へ訪れる人のスマホはローミングと呼ばれるサービスを使えます。普段暮らしている地域での携帯電話ネットワークと、来日時のローミング先の携帯電話ネットワークという2つのネットワークを1つの電話番号で利用できます。

 また、日本にローミングしてきたユーザーのスマホは、同じ電話番号で日本の2つの異なる携帯電話ネットワークを切り替えて利用できます。一方のネットワークが障害で使えなくても、他方のネットワークを利用可能ということです。なので、海外のSIMを搭載したスマホを日本で利用すれば、非常に高い確率で通信機能を維持できることになります。ただ、ローミングにおいては通信料金はかなり高価なものとなるため、このようなやり方はネットワーク障害対策としては現実的ではありません。

 別の可能性として、自らSIMを発行することができるフルMVNOが1つのSIMで国内の2つの通信事業者を利用するケースも挙げておきましょう。今後、電気通信事業法施行規則等の改正により、MVNO自身が「音声伝送携帯電話番号」を指定できるようになります。あるMVNO関係者によると、「フルMVNOが音声呼設備を保有すれば、自らユーザーに電話番号を割り当てることができるようになる。そうすると、1つの電話番号で複数のネットワークを渡り歩くことが可能となる。通信料もMVNOとMNO(携帯電話事業者)との間で取り決めた接続料をベースに定められる」といいます。

 MVNOによるこのような「2つの携帯電話ネットワークでひとつの電話番号」サービスはいつごろ実現できるのでしょうか。上記のMVNO関係者によると、「PSTNマイグレーションや3G停波との兼ね合いがあるので、実現するとしても少し先になるのではないかと思っている」ということです。MNOの3Gが使われている間は、MVNOが音声通話設備も3Gに対応する必要があり、VoLTE対応だけでは済まないということでしょう。

 また、PSTNマイグレーションというのは、固定電話ネットワークのIP化で、これが完了しないと旧来の回線交換方式で固定ネットワークと相互接続することが求められるということになります。

 ネットワーク障害対策ということでこのMVNOによる同一番号サービスを見た場合、現実にはMVNOの設備が障害になったときにはサービスを利用できなくなります。なので万全とは言えませんが、とは言え同一番号で2つのMNOネットワークを手軽に利用できることの意義は大きいのではないでしょうか。

非常時ローミングの新たな標準

 実は、モバイル通信関連の標準化を行っている3GPPでは、2022年半ばに完成した最新の5G仕様であるリリース17(Release 17)で、非常時ローミングのための新たな仕組みを標準化しました。

 これは、MINT(Minimization of Service Interruption)と呼ばれ、通常利用しているMNOのネットワークが障害などで利用できない場合に、一時的に他MNOのネットワークを利用するものです。一般的なローミングとの違いは、あらかじめMNO間で非常時ローミングについて取り決めておき、スマホに非常時のローミング先MNOのリストを設定しておく点です(参照:ドコモテクニカルジャーナルVol.30 No.3)

 具体的には、たとえば図3に示すように、とある携帯電話会社(ここではMNO1としておきます)をホームとするユーザー、つまり通常“MNO1”を利用しているユーザーのスマホに、非常時ローミング先として“MNO2”を設定しておきます。

 ホームであるMNO1のネットワークが障害でサービスを提供できない状態となると、障害を感知したMNO2からそのスマホに、MNO1ネットワークの障害発生を通知します。これを受けて、スマホはMNO2へのローミングを始めます。

 ただし、多くのスマホから一斉にローミングを始動すると認証や位置登録の制御信号でネットワークが混んで、MNO2のネットワークの動作に悪影響を及ぼす恐れがあります。そこで、スマホごとにランダムな待ち時間を設定して、その時間を待った後でローミングを起動します。

図3

 MNO1ネットワークが復旧した後にスマホがMNO2ネットワークへのローミングを停止してMNO1に復帰する際にも、MNO1ネットワークが制御信号によって混雑するのを防止するために、スマホごとにランダムな待ち時間を設定してその時間を待った後に復帰します。

 通常のローミングにおいては、ホームのMNOによってローミングスマホの認証や位置登録が行われ、ホームのMNOネットワークが全体に障害となった場合にはこれらを実施することができないので、ローミング自体が不可能となる可能性があります。

 一方で、MINTにおいてはあらかじめホームMNOから非常時ローミング先となる可能性があるMNOに非常時ローミングしてくる可能性のあるスマホ情報を登録しておきます。

 これにより非常時にはホーム網での認証を省略することができ、ホームのMNOネットワーク全体が障害となった場合でもローミングを実現することが可能となります。

 MINTは、携帯電話会社が導入するかどうか、各ネットワークにおいて実装するかどうかを選択するオプション機能です。また、5Gネットワークに限定されることから、実際に提供される時期や、そもそも提供されるかどうか不確定な要素が大きいです。それでも、障害が発生したネットワークに全く依存せずにユーザーへ通信サービスを継続的に提供できるという意味で、ネットワーク障害対策としては非常に有効と考えられます。

藤岡 雅宣

1998年エリクソン・ジャパン入社、IMT2000プロダクト・マネージメント部長や事業開発本部長として新規事業の開拓、新技術分野に関わる研究開発を総括。2005年から2023年までCTO。前職はKDD(現KDDI)で、ネットワーク技術の研究、新規サービス用システムの開発を担当。主な著書:『ワイヤレス・ブロードバンド教科書』、『5G教科書 ―LTE/IoTから5Gまで―』、『続・5G教科書 ―NSA/SAから6Gまで―』(いずれも共著、インプレス)。『いちばんやさしい5Gの教本』(インプレス)、大阪大学工学博士