藤岡雅宣の「モバイル技術百景」

楽天モバイルで強化されたパートナー回線へのローミング事情を考察する

 6月1日からサービスが始まった楽天モバイルの「Rakuten最強プラン」で、楽天モバイルはその発表会で、パートナー回線であるau網への切り替え機能を強化していくとしています。

 もともと、楽天モバイル網からau網への切り替えはシームレスになっていたということですが、この「ローミング」は具体的にどのように実現しているのでしょうか。また、発表会で案内された「楽天からパートナー回線へ移るときは問題なかったのですが、戻るときに多少のラグが発生するようなことも技術的な協力によって解消されていきます」というのはどういうことでしょうか。このあたりについて、ローミングの基礎も含めて技術的な仕組みを中心に考察していきます。

ローミングとは

 一般にローミング(Roaming)というのは、スマホで自分が普段使っているネットワークとは異なるネットワークを利用することです。

 Roamというのは「うろつく」ということで、ネットワークの境を超えてうろつくという意味になります。ヨーロッパで国境を超えてうろついて、別の国のネットワークを利用するというのは典型的なローミングの例です。実際、ローミングの起源はヨーロッパで標準化された2G(GSM: Global Systems for Mobile Communications)に遡ることができ、1990年代前半から国境を接するヨーロッパ諸国の間で実現され始めました。ローミングの基本的な仕組みは、2Gから5Gまで変わっていません。

 ローミングというと欧州諸国間や、日本であれば日本と海外との間での国際ローミングが思い浮かびます。一方、本題の楽天モバイルとKDDIの間のような国内ローミングもニーズがあります。過去にも、2007年にモバイル通信サービスに新規参入したイー・モバイルが、3GでNTTドコモのネットワークにローミングしていた例があります。

 当時のイー・モバイルと現在の楽天モバイル、その両社に共通しているのは、携帯電話サービスへ参入した初期段階で、自社で構築したネットワークのカバレッジや通信容量が不十分な段階でのローミングということです。既存事業者のネットワークを一部借りることにより、自社ネットワークを補完しユーザーに満足したサービスを提供するための仕掛けということになります。

 ユーザーからすると、自分が普段使っているスマホをローミング先のネットワークでも使えることが条件となります。モバイル通信は、4Gや5Gでは世界で実質、ひとつの標準しか存在しません。つまり、基本的に世界中で同じ仕様に基づく基地局やコアネットワークが導入されているのが強味です。

 そうなると、スマホと基地局の間の無線アクセス技術やネットワークの構成は同一の国際標準に準拠しています。また、モバイルネットワークが利用する無線周波数もその多くが国際間で共通化されており、スマホはそれら複数の周波数が使えるようになっています。これらの理由から4Gや5Gでは、技術的に世界広域にわたってローミングが比較的容易に実現できます。

 ローミングができるための別の条件として、自分が加入し普段使っているいるネットワーク(ホームネットワーク)が、ローミング先ネットワークとの間で契約を締結している必要があります。このローミング契約には、4Gや5Gなどの無線アクセス標準やデータ、音声、SMSなどのローミングの対象、ローミング料金、ネットワーク間の相互接続条件、データセキュリティなどの法制度上の問題発生時の取り扱い方などが含まれます。どのネットワークへローミングが可能かどうかはホームネットワークのサービス契約時にあらかじめ、スマホに記憶されます。

ローミングの仕組み

 ここでは4Gネットワークを例にとり、ローミングの基本的な仕組みを見ていきましょう。

 まず、スマホで海外などのローミング先ネットワークの基地局にアクセスする場面を思い浮かべて下さい。スマホはその基地局が発している電波をキャッチして、その中の報知情報に含まれている事業者番号を特定します。上記のとおりあらかじめスマホに記憶されている情報に基づき、それがローミング可能な事業者であれば図1(1)のように、基地局を通してMME(MME:Mobility Management Entity)という装置に対してアタッチという動作で自分の存在を認知してもらいます。次に、図1(2)の認証により自分が正当な加入者のスマホであることを証明します。

図1

 ローミング時の認証は、スマホがホームネットワークで普段利用しているSIMを使って行います。ローミング先ネットワークのMMEがスマホからのSIM情報に基づき、ホームネットワークのHSS(Home Subscriber Server)と呼ばれるデータベースの助けを借りて実現します。あくまで認証はホームネットワーク側で行うということで、ローミング先ネットワークはその結果を信頼する立場です。

 さらに図1(3)の位置登録として、スマホが接続される無線基地局を含むカバーエリアを自分の「位置登録エリア」として、ローミング先ネットワーク番号と共にホームネットワークのHSSに登録します。これで、ローミング先ネットワークでのデータ通信の準備が整ったことになります。

 実際のデータ通信に先立ち、ローミング先ネットワークでスマホとの間のデータの送配信を担うS-GW(Serving Gateway)と、ホームネットワークでインターネットへの接続を担うP-GW(PDN Gateway)の選定を行います。そして、図1(4)でスマホからローミング先ネットワークのS-GWと、ホームネットワークのP-GWの間のS8インタフェースを経由してインターネットにつながる通信経路が確立されます。

 このデータ通信の経路が必ずホームネットワークを通るローミングの仕組みにより、ホームネットワークではローミング中の自社の加入者のデータ通信の状況が常に把握できます。またユーザーは、ホームネットワークが提供しているサービスを含めて、たとえば海外に旅行中でも様々なアプリを国内と同じ感覚で手軽に利用することが可能です。

電話ローミング

図2

 4Gでは、制度上の通話サービス(110/119番などの緊急呼を含み通話品質を確保するサービス)を、データ通信の枠組みの上でVoLTE(Voice over LTE)として提供しています。つまり、音声をデータ通信におけるパケット単位で送る一種のVoIP(Voice over IP)として実現しています。

 通話の接続や切断などの処理は、IP上での様々な通信アプリを提供するために準備されたプラットフォームであるIMS(IP Multimedia Subsystem)と、その上で通話サービスを提供するためのVoLTEアプリケーションサーバーが担います。

 音声をパケットとして扱っているという理由もあり、電話ローミングについては上記のデータローミングを前提として、その上の階層のVoLTEサービス機能の中で実現しています。

 具体的には、 ローミングユーザーの発信時には通話設定要求信号がホーム・ネットワークのIMSに送られ、VoLTEアプリケーションサーバーにより着信者へ通話の設定 が行われます。ローミングユーザーへの着信時にも同様に、発信者からの通話設定要求信号がローミングユーザーのホーム・ネットワークのIMSに送られてきて、データ通信ローミングの機能によりHSSを介してユーザーの位置を確認して通信経路が設定されたあと、ユーザーが呼び出されます。

楽天モバイルユーザーのau網へのローミング

図3

 上記は、ホームネットワークとローミング先ネットワークが地理的に離れている国際ローミングについての説明でした。では、ネットワーク間が相互に隣接している国内の場合、今回紹介する、楽天モバイルとauとの間のローミングの仕組みも同じなのでしょうか。

 実は、2020年4月に発表されていますが、この両社の間のローミングの仕組みは少し違うようです。その様子を図3の、楽天モバイルユーザーのスマホの通信経路を楽天モバイル網からau網へシームレスに切り替えるケースとして示します。

楽天ユーザーのスマホがauネットワークへ切り替わろうとするとき

 図3で、スマホが楽天モバイルの基地局から受けている電波が弱まり、auの基地局の電波が徐々に強く届いているとしましょう。

図3(再掲)

 この状況はスマホから楽天モバイルの基地局に報告されます。基地局は、スマホからの情報に基づき、スマホがau網のどの基地局へ接続を切り替えようとしているかを判別し、それを担当のMMEへ通知します。

 すると、楽天モバイルのMMEは、切り替え先のauの基地局を配下にもつMMEに、「基地局の番号」と「スマホの情報」、「そのスマホが今、接続されているP-GWの情報」を伝達します。これを受けたauのMMEは、切り替え先の基地局を収容するS-GWに「ローミングを使おうとしているユーザーのスマホのために、楽天モバイルのP-GWとの間のデータ通信パスを設定して」と指示します。これにより、実際にスマホが楽天モバイルからauの基地局に切り替えたときに、間断なくスマホからインターネットへの通信パスが設定されていることになります。

 お気づきになられたかも知れませんが、実は図3は一般に網内で 担当エリアが異なるMME同士の切り替えが必要な場合の、基地局間のハンドオーバーのためのやりとり に相当します。

 通常のローミングでは、ローミング先のネットワークで新たなIPアドレスがスマホに割当てられますが、このシナリオではIPアドレスも維持できますし、それ以前にアタッチや認証をし直す必要がありません。このように楽天モバイルとauでは、通常網内で使われる仕組みを、会社の垣根を超えて、網間で巧みに利用することにより、シームレスな切り替えを実現しているのです。

ローミングしていたスマホがauエリア→楽天エリアに戻るとき

 さて、ローミングしているスマホが楽天モバイルに戻ってきたときにどうなるのでしょうか。その場合、従来はいったんau網から切断して楽天モバイルのネットワークに接続し直すという手間があるようです。一方で今般、「楽天からパートナー回線へ移るときは問題なかったのですが、戻るときに多少のラグが発生するようなことも技術的な協力によって解消されていきます」と案内されました。

 その案内をもとに推察すると、図3で楽天モバイル網とau網を入れ替えたような仕組みで、逆方向もシームレスな切り替えが実現されていくのかも知れません。

図3(再々掲)

 なお、通話についても楽天モバイルのユーザーはau網で音声ローミングにより、VoLTEの利用が可能です。その場合には、音声ローミングの料金が掛かります。一方で、データ通信上のVoIPアプリであるRakuten Linkを利用する場合には、追加の通話料は掛からず無料ということです。Rakuten Linkは、IMSを利用するIPアプリ群であるRCS(Rich Communication Services)の一部として実現されているようです。

非常時における事業者間ローミング

 図3のようなローミングは、楽天モバイルのMMEとauのMMEとの間のS10インタフェースを用いることから、「S10インタフェースを介したローミング」あるいは「S10ローミング」と呼ぶことがあります。一方で、図1の通常のローミングはP-GWとS-GWの間のインタフェースが重要な役割を果たすことから「S8HR(Home Routing、ホームルーティング)」と呼ばれます。ホームルーティングというのは、文字通り、通信パスが必ずホームネットワークを経由することを示唆します。楽天モバイルからauへのローミングも、全てS10 ローミングにより実現される訳ではありません。楽天モバイル加入のスマホがいきなりau網にアクセスした場合などは、S8HRが適用されます。

 さて、日本では、頻発する自然災害や通信障害等の非常時においても、国民生活や経済活動に不可欠なライフラインである携帯電話ネットワー クを利用できるよう、事業者間ローミングの制度化が進められています。自分が普段利用しているネットワークが使えなくなっても、一時的に他社のネットワークを利用できるようにする制度です。ここでも、4Gにおいては基本的なローミングの仕組みはS8HRを実現することとしています。

 ただS8HRの実装には少し時間を要することから、110番や119番などの緊急通報だけでも早期に他社網で実現できないかという議論があります。これについては、自分の加入している網が障害時に他社網を利用して緊急呼のみが掛けられるようにする方向です。この場合は、ホームネットワークのHSSにアクセスしてユーザーの認証を行う必要がありません。

藤岡 雅宣

1998年エリクソン・ジャパン入社、IMT2000プロダクト・マネージメント部長や事業開発本部長として新規事業の開拓、新技術分野に関わる研究開発を総括。2005年から2023年までCTO。前職はKDD(現KDDI)で、ネットワーク技術の研究、新規サービス用システムの開発を担当。主な著書:『ワイヤレス・ブロードバンド教科書』、『5G教科書 ―LTE/IoTから5Gまで―』、『続・5G教科書 ―NSA/SAから6Gまで―』(いずれも共著、インプレス)。『いちばんやさしい5Gの教本』(インプレス)、大阪大学工学博士