ニュース

「DOCOMO R&D Open House 2014」でドコモ尾上氏と栄藤氏が語ったこと

高度化C-RANは2015年3月導入へ

 「5Gはまだ中身がない。しかし代表的な技術がないだけで、候補の組み合わせで新たなソリューションが生み出される」「成熟したIT分野では組み合わせが大事。組み合わせる力が大事になってくる」

 前半は“LTEの父”とも評されるNTTドコモR&Dイノベーション本部長の尾上誠蔵氏、後半はドコモから革新的なサービスを生み出そうと取り組んでいるイノベーション統括部長、栄藤稔氏の言葉だ。

「DOCOMO R&D Open House 2014」会場となったドコモのR&Dセンター

 28日に開催された「DOCOMO R&D Open House 2014」では、通信技術、そしてサービス面でドコモの取り組みが紹介された。取り組む分野が異なる2人の講演からは、期せずして、ゼロからの創造だけではなく、“組み合わせる力”で未来を切り開こうとする姿勢が示された。

5Gの中身はどうなる?

 約1年前の「DOCOMO R&D Open House」で、尾上氏は、2020年ごろの実用化が見込まれる「5G」について、中身がまだない、と評した。しかしこれは「代表的な技術がないだけで、候補はたくさんある。最近、あちこちで言っているのが『代表的な技術がなくとも、技術の組み合わせから新たなソリューションが生み出される』ということだ」と語る。

尾上氏
現在のドコモ研究開発部門が重視する分野

 既にその兆候は見られ、2014年に商用化されたLTE-Advancedは、キャリアアグリゲーション、スモールセル(小型基地局でカバーされるごく限られた範囲のサービスエリア)などを組み合わせたもの。そしてキャリアアグリゲーションは「賢い技術ではなく単なる力業。セルを小さくして通信容量を増やすのは基本的な原理で新しさがない」(尾上氏)というものだが、それらを組み合わせると高速かつ大容量の通信が可能になった、と評価。尾上氏は「5Gも組み合わせでいいじゃないか」と続ける。

5Gを実現するための技術

 そんなドコモでは、5Gに向けて「Massive MIMO」「NOMA」と、いくつかの要素技術を開発中。今回はそれらのデモンストレーションも披露された。「Massive MIMO」は、これまで2本、4本と複数のアンテナを使うことで高速化を図ってきたところ、1つの装置に100以上のアンテナ素子と、これまでを遙かに超える数のアンテナを搭載して高速化をはかるもの。

 またNOMAは、非直交多元接続という言葉の略称。この技術では、同じ周波数の電波のなかに、端末A向けと端末B向けと2台分の信号を重ねて送信する。そのままでは2つの信号は干渉によって受信できないが、端末側で不要な信号をキャンセルすることで干渉を避ける。そのために、まず端末Aは基地局に近いほう、端末Bは基地局から遠いほうという組み合わせにしておく。基地局からは端末B向けの信号がより強い電力で発信される。端末Bで受け取る電波は、A向け信号も含まれているが、A向けは電力が弱いためすぐ判別でき、そのままキャンセルできる。そして端末Aでは、端末B向けの信号のほうが強いため、受け取った電波から端末B向けのものだけを省く、という流れなのだという。この仕組みは、これから標準化を目指して提唱していくとのことだが、通信が混み合うエリアでの活用が期待されているのだという。

 尾上氏は、これから標準化に向かう5Gの通信技術について「(サービスエリアがごく限られた)単なるホットスポット的にはしないようにしようと考えている。通信技術は、NFCのような近接型も含めて幅広く、本来は1つの設計思想にまとまることが望ましいものの、あまりに求められるものが違うと統一できず、現実的にもさまざまな事業者が存在して、標準化団体も複数あるため、1つにまとまるのは難しい。ただ、5Gでは、いろんなユースケースをカバーすることを目指したい。センサーネットワークを含めてカバーしたい、一貫した設計思想にしたいなと思っている」とその目指すところを語った。

2015年3月に高度化C-RANを導入

 5Gは2020年頃を目指して開発されているところで、要素技術もまだこれから。もうすこし身近なところを見ると、ドコモではこれからキャリアアグリゲーションによる通信速度の高速化を予定している。これを支える技術が、「高度化C-RAN」という技術。これは通信量の多いエリアのあちこちに基地局を設置、それらを光回線で“親機”に繋いで、複数の装置を協調させてコントロールする、というもの。

 これにより、携帯電話は常に2GHz帯に繋がりつつ、通信が混み合う場所だけ1.5GHzもキャリアアグリゲーションで使う、というように柔軟な通信が可能になる。1つの基地局で複数の周波数を発射して通信すること自体はこれまでも可能だったが、その場合は移動していると基地局から隣の基地局への切り換え(ハンドオーバー)が発生する。高度化C-RANでは、周波数の1つで広いエリアをカバーしてマクロセルとして携帯電話と繋がりつづけるため、ハンドオーバーが発生しない、というメリットがある。

NFVは“絵に描いた餅”?

 通信事業者にとって、今、ホットなトピックスの1つは「ネットワークの仮想化」(NFV)と言われている。これまでは、通信事業者のネットワークでは1つの専用装置で1つの機能、という形だったが、NFVでは汎用的なマシンの上で、各種機能を実現する。つまり専用ハードが不要になるため、より安くハードウェアを調達して、ソフトウェア上で機能を実装することが可能になり、「ベンダーのロックから解放されると期待している通信事業者は多い」(尾上氏)のだという。

 しかし今年5月、尾上氏は、ドコモが発表したネットワーク仮想化実験の成功報告において、英語版のリリースに「その期待は絵に描いた餅(a pie-in-the-sky)」とのコメントを寄せた。期待が募るNFVも、実現まではまだまだ課題がある、とのようにも思えるようだが、これはどういう意図だったのか。尾上氏は「通信ベンダーと深く協力して開発しなければ、ということだ」と解説する。裏返せば、強い関係を持ってドコモと通信ベンダーが協力した結果、実験に成功したということだ。この時のコメントは海外メディアにも多く引用されたとのことで、そこから数カ月経った、今年10月、複数のベンダーが参加した同様の実験の成功報告では「絵に描いた餅ではなく現実に近づいてきている」と、ふたたび英語版の報道資料でコメント。ただ尾上氏は「期待するほど簡単じゃない」とばっさり。仮に汎用的な機材を導入してNFVを進めようとしても、誰が責任をもって実行するのか、きちんと健全なるエコシステムができあがるよう事業者側の手立てが必要、と語る。

“LTEの父”、その由来は?

 国内外の通信業界で、尾上氏は“LTEの父”としても知られる。最初にそう呼ばれたのは、2009年のMobile World Congress(モバイルワールドコングレス、バルセロナで開催)のことだった、のだという。

尾上氏
 「第1世代の携帯電話からこれまでを振り返ると、だいたい10年ごとに新技術が登場し、20年でピークを迎える。しかしこの世界での流れと日本は違い、日本のほうが先にシャットダウンしている。

これまでの技術の流れ

 10年前、第4世代に先駆けてドコモはスーパー3Gを提唱した。海外では『まだ3Gが始まったばかりなのに』と4Gのことが嫌われていたので、(3Gと4Gの橋渡しとして)LTEを呼び掛けはじめた。当時は4G、LTEという言葉もない、単にLong Term Evolution(長期的な進化)としていた。

 LTEの初期、マルチキャリアのHSPA(第3世代の技術、複数の周波数を使うHSPA方式)という規格もあった。辞めれば良いのに、8xHSPAまで標準化されちゃった。海外の講演で『Stupid(ばかげている)』とはっきり言ったら、聴衆は皆、笑った。そして2009年のMWCで、LTEについて話す機会があり、その後の質疑応答で『HSPA+(HSPA方式の高度化版)についてどう思うか』と質問があがった。

 とっさに結論が思い浮かんで『私は嫌いです(I don't like HSPA)』と言ったら会場から少し拍手。続けて『こんなのはベンダーの金儲けのもとです』とはっきり言った。聴衆には“ややウケ”だったが、のけぞっている人もいた。すぐさま『冗談だ(I'm just joking)』と言ったら、会場からは大笑い。そのままHSPA+がいかに物事を複雑にするか語ったところ、司会ものけぞり、『発表を聞いてなぜLTEの父なのかがわかった』と。たぶん彼(司会を務めた当時のGSMAチェアマン)が最初に“LTEの父”と呼んだ人だと思う」

ドコモがスタートアップとタッグを組む理由

 日本を代表する大企業であるNTTドコモに小さな組織がある。ドコモブランドを冠さず、しかし同社のリソースを活用し、スピーディな開発で新たなサービスの創造に挑む、そんな取り組みを進めているのが「39works」と名付けられたチームであり、それを率いるのがドコモのイノベーション統括部長である栄藤氏。ドコモの中でも、Webサービスを中心とした分野にチャレンジする。

栄藤氏

 同氏は、大企業のなかでは、1つのプロダクトを開発するのにも多大な時間がかかる、それはドコモも例外ではない、と指摘。これからはユーザー体験を含めた「デザイン思考」が求められ、さらにイノベーティブなサービスの誕生には、優れたハッカー(プログラマー)、デザイナー、そして社長職に適したハスラーと呼ばれる存在がセットになる必要があると解説。ドコモ社内ではハッカーはいてもハスラーはいない、仮にいてもすぐいなくなる(退職する)のでは、と冗談めかして会場から笑いを誘う。

 ドコモ社内だけでは人材を補えず、投資を行うドコモ・ベンチャーズでスタートアップ起業をサポートしても、必ずしも良い人材の組み合わせになっていない。ハッカー、デザイナー、ハスラーをつなぐ役割を担い、39worksを通じてドコモ自身も新基軸のサービス開発を進める――それが栄藤氏の目指すところ、というが、その一方で、ドコモ社内でも、現状の課題や目指すべき頂きをまだ理解してない社員もいるともこぼす。

 そして栄藤氏が挙げた現在のトレンドは「効率化」「APIエコノミー」。効率化とは、いわば既存サービスに対してWebサービスが“中抜き”の役割を果たす、といったイメージ。たとえば、海外でのタクシー/ハイヤー配車サービスの「Uber」、空いている個人宅の部屋を宿泊施設として提供できる「Airbnb」のような存在だ。APIエコノミーとは、他社から自社サービスを利用しやすくする“API”を充実させることで、それぞれの得意分野を組み合わせて、新たなサービスの創出を図る動きのこと。既に、B2Bで電話回線とIP電話を繋ぐ部分を提供するtwilioなど、特定の機能だけをAPIで提供する起業がシリコンバレーを中心に続々と登場している、と紹介した栄藤氏は、ドコモ自身ももっとAPI化を進めるべきだとコメント。APIと言うと、無料で誰でも使える仕組みとイメージするかもしれないが、講演後、栄藤氏に訪ねたところ、有償で提供する形もあり得る、との考えを示し、現在の社内の課題はSIerに頼る部分が大きく内製力に欠けている点だと説明した。

 外部の力を借りて、スピーディに開発、ローンチを行い、仮に失敗しても傷が浅いうちに引き上げればダメージはコントロールできる、として、ドコモがフュートレックなどとともに設立した合弁会社「みらい翻訳」の事例を紹介する。一般にジョイントベンチャー(合弁会社)の成功率は、単独での起業に比べて50%未満、と失敗の可能性が高いにもかかわらず、合弁会社というスタイルにしたのは、スタートアップ文化の導入、同一性に固まらず異質性を活かして多様性のあるチーム作りが必要と判断したからだ、とする。

 栄藤氏の講演は、聴衆に向けたアドバイスというよりも、同氏が現在、ドコモ社内で苦闘している様を示すかのような内容。これまでも、ドコモからは開発期間を短縮して、スピーディにローンチしたサービスはあるが、その歯車をさらに回転させることができるのか。「39works」自身からまだ革新的なサービスが登場してないものの、これから半年を目処に、何らかの結果を出したい、と語っていた。

VoLTEをさらに高音質化するコーデック「EVS」
Google Glassからスマホのアプリを起動するデモ
Arudinoベースの心拍計とスマホを連携

関口 聖