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ソフトバンクのBeyond 5Gを見据えた新たなネットワーク「SRv6 MUP」は何がすごいのか? 担当者に聞いた

 離れた場所で人と人がやりとりをするには、古くは狼煙(のろし)や飛脚便などがあったが、電話/電信技術が生まれリアルタイムのコミュニケーションが取れるようになり、近年はインターネットで世界中のさまざまな人との交流や情報収集、エンターテイメントコンテンツなどを楽しめるようになった。

 そして、ケーブルを必要としない携帯電話サービスが生まれ、現在は5G通信で更なる大容量かつ高速で通信できる。5G時代からは、更なる機能拡充を図るべく、インターネットを経由せずにユーザーから近い位置にコンテンツサーバを置いて提供するMEC(Multi-access Edge Computing)技術などが導入されつつある。

 そんななか、ソフトバンク技術者のなかで「ネットワーク構築も変えていかなければ」という思いで、専門領域の違う技術者同士が、次世代ネットワーク構築のために立ち上がったという。

 今回は、ソフトバンク担当者から、ソフトバンクの考える5Gの次世代ネットワーク技術「SRv6 MUP」について「開発の経緯」や「これまでとの違い」を中心に聞いた。

技術者同士の議論で研究をスタート

 ソフトバンクでは、専門の技術に長けたいわゆるトップエンジニアに与えられる社内認定制度「Technical Meister」がある。今回の技術は、ネットワークの専門家である松嶋 聡氏、モバイル専門家の横田 大輔氏、NFV・SDN専門家の堀場 勝広氏の3人が議論を重ね開発に至ったという。

 開発の初期段階では、最初にこの技術でどのようなことができるのか「仮想のプレスリリース」を実際に書いてみることからスタートさせた。これは、米アマゾン(Amazon)が新規事業を立ち上げる手法として知られており、これをきっかけに社内で開発を進められるように動いたと松嶋氏は説明する。

 また、社外からも専門家を呼び寄せ、プライベートクラウド、SDNの専門家である川上 雄也氏やモバイルネットワーク、クラウド基盤、自動化のプロフェッショナルであるカーン・アシック氏も加わり開発が続けられた。

 また、実際のネットワーク構築においてはいくつも専門領域があり、これまで部署をまたいで研究開発を行うことは少なかったが、今回ネットワーク構築を再定義するにあたり、部署の垣根を取っ払って開発を行った。たとえば、開発に加わった渡邊 孝也氏はIP&トランスポート本部バックホール統括部所属、妹尾 龍馬氏はコアネットワーク本部モバイルコア統括部と、部署が大きく異なる技術者同士でチームを組み、開発された。

 松嶋氏は、従来であれば交わることのなかった技術者同士が手を取り合って開発を進めたといい、あまり見られないものだという。

ユーザー体験は「何も変わらない」

 さて、実際に「SRv6 MUP」技術が導入されると、我々ユーザーの体験価値は向上するのか? 松嶋氏に聞いたところ「ユーザー体験は何も変わらない」と回答した。何も変わらないのに、どこが新技術なのか? というところを詳しく聞いた。

 ユーザーの端末からインターネットを利用する経路は、端末と基地局が通信し、基地局からバックボーンネットワークなどを経由し、インターネットとつながる。今回の技術は、基地局からインターネットの間の経路を再定義したもの。つまり、ユーザー側の入口とインターネット側の出口は何も変わらないため、ユーザーからは何も変わらないように見える。

 「SRv6 MUP」技術を一言で表すと、「GTPトンネルによる回線交換のアーキテクチャをSRv6を使ってパケット交換のアーキテクチャに変換する」技術と言える。松嶋氏は「これまで交換機由来だったものがインターネットのパケット交換の形になるもの」とコメントした。

 似たような事例は、ソフトバンクの前身サービス「Yahoo!BB」のADSLサービスでも実現されていたと松嶋氏は説明する。

 Yahoo!BB以外の多くのADSL事業者では、「ユーザーが数カ所の決まった拠点に接続し、インターネットに接続する」いわゆる電話交換機と同じような拠点型サービスを展開していた。設備を集約できる一方で、拠点がボトルネックとなりその拠点で障害が起きればそこに接続しているユーザーの回線が利用できなくなってしまう。

 Yahoo!BBでは、インターネットに接続する拠点までの経路をIP網で構成することで、障害が少なく通信の大容量化が実現できるようになった。つまり、他社は拠点とユーザーを1本の線で結んでいたものが、Yahoo!BBではネットワークで結ぶように構築されている。

 今回の「SRv6 MUP」技術でもこれに近く、簡単に言うとインターネットに接続されるまでの経路が、「線で結んでいたもの」から「ネットワークでたどり着ける」ようになる。

 今回の技術が開発されるきっかけの一つに、前述のMEC技術がある。MEC技術はインターネットに接続される経路の途中にコンテンツサーバを置いて超高速低遅延でサービスを提供するもの。

 つまり、これまでよりも接続する先が増えることになるが、現状の「線で結ぶ」方式だと、ユーザーとインターネット/MECサーバなどを複数設定しなくてはならず、MECサーバの数が増えれば増えるほどネットワークに相当の負担が発生することが見込まれるという。これにより、通信経路の故障影響範囲が拡大するだけでなく、維持費用の増加が予想されると松嶋氏は説明する。

 「SRv6 MUP」技術を利用し、ネットワークで経路を確保することで、ユーザー数やMECといった入口/出口が増えても、負担が軽減され、最適なデータパスを提供できるようになる。

複数の経路で障害に強く

 堀場氏は、わかりやすく鉄道ネットワークにたとえ、目的地に鉄道で向かうのに「JR線だけで行く」か「私鉄などほか社局を含めて移動する」かの違いと説明する。

 たとえば、東京駅から横浜駅まで移動する場合、これまでのネットワークは「東海道線」だけで向かうしかなく、ひとたび東海道線で輸送障害が起これば、目的地に到達できなくなってしまう。しかし、今回の技術では、東海道線だけでなく「山手線-京急線」のルートや「山手線-東横線」、「東海道新幹線-横浜線」など複数の経路を選択できるため、目的地にたどり着くことができる。

 また、川上氏は、「自宅と会社に線路を引いて向かう」ことを例に挙げ、「これまでだと自宅と会社(拠点)の2点だけを引いていればよかったが、副業することになり別の地点(MECサーバ)にも行くことになり、線路を分岐させて敷設したが、これを道路を使って自動車で行くようになる」と説明。

 これまでの方法だと、線路に障害が発生すると直すまでに相当の時間がかかるが、自動車であれば障害が発生した道路を避けて目的地に向かえばよく、障害に強いネットワークが構築できるという。

 また、1本の線路方式だとユーザーの数だけ設備を用意する必要があり、会社(拠点)に多くの受け入れ設備が必要となるが、自動車方式であれば受け入れ設備の均等化を図れる。

標準化活動などで5G時代を支える技術へ

 「SRv6 MUP」技術は、実際に技術実証(POC)を完了させているほか、先日開催されたMWC 2022でも披露された。

 また、「IETF」(The Internet Engineering Task Force、インターネットの標準化団体)や「3GPP」(Third Generation Partnership Project、携帯ネットワークの標準化プロジェクト)といった国際機関の標準化へ取り組んでいる。

 開発チームは、今後もネットワークの安定化に向けて、商用検討含め取り組みを進めていくとしている。

【お詫びと訂正】
本記事初出時、「SPv6 MUP」技術と記載しておりましたが、正しくは「SRv6 MUP」技術です。お詫びして修正いたします。